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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第54話 ナーシャ=ハマックは気付いてる

「えっと……誰?」


 ようやく出た言葉は、そんなシンプルな疑問だった。緑のドレスを着た男は不服そうに頬を膨らませる。……やめろ、かわいくないから。さすがに口にはしないが。


「失礼しちゃうわ。命を二度も救った恩人だっていうのに」


「命を……救った?」


「そうよ。虚数領域にいる君を引きずり上げてあげたの。感謝しても良いのよ?」


 どうにも信じられないのは、この男の奇妙な風貌のせいだろうか。顔はキリっとしていて厳つく、身体全体が鍛えられていて筋肉が盛り上がっているのにも関わらず、この格好だ。明らかに女もののドレスと、白の髪飾り。それと口調。


 これはいわゆる……オネエという奴か?


 このオネエの言葉は真実なのか。そう疑問に思い、メアリーの顔を見る。するとメアリーは残念そうに首を振った。


「そう……あいつがサヌマを助けてくれたわ」


「何でそんな嫌そうなの?」


「聞かないで……!」


 あ、そう。どうやら立ち入らない方が良さそうな雰囲気だ。


「ところで」


 先程のオネエの言葉の中で、一つ気になることがあった。俺はオネエに視線を戻す。


「命を()()も救ったってのは、どういう意味だ?」


「言葉通りだけど? まあ、『命を救った』は言い過ぎかもしれないわねぇ」


「いつ俺が救われたって?」


「そりゃあ、そこの彼と決闘してるとき」


 オネエが指さしたのは、ミストリア……に背負われているランブルーだった。

 決闘、と言えばこの町に来てすぐにランブルーに挑まれたな。あれは……そうだ、ランブルーがいつの間にか場外に出ていて……


「まさか」


 そう言うと、オネエは満足そうに笑った。


「そのまさか。私の魔法で彼を場外に移動させました~。あの蹴り技食らったら、さすがにヤバそうだったし?」


「何!?」


 反応を示したのはぐったりと情けない姿を晒しているランブルーである。


「あれはサヌマの力じゃなかったのか!?」


 本気で信じてたのか、こいつ。


「あはは。その子お馬鹿ね~。大変でしょ? ミストリアちゃん」


「まあ、それなりにはね……ん? なぜ私の名前を?」


 ポカンと口を開けるミストリア。それとは対照的にオネエは酸っぱそうに口を固く結んだ。


「ショック~! まさか忘れちゃったの!? 私よ、わ・た・し! お姉さんショックだわ~!!」


「お姉さん!?」


「サヌマく~ん? そんな失礼な態度取ってたら、虚数領域に沈めるわよ~?」


「すみませんでした!」


 意味消失とかもう勘弁です!


「お、素直な男の子は嫌いじゃないわよ」


「あはは、オネエさんは勘弁願います」


「あら? 年上のお姉さんは苦手かしら~」


「そうですね。オネエさんは苦手です」


 そんな軽口を交わしつつも、俺は周囲の異変を感じ取っていた。……外が異様に騒がしい。いや、別にうるさいわけではないのだ。ただ……


「ふーん。人の気配には敏感なのね。さすが泥棒ね~。お察しの通り、この美術館はすでに警察によって囲まれているわ」


 流石にそこまでは察していませんけど!?

 しかし、否定できる話でもない。俺たちが侵入したときにはすでに客の避難が開始されていた。警察が大量に押し寄せてきてもおかしくはないだろう。


「脱出するにしても……」


 そう独り言ちる。俺はすでに潜伏を使用しすぎた。一度虚数領域に囚われてしまった以上、再び潜伏を使用するのは無理がある。


「仕方ないわね~。私が運んであげる」


「……運ぶ?」


「そ。私の魔法なら君たちのギルドハウスまでひとっ飛びよ~」


 オネエはそうお茶らけているが、魔法でそんなことができるんだろうか。ここには俺以外にもメアリー、ジン、ミストリアにランブルーまでいる。そんな大規模なことが……?


