第53話 魔女は泣き、泥棒は目を覚ます
View point――メアリー=バーン
……さん。
何か、聞こえる。
……ア……さん。
これは、私を呼ぶ――
「メアリーさん!」
その声で、目を覚ます。
目に映るのはジン君とランブルー君……を背負ったミストリアさん。ジン君は私が目を開けたのを確認すると、安心したように息を吐いた。
「良かった。目を覚ました……!」
「あれ? ここ、は?」
「クレストブルク美術館です。覚えてませんか?」
そう言われて、思い出す。クライシスマーケットでの作戦中に、ナーシャちゃんから頭部へ一撃を食らったのだ。そして連れてこられたのが、この美術館というわけだ。
ミストリアさんがいるのを見るに、どうやら彼女たちと手を組んで私を助けに来てくれたようだ。……まさか、私にそんな人たちができるなんて。前なら考えられないわね。
しかし――
「サヌマの姿が見えないわね。何? まさか君たちに丸投げしたわけじゃないわよね?」
そう冗談めかすと、ジン君はポカンとした顔でこう言った。
「サヌマって誰ですか?」
……え?
「誰って、サヌマよ、サヌマ。何? からかってるの? それとも喧嘩でもした?」
「あの、大丈夫ですかメアリーさん。頭を打ったから記憶が混濁しているんじゃ……?」
心配そうな顔を向けるジン君。私の混乱はますます激しくなってくる。
「い、いい加減にして! ふざけてる場合じゃないでしょ!? サヌマはサヌマよ。ジン君が脱獄したのも、今こうして一緒に旅をしてるのも、サヌマがいたからでしょ!?」
「……いや、監獄長を殺して、脱獄して、今こうしているのは……メアリーさんが僕を巻き込んだからですよね?」
おかしい。
流石に異常事態だ。まさか、記憶に対して干渉を? いやしかし、鑑定の魔石にそこまでの能力はないはず。ならどうして……
「あ」
声が零れ落ちる。
そうだ、潜伏だ。ただの人間の身であの魔法を酷使すれば、虚数領域の底まで落ちる。そうなればサヌマはもとから「いなかった」ものとして世界自体が改竄され、当然記憶も干渉を受ける。
でも、あのサヌマがそうなるまで潜伏を使うだろうか?
その疑問の答えはすぐに出た。そうだ。私が教えた虚数潜伏なら……
血の気が引いていくのを感じる。私のせいで、サヌマがこの世界から消えた? いや、まだだ。まだ私が覚えている。完全に虚数領域に囚われたわけじゃない。
起き上がれ。まだ間に合う!
「サヌマ! どこなの! サヌマ!」
地下室を飛び出して、一階へ出る。
「サヌマ! 返事をして!」
そう言いながら、でたらめに走り回る。後ろからジン君たちが追いかけてきたが構わない。
「サヌマ! サヌマ!」
「聞こえてるでしょ! サヌマ!」
「サヌマ! お願い! 返事を……」
その先の言葉が出ないまま、私は膝から崩れ落ちた。ダメだと、理解してしまったのだ。虚数領域は外部から干渉を受けない。私の声が届くはずがない。私が何をしたって、サヌマがあそこから抜け出すことは……
目の前の床に水が落ちた。ポタリ、ポタリと落ちていた。水滴は落ちるのをやめてくれない。
――ああ、こんなにも大切だったのに。
私のせいだ。私のせいで、サヌマは……!
「あらぁ? 珍しいこともあるのねぇ? まさか、あんたが泣くなんて」
その不躾で、相手を嘲るような声には、聞き覚えがあった。
View point――佐沼真
「サヌマさん」
気付くと誰かが俺を呼んでいた。目を開けると、暗い空間の中に少女が見えた。中高生くらいのあどけない顔立ち。どこかで見た気がしたけれど、なぜか名前が思い出せない。
――あんたは。
誰だ? そう言いたいのに声が出ない。口をパクパクとするだけで、はたから見たら金魚のように映っているかもしれない。
「ダメですよ」
――何が?
けれどやはり、それは声にならない。
少女は微笑を浮かべて人差し指を上へ向けた。それを追うように顔を上げる。暗闇の中にそこだけ光が射している。
「まだ、こちらに来てはダメです」
それはどういう――
口を動かそうとしたその瞬間、身体がふわりと浮き上がる。暗い海のようなこの場所が次第に遠くなっていく。
どういうわけか、俺は少女に手を伸ばしていた。
――お前もこっちに!
そう言いたくても声は出ない。
少女はゆっくりと首を振り、最後にこう言った。
「アクセサリー、まだ持っていてくれたんですね」
「……カハッ!」
肺に入った海水でも吐き出すように、俺は起き上がった。
……なんだ、今のは。夢? ここはどこだ? 俺は今どうなってる?
混乱する頭の中で、少女が言った最後のセリフがいやに残っていた。
「……アクセサリー」
胸元を見る。
かつて監獄でシルビアから預かったアクセサリーが光っていた。
「サヌマ!」
突然、横から衝撃を受ける。何事かと思えば、目に入ったのは見覚えのある青色の髪。
「メアリー!? ん? いや、お前捕まってたんじゃ」
「そんなことどうでも良いわよ! 良かった。あんたが無事で……本当に!」
な、泣いてるのか? どうしてこんなことに……いや、そうか、潜伏の副作用か。つまり俺は、世界から認識されなくなり、要は死んでいたと。……いやいやいや。ああ、でも、そうか。
「シルビアが助けてくれたのかもな」
「あっらーん? 聞き捨てならないわねぇ?」
背後から高めの声が聞こえる。咄嗟に振り返る。
そこには、薄緑のドレスを着て、足はスラっと長く、頭には白い花の髪飾りが目立つ……胸板の厚い男が立っていた。




