第66話 佐沼真は戦う時も泥棒らしく
怒号が鳴った。次に爆風が身体を包んだ。……気づけば俺の身長と同じくらいある拳が俺たちの真横にあった。
「おいおい」
冷や汗が頬を伝う。
おそらく今のは威嚇だろう。これ以上進めばどうなるかわからない。
「ここは戦略的撤退を考えてはいかがだろうか」
メアリーとジンの答えを聞く前に俺はすでに部屋の外へ逃げ出そうとしていた。
いやいや無理無理! 今まで戦った奴らも大概アレだったけど今回ばかりはホント無理だから。なーにが石の巨人だよ。俺はただのコソ泥なんだよ馬鹿野郎。
「何してんのよ」
グイ、と首根っこをメアリーに掴まれる。
「嫌だ。俺は逃げるぞ。今回はツイてなかった。諦めよう。明日には明日の風が吹くさ」
「ここまで来て逃げるなんてあり得ないわ。この部屋調査してクエストクリアよ」
「嫌だあああ。おいジン、お前も何とか言ってくれ」
お前はこっち側だよな!? そうだろジン?
しかしジンから返事はない。よく見ると立ったまま白目をむいて泡を吹いている。
「神様あああ!」
「祈っても無駄よ。うちにいるのはオカマの神様だから」
あんなのが神様とか俺は認めてないから!
などと、そうこうしていると再びゴーレムが腕を振り上げる。気絶したジンをそのままにするわけにはいかないため、部屋の外へ蹴り飛ばしてから回避行動に移った。
巨人の腕は俺の脇腹をギリギリに掠める。コンマ〇秒でも遅れていたらまともに一撃を受けていたに違いない。……? なぜか言いようのない違和感を抱く。しかしそんなことを気にする余裕はなかった。
「クソ! やってやるよ! やりゃあ良いんだろうが!」
背中のホルダーから魔銃を抜き取りゴーレムへ銃口を向ける。相手は巨体故に動きは早くない。引鉄を引く猶予は十分にあった。
横でメアリーが炎塊を形作っているのが目に入る。視線を合わせ、頷く。
鋭く、鋭く──意識を集中させ、メアリーと同時に渾身の魔弾を放つ。
「……あれ?」
当たった、のだろうか。銃弾が見えないのでそれすら分からない。いや待て、しかしメアリーの攻撃は確実に当たっていた。にもかかわらず、ゴーレムにほとんどダメージが入っていないように見える。
「も、もう一発だ」
今度は狙いを慎重に定めて引鉄を引く。……しかし、ゴーレムは反応を見せずに三回目の攻撃を準備していた。
「メアリー! どうなってる!?」
「魔法の類が効かないみたいね」
……!
俺の銃弾も魔力が形作るものだ。だから当たっていても効果がない。なら──
「どうやって戦えば!?」
「ご、ゴーレムは魔法吸収バリアを張ってるみたいだから、それを上回る──」
メアリーの言葉を再びの怒号が遮った。
「上回る魔法をぶち当てれば良いのよ!」
砂塵の中、メアリーが見たことのない大きさの炎を作り上げる。その炎球は、しかし急激に収縮し始めた。
「なにしてんだ?」
「これだけの魔法を一点に集中させれば──」
詠唱もなく、ただ純粋に魔力を、炎を投げつける。
「どりゃああああああああ」
雄叫び、と呼称するに相応しい声量。そしてそれ以上に膨大な熱量の炎。その炎がゴーレムの身体に当たった瞬間、その身体が溶けだすのが見えた。
「ははは、やっぱお前スゲーわ……ん?」
そう嬉々としてメアリーの肩を叩く。しかし違和感が俺たちを襲っていた。そう、ゴーレムの身体が再生しているのだ。
「ど、どどどどうしようサヌマ!?」
