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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第51話 佐沼真の戦い方は

 View point――佐沼真


「まさか来てしまうとはね」


 館長室の扉を開けるとまず、その言葉が耳に入った。

 言葉の主は初老の男……いや、老けて見えるがヤツれているだけか? ともかく、この男がナーシャの父にしてクレストブルク美術館の館長、クリスタ=ハマックなのだろう。


「未来が見えているんじゃないのか?」


 俺はつい、そんな皮肉を口にする。クリスタは椅子に深く腰掛けて、しわがれた笑みを浮かべた。


「コソ泥風情のために鑑定の魔石の能力を使うなど、業腹ごうはらだろう? そも、この未来視は確定未来を観測できるわけではない」


 丸眼鏡の奥に見えるクリスタの眼はどこか虚ろだった。彼は突然、イラついたようにその白髪を掻きむしる。


「ああ、本当に。本当に業腹だ。……どうして、あいつは失敗ばかりするんだ。私が幕に出るなど、本来あってはならないことだというのに」


「あいつ……?」


「フッ。貴様を裏切った娘のことだ」


 クリスタはわずかに口角を上げる。


「貴様は、あれをどうした? 気絶させたか? 説得したか? それとも、殺したか?」


「鑑定の魔石で調べれば良いだろ」


「……言いたくないのかね?」


 何だ、さっきから。鑑定の魔石を使いたがっていないのか?

 ともあれ、まずはメアリーの居場所を聞き出さなくては。


「メアリー=バーンをどこにやった?」


「地下室だよ」


 ……ん?


「は?」


「だから、地下室だ。聞こえなかったかね?」


「いや、何ですんなり教えるんだよ」


 まさか答えるとは思っていなかった。実力行使で無理矢理聞くつもりだったのに。拍子抜けだ。


「決まっている。賢者の石を奪い、君をここにおびき寄せた時点であれの役目は終わっている」


「何?」


「君を逃がすつもりはないと言っているんだ。すでに扉には魔術的ロックをかけさせてもらった」


「俺なんかを呼び寄せて、一体何がしたいんだ?」


 そう言うと、クリスタは眉間にしわを寄せ呆れたような声を出す。


「潜伏の魔石のために決まっているだろうに」


 ああ、なるほど。潜伏を使える俺が、賢者の石を持っていると勘違いしたのか。それでメアリーは……


「そんなもんは知らん。まあ良い。俺を逃がすつもりがないなら好都合だ」


「何だと?」


「あんたを元に戻すよう、頼まれたんでね」


 懐から短剣を取り出し、構える。


「戯言を」


 クリスタは椅子から立ち上がって、杖を地面につく。


 俺は腕を前に構えた。ナーシャの指から抜き取った元素の魔石。それを利用しない手はない。想像しろ。思い出せ。メアリーがいつも放っていた炎を……!


 しかし、それは不発に終わる。おかしい。そう思ったのと同時に、息苦しさに襲われる。


「……! ケホ、ケホ!」


 クリスタはあきれ果てた顔で俺を一瞥した。


「……元素の魔石を使おうとしたのか? 神話級の魔法を複数使いこなせるわけないだろうに」


 クソ、使えないのか? なら仕方ない。


 ――潜伏。


 すでに数分、潜伏を使用している。あまり長くは戦っていられない。速攻で片を付けて、鑑定の魔石を奪う!


 駆ける。クリスタの真横に滑り込み、潜伏を解除する。思い切り短剣を振るった。しかしクリスタは紙一重でそれを避ける。


「クソ!」


 もう一度潜伏。今度は逆方向から仕掛ける! 潜伏を解除し、斬撃。しかしまたもや、それは紙一重で躱された。


 何度も、何度も攻撃を繰り返す。しかしそれは必ず紙一重で躱され、クリスタにはかすりもしない。


 シュッ!


 短剣が空を切る。また失敗か。そしてもう一度潜伏しようとしたその時。右腕に一つの違和感を抱く。何か、熱い?


