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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
53/88

第53話 魔女は泣き、泥棒は目を覚ます

View point――メアリー=バーン


 ……さん。


 何か、聞こえる。


 ……ア……さん。


 これは、私を呼ぶ――


「メアリーさん!」


 その声で、目を覚ます。

 目に映るのはジン君とランブルー君……を背負ったミストリアさん。ジン君は私が目を開けたのを確認すると、安心したように息を吐いた。


「良かった。目を覚ました……!」


「あれ? ここ、は?」


「クレストブルク美術館です。覚えてませんか?」


 そう言われて、思い出す。クライシスマーケットでの作戦中に、ナーシャちゃんから頭部へ一撃を食らったのだ。そして連れてこられたのが、この美術館というわけだ。


 ミストリアさんがいるのを見るに、どうやら彼女たちと手を組んで私を助けに来てくれたようだ。……まさか、私にそんな人たちができるなんて。前なら考えられないわね。


 しかし――


「サヌマの姿が見えないわね。何? まさか君たちに丸投げしたわけじゃないわよね?」


 そう冗談めかすと、ジン君はポカンとした顔でこう言った。


()()()()()()()()()?」


 ……え?


「誰って、サヌマよ、サヌマ。何? からかってるの? それとも喧嘩でもした?」


「あの、大丈夫ですかメアリーさん。頭を打ったから記憶が混濁しているんじゃ……?」


 心配そうな顔を向けるジン君。私の混乱はますます激しくなってくる。


「い、いい加減にして! ふざけてる場合じゃないでしょ!? サヌマはサヌマよ。ジン君が脱獄したのも、今こうして一緒に旅をしてるのも、サヌマがいたからでしょ!?」


「……いや、監獄長を殺して、脱獄して、今こうしているのは……メアリーさんが僕を巻き込んだからですよね?」


 おかしい。


 流石に異常事態だ。まさか、記憶に対して干渉を? いやしかし、鑑定の魔石にそこまでの能力はないはず。ならどうして……


「あ」


 声が零れ落ちる。


 そうだ、潜伏だ。ただの人間の身であの魔法を酷使すれば、虚数領域の底まで落ちる。そうなればサヌマはもとから「いなかった」ものとして世界自体が改竄かいざんされ、当然記憶も干渉を受ける。


 でも、あのサヌマがそうなるまで潜伏を使うだろうか? 

 その疑問の答えはすぐに出た。そうだ。私が教えた虚数潜伏なら……


 血の気が引いていくのを感じる。私のせいで、サヌマがこの世界から消えた? いや、まだだ。まだ私が覚えている。完全に虚数領域に囚われたわけじゃない。

 起き上がれ。まだ間に合う!


「サヌマ! どこなの! サヌマ!」


 地下室を飛び出して、一階へ出る。


「サヌマ! 返事をして!」


 そう言いながら、でたらめに走り回る。後ろからジン君たちが追いかけてきたが構わない。


「サヌマ! サヌマ!」

「聞こえてるでしょ! サヌマ!」

「サヌマ! お願い! 返事を……」


 その先の言葉が出ないまま、私は膝から崩れ落ちた。ダメだと、理解してしまったのだ。虚数領域は外部から干渉を受けない。私の声が届くはずがない。私が何をしたって、サヌマがあそこから抜け出すことは……


 目の前の床に水が落ちた。ポタリ、ポタリと落ちていた。水滴は落ちるのをやめてくれない。


 ――ああ、こんなにも大切だったのに。


 私のせいだ。私のせいで、サヌマは……!


「あらぁ? 珍しいこともあるのねぇ? まさか、あんたが泣くなんて」


 その不躾で、相手をあざけるような声には、聞き覚えがあった。



View point――佐沼真


「サヌマさん」


 気付くと誰かが俺を呼んでいた。目を開けると、暗い空間の中に少女が見えた。中高生くらいのあどけない顔立ち。どこかで見た気がしたけれど、なぜか名前が思い出せない。


 ――あんたは。


 誰だ? そう言いたいのに声が出ない。口をパクパクとするだけで、はたから見たら金魚のように映っているかもしれない。


「ダメですよ」


 ――何が?


 けれどやはり、それは声にならない。


 少女は微笑を浮かべて人差し指を上へ向けた。それを追うように顔を上げる。暗闇の中にそこだけ光が射している。


「まだ、こちらに来てはダメです」


 それはどういう――


 口を動かそうとしたその瞬間、身体がふわりと浮き上がる。暗い海のようなこの場所が次第に遠くなっていく。

 どういうわけか、俺は少女に手を伸ばしていた。


 ――お前もこっちに!


 そう言いたくても声は出ない。

 少女はゆっくりと首を振り、最後にこう言った。


「アクセサリー、まだ持っていてくれたんですね」




「……カハッ!」


 肺に入った海水でも吐き出すように、俺は起き上がった。


 ……なんだ、今のは。夢? ここはどこだ? 俺は今どうなってる?

 混乱する頭の中で、少女が言った最後のセリフがいやに残っていた。


「……アクセサリー」


 胸元を見る。

 かつて監獄でシルビアから預かったアクセサリーが光っていた。


「サヌマ!」


 突然、横から衝撃を受ける。何事かと思えば、目に入ったのは見覚えのある青色の髪。


「メアリー!? ん? いや、お前捕まってたんじゃ」


「そんなことどうでも良いわよ! 良かった。あんたが無事で……本当に!」


 な、泣いてるのか? どうしてこんなことに……いや、そうか、潜伏の副作用か。つまり俺は、世界から認識されなくなり、要は死んでいたと。……いやいやいや。ああ、でも、そうか。


「シルビアが助けてくれたのかもな」


「あっらーん? 聞き捨てならないわねぇ?」


 背後から高めの声が聞こえる。咄嗟とっさに振り返る。


 そこには、薄緑のドレスを着て、足はスラっと長く、頭には白い花の髪飾りが目立つ……胸板の厚い男が立っていた。

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