第43話 探偵と泥棒は取引をする
「取引……?」
「ああ、実に単純な取引だ。聞いてくれるかな?」
ミストリアはそう言うが、明らかに俺たちに選択肢はない。彼女の魔法で拘束されているのだから当然だ。ここは素直に頷くべきだろう。
「そうかそうか! いやー良かった」
「まだ取引に応じるとは言ってない」
一応、釘をさしておく。するとミストリアは微笑し、うんうん、としきりに頷いた。
「勿論だとも。まずは内容を話さなければね」
彼女はそう言って手近な椅子を引き寄せて腰かける。見るとランブルーはどうして良いかわからずに未だあたふたとしていた。
「さっそくだが、私が欲しいのは情報だ。何の情報かと言うと、賢者の石についてだ」
「……なんでだ?」
「そこまで言ってやる義理はないね。必要だから、とだけ言っておこう」
「それで、あなたは何を私たちにくれるのかしら?」
メアリーが不機嫌そうな声音で言う。わざわざ「取引」という言葉を使ったのだから、当然こちらにも利するところがなければならないだろう。
ミストリアは「ふふん」と得意げな様子だ。
「ああ、わかっているよ。君たちには、クレストブルク博物館とその館長についての情報をくれてやろう」
……! クレストブルク博物館? 俺はこいつらに、クレストブルク博物館についての情報が欲しいとは言った覚えがない。
慌ててメアリーとジン、ナーシャの顔を見る。しかし三人とも首を振るばかりだ。
「なんで、そのことを?」
思わず、といった感じでジンが口走る。
「決まっている。私が探偵だからだ」
「ふ、ふざけてますか?」
「別にふざけたわけではないよ、偽ベイズレッド君」
「に、偽……」
「あっはは。ごめんごめん。彼の名前を騙っているわけではなかったね」
絶対わざとだぞ、こいつ。そういう顔をしている。
ミストリアは自慢げに人差し指を立てる。
「何、初歩的なことだよ。
私は君たちが監獄長殺しだと知っている。そして彼の監獄から持ち出された唯一のものが何かもね。
あの監獄には他にいくらでも価値あるものがあったはずだ。にもかかわらず賢者の石、元素の魔石だけを奪った。その理由を推察するなら、君たちが賢者の石を集めていること以外に妥当なものはないだろう。
となれば、この町に来る目的は一つしかあるまい」
さすが、探偵を自称しているだけのことはある。最低限の推理力はあるらしい。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ! 賢者の石!? それをサヌマたちが盗んだって言うのか?」
さすがに聞き逃せない単語だったのか、ランブルーがこちらに駆け寄ってくる。
「それじゃああいつらに賢者の石を――いたっ!」
ミストリアのチョップがランブルーの頭部に炸裂。急所に当たった! とでも言わんばかりの痛がりようである。
「ランブルー! 余計なことを言うんじゃない。黙ってお茶でも飲んでいたまえ」
「いやでも! ……そうだな、悪い。だけど、これだけは言わせてくれ。俺はサヌマが無暗に人を殺してるとは思えない。その監獄長殺し? とかいうのも俺はよく知らないが、何か理由があったんじゃないか? 賢者の石を盗んでるのだって、理由が」
そう言うランブルーを横目に、ミストリアが頭を抱える。
「まったく君は! すぐにそう誠実であろうとする! 悪い癖だ! ……いや、すまん。悪い癖ですましていいものではなかったな」
はあああああ、と彼女は大きなため息を吐いた。
「おそらく、監獄長を殺したのは不幸な偶然だったか、監獄長の策略にはまったかだ。彼らの目的を賢者の石略奪と仮定すると、監獄長を殺す必要はない。盗んでるときにたまたまバレて殺されかけたのか、あらかじめ計画を知られていて殺されかけたのか。
あの監獄長のサディストぶりは有名だからね」
なんで、わかるんだよ……。
「しかし賢者の石を盗む理由はわからないな。私も賢者の石についての情報はからっきしでね。だからこそ君たちに情報提供を願いたいのだが」
ミストリアがランブルーから俺たちへと視線を移す。
「良かったら聞かせてくれるかい?」
「あんたらが最低限の情報しかくれないなら、俺だって喋らない。すでに探偵さんの明晰な頭脳でいろいろ暴かれてるしな」
ミストリアが渋い顔をする。
「だよねえ。こっちが話さないのにそっちは話してくれ、なんて虫が良すぎる。対等じゃない。だから嫌だったんだ、こんな話は。でもランブルーは納得してくれないし。彼はこう見えて結構しつこくてね。
……こちらも後で事情は話す。だから、話してくれないか」
「それは……」
話して理解してくれるようなものでもないし、あまりこの事情をペラペラと話したいわけでもない。どうするか……。そう思案していると、ナーシャが口を開いた。
「師匠は、私のために盗んでくれるんス」
……!?
「クレストブルク博物館の館長、クリスタ=ハマックはわたしの父ッス」
「おいおい、本当かい?」
「はい。わたしの名前はナーシャ=ハマック。父が鑑定の魔石の魔石を手にしてから危ない連中とつるみ始めて、犯罪にまで手を出すようになって、それが嫌だから師匠に鑑定の魔石を盗むことを頼んだんス」
「ちょっと、ナーシャちゃん!? そんなこと」
言う必要がない。とメアリーは言いたかったんだろう。しかしナーシャは首を振る。
「頼んだのはわたしッスから。むざむざ危険な目にあわせてしまって、ごめんなさい」
「それは……!」
違うのだと、言いたかった。俺はあくまで俺の目的のために動いていて、都合よくナーシャから情報を仕入れたに過ぎない。
ナーシャは気付いていてもおかしくないのだ。俺たちが元素の魔石を有していることはすでに知られている。そしてたった今、探偵の名推理で俺たちがそれを集めることを目的にしていることもわかったはずだ。ならば、自分が利用されていると考えるのが自然だと思う。
にもかかわらず、今彼女があんなことを言ったのは……。
メアリーが俺を見ていた。自らの事情を話したナーシャの意図を汲むべきだ、とでも言いたげな苦しそうな顔だった。
「……手伝おう!」
唐突に大声をあげたのは拳闘家の男、ランブルーである。
「ど、どうした?」
「ミストリア! 俺は彼らを手伝いたい!」
「な、なんなんだよ。……え、泣いてる?」
「感動してしまった。父を元に戻したい娘、それに協力する心優しい彼ら。俺は、感動した!」
なんだがひどく誤解のある解釈がなされている気がする。主に俺の人間性について。いや、今のナーシャの説明だとそうなってしまうのか?
「君ってやつは」
ミストリアは大きなため息を吐いて、俺に近づいてくる。かがんで、耳元でささやいた。
「本当のところ、後で教えてくれたまえよ?」
……いろいろ気付かれてるのか? こいつの推理力は底が知れない。
立ち上がった探偵は、パチリと指をならす。それと同時に俺たちを縛っていた光の輪が消える。
「な、なんでだよ?」
「取引相手をいつまでも拘束しているわけにもいかないだろう?」
「まだ取引をするとは……」
言ってない。でも、言っているようなものだと気づく。
「ああ、そうだ。君たちは初めからベイズレッド君を演じる代わりに情報をもらう約束をしていたらしいし? サービスで有益な情報を追加で教えてあげなくもない」
「有益な?」
「ああ。君たちがすでに指名手配犯ではないという、有益な情報さ」




