第62話 メアリー=バーンは動かない
「お腹すいた」
森へ向かう道中、メアリーが不満げに呟いた。
「ほら、そこに草が生えてるぞ」
「食えって言うの!?」
「もう少しで到着ですから我慢してください」
モヒカンからはいくつかのクエストを教えてもらったが、俺たちが選んだのは「行方不明者の捜索」だった。
「聞いて驚け。行方不明者は二十三人! 最初は五人しかいなかったが、クエストを受注した人間はことごとく消息を絶っている」
とはモヒカン男の談である。つまり全員見つければ二十三ポイント。依頼者を合わせて二十五ポイントだ。
「あー……無理ー。今回は私のこと戦力に数えないでね」
「それこそ無理だ。メアリー、お前がいなければ俺たちは全滅すると思え」
「何その新手の脅し」
まったく困ったものだ。先程からメアリーはやれ疲れた、やれお腹すいた、やれおぶってくれと、文句ばかり吐いてくる。
「何でそんなに疲れてんだよ。いつもは少し戦ってもピンピンしてるだろ」
「あの怪物殺すために魔法使ったでしょ? あれのせいよ」
確かにあれから随分と疲労していたようだったが……そう言われると参るな。
「あれ? でも元素の魔石ってそんな副作用ありましたか?」
「違うわ、ジン君。魔法そのものの副作用よ。火刑は術者にも負担の大きい魔法なの。元素の魔石を経由したわけでもないから余計にね」
……? 前半は理解した。ただ後半はどういう意味だ?
同様の疑問をジンも抱いたらしく、俺たちは二人そろって首をかしげる。
「あー、もう。二人ともちゃんと勉強しなさい! 良い? 魔法には直接置換魔法と概念置換魔法があるのは知ってるわね?」
「知らん」
「知りません」
スーッとメアリーの顔が青ざめる。
「これがゆとり教育の弊害……!」
あるのか、ゆとり教育。
「そもそも僕は学校行ってないので」
「あー、そっか。ずっと孤児院で暮らしてたんだっけ? ジン君は」
「ええ。読み書きと計算は院で習いましたけど。魔法は使える人がいなかったので」
……おっも。俺は普通に学校には通えてたからなぁ。
「まあ、魔法には直接置換魔法と概念置換魔法があるのよ。それぞれ簡単に説明するわね」
心なしか、メアリーの口調も柔らかくなったような気がする。こいつの出自もまあ謎だけどな。
「直接置換魔法は魔力元素の火・水・風・土そのものを具現化する魔法。こんな感じにね」
メアリーが人差し指を立て、その先に小さな火をともす。
「ほーん。で、概念置換魔法は?」
「まあ……そうね。例えば瞬間移動は魔力元素の中だと風が一番それっぽくない?」
それっぽい? ……そうだな、火・水・土のイメージは湧かないかもしれない。
「それっぽい」
「それっぽいです」
「ヨシ。そういうことよ」
どういうこと!?
「説明が雑過ぎるだろ」
しかしジンからは文句が出ない。視線を向けると、ジンは伏し目がちに顎に手を当てて考え込んでいる。すると「ああ」と独り言ちて顔を上げた。
「つまり魔力元素の性質やイメージを魔法として出力するということですか」
「その通りよ。流石ねジン君」
「何でそこまでわかるんだよ!?」
地頭は良いタイプかよクソ!
