第34話 美術商は勘違いしている
魔物に襲われた夜。あの日からは実に順調に、滞りなくレトネーゼへ進むことができていた。
しかし、だ。レトネーゼに到着する直前、まさに今、俺たちは大勢に囲まれている。以前出くわした盗賊なんか比ではない。おそらくは五十程度の人間が、俺たちを包囲しているのだ。
「これは何の真似だ? カスパーダさん」
俺たちを囲む謎の集団、その指揮をしていたのが俺たちの護衛対象であった商人、カスパーダだった。
「見ての通りだよ、サヌマ君。まだわからないかね? 私がなぜ、このようなことをしているのか。全く察しがつかないのかい?」
カスパーダは不敵な笑みを浮かべ、髭に手を当てている。
一つのことを思い出す。俺たちが脱獄囚だと知れた時のことだ。カスパーダはやけにすんなりと俺たちのことを受け入れた。
なぜだ?
なぜ、カスパーダは俺たちを拒絶しなかったのか。
ここで一つ仮説を立てよう。
もし、カスパーダが俺たちのことをすでに知っていたのだとしたら?
その仮説を立てた時、カスパーダのあるセリフを思い出した。それが、仮説を決定的なものにする。そして、そこから導かれるのは。
「賢者の石……!」
そう呟くと、カスパーダはパチパチと拍手を送る。嫌味ったらしい、実に不快な拍手だった。
「素晴らしい。一応、なぜそう思ったのか聞いても良いかな?」
上から目線なのが腹立たしい。思わず舌打ちをする。
「そうだな。あんた訊いてきたろ? 俺たち三人が何をして脱獄したのかって。でも、俺は確かに脱獄囚って言葉を発したけどよ、三人とは言ってない」
「ん? どういうことだい?」
「なんでナーシャもそうだって可能性を捨てたのか、って話だ。一緒に護衛の仕事を受けに来たんだ。普通なら、こいつも同じ脱獄囚だって思うはずだ。でも、そうは考えなかった。
なら、答えは一つだろう。初めからあんたは俺らのことを知ってたんだ。いや、俺らが依頼を受けようとあんたの所に行った後、調べたんだろ? その中で、俺たち三人が元素の魔石を盗み、監獄長を殺したことを知った。
だとすれば、あんたみたいな腐った美術商の考えることは、一つしかない」
「いやはや見事。見事だよサヌマ君。探偵にでもなったらどうだね? いや、どちらかと言えば詐欺師の方が向いてるかもな。私の経験則で言うならの話だがね」
「うるせえよ」
「はっはっは。君はなかなか洞察力がある。それに腕っぷしもあると来た。なあ、提案だ。君、さっさと賢者の石を渡して私の部下にならんかね? 好待遇は約束するよ?」
理性的に考えれば、この男に付いて行っても問題はない。俺の目的は賢者の石を集めること。美術商ならそういった情報も集まりやすいだろう。昔なら、すぐに飛びついた話かもしれない。だが、今は違う。俺は断言する。
「お断りだ。こいつらを裏切るつもりはない」
「そうか。交渉決裂だな。残念だよ、サヌマ君。
……やれ。速攻で片を付けろ」
カスパーダの低い声を合図に、連中が一斉に飛び掛かって来た。
カスパーダの考えていることはすぐにわかった。俺たちが盗賊と戦っているのを、おそらく隙間から覗いていたんだろう。
そして、メアリーの魔法を見た。その威力を確認した。ジンとナーシャがたいした役になっていないと認識した。俺が盗賊の頭の背後を取ったのは、見逃したとでも考えたんだろう。
きっとカスパーダは、元素の魔石を持っているがメアリーだとすぐにわかったはずだ。そしてメアリーの対策として、一気に全方位から攻撃を仕掛ける、と考えるのは当然だ。メアリーの魔法は確かに強力だったが、この作戦ならメアリーを組み伏せれるかもしれない。しかし、それはメアリーの魔法が本当にその程度ならの話である。
カスパーダは勘違いしている。俺たちは元素の魔石を持っていることを知られているとは思っていなかった。だから、セーブした。威力をそこそこ魔法に秀でた人間の威力に調節させた。そうでなければ、元素の魔石を持っていると勘ぐられてしまうからだ。だから、カスパーダはメアリーの放っていた魔法が、彼女の最大威力だと誤解している。
