第35話 魔法都市には驚くほかない
「おいおい、マジかよ」
思わず、そう呟いた。目の前に広がるのは高くそびえる門。監獄長の炎の壁などかすんで見えるほどの高さを誇るそれは、無機質に佇んでいる。
「あれ? 師匠はレトネーゼ初めてなんスか?」
「ん? お、おう」
そうか、ナーシャはここの出身だったな。
「ほらほら、入りますよ師匠」
「わかった。わかったから引っ張るな」
門は飾りみたいなものなのか、幸い開け放たれている。ナーシャに腕を引かれながら門を通ると、そこには……。
「おいおい、マジかよ」
「サヌマ、それ二回目よ」
「いやいや、だってこれは」
まず見えたのは塔。きっとレトネーゼの中心に位置しているんだろう。今通った門よりも高いそれは、この町の象徴と言って良いかもしれない。その塔を中心に同心円状に大小さまざまな建築物が並んでいる。しかし何よりも……。
「白い」
ジンが呟いた。
そう、白い。この町全体が、青白い大理石のようなもので構築されていた。幻想的とさえ言える街並み。天国かと間違えるほどの美しさだ。
「どうだい? ここが世界の中心。魔法都市レトネーゼよ」
……魔法都市?
メアリーの言葉に疑問を抱いたのも束の間、鼻先を水が掠めた。
「冷たっ!」
どうやら掠めたのは水の球らしい。目で追うとそれは軌道を変えて俺の頭上を通り、一人の男のもとへ戻っていく。
「あ、すんませーん。ちょっと手元狂っちゃいました~」
男はそう言うとすぐに水の球をいくつも使ってジャグリングを始めた。
……魔法、だよな。
周囲を見渡す。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。魔法料理の専門店! ククルカは本日オープン! よろしくね!」
「あー、泣く泣くな、転んだくらいで。ほら、治療魔法かけてやるから」
「お待たせしました。今後もセリカ魔法タクシーをごひいきに!」
……え? なんか、魔法があふれてないか?
「な、なあメアリー。なんでこんなに魔法使ってる人が多いんだ?」
「おかしなこと聞くわね。そりゃ誰だって使えるでしょ」
「いやいや。監獄の連中はお前以外使えなかったじゃん。ジンだって使えないじゃん」
「あー、まあそうね。正確に言えば、ちゃんと教育を受ければ使えるのよ」
「教育?」
「そう。魔法のノウハウは基本的に学校で習うわ。自分の魔力の特性なんかも知ることができるしね。要は、学校行ってれば魔法はある程度なら使えるようになるの。レトネーゼには魔法の専門学校も多いしね。たいていの人は使えるんじゃないかしら」
まさかの学歴社会。どの世界でも学歴は重要なのか……。じゃああれか、監獄の連中が魔法を使えなかったのは学校にも行ってなかったからか。……あれ? じゃあここの出身のナーシャって。
「ナーシャ、お前もしかして魔法使えるの?」
「え? まあ、使えますけど」
マジか。意外だ。
そうか。それで魔法都市か。
「なるほどなあ。それで皆箒で空を飛んでるのな」
「え? ああ、違うわよ。あれは魔女の宅急び……」
「それ以上はいけない」
思わず口走る。
「え? なんで?」
「いや、なんでだろうな。つい。まあなんだ。あれか? 宅配便以外は箒で飛ぶのを禁止されてるのか?」
「そうよ。よくわかったわね。皆に空を飛ぶことを許したら大変だもの。あ、タクシーなんかも認められてるわね」
なるほど。さすが魔法都市。
さて、あまり門から入ったところでじっとしているのもよろしくないだろう。そろそろ移動しなければ。
「じゃあそのタクシーでも使ってクレストブルク博物館に向かうか?」
「え、ええ?」
ジンが眼を見開く。
「まさかもう向かうつもりですか? まだ作戦も……」
「いやいや。さすがにそこまでするつもりはないって。ほら、最初は客として美術館の内部構造を把握して、それから作戦を練るのが上策だろ」
「それはあまりオススメできないわね」
メアリーが遮るように口を挟む。
「なんでだよ?」
「相手は鑑定の魔石保持者よ? あまり目立つ動きは避けるべきだわ」
……なんで? という疑問は続く。たぶん俺が鑑定の魔石というのがどういった代物なのかを理解していない、と言うか知らないのが原因だろう。
「その鑑定の魔石ってのは、どういう魔法が秘められてるんだ?」
「それも含めて、どこかで話しましょう。あそこで宣伝してる魔法料理の店にでも入らない? 私お腹が……」
そう言えばもうお昼時のようだ。全員が顔を見合わせ、頷いた。
「そうしましょう」
ジンがそう言うのと同時に店に向かって歩き出す。
「あ、どうですか? ここ、今日オープンなんですよ。サービスしちゃいますよ?
どうですか?」
先程も宣伝をしていた女が近づく俺たちを見て声をかけて来る。当然寄るつもりだったから、素直に案内してもらった。
「いらっしゃいませ!」
これまた青白い扉をくぐると、怒声に近い歓迎のあいさつを受ける。随分と繁盛しているようで、客が大勢見える。どこの席もにぎやかだ。
「四名様ですね? こちらへどうぞ」
ウエイターに案内された席に座り、メニュー表を手に取る。
……表情が凍り付く。
「なんだよ、これ」
「ああ、サヌマは魔法料理はじめてよね」
メアリーが何か納得したような顔で頷く。
「気持ち悪くないか、これ」
げんなりしながら言う。メニューの一ページ目からそれはショッキングな料理ばかりだった。地虫の姿焼き、火蛇うどん、フライド火蛇などなど。
「あー、サヌマが見てるの、魔物料理のページね。他のページはそうでもないわよ」
メアリーの言葉を信じてページをめくる。……あ、ほんとだ。ふつうだ。
と、言うか。
「魔法料理とか、魔物料理とか、そもそも何なんだよ」
「え? 師匠魔法料理知らないんスか? 食べたことなくったって、知ってはいるでしょ普通」
「い、いやー。それは」
さすがに異世界出身だから知らないんだ、とは言えない。言葉を濁していると、メアリーが助け舟を出してきた。
「サヌマはね、田舎者なのよ」
いや違うわ。助け船ではないなこれ。単純な悪口だなこれ。
「はー、なるほどッス」
納得しちゃうのかよ。
「それで、魔法料理って言うのは魔法を料理の中に組み込んだものを言うのよ。すごい簡単な例を言うと、何かを火の魔法で焼くとかね。私も詳しくは知らないけど、やりようによってはかなり美味しく調理できるらしくてね。でも習得するのはかなり難しくのよ。で、魔法料理の店はそれだけで繁盛しちゃうわけ」
なんだか聞いていると腹が減ってきた。無性に食べたい。
「ちなみに、魔物料理は?」
「それは魔法料理の一ジャンルね。その名の通り、魔物を使った料理よ」
「でも」
氷狼の死体が脳裏によぎる。燃やした後の、普通の狼の死体だ。
「魔物は死んだら元に戻るんじゃなかったか?」
「違うわよ? 魔物の根幹は角。角がなくなったら元に戻るの。死んでも角がついたままなら魔物よ」
「なるほど。理解したよ」
「良かった。じゃあ注文を決めちゃいましょ」
おもむろにメニューのページをめくる。魔物料理はゲテモノ感が強かったが、魔法料理全般は普通にうまそうだ。食欲がわいてきた。さっき奪った金もあることだし、今回は少し贅沢に……。
「きゃああああ」
店内から悲鳴が聞こえる。なんでこう、トラブルが続くかな。