「元素の魔石は直接置換魔法しか対応してないから、私は単純に魔石から魔力だけを利用して火刑を使用したわけ。つまり! とても疲れたの!」
「そうか。森にも着いたし張り切って俺たちを守ってくれ」
「サヌマ話聞いてた?」
森へ足を踏み入れると、鬱蒼とした雰囲気がのしかかる。木々が光を遮り、森の中は薄暗い。鳥の鳴き声が気味悪さを演出していた。
「広そうな森だな」
そう呟くと、メアリーがため息交じりに返答する。
「まあ適当にウロウロしてたら見つかるわよ」
「脳筋作戦やめろ」
とは言え、行方不明者を探す明確な策があるかと問われれば答えには詰まる。わかっているのは「最初の行方不明者が最後に出かけたのがこの森である」こと。そして「捜索者がこの森へ入ってから戻ってきていないこと」だけである。
とりあえず前へ歩みを進めていると、ジンが一本の木の前で立ち止まる。
「どうした?」
「……ちょっとコレ見てもらえます?」
ジンが見ていた木には傷がついていた。明らかに自然についたものではない。ナイフでつけられたような、人工的な傷。
「おお! ナイスだジン!」
行方不明者の誰かが目印につけた傷の可能性が高い。勿論別の誰かかもしれないが、むやみやたらに探すよりは良いだろう。
「近くに同じような傷がないか探してみましょうか」
案の定、別の木にも傷が見つかった。
その傷を辿り数時間、おそらくは森の深奥部。
「あれ……か?」
そこに、人が眠っていた。おそらくは二十人ほどの人間が、一つの大木を囲むように倒れている。
「やっっっっと見つけた!」
疲労が蓄積していたメアリーは、やっと解放されると言わんばかりに駆け出す。
「おい、不用意に――」
それを言い終わる前に、何か小さなモノが勢いよくメアリーへ向かって飛んできたのを視認する。そして――パクリ、とその何かはメアリーの口へ吸い込まれる。
「え、何? 何食ったんだメアリー!」
「ペッて! ペッてしてください!」
何だその言い方……既視感あるな。あー、あれだ。
「お母さん?」
「誰がですか!?」
ツッコミながらジンはメアリーに駆け寄り、背中をさする。……お母さんじゃん。
「大丈夫ですか!?」
「うーん、多分。……それよりあの人たちを助けましょ」
しかし言葉とは裏腹に、メアリーは大木とは逆方向に歩きだした。
「ちょっと、どこ行ってるんですか?」
思わず、と言うようにジンがメアリーの手を取って引き留める。
「あ、あれ? おかしいわね……あっちに向かうつもりだったのに」
「おい、本当に大丈夫か? 悪い、無理させすぎたな。救出は少し休んでからにするか?」
「らしくないわねサヌマ。大丈夫って言ってるじゃない。はやくクエストをこなしましょ」
しかし、そう言いながらメアリーはその場で腰を下ろす。
「……え? どっちだよ」
「おかしいわ。私は座るつもりなんて……」
どういうことだ? ……意志と行動があべこべになってる?
その時、辺りにウキーと甲高い泣き声が響いた。見ると大木の枝で三匹の猿がニヤニヤと笑っている。いや、待て。あの猿……角が生えてる?
「風猿よ、気を付けて! 戦うわよ!」
しかしメアリーは立ち上がらない。メアリーの頬に汗が伝る。
「……う、動けないわ」
まずい。メアリーは戦えない。俺とジンでやるしか……!
ヒュンと空を何かが切る。何かが近づく気配を感じ、咄嗟にバックステップを踏むが、その何かは胸元をかする。これは――
「風か!?」
刃のような風は俺が胸元にぶら下げていたネックレスを切り裂いた。あの監獄でシルビアからもらったネックレス。それは地面に落下する。
考えるよりも前に身体が動いていた。姿勢を崩したままネックレスに手を伸ばす。そのあからさまな隙を風猿は見逃さない。いつの間に移動したのか、風猿の一匹が俺の頭上から手痛い一撃をくらわした。
「ぐは」
そして俺が地面に伏す前に、おそらく待機していたのであろう別の風猿が顎に強烈なアッパーを叩き込む。上方向の一撃を食らった俺の顔は空を見上げる。その視線の先には、また別の風猿がいた。
その魔物は俺の口に何かをぶち込んでくる。
――木の実か?
ある仮説を立てる。メアリーの妙な行動は、あの時口にしたものが原因だったのではないか。そしてそれと同じものを飲み込んだ俺は――
もしかして、戦闘不能?




