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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第49話 力とは速さである

 View point――ランブルー=リーディス


 殺気。男から感じられるのはそれだけだった。混じり気のなく、純粋で、それでいて禍々しいほどの殺気。その殺気だけで、常人であれば失神してしまうレベルだ。気圧されそうになるのを堪え、歯を食いしばる。


「本当に、何者なんだお前は……?」


「答える必要はない」


 男が一直線に向かってくる。


「下がれ! ミストリア!」


「わかってる!」


 魔法主体で戦うミストリアにとっては、近づかれるのは分が悪い。俺がメインで戦い、それを彼女がサポートするのが理にかなっている。しかし、それは理に過ぎない。俺には男と戦う理由ができてしまった。


 ――シーズナー流。壊滅した俺の道場。あの事件と、こいつは確実に繋がっている。


 男が掌を突き出した。俺はそれを正面から受け止める。しかし。


「ぐっ……ああ」


 攻撃を受け止めたはずの左手は大きく弾かれた。すぐに骨が折れたことを自覚する。

 なんだ、この力は。強すぎる。


 右足に意識を集中させ、瞬間的に風魔法でブーストをかけ、男の腹を蹴った。男は若干押され、後ろに下がる。俺は魔法の勢いで距離を取る。


 先に仕掛けなければ。


 その予感は、どこか確信めいていた。実力が違う。地力が違う。俺がこの男に勝つには、戦術が必要だ。


 俺は――飛んだ。


 飛翔。しかし翼を生やしたわけではない。ただ地面を蹴っただけ。風魔法の勢いで飛び上がったのだ。これで男の視界から俺は消えたはず。それは一瞬かもしれない。けれどその一瞬の迷いは、戦闘において大きな結果をもたらすものだ。


 空中で足を振り上げ、男の頭に踵を落とす。風が上から下へと吹きすさぶ。


 シーズナー流闘脚術・風・三ノ型――地嵐。


 ガン!


 それはまるで、金属同士がぶつかったような鈍い音だった。しかし実際にぶつかり合ったのは、俺の履く金属製の魔導靴と、ただの腕。

 再び、俺の攻撃は弾かれる。


 見切られた? いや、それよりも。


 頭が混乱している。魔導靴と生身の腕で、どうして俺の方が弾かれているんだ? その混乱が、俺に大きな隙を生んでいた。わかっていたはずだ。一瞬のスキが命取りになる。目の前には、すでに男の拳があって――けれど、それは俺の顔を撃ち抜かない。


「これは!?」


 男は驚愕の声をあげていた。唐突に静止した男の身体には、無数の光が絡まっている。地面からのびて、糸のように張った光が男の動きを止めていた。


「今だ! ランブルー!」


 ミストリアの言葉にハッとする。今が好機。動きが止まった今ならば。


「おらあああ!」


 風を脚にまとわせる。可能な限り鋭利にする。咄嗟にできるのはそれだけだった。俺はその脚を、力の限り男にくらわせる。


 ポタリ、ポタリ、と男の身体から血が流れ落ちる。けれど、それのみ。血が出ただけ。


「何で立っていられるんだよ……!」


 確実に殺すつもりだった。しかし男は吹き飛ばない。俺の脚は振り抜けない。金剛のような身体に受け止められている。


「ふん!」


 男は力任せに光の糸を引きちぎった。


「嘘だろ!? とびきり固くしたはずだよ!?」


 もはや呆れにも似た声がミストリアから漏れる。

 男は俺の脚をつかみ、そのままスイング。俺の身体は空を切る。男が遠ざかっていく。視界が広がっていく。景色が移り変わっていく。そして「まずい」と直感した。俺が投げられたのは、ちょうどミストリアのいる方向だ。


自在なる網(フレキシブルネット)


 背中に何かが触れ、俺は減速する。完全に静止して横を見ると、ミストリアが心底嫌そうな顔で俺を見ていた。


「危ないじゃないか……」


「わ、悪い。助かった」


「はあ、貸しだからね。さっさと倒してくれたまえ」


 魔法が解除され、起き上がる。


 一体、奴は何者だ? あの強度は並大抵ではない。思い当たるとすれば、身体強化? 火の魔法を応用すればできないことはないだろうが、あそこまで強靭になるものだろうか?


