第46話 ランブルー=リーディスは対峙する
Viewpoint――ランブルー=リーディス
風は刃となり、美術館の白い壁を破壊する。轟音の後、壁にはぽっかりと人ひとりが悠々通れるほどの穴が見える。
「やりすぎたかな?」
「やりすぎくらいがちょうど良いだろう」
ミストリアが苦笑いを浮かべて答えた。彼女の手にはいつものキセルではなく魔石のあしらわれた杖が握られている。黄色の魔石が太陽の光を反射してまぶしい。
俺とミストリアの目的は陽動。作戦立案者の彼女曰く「こういう時は奇を衒わずに正攻法が良い」らしい。可能な限り人員をこちらへ引き寄せ、その間サヌマとジンにメアリーの奪還を遂行してもらうという手筈だ。
息を吐く。
壁を壊したことで自分が美術館裏にいることをようやく実感していた。
「それにしても、まさか本当に気付かれないとは」
その独り言にミストリアも首肯する。
「ああ、帰ったらサヌマ君に実験の協力を頼みたいね」
美術館への侵入は最初のハードルだと思っていたが、サヌマにとっては違ったらしい。なにせ潜伏という規格外の魔法が行使できるのだ。しかも触れている人間ともそれを共有できるとは。そりゃあ、侵入はハードルにすらならないわけだ。
しかし、どうにもサヌマは焦っていた様子だったな。
そんなことを考えていると、ドタバタと足音がこちらへ向かって来ているのを察知した。
「来たな、ミストリア」
「ああ、予定通りさ」
彼女はいつもの調子で杖をくるりと回して見せた。
「何者だ!」
続々と姿を現す警備員。その一人が剣先を俺たちへ向ける。
「なに、通りすがりの不審者さ」
ミストリアの声は随分と弾んでいた。普段は探偵として犯人を追い詰める側だから、こういった経験は新鮮なんだろう。
俺はフードを深くかぶり直す。
「悪いが、しばらく寝てもらうぞ」
警備員相手なら風魔法を使う必要もないだろう。それに俺の戦い方は少し独特過ぎる。後に特定されては困ってしまう。
警備員たちは身構えるだけで動こうとはしない。まだ俺たちが何者か測りかねているのだろうか。すでに壁も破壊されているというのに悠長な話だ。
地面を蹴る。一番手前、俺たちに剣を向けている男の懐に潜り込み、足を振り上げる。
カン!
金属音が響いた。
「え?」
男に何が起こったのか理解させてはいけない。宙を舞う剣に視線が追い付く前に、男の胴体を蹴り飛ばした。警備員は吹き飛び、後ろにいる彼の仲間を巻き添えにして転がって行く。
「い、いったい何が――ぐああ」
呆然とする周囲の警備員にも蹴りをお見舞いする。
彼らは明らかに混乱していた。さすがにこのような事態は想定していなかったのだろう。せいぜい泥棒が美術品を盗みに来たときの訓練をしていたくらいか。ベイズレッドと共に様々な苦難を越えてきた俺と渡り合うことができる人間など、こんな場所にいるはずがない。
――そんな風に油断していた。
多くの人間は突発的な事態に対して適切な判断はできない。しかし何人かに一人は、どんなものに対しても冷静に対処できる。そんな初歩的なことを忘れていた。勝手に有象無象と決めつけていた。
いつの間にか背後を取られている。警備員が剣を振りかぶるのがわかる。しかし、今さら気付いたところで遅かった。すぐに剣は振り下ろされて――しかし肩に触れる寸前で動きを止める。
「油断しすぎだから! いい加減にしてくれるかい?」
ミストリアが珍しく叫んでいた。
背後を取った警備員の腕を光の輪が押さえつけている。彼女が操る特別な魔法。四元素に当てはまらないイレギュラー。
「こいつと違って、私は闘い慣れていないんだ。手加減は期待しないでくれたまえ」
ミストリアは杖を持ち上げ、宙に円を描く。それに合わせて警備員を縛り付けていた光の輪が縮まる。
「ぐ……」
男は苦悶の息を吐いた。しかしそれにかまわずミストリアは杖を右に振るう。同時に、警備員は光の輪に拘束されたまま、それに引っ張られるように吹っ飛んだ。滅茶苦茶な速度だ。衝撃でこっちまで飛ばされそうになる。
「やりすぎじゃないか?」
「なに、死にはしないさ」
本当か?