単細胞生物メアリーの脳が絞り出した策が通じなかったことで、彼女は一気にパニックに陥っていた。パニックのメアリー、気絶中のジン。ここで冷静な判断ができるのは俺だけ。
──考えろ。
そうだ、考えろ。頭を使え。俺がこいつらより出来ることは盗みとそれだけだ。
もう一度ゴーレムを観察する。修復中のゴーレムの胸の奥に、一瞬だけ紫色の球が見えた。
「メアリー。あれ、紫色の球は何だ」
「え……核でしょ。あれを砕ければ勝てたんだけど。私には無理だったみたいね」
「じゃあ、あれがなくなればゴーレムは倒せるんだな?」
「そ、そうだけど」
「よし、メアリー。今から俺の言うとおりに動いてくれ。まずは──」
メアリーに作戦を伝えた俺はすぐさま行動を開始する。
──潜伏。
ゴーレムは消えた俺を追ってキョロキョロと首を動かす。
そして、俺は俺の準備を整える。よし、あとは俺が耐えるだけだ。拾っておいた石ころを投げてメアリーに合図を送る。メアリーがこくりと頷くのが見えた。
無防備なゴーレムにメアリーが正面から向かい合い、払うように右腕を動かす。それに合わせて空中に無数の「穴」が発生した。
「有限の無限」
その言葉を合図に無数の「穴」から火球がゴーレムへ向かって一直線に飛び出した。それはさながら機関銃でも撃っているかのようで、この部屋は爆音に包まれる。
これは元素の魔石の保有する無限に近しい魔力を用いた無秩序な攻撃だ。ただひたすらに火球を打ちこむ。それだけの魔法。しかし水滴も年月をかければ石を穿つ。無限に放たれる火球がゴーレムを削らない道理はない。──しかし。
メアリーの体力が先に限界を迎えてしまう。魔法を打つことでの消耗。それも火球ひとつを飛ばすだけならたいしたことではないが、無限ならそうはいかない。
爆音が収まり、土煙の幕が開ける。そこには仁王立ちするゴーレムの姿。
しかしそれが動くことは二度となかった。
「なんとかなるもんだな」
俺は自分の右手に握られたものを見ながら、ハハと乾いた笑いを漏らした。俺の右手にはゴーレムの核が紫に輝いている。
「やったじゃない!」
メアリーがヘロヘロになりながら、それでも俺へ向かって微笑んだ。俺はメアリーのそばまで駆ける。
「お疲れ。お前こそやるじゃねえか」
「お互い様ね。核を盗むとか言い出した時はどうなることかと思ったわよ」
そう、俺の作戦は核をスルことだった。メアリーが絶えずゴーレムの身体を削り続け、俺がその間にゴーレムから核を盗む。もちろん、ゴーレムによじ登り、メアリーの魔法に当たらないよう立ち回る必要はあったが。
「盗みは俺の本職だからな。当然それくらいは出来る」
「呆れた」
そう笑うメアリーがふと怪訝な顔を見せた。
「どうした?」
「その核、ちょっと見せて」
するとメアリーは核をしばらく弄り回し、その中からぬるりと何かを取り出す。
「ん?」
「何かしら、これ」
「いや、それはどう見たって」
鍵、だった。見慣れた鍵だ。俺は周囲を見渡す。
「あそこ、か?」
ちょうどゴーレムの真後ろに扉が見えた。きっとそこの鍵なのだろう。
動けないメアリーを背負い、気絶中のジンを起こす。そして三人でその扉の前へ移動した。
「メアリー、鍵貸してくれ」
「あー、うん。……使える?」
「ん? ああ、そりゃあな」
何言ってんだ?
そう内心で毒づいて、俺はシリンダー錠に鍵を刺した。……ん?
──シリンダー錠?
強烈な違和感。当然だ。この世界で俺は一度もシリンダー錠を見ていない。その瞬間にゴーレムを見て感じた違和感の正体を理解した。
「そうか、この遺跡は──」
鍵を、回す。




