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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第50話 ジン=ノーディンの運は尽きない

 View point ――ジン=ノーディン


「おいおいおいおい! 逃げるだけかよぉ、勇者様ぁ!」


 男は刀を振り回していた。武術の鍛錬など積んでいない僕でもわかるほどに、それは型もなく、気品もなく、そして信念もない。内包するのは暴力性だけだ。しかし僕には、それが一番恐ろしい。


「だから、戦う必要はないと……!」


 意識して言葉遣いを固くする。そうしないと自分が勇者でも何でもないとバレてしまうから。


「うるせぇ! 俺は殺す! お前を、殺すぅ!」


 粗野な斬撃が鼻をかすめる。黒い液体が散る。


 少しだけわかってきた。男が「呪いの刀」と称したそれは、何かと接触したときに謎の液体を放出する。その液体が何かはわからないが、それに侵されたものは力を失うらしい。

 現に僕の左手は全く言うことを聞いてくれないのだ。おかげで利き手ではない左手で、ミストリアさんから受け取った短剣を振るう羽目になっている。


「どうして、そこまでして戦うんだ!」


「あ?」


 正面から対峙する彼は、そこで動きを止めた。心底不思議そうに僕を見て、首をかしげる。


「どうして、だぁ? お前は闘うのに理由を求めるタイプかぁ?」


「理由がなければ戦わないだろう?」


「理由。理由ねぇ……強いて言えば、俺は一刻も早くこの刀の切れ味を試したいんだよぉ」


 ああ、そういうタイプの戦闘狂か。

 監獄の中でも、様々な戦闘狂がいた。例えば己の強さを誇示したい者。例えば暴力に快感を覚える者。例えば、そうしなければ生きられない者。

 この男は、そのどれとも違う。刀への執着が、おそらく彼を戦闘狂たらしめている。


 それならば、あの刀さえ彼から奪えば、あるいは。


「問答は終わりかぁ? 勇者様よぉ!」


 男が刀を振るう。それを僕は紙一重で避ける。その繰り返しだった。これでも監獄で多くの暴力を目にしてきた。呪いの刀は強力だが、当たらなければどうということはない。

 しかし、ただ暴力を振るうよりも避け続ける方が精神を摩耗する、というのもまた事実だ。


「クソ……!」


「おらああ!」


 男の剣戟を短剣で防ぐ。そうすると、すぐに黒い液体が流れ出る。それをまた、僕は払わなければならない。……ジリ貧だ。今ので左手の人差し指がやられた。


 こちらから仕掛けるしかない……!

 僕は男の懐に潜り込む。


「あぁ?」


 普通なら愚策だ。呪いの刀の性質上、できるだけ近づかないのが正しいだろう。しかし――


「足元がお留守だ」


 瞬時に男の重心を見極め、足を払う。

 男はその刀への執着からか、その視線は常に刀へ注がれていた。だからこそ可能だった戦法である。


 刀の男はバランスを崩し、背中から転倒する。


 今だ。刀を――


 しかし僕の目論見は外れてしまう。男は転倒したままに、刀を横に一()ぎ。ダメだ、倒し方を間違えた……!


 作戦変更だ。僕は男が倒れている隙に一度距離を取り、近くにある石像の裏に隠れた。


「いてててて」


 わざとらしい声をあげながら、刀の男は立ち上がる。さすがに僕が隠れた位置は把握しているだろう。しかし僕は隠れるためにここにいるわけじゃない。


 ――僕が持っている武器は大きく二つだ。


 一つは、監獄で体得した護身術。

 そしてもう一つは、あの探偵――ミストリアさんにもらった短剣。しかしこの短剣はただの短剣ではない。ミストリアさんの魔法が付与されている。


「付与したのは光の魔法。強度と形を自在に操る魔法だ」


 短剣をもらい受けた時、彼女はそう説明してくれた。例えば、刀身を細く、長くすることができるらしい。また光の魔法の名の通り、光り輝くことも。……何の役に立つかは知らないけれど。


 サヌマさんも同じものを持つよう勧められていたが、結局ただ何の変哲もない短剣を持って行くことになっていた。曰く「俺の戦い方には合わない」だそうだ。


 ――とにかく、この短剣で奇襲を仕掛けるしかない。


 石像の後ろから、刀の男を確認する。ゆっくりと、にやけた顔を晒しながらこちらへ近づいてきていた。

 大丈夫。できる。僕ならできる。


 想像する。手元にあるこの短剣が伸びる様子を。それがあの男の掌を貫く光景を。


 ……伸びろ!


 胸の中でそう唱えた瞬間、刀身が輝きだす。ああ、光るってこういう……


「いっ……!」


 細く、鋭く、しなやかに伸びた刀身は男の右手を貫いた。


 良し、元に戻れ!


 ……ん?