なんて、心配できる立場ではないか。彼女に助けられたばかりなのだから。
見るとミストリアの魔法により警備員も何人か意識を失っていた。残りを片付けるのは、さほど時間もかからないだろう。
ミストリアが今度は杖を前に突き出した。俺はもう一度フードを深くかぶる。
「光弾」
瞬間、怯えた警備員たちの顔は光で塗りつぶされた。しかし特別、何かをしたわけではない。ただ、光っただけ。しかし先程の光景を目に焼き付けた彼らにとって、それは得体のしれない危険な何かに思えたことだろう。
数人は気絶。残りは逃げ出した者と、恐怖で動けなくなった者のみ。
「よっと」
動けないでいる彼らに近づき、みぞおちに膝を当てる。
「これでおしまいだな」
最後の警備員が膝から崩れ落ちた。
「うーん。なかなか呆気なかったな。これはサヌマ君に加勢した方が良いんじゃないかい?」
ミストリアが大きく伸びをした。退屈だ、とでも言いたげな眼を俺に向ける。しかし。
「危ない!」
彼女のすぐ後ろ、俺の空けた壁穴から大男が近づいていた。大男が拳を構える。とっさに地面を蹴り、風魔法でブーストをかけてミストリアのもとへ。
間一髪。大男の拳は俺の脚――魔導靴に遮られる。
退屈などとのたまうには、いささか早いらしい。
「な……!」
ミストリアが目を見開く。
「これでさっきの借りは返したってことで」
「はは、生意気じゃないか」
そう言いながら二人同時に大男から距離を取る。
「ふむ」
大男は目を細め、何かを見定めるようにこちらを一瞥した。
「魔法と闘脚術の融合……。まさかとは思うが貴様、シーズナー流の出か?」
シーズナー流。闘脚術の名門。十年前に消滅した道場。その名前を聞いて背筋が強張る。あの光景が、フラッシュバックする。
地面に伏す同門の身体。散らかった赤い体液。その中で佇む一人の痩せた男。
「お前は……一体?」
俺の呟きを聞いて、大男はゲラゲラと笑い出した。
「いやいや、違うぞ? 俺は道場の仇とか、そういうのじゃない。ただ俺の同僚がそうだってだけの話だ」
「同僚?」
「悪いがこれ以上情報をやる気はない。それに必要ないだろ? これから死ぬんだからな」
大男が口を閉じるのと同時に、腹部に衝撃が走った。
「ガハッ」
唾が飛ぶ。身体が地面から離れ、すぐに重力が俺を引き寄せる。
俺が一瞬で距離を詰められた? まさか、そんな。
しかし考えている余裕はなかった。仰向けになっている俺の目の前に、大男がすでに飛び掛かっている。
なんとか半身を返す。直後、彼の拳が地面をえぐった。
「マジかよ」
無理矢理立ち上がる。そうでなければ、死ぬ!
立った瞬間に俺の胴体を光の輪が囲み、締め付けられる。ひょい、と釣りあげられるように俺は後退した。
「さ、これでまた借りができたね?」
ミストリアの杖から光の糸が垂れている。強引だが、再び距離を取れた。
「それにしても、厄介な敵がいたものだ。最悪だね」
「そうでもない」
「何?」
ミストリアが聞き返す。だってそうだろ。
「こいつとサヌマがやりあわずに済んだ。作戦成功だ」
はは、とミストリアの渇いたため息が耳元で聞こえる。
「それもそうだ」
サヌマ、ジン。どうか、上手いことやってくれよ。心中でそう呟き、俺は再び大男と対峙する。