「くらいなさい。妖精の暴風翼!」
メアリーが言い放つと同時に、暴風が発生する。襲い掛かって来た連中の足が止まり、その場で重心を低くした。
「ぐ……なん、だ……これは」
「たえ、きれない」
「く、そ……がああ!」
すぐさま彼らは四方に飛んでいく。
止むことなく吹き続ける暴風に耐えることのできる者はいなかった。あるものは町の遠くまで、あるものは森の奥まで飛ばされる。
そしてカスパーダは木に身体を打ち付けて頭から血を流していた。
メアリーが暴風を納めたのを確認し、男に近づく。
「一体、何が……?」
「悪いね、カスパーダさん。俺も穏便にしたかったんだけど。急に襲われちゃったから、強硬手段を取らせてもらったぜ?」
「ちょっとサヌマ、さも自分が全部やったみたいに言うのやめてくれないかしら」
「ほー。そっちこそ借り物の力を使ってるくせによう言いますわぁ」
「は、はあ!? 君が言うか! 君が! そもそもこれだって……」
ごにょごにょ、と何か不平不満を言っているらしいが、まあ無視しておこう。再びカスパーダに向き直る。
「そう言えば、まだ護衛の報酬もらってなかったよな。馬車に積んである金はいただいていくぜ?」
「うわ、極悪人ッス。しかも言ってることが小物ッス」
「ははは! ナーシャ、お前はその小物の弟子だってことを忘れんなよ!」
「はいはい。テンションが上がってるところ悪いけど、馬車ならさっきの暴風でどっか飛んでいきましたよ?」
「え、マジかよ。ジン!」
見ると確かに馬車のあった場所には何もない。何かがあった形跡すらない。
メアリーの方を見る。
「……なんでよりによって風の魔法なの? メアリー」
「い、良いでしょ別に! それが一番手っ取り早かったじゃない!」
「と言うかさ。何? 妖精の暴風翼? 何ですかそれ? 技名? 技名なの? 詠唱じゃないよね? そもそも元素の魔石あるなら詠唱とかいらないんじゃないんですか? え? メアリーさん? どうしたんですかね? カッコいいとと思ったんですかね?」
「そ、そ、そんなわけないじゃない! あ、あれよ。魔法も名前とかあったほうがイメージしやすいのよ。元素の魔石使ってるって言っても、どんな魔法を使うかある程度イメージできないと発動はできないからね? 仕方なくよ、仕方なく」
「ほー? じゃあその名前はどうなんだよ? 自分で考えたんですかぁ?」
「わ、悪い!? カッコいいでしょうが!」
顔を真っ赤にしてメアリーが起こっている。これ以上からかうとさすがに気分を害してしまいそうなので、この辺にしておこう。手っ取り早く、話題を逸らすことにした。
「ところでナーシャは、俺たちが元素の魔石持ってるって言っても、あんま驚いてないな」
ナーシャにはまだ俺たちの目的などは伝えていなかった。この前脱獄囚だってことも初めて知ったくらいだ。不義理だと思うが、まあそう簡単に明かせる話ではない。
「え? い、いや驚いてるッスよ? ただ、いろいろありすぎて整理しきれてない
と言うか」
……? そんなもんか?
「ま、良いや。そろそろ行くか。馬車の積み荷がない代わりにポケットマネーはいただいて行こう」
ゴソゴソ、とカスパーダの持ち物を漁る。
「あ、そこら辺に転がってるやつらからも奪っとけよ」
「師匠、やっぱり悪党なんスよねー」
「サヌマ。盗みは……」
「いやいやメアリー。こいつらは悪人だぜ?」
悪人からなら盗んでいい、と決めたのはメアリーだ。
「でも欲求を抑えられないわけじゃ」
「あー盗みたい。盗みたくて仕方ない!」
「サヌマさん……」
ジンが呆れ声を出している。
「と言うかな。ぶっちゃけ利用されたみたいで腹立たしい! だから盗む!」
「しょ、正直ッスね」
さあ、金は手に入れた。目的の半分は果たしたわけだ。あとは、レトネーゼに到着すれば良い。目的地は、すぐそこだ。




