第38話 佐沼真はハメられる
断罪する、なんて物騒な言葉を発した人間に自然と視線が集まる。そこにいた男は、周囲の一般人とは装いが異なっていた。
ただ服装自体はそこまで異質ではない。機能性を重視したと見える袖なしの上着に伸縮性の高そうなズボン。異質だったのは、両腕に装着されているガントレットと、両足にはいている金属製のブーツだ。
一目見て、戦いに明け暮れてきた人種だと分かる。
「どういうことだ!」
「勇者様に失礼だぞ!」
「引っ込んでろ!」
などと、人だかりから罵声が浴びせられる。
「いや待て」
しかしその中の一人が、その空気を壊した。
「あれはベイズレッド様の幼馴染にしてパーティーの一員、ランブルー様では?」
ざわめきはさらに大きくなり、人々は交互に俺たちとランブルーと呼ばれた男の間で視線を泳がせていた。
「うるさいぞ」
しかしランブルーがたった一言そう口にするだけで、そのざわめきさえ簡単に消え失せる。
「で、決闘を受けるか、受けないか。答えろ、ベイズレッドを騙る者よ」
騙る者という言葉から察するに、ランブルーは本当に勇者ベイズレッドの知り合いで、俺たちが、と言うかジンが偽物であることに気付いているんだろう。参ったな。
「受けないと言ったら?」
ジンが果敢にもランブルーに受け答える。勇気あるな、こいつ。
「俺が直々に成敗するまでだ」
「……受けるしかないようだな」
あれ? なんかジンが勇者っぽいぞ?
そう言えばこいつは監獄で囚人のリーダーを演じるぐらいには演技力はあったんだったな。
「それなら――」
「だが条件がある」
ランブルーの言葉をジンが遮る。
「ほう?」
「まずは俺の仲間を倒してからにしろ。俺との決闘はそれからだ」
なるほど、考えたじゃないか。メアリーならまず間違いなくこのランブルーとやらに後れを取ることはないだろう。
「……まあ良い。好きにしろ。もし俺が勝ったら、お前は勇者ベイズレッドの名を今後名乗らないでもらう」
「ああ、もちろ――」
「ちょっと待った」
流石に一方的にデメリットを背負うのは見過ごせない。口を挟ませてもらうとしよう。
「なんだ、お前は」
「勝敗でペナルティがあるなら、そっちにも何かしら無いと不公平だろ?」
ランブルーは顔をしかめる。
「何?」
「だから、もし俺らが勝ったら、あんたには一つ何でも言うことをきいてもらう」
ランブルーは腕を組み、俺をにらみつけた。……こっわ。
しかししばらくして考えがまとまったのか、この条件を飲み込んだらしい。
「わかった。そうしよう。それで、誰がまず戦ってくれるんだ?」
その言葉を聞き、俺はメアリーに視線を送る。「仕方ないわね」とでも言いたげな顔で彼女は頷いた。
「サヌマ、行って来てくれ」
…………? それは、ジンの口から発せられたセリフだった。あれ? おかしいな?
「ジ、ジン君? それはどういう采配なのかな?」
「ジン? 誰だそれは? 俺はベイズレッドだ。とにかく、君が行って来てくれ、サヌマ」
ニタリ、とジンの口角が上がった。……こ、こいつ、俺をハメやがった!
「あれか? さっきのこと根に持ってらっしゃる? ごめんって。さっきは悪ふざけが過ぎたって。お前を持ち上げすぎたのは謝るよ。頼むから勘弁してくれ。あいつ絶対強いじゃん!」
「ほう、お前が相手か。さっきは随分と威勢が良かったからな。楽しみだ」
あー。あちらさんはすっかりやる気みたいですねぇ。指をコキコキ鳴らしてますねぇ。
「あんたサヌマって言うのか? 頑張れよ!」
「勇者パーティーの力見せてやれ!」
「フレ! フレ! サヌマ!」
おっと外野もなんか乗り気なんだが? しかし俺を応援する声だけではないようだ。
「ランブルー様! 頑張って!」
「偽物なんかに負けるな!」
「真の勇者パーティーの力を見せてやれ!」
どうやらランブルーの登場で親勇者派と勇者懐疑派に分かれているらしい。ランブルーが偽物か、俺たちが偽物か、といった具合か。まあ俺たちが偽物なんですけどね。
「さあ、存分に戦って来てくれ」
ジンが俺の肩を叩く。周囲の熱気、ランブルーの戦闘態勢、すべての要素が俺を戦いの場へ出ざるを得ない状況を作り上げていた。
まさか、ここまで計算のうちだったと言うのか?
