第45話 佐沼真は思い出す
……失敗した。
鑑定の魔石は奪えず、それどころかメアリーが攫われてしまった。これ以上の失敗があるだろうか。
ランブルーたちのギルド、色彩の欠いた傭兵団のギルドハウスに逃げ帰った俺は、ロビーの椅子に腰かけてうなだれていた。
「サヌマ君!」
声が聞こえ、顔を上げる。声の主はミストリアだった。
「どういうことだ? 説明してくれ!」
「どうしたんですか?」
探偵に続いてランブルーとジンがギルドハウスに入ってくる。
……合わせる顔がない。俺は、どんな顔をすれば良い?
「黙っていちゃ何もわからない。説明してもらうよ」
しかしミストリアが言う通り、黙っているわけにもいかないだろう。俺も事態を完璧に把握できているとは言いがたいが、説明を試みる。途中まで順調にいき、俺が美術館長のそばに近づいたこと、気づいたらメアリーが倒れていたこと、そしてナーシャが血の滴る鈍器を持っていたこと。
「ふむ」
ミスとリアは頷き、そのまま何か考えるように眉間をつまんだ。
「まあ、ナーシャちゃんが裏切っていた、いや最初から君たちを騙していたと考える他ないだろうね」
改めて人から言われると堪える。そのことに気付き、俺はショックを受けていたのだと知る。ナーシャのことを、思っていたより信用してたらしい。
「でも、もしかしたら濡れ衣かも」
「気持ちはわかるがジン君、ありえないよ。監獄内での話を聞いたうえでは、彼女がそうやすやすと不覚を取られるとは思えない。とくれば、仲間だと確信している人による不意打ち。これが合理的な結論だ。そもそも」
そう、そもそも。
「ごめんなさい、と言ったそうじゃないか」
ジンがうなだれる。
ナーシャが裏切ったのは間違いない。考えてみれば当然ではある。あの年頃の子供が、脱獄囚と実の父、どちらの味方をするかなんて明白じゃないか。
「ともあれ、私たちの計画は成功した。勇者ベイズレッドの帰還はアピールできたよ」
探偵の言葉が低く響く。もしもトラブルがあり、合図を送れなかったならば闇市が終了する前に行動を起こす、という取り決めがあったのだ。闇市はその実態を衆目にさらされ、それを行ったのが勇者ベイズレッドであるという噂はたちまち町を駆け巡るだろう。
「そうか、なら後は俺とジンでどうにかしよう」
ミストリアとランブルーが計画を手伝ったのは、それがベイズレッドの存在をアピールすることにつながるからだ。彼らはすでに情報という対価を支払い、目的も達成している。ならば俺たちに協力する理由などないだろう。
だから俺は、ギルドハウスを立ち去ろうと椅子から腰を離す。
「待ってくれ」
「……なんだ、ランブルー。お前らにはもう俺たちに協力する理由がないだろ」
「水臭いことを言わないでくれ。俺がサヌマに協力したいんだ」
簡単に言ってくれる。
「協力したい? 会って数日の俺たちに? なんでそんな風に思えるんだ? 危険も、時間も共有したわけでもないのに」
「サヌマ君、それ以上はやめてくれるかい」
……そうだった。ミストリアに言われ、言葉を飲みこむ。この探偵に捕まえられた日に、ランブルーの話を聞かされたのだ。
「ランブルーはね、ずっと、ずっと正直に生きていたんだ」
ミストリアの話は、そんな風に始まった。正直に生きていた拳闘家は、ある日大きな嘘を吐いた。ベイズレッドが死に、町に帰ってきた日だ。「あいつは修行の旅に出たんだ」。勇者のいない一行を見てその所在を尋ねられた時、つい、そう言ってしまったらしい。
それ以来、彼は今までよりいっそう正直者であろうと、誠実であろうとしたのだ。彼の信じる理想の人間を目指していた。それは贖罪なのかもしれない。彼の心の内なんて俺が知る由はないけれど。
「だが、俺は」
こいつらを信用できない。
「何を、そんなにイラついてんですか」
ジンに言われて、自分の手を固く握りしめていることに気付いた。そうか、俺はイラついているのか。
それを突きつけられると、言葉がスッと口から出た。
「覚悟がなかったんだ」
「え?」
ジンがキョトンとした顔で俺を見る。
「何かを盗む人間は、自分の大切なものを奪われる覚悟が必要だ」
かつての師匠の言葉を繰り返す。特別大切ではなかった、師匠の言葉を。
「俺には大切なものなんてなかった。失って困るものなんてなかった。だから、盗めたんだ」
この町に来る前に襲ってきた盗賊団を思い出す。
――殺される覚悟もせずに殺すなよ。奪われる覚悟もせずに奪うなよ。
俺の言葉だ。盗賊団に言ったつもりだった言葉だ。なあ、本当は誰に向かって言ってたんだろうな。
「大切なものができてしまった。それを失う覚悟がなかった。だから失敗した」
俺は、弱くなった。こんなことなら初めから、誰かを信頼しなければ。
……!