「あんた、何者だよ」


「ん~、そんなことよりサヌマくん。そこにいる女の子は、どうするのかな~?」


 女の子? オネエの視線を追うと、階段の端っこからナーシャが俺たちの様子をうかがっていた。


「どうするって言ってもな……」


 すると俺たちが気付いたことをナーシャも察したようだ。テケテケと俺たちのもとへ駆け寄ってくる。


「し、師匠……その、ごめんなさい、でした。あと、ありがとう、ございました」


 深々と頭を下げられる。言葉遣いも無理矢理に丁寧にしているのがうかがえた。


「何しに来たんだ?」


「ちょっとサヌマさん、そんな言い方」


 ジンが小突いてくるが、無視する。


「その」


 ナーシャは唾を飲み、それから意を決したように俺の目をまっすぐに見つめていた。


「私を、連れて行ってくださいッス!」


「ダメだ」


 ナーシャの願いを、俺は拒絶した。美術館が静まり返る。どこかから漏れ入ってきた風の音が、やけに鮮明に聞こえていた。


「じゃ、じゃあ何で……!!」


「一度裏切った人間を、仲間に入れるわけがないだろう」


「それは」


「この一件でお前の父親――クリスタが捕まるわけでもない。お前もクリスタも被害者だ。鑑定の魔石盗難のな」


 ポケットに入れておいた賢者の石をナーシャに見せる。


「もう俺とお前は対立関係になったんだ。わかるだろ?」


「でも、それでも!」


 ナーシャの反論を、俺はそれ以上聞こうとはしなかった。


「もうお前と、会うこともないだろう」


 対話を拒否するように、ナーシャに背中を向けた。


「……わかったッス」


 コツコツと足音が上の階へ消えていく。


「無茶苦茶なこと言ってたわね」


 メアリーが隣で寂しそうに微笑んでいる。


「そうでもないだろ。詭弁には自信があるんだ」


「詭弁って言っちゃってるし」


 もし。もしも、ナーシャが俺たちに付いてくるのだとしたら、なぜ俺はあいつの願いを聞いたんだ。


「あいつは――ナーシャはここで」


「わかってる」


 メアリーの見透かしたような瞳が煩わしい。


「別にわかってほしいわけじゃ」


「あの子もきっと、わかってるわ」


「お前人の話聞かないよね」


 別に、ヒール役がどうこうってのは、今さらの話なんだ。きっと、おぎゃあと産声を上げた時から俺の性分は決まっていた。悪党として生まれた俺が、今さら誰かから嫌われたって本当に今さら何? という話だ。


「話はまとまったかしら~ん?」


 オネエが尋ねる。


「ああ。頼む」


「オッケ~。君たち五人をギルドハウスに送るわよ?」


 そう言うとオネエは空中になにやら文字を描き始めた。それを書き終えた途端、俺たち五人とオネエの周囲を青い正方形の光が包み込んだ。


「さあ、飛ぶわよ~」


 その時だ。ドタバタと慌ただしい足音が耳に届く。


「師匠!」

 彼女の言葉に答える時間なんてなかったけれど、でも。

「私はいつだって、師匠の弟子ッスから!!」


 そんな言葉で、なぜか俺は安心してしまったのだ。




「はい。到着~」


「マジで着いた……」


 間違いなく、ここは色彩の欠いた傭兵団(カラーレス)のギルドハウスである。とりあえず、警察のお世話にならずに済んだようだ。


「ところで」


 息を吐いて、オネエに視線を送る。


「いい加減、あんたが何者か教えてもらおうか」


「やだ~命の恩人に対する目じゃないんだけど~」


「とぼけるなよ」


 するとオネエは諦めた様に肩を落とした。


「でもまあ、自己紹介は大切よね。うん。わかった。

 ……私は七人の賢者の一人、空間の賢者ことルーム=スペックよ。よろしく~」




第2章「鑑定の魔石とクライシスマーケット」――end

お知らせを活動報告に書いたので読んでくだせい

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