「全く、ここまで手間をかけることになるとはな」


 男がこちらに向かってゆっくり歩きだす。


「こっちのセリフだよ」


 俺がそう吐き捨てると、男はコキッと首をならした。


「はあ、こんな町はさっさと出たいんだがな。……魔法が使えないと肩身が狭い」


 ……なんと言った? 魔法が使えない? いや、魔法でもあの身体強度はおかしいが、それにしたって……。なら、どうやっているんだ? まさか、ただただ強靭なだけなのか? 何の理由もなく、鋼のような強度を獲得したと? あり得ない。そんなことが、あるわけがない。


 一瞬、絶望が背後にいた。魔法ならば、それをどうにかして封じればよかった。けれどそれは叶わない。ならどうすれば良い? 勝てるのか? 勝算はあるのか? 疑問は絶え間なく湧き上がる。しかしその絶望を、俺は無視することにした。


 ――構わない。相手がただただ、強靭な肉体を有しているだけならば、それを上回る攻撃をするだけだ。小細工はいらない。俺が瞬間的に最も火力を出せる技が、男に通用しなければそれまでだ。難しく考える必要はない。俺は俺ができることをすればいい。


 男との距離は約五メートル。その距離を俺は一瞬で詰める。力とは、速さだ。速ければ速いほど、その攻撃は重くなる。ただ、まっすぐに男のもとへ。身体は地面からわずかに浮き上がり、音を置き去りにした。


 その勢いのまま、純粋な蹴りが炸裂する。


 シーズナー流闘脚術・風・一ノ型――韋駄天。


 両足が男の身体にめり込む。異常なほど強靭な肉体は、いつ何時も、誰より強靭なのだろう。しかし――今この一瞬だけは、俺の方が強い。


「ぐっ……馬鹿な!? そんなはずは――」


 男は言葉を紡ぎきる前に、後ろへ吹っ飛んでいく。その身体は美術館の壁をぶち抜き、ようやく動きを止めた。


「何だい、何だい!? そんな技あったっけ? 見たことないのだが!?」


 興奮した様子でミストリアが近づいてくる。


「ああ、いや。まあ一応あるにはあったんだけど」


 そこまで言うと、俺は咳込んで地面に倒れる。全身が痛い。しばらく動けそうにない。


「あー、この通り身体にだいぶ負荷がかかるから、できれば使いたくないんだよ」


 今回はそんなことも言ってられなかったけど。


「なるほどね。……立てる?」


「無理」


「あっそ。お疲れ様。私だけでもサヌマ君と合流しようかな」


 そう言ってミストリアが美術館の方へ目を向けた時だった。そこにはすでに、男がいた。先程まで戦っていた男ではない。雰囲気で一般人でないのはわかる。いや、そもそも。


「いつの間に?」


 全くもって気配を感じなかった。いくら戦闘に集中していたとはいえ、そんなことが起こり得るのか?


「……気まぐれに来てみたが、なんでアンデスがのびている?」


 男の視線が俺たちに突き刺さる。


「お前らか?」


 あの気丈なミストリアが、言葉を失っていた。恐怖が身の毛をよだたせる。その恐怖に俺も支配されていた。……この感覚は、あの時と似ている。シーズナー流の道場が襲われた時と同じだ。


「まさか」


 動けない身体のまま、なんとか声だけ発する。


 あの時は顔が隠れていたから照合することはできない。しかし、俺は確信していた。こいつが、この男こそが――俺の道場を滅茶苦茶にした張本人だ。


「ん? ……ほう、面白いな」


 俺が顔を睨みつけると、男は何かを察したように顔を歪めた。


「名前だけ教えてやるよ。俺は……インギだ」


「インギ?」


「ああ。また会えるのを楽しみにしておこう」


 そう言ってインギはアンデスと呼ばれた男を抱え上げる。


「待て! お前は俺が!」


「そう逸るな。今は動けないんだろ? また会えるさ。きっとな」


 そしてインギと名乗った男は、煙のように消えてしまった。

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