唐突に、自分の身体が宙に浮き、吹っ飛ばされた。そのまま重力に従い壁に激突する。
「いっ……てえ」
身体を起こし、立ち上がる。そして俺を殴り飛ばした張本人に向かって口を開いた。
「なんのつもりだ。ジン」
「うるせえよ」
ジンが詰め寄り、俺の胸倉をつかむ。
「なんだよ」
「ふざけんな!」
彼の顔には怒りが顕わになっていた。こんな顔は見たことがなかった。監獄で演技をしていた時だって、この表情は見せなかった。
「ふざけてるわけないだろ」
「メアリーさんが攫われたこんな時に、何言ってるんだよ!
何が覚悟だ。失う覚悟がなかった? 冗談はやめてくれよ。あんたそんな殊勝な人間かよ! いつもみたいに悪人面で笑ってみろよ! 僕を巻き込んだ時みたいに笑えよ!」
「お前に、何が!」
「知らねえよ! でもさあ、知ってるよ。あんたが本当は盗みをやめたいってことくらいは。ならさ、そんな覚悟いらないだろ? 泥棒やめる人間が、そんな覚悟持っててもしょうがないだろ?」
ふざけた理屈だった。いつまでも、盗みたいという欲求があることは変わりないのに。俺が今まで多くのものを盗んできたことは変わらないのに。
「覚悟って言うなら、何も失わない覚悟をしてくれよ。盗まれたなら、盗み返してくれ」
「無茶苦茶だ」
「……そうでもないですよ。だってほら、こういう取り決めでしょ? 悪事をした人からは盗んで良い」
言われて、俺は笑う。衝動に駆られた時だけとか、私利私欲の盗みはダメとか、いろいろ制約があった気がするけれど。でも、そうだな。俺は変わるって、決めたんだよな。変わるために、この世界に来たんだよな。
「そうだったな」
そう言うと、ジンが手の力を緩めた。
「その……すみません、でした」
「いや、ありがとう」
やるべきことができた。目的を達成するために、手段は選んでられない。昔から俺はそうだったはずだ。
ランブルーとミストリアの前に行く。
「頼みがある」
「なんだい?」
探偵は飄々とした顔で、どこか微笑してそうな顔で聞く。
「メアリーの奪還を手伝ってくれ。無茶を言っているのはわかってる。協力してくれても、あんたらに渡せる報酬はない。これは取引じゃなくて、お願いだ。頼む、俺たちに協力してくれ」
深く、頭を下げた。誰かに頭を下げるなんて、いつぶりだろうか。
「ランブルー、君が決めて良いよ」
「……するに決まってるだろ、サヌマ」
「だってさ、サヌマ君。良かったね。この男の御守りをしないとだから、私も付いて行ってあげよう。仕方なくだけどね」
「……! 悪い。助かるよ」
「悪い事なんてない。俺がサヌマを助けたいんだ」
ああ、クソ。なんだよ。こういうのも悪くないなんて、なんでそんなことを思ってしまうんだろうか。
「ありがとう、本当に」
「なーに照れてるのさ。さあ、とっとと作戦を立てるよ。相手は鑑定の魔石持ちだからね。一筋縄ではいかないよ?」




