第59話 地下室にはたいてい何かがある
「なあ師匠。いい加減、その拳銃を触らしてくれよ」
「ああん? お前にはまだ早えよ。ナイフを振ってるのがお似合いだ」
そう言って笑うのは五十も過ぎた白髪の男。俺が師匠と仰いでいた……いや、仰がされていた男だ。
「ナイフよりそっちの方がよっぽど身を守れるぜ」
「生意気言ってんじゃねえよ。まずはナイフ振ってそのクソ体力どうにかしやがれ」
「……一生どうにもならねえ気がするんだよな」
「ブハハハハ! かもな!」
俺はこの男のことを信頼していたわけではない。当然、それはこいつも同じだった。
「人間なんざ信じるもんじゃねえ。俺含めてな」
それが男の――師匠の口癖だった。そう、口癖だった。この男はすでにこの世にいないはずだ。あれ? ならどうして目の前に?
それに気づいた途端、目がくらんだ。映画を早送りしたみたいに映像が切り替わる。男の最期の瞬間に。
「でもよぉ。もしもお前に……仲間なんてのが出来ちまったらよぉ――」
「……さん……起きてください、サヌマさん!」
身体を揺すられ、ぼんやりと意識が戻ってくる。最初に目に入ったのはジンの顔だった。
「いっつつつ……あれ? 俺どんくらい寝てた?」
「ちょっと気絶してただけです。一分も経ってませんよ」
「それより、はやく脱出するわよ」
メアリーもどうやら無事らしく、舌打ちをして苛立たし気に頭を掻いている。
「まったくあのクソ店主は何を考えてるのかしら」
確かに、店主の行動に意味を見出すことはできない。初対面だから恨みを買っているわけではない。指名手配も解除されている。
まあ、考えるのも良いがとりあえず寝ころんだままでもいられない。身体についた砂を払いながら立ち上がった。
「確かに、俺たちを罠にはめる理由がないな」
「フン! さっさとここを出て問い詰めてやろうじゃない」
メアリーが指をポキポキと鳴らす。
「そうは言いますけど、どうやって?」
「何言ってるのよジン君。あの扉から出るに決まってるじゃない」
メアリーの言葉に俺とジンは呆れる他ない。
「いやいや、無理だろ。どうせ鍵はかかってる。壊すにしても金属製だぞ」
「関係ないわ。金属なら私の炎で溶かして――ちょっと待って。何か聞こえない?」
とんでもない脳筋作戦を語りだしたメアリーは突如周囲を警戒し、耳を澄ます。
俺も眼を閉じて周囲の音に注意を払うと、確かに妙な音が聞こえる。いや、音と言うよりは……声? 呻き声か?
「危ない!」
鋭い殺気。それを感じて咄嗟にメアリーとジンを押し倒す。頭上を何かが掠めた。その何かは壁に衝突し、すぐにこちらへ向き直る。
「何だこいつ!? 魔物か!?」
「いや……違うわ。角がない」
よく見ると、確かに角はない。しかし――
「じゃあ何だって言うんだよ……」
それは人型をしていた。けれど決して人ではない。著しく大きな顔、鋭く伸びた爪、強靭な尾。目は四つあり、鼻はない。口からは青色の液体をぽたぽたと滴らせている。ありていに言うと……
「キモイな」
「キモイですね」
「キモイわね」
俺たちの言葉に反応したのかは分からないが、それ――怪物と仮称する――は俺たちへ鋭い爪を向ける。
「メアリー……魔法を」
息を飲む。この怪物を放置すれば大変なことになる。そんな予感がした。
「分かってる。すぐに終わらせるわ」
そうメアリーが右腕を上げた時。殺気。先程と同じ殺気が――
「ジン! 後ろだ!」
「え?」
ジンが振り返るのと同時に怪物の爪がジンに――いや、ジンのバスターソードに当たりキィキィと不快な音を鳴らした。
相変わらず運のいいやつだ。
「待ってろ! 今この銃で」
魔銃を怪物に向ける。狙いを定めて引き金を引こうとした。けれど、俺の指は動かない。再び殺気を感じたのだ。すぐ後ろに。
もう一匹怪物がいた。怪物の攻撃を俺はかろうじて躱す。距離を取り、もう一度魔銃を構える。そして、あることに気付いた。
「おい、おいおい。マジかよ。どこから出てきたんだよ……!」
怪物の後ろにまた別の怪物がいる。その後ろにも。またその後ろにも。
「いったい何匹いるんだ……!?」