 先程と同様に胸の内で言葉をる。しかし短剣は戻らない。伸びた刀身は微塵みじんも動かない。ああ、と嫌な予感が駆け巡った。ちらと男の方へ視線を送る。男は不気味な笑顔を湛えながら、刀身を握っていた。


「逃がさねぇ!」


 その叫びと同時に、呪いの刀が僕の短剣に押し当てられる。瞬間、刀身は黒に覆われ、液体が柄まで届く。状況を理解する間もなく、痛みにあえぐ。


「あ、ああああああ」


 事切れた様に、左手は機能をなくす。動かない。握力さえなくなり、僕は短剣を地に落とした。

 すでに刀身が元に戻ったそれは、カランと空虚な音をたてる。


「あはははは! 今度はこの刀で直々に切ってやんよぉ! この水が血液に入り込んだら、どうなるだろうなぁ?」


 嬌声きょうせいにも似た笑い声。半面、僕の顔は引きつっている。


「これは……いよいよ終わりかな」


 つい、そんなことを独り言ちる。思えば僕はよくよくツイていた。監獄では大した力もないのに偶然ボスのような扱いを受け、サヌマさんと協力することになって、脱獄までできた。それに……あの時だって。


 カスカナの虐殺でも僕は運よく生き残った。


 運の尽き。言い得て妙だ。不思議と納得できる。僕は今まで運が良すぎた。

 上を仰ぎ見る。見えるのは無機質な美術館の天井。最後は青空を見たかった。せめて、美術館なのだし豪華な装飾があっても良いだろうに。


「……ん?」


 違和感が身体を這いまわる。何だ? 天井から、何か軋む音が聞こえる。

 それを悟った時には、すでに天井の一部が落ちていた。轟音が響き、フロアには土煙が舞う。


「な、何だぁ?」


 刀の男も驚いている。さすがに不測の事態なのだろう。……前言撤回だ。僕の運も、まだ捨てたものではないらしい。さすがに天井が男に命中したわけではないらしいけど。


 石像のそばに転がる短剣に目を落とす。こいつ、触ってなくても伸びるかな?




「チッ。何も見えねぇ。おら! 出てこいよぉ! 勇者様ぁ!」


 ……伸びろ!

 念じる。すると短剣は僕の考えた通りに、ぐにゃりと上に曲がり、その刀身を輝かせる。土煙の舞う中に、その光が男の目に届く。


「そこかぁ!」


 地面を蹴る音が聞こえた。男が刀を振るう。ガッ、と鈍い音が聞こえる。それは刀が欠けた音だった。……呪いの刀の、である。


「あ、ああ、あぁ! 俺の刀がぁ! ……あれ?」


 男が切ったのは、石像だった。刀身が光るのを目にした男は、当然そばに僕がいると思っていたはずだ。しかしその姿は見えていない。そもそも、僕は短剣を手にすることすらできないのだ。そして、それに気付いたとしても――


「ブラフか!?」


「もう遅い!」


 背後からドロップキック! 足は背中の真ん中を捉え、刀の男は勢いよく石像に衝突する。そのままズルりと地面に伏した。見よう見まねでやってみたけど、案外上手くいくものだ。


 背中から地面に落下した僕は、すぐさま男の右手に蹴りを入れる。


「痛ぇ!」


 硬く握られていた呪いの刀はカラカラ音を鳴らして地面を滑った。僕はその刀を追い、刀身を全力で踏みつける。


「ああ! ちょ、やめ!」


 刀の男はまだ動けない。しかし、すぐにその状態も終わるだろう。僕は急いで、何度も、何度も踏みつけた。


「ああ、ほんと、お願いだからぁ」


 刀身を右足で踏んだまま、左足を地面と柄の隙間に入れる。そして、勢いよく左足をあげ……


「ああ、あぁ、ひ、ひどいじゃないかぁ」


 刀は折れ、男は泣いていた。鼻水を地面にこすりつけ、子どものように駄々をこねている。


「え、えぇ……」


 そんなに?


 まあ、とにかくこれで命は助かったかな。刀への執着だけで戦っている彼には、もう戦う理由がないはずだ。ああいや、この様子だと刀を折られた復讐とかもあり得るか?


 その時だ。コツ、コツ、と下の階から足音が聞こえた。階段を上がってくる音だ。

 ランブルーさんとミストリアさんだろうか? そう思って階段へ目をやる。すでに土煙は引いていて、顔はハッキリとわかった。……ランブルーさん達ではない。


 そこにいたのは、細身の男だった。大男を軽々と背負っている。細身なのに、どこか凄みを感じる。すぐに常人ではないと悟った。彼は違う。関わってはいけない。僕の直感が告げている。――逃げろ!


 しかし脳の警告とは裏腹に、身体は上手く動かない。金縛りにあったように言うことを聞かない。


「……おい、新入り。何してんだ?」


「う……うぅ、インギさん。ひどい。ひどいんですぅ。刀を折られてしまってぇ」


「チッ。情けない声を出すなよ」


 インギと呼ばれたその男の視線が僕を捉える。


「……ん? なんでお前が……いや、別人か」


 何だ? ああ、勇者と勘違いしてるのか。でも、今の反応……まさか見破った?


「新入り、帰るぞ。もう俺の仕事は終わった。この町にいる意味はない」


「うぐ、はい」


「チッ。泣きやめ。殺すぞ」


「……はい。わかりましたぁ」


 インギが面倒そうに頭を掻く。


「はあ。うちの新入りをこんなにしてくれたのは、お前だな? 勇者もどき」


「え、いや――」


 言い終わる前に、僕の身体は後ろへ吹っ飛んでいた。


「まあ、お仕置きってことで。これで勘弁してやるよ」


 何が起こった? こいつら、誰だ? その疑問が解決されぬまま、僕は静かに眼を閉じた。

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