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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第48話 佐沼真は弟子と戦う

 view point――佐沼真


「……ナーシャ」


 階段の先、三階にたどり着くとすぐ。そこには見知った少女が立っていた。少女は凍てつくような視線を俺に向けて、口を開く。


「マコト=サヌマ。よくもまあ、ノコノコとやって来たものですね」


 ……いや、誰?


「ど、どうしたんだ? スは? スは付けないの?」


「……っ! ど、どうだって良いでしょう!?」


「あ、もしかして家用の言葉遣い? スを付けるのが素で、家族にはおしとやかにしてんの?」


 氷点下にあった彼女の顔はみるみる赤くなり、頬を膨らませる。


「~~~! 何ですか!? 自分の状況が分かっていないんですか!? あなたは裏切られたんですよ!?」


 目をそらしたかったはずの事実を直接突きつけられたにも関わらず、俺は存外取り乱すこともなかった。ジンに叱責されたのが効いているのだろうか。

 ナーシャを一目見て、階段を上りきる前までに感じていた焦燥は鳴りを潜めている。


「最初から、裏切る予定だったのか?」


 俺の反応が予想外だったのか、ナーシャは一瞬たじろぐ。しかしすぐに先程の冷徹さを帯びた顔を作り上げた。


「そうです。鑑定の魔石により、あなた方が賢者の石を所有しているのは知っていました。父に、あなた方と接触するよう言われたのですよ」


「じゃあ、あの生活は全部、偽物だったのか?」


「……そうです」


「一緒に盗みを企てたな。あれも?」


「嫌々ですよ」


「師匠、師匠って呼んでくれたよな」


「心から呼びたいと思ったことはありません」


 ナーシャが目をそらす。

 俺はため息を吐いて、質問を続ける。


「ところで、メアリーは……」


 しかしその先の言葉が口から出ることはなかった。生死を確かめる言葉が、どうしても出ない。


「生きてますよ。さすがに殺したりはしません」


 どうやらナーシャは俺が何を言いたいのか察してくれたらしい。

 彼女の言葉に、目を閉じてほっと胸をなでおろす。良かった、本当に。


 しかし安心してばかりではいられない。俺は閉じた目を開き、まっすぐにナーシャへ視線を向けた。


「あいつは今どこにいる?」


「そこまでは教えませんよ。馬鹿なんですか? そもそも――ここを通す気さえありません」


 ナーシャが右手を俺に示す。その人差し指には、見覚えのある指輪がはめられていた。


「元素の魔石……!」


 赤、緑、黄、青。四色に光るそれは賢者の石、その一つに違いなかった。


「逃げ帰るなら今ですよ?」


「悪いが、そうもいかないんだ」


「残念です」


 ナーシャがため息を吐いたかと思えば、その瞬間に目の前が暗い何かに覆われる。反射的に身をかがめると、頭上を何かが過ぎ去った。

 爆発音。

 振り返ると壁が崩れており、破片の大部分が湿っている。……水の魔法か。


「おいおい。お父さんの美術館を壊しちゃっていいのか?」


「うるさい!」


 ナーシャの構えた手から無数の水弾が飛んでくる。闇雲に避けていてもらちが明かない。走ってすぐ近くの美術品――絵画の前に移動する。そして俺を狙い水弾が飛んできたところを、避ける。


「あ」


 絵画が濡れ、ナーシャは息を漏らす。


 最初の一撃は意識していなかったようだが、俺に指摘されてからは露骨に美術品を避けて攻撃を仕掛けてきている。この美術館という場所は、ナーシャにとって最も戦いにくいフィールドだろう。


 俺は再び別の美術品の前まで移動する。


「ほれ、こっちだこっち」


 ひょい、ひょい、と反復横跳びの要領で移動する俺を見たナーシャは、苛ついたように舌を打った。


「ふざけないでください!」


 彼女の放った水弾は俺の後ろにある壺に命中する。


「クッ」


「これ以上美術館を壊すか? ナーシャ」


「……もう、構いません。面倒です」


 呟くと、ナーシャは俯く。


 ピシャリ。

 最初はほんの一滴だった。しかし水が彼女の足元から際限なく湧き出し、やがてそれは渦を巻く。


「このまま、床ごと落としてやりますよ!」


 渦はその大きさを増大させる。水流が床を削り、その破片を巻き込んでいく。


「おい、やめろナーシャ!」


 しかしその言葉は届かない。

 水流が加速する。渦が俺のところまで範囲を広げる。まずい。足をすくわれる! それを悟ると同時に、しかし水は急激に縮小した。


 波が引くようだった。水はナーシャに吸い込まれるようにして消えていく。

 何だ? 何が起こっている?