 見ると右腕に刃が突き刺さっている。

 どうして? クリスタは武器を持っている風ではなかった。持っていたのは――


 視認すると同時に、理解する。クリスタの持っていたはずの杖の半分が、鋭い銀の刃になっていた。


「仕込み刀……!」


「フン」


 鼻息を吐きながら、刀が右腕から引き抜かれる。


「ぐ……!」


「ふむ、叫ばぬか。根性はあるのだな」


 そう言いながら、クリスタが俺の顔に向けて刀を一突き。顔をそらして避けると、横薙ぎに一閃。何とか躱したものの、俺は上体を逸らした不安定な体勢になる。そこに足を引っかけられる。


 転倒。気付くと目の前に仕込み刀が向けられていた。

 一切無駄のない動きだ。武術の心得など無さそうな美術館の館長に、なぜここまで追い詰められる?


「……! 未来視!?」


「やっと気づいたか。コソ泥」


 鑑定の魔石は未来視が可能だ。てっきり遠くの未来を観測するものだと思っていたが、そうか、直近の未来を視れば戦闘にも応用できる。


「終わりだ」


「いや、まだだ」


 潜伏。しかしすかさず刃が振るわれた。すでに退避していたために当たりはしないが、潜伏状態でも流石に切られたら怪我はする。冷や汗ものである。思い切りのいいジジイだ。


「……ちょこまかと」


 少し鑑定の魔石を甘く見ていた。未来視で俺がどこに現れるか、どうやって攻撃するかがわかれば、当然それを回避するのは簡単だ。どうする? どうすればクリスタを……?


 ――潜るのよ。


 ふと、そんなセリフを思い出す。それはメアリーとの特訓中の言葉だった。俺は潜伏を最大限上手く扱えるように、彼女にレクチャーを頼んだのだ。






「サヌマがいるのは、まだ浅瀬なのよ」


 メアリーは頬杖をついて俺に言う。


「浅瀬?」


「そ。潜伏は不干渉領域に身を置く魔法でね。この領域――正確に言うと虚数空間は、海に例えられるのよ。君が潜伏を使う時、景色は普通に見えてるわよね?」


「ん? ああ、そりゃあ」


「それが浅瀬の証拠よ。虚数空間に潜ると、世界は白黒に見えるわ。君がいるのはまだ浅瀬で、現実と虚数空間の狭間なの。だから虚数空間として性質はとても弱い。虚ろであり、虚ろではない。君が毎回攻撃の時に潜伏を解かないといけないのは、これが理由ってわけ」


 正直な話、何を言っているのか理解は出来ていなかった。それを素直に告げると、メアリーは難しそうな顔をして、それから投げやりに言った。


「ま、習うより慣れろ、ね。想像しなさい? 目を閉じて?」


 言われた通り、目を閉じる。


「君は海の中にいる。暗く、深い海だ。すでに潜伏を使えるサヌマなら、それを想像するだけで出来るはずよ」







 想像する。海を、暗い海を。

 沈んでいく。そして世界は色彩を失う。


 ――虚数潜水ダイブ・深度C

 

 俺がいるのは虚数の海。不可視領域にして不干渉領域。俺の存在はより虚ろなものとなる。


 この世界には「像」がある。現実を反映した「像」だ。これは現実と同じように動くが、現実にあるそれそのものではない。しかし、この像への攻撃は現実に反映される。潜伏を解くことなく、人を傷つけられる。

 そして俺の存在は虚ろに近づき、現実からの攻撃は半減される。


 つまり、だ。


 クリスタは視ることになる。何の前触れもなく、全身が切りつけられる未来を。


「な、なぜ……!」


 斬撃。膝を切りつけられた男は、驚いたように後退する。そして――


「あ、あ、あああ! どうして! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だあああ!」


 発狂。覆らない未来を視た故の叫び。それに構わず俺はクリスタの脚を切りつける。機動力を失った男は地面に這いつくばり、どうしようもない未来を視続ける。


 口を手で押さえる。唐突な吐き気に襲われたのだ。そう言えばメアリーとの特訓でも何度か吐いた。何でも「潜れば潜るほど、負荷は強くなる」らしい。


 しかし弱音を吐いてもいられない。視線を下のクリスタへ再び向けた。

 腕、肩、手。死なないように、しかし痛みは与えるように、短剣を突き立てる。目的は、戦意を削ぐことだ。殺すことじゃない。


「なぜだ! どうして! 未来が……!」


 ついに、クリスタは動きを止める。諦観したように、虚空を見つめている。


 ああ、なんて卑怯な戦い方だろう。しかしどうにも、俺らしい戦い方だ。そんな自虐の思いを抱きながら、俺は短剣を鞘に納めた。

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