「さて、ルールはこうしようか」
俺がランブルーの前に渋々出ていくと、彼はルールの解説を始めた。
人だかりの中から四人が正方形の四隅に配置される。その正方形の中で戦闘を行い、正方形から出たら負け。いたってシンプルだ。
すぐに準備は整い、いつの間にか俺は正方形の中でランブルーと対峙していた。
ランブルーは屈んで、近くに落ちていた小さな石ころを拾い上げる。
「これを上に投げて、地面に落ちたらスタートだ。良いか?」
「……ああ」
もはや生返事しか出てこない。どうしてこうなってしまったのか。
ランブルーが石ころを投げる。落ちていく様がスローモーションに見えた。ゆっくり、ゆっくりと地面に近づいていき、カンッという小気味の良い音が鳴る。瞬間、眼前を拳が掠めた。
「く……!」
上体を逸らしてかろうじて避ける。体勢を立て直し、すぐにランブルーから距離を取った。
しかしランブルーも構わず攻撃を続けて来る。左手でジャブを連続して撃ってくる。避けても避けても攻撃はやまない。何とか隙を見つけてもう一度距離を取る。
「おいおい、さっきから避けてばっかりじゃねえか。どうしたよ? 勇者パーティーじゃないのかい?」
「クソが」
ランブルーが余裕の表情なのに対して、俺はすでに息が上がっている。どう考えても劣勢。これを覆せるとしたら、もはや潜伏に頼るほかないだろう。しかし、ここまで多くの視線にさらされている状況で、潜伏を使うわけには……。
迷っているうちに再び距離を詰められる。連続攻撃。しかしいい加減目が慣れてきた。だんだん避けるのも容易に……と思ったその時だ。今までのジャブとは比較にならない速度でボディブローが入る。
「グハッ」
身体は衝撃で吹っ飛ばされ、地面を転がっていく。正方形から出るギリギリ手前で、なんとか踏ん張ることに成功した。
「いい加減諦めたらどうだ?」
ランブルーが余裕の笑みを携えながら話しかける。
今の攻撃は明らかにおかしかった。人間が出せる速度の攻撃ではない。動体視力にはそこそこ自信があるんだ。
……魔法か?
一つの答えらしきものにたどり着く。あの両腕付けられたガントレット、そして金属製のブーツ。どうにもおかしな形をしている。もしかして、あれは魔法を増強する道具なんじゃないか?
「……もう気づいちまったか?」
ランブルーが笑う。するとガントレットとブーツに風がまとわりつき始めた。
「なんだそれ」
「ハッ。もう隠す必要もねえな」
そう言うとランブルーはその場で脚を高く蹴り上げる。瞬間、強風が刃となりこちらへ向かってきた。
「うおっ」
身体を伏せることで何とか直撃は免れたものの、頬から血がしたたり落ちる。
この魔法都市レトネーゼにただの拳闘家がいるはずもなかった。魔法を応用した拳闘術。それがランブルーの武器か。
しかし今までの戦い方を見るに、そう何度も連発できる代物でもないらしい。隙ができるならそこなのだろうが、しかしどうにも勝てるビジョンが見えない。
……まずいな。
「サヌマー! 頑張れー!」
「勇者パーティーなんだろー! 何手加減してんだ!」
「選ばれた人間なんでしょ!」
いい加減、この声援も耳障りに……選ばれた人間? ……そうか、そうだ!
観衆の声にハッとする。今までは潜伏魔法を使う泥棒がいることをあまり多くの人間に知られたくなかった。そうすることで、賢者の石保有者に何かしらの対策が取られる恐れがあったからだ。
しかしこれが勇者パーティーの一員ならどうだろう。選ばれた人間のみが潜伏を使うことができる。そういう認識を与えられるのならば、ここで潜伏を使うのはやぶさかではない。
俺は立ち上がって、わざとらしく口角を上げた。
「そろそろ、本気を見せてやろう」
「……何?」
「俺は、潜伏を使うことができる」
そう口にした途端、辺りが静まり返る。しかし、その静けさはすぐにどよめきへと変貌した。
「まさか」
「嘘だろ」
「そんなことって」
そのどよめきを断ち切ったのは、またしてもランブルーだった。
「お前は、潜伏の魔石を持っていると言いたいのか? そんなこと、あり得ない」
そう言えば、メアリーもそんなことを言っていた気がする。
「違う。俺は賢者の石なんて使わずに、潜伏ができる。それが俺の、ギフトだ!」
女神からの贈り物だから、案外間違っちゃいない。
「まさか! そこまでのギフトなんて、聞いたことが」
「フッ。だからこそ、俺は勇者パーティーの一員なんだよ」
――潜伏。
「き、消えたぞ!」
観衆のどよめきが一層大きくなる。
俺はすぐにランブルーの背後を取り、潜伏を解除した。
「そ、そんな馬鹿な!」
肩に手を置き、右足で左足を払い、地面に押し付ける! はずだった。
鍛え上げられたランブルーの身体は、俺程度ではびくともしない。
「……」
「……」
「………………てへ」