「……っ、は、はあ、はあ」


 見るとナーシャは膝をつき、呼吸を乱している。苦しそうに喉に手を当てる彼女は、本当に無力な、ただの子供に見えた。


「魔力中毒か」


 監獄での会話を思い出す。メアリーが語っていた、元素の魔石のデメリット。多くの魔力に触れるために起こる、中毒反応。

 完全に水が消えると、ナーシャは力尽きたように地面に伏した。


「おい、大丈夫か!」


 気付くと俺はナーシャに駆け寄っていた。肩を揺らす。どうやら、まだ意識は失っていないらしい。軽度な魔力中毒ということだろうか。


「なん、ですか。これは」


「慣れないものを使うからだ」


「はは、説教ですか? やめてくださいよ」


 肩をつかんでいた手を弾かれる。


「私は、お父様に……」


 そう言いながら、彼女はその体躯を無理矢理に起き上がらせる。身体を支えるように、足を踏みしめる。その時だ。先程の水流で削られ、薄くなった床が抜け落ちる。


「え?」


 ナーシャは何が起こったのかわからないように、そんな呟きを漏らした。彼女の身体が重力に従って落ちていく。


「たす――」


 その声が聞こえた時には、すでに腕は伸びていた。


 ナーシャの手をつかむ。床が落ちて、二階には煙が舞っていた。視界が悪い。ミスらないように、ゆっくり、ゆっくりと引き上げる。


「は、放して」


 ナーシャは青ざめた顔のまま俺を拒絶した。しかし、その言葉に素直に従う道理もない。


「馬鹿か」


「馬鹿はあなたです! どうして……」


「お前、さっき助けてって言いかけてたろうが」


「そ、それは」


 もう少し、もう少しだ。腕に力を込めて、ナーシャを引っ張った。


「いたっ」


「……ふぅ。危なかったな」


 完全に引き上げ終わり、安堵の息を吐く。呼吸も忘れていたようで、軽くむせた。

 対してナーシャはずっと下を向いたままでいる。


「なんで」


 彼女がそう呟いた。


「どうした?」


「なんで、助けるんですか」


 その声は震えていて、言葉遣いだけは大人びているが、その質は年齢相応のものだった。


「私は! 裏切り者です! あなたを……騙してたのに」


「聞いて良いか? ナーシャ」


「え?」


「お前あの時、なんで『師匠』なんて呼んだんだ?」


「な、なんの話ですか?」


「メアリーが襲われた後だよ。お前、言っただろ? 『ごめんなさい、師匠』って」


「それが、何だって言うんですか」


 ナーシャは身体を起こす。


「師匠なんて、呼びたくもなかったんじゃないのか?」


「あ」


「あの時、お前の裏切りが確定した時点で、俺のことを師匠なんて呼ぶ必要はなかったはずだ」


「それは、でも」


 ナーシャは何か言いかけて、しかしふらついて倒れそうになる。俺はそれを支えて言った。


「あの言葉も嘘か? 父を元に戻したいと言った、あの言葉も?」


「……あれ、は」


 どうしても、そこが引っかかっていた。俺にはあの切実な顔が、嘘を言う顔には思えなかった。


「本当は、助けて欲しかったんじゃないか?」


 そう言うと、ナーシャは目を見開いた。やがてその目に涙がにじむ。

 ごめんな、気付かなくて。本気で裏切られたと思って。


「どうなんだよ、ナーシャ」


「私」


 ナーシャは目を閉じて、唇を震わせて、今にも消えてしまいそうな声を絞り出す。


「私……怖くて……。ずっと、怖くて」


「良いんだ。もう抱え込む必要はない。お前、いくつだよ? 言いたいことがあれば言えば良い。やってほしいことがあれば頼めば良い。お前はまだ、子どもでいて良いはずだ」


「……はい」


「言えよ。お前は俺に何をしてほしいんだ?」


 一瞬、ナーシャは唇を結んで、それからかすれるような声で、けれど確かに、こう言った。


「……っ、お父様を……元に、戻して欲しいッス!」


 軽く、彼女の頭を叩く。


「前に言ったこと、覚えてないか? 師匠は弟子の頼みを聞くもんだ」

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