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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第32話 美術商は心が広い?

 …………。沈黙がつらい。俺、メリー、ジンの三人は顔を伏せていた。


「あの」


 ナーシャがおずおずと切り出す。


「脱獄囚って、聞こえたんスけど」


 一呼吸おいて、メアリーが答えた。


「……違うわ」


 ……えー。

 いや! いやいや! メアリーお前! 無理だろ。それは流石に無理があるだろ!

 ほら、ナーシャもカスパーダもすんごい顔でこっち見てるよ。


 これはもう仕方ない。メアリーがあからさまな嘘を吐かなければまだやりようもあったが、そもそも今回は俺の発言が発端ほったんなのだ。俺にとやかく言う権利はない。


「黙っていてすまなかった」


 俺は意を決して告げることにする。ナーシャの方を見ると少し複雑そうな顔をしていた。


「いや、まあわたしとしては」


 ただの泥棒と思っていたら、そこそこ重罪な泥棒だった。ナーシャの目線から考えると、この程度の変化になるのだろう。

 しかし、カスパーダは違う。雇った護衛が犯罪者だった、なんて彼の立場なら発狂しても不思議ではないことだろう。

 ちらと商人へ視線を飛ばす。


「構わないとも」


 商人は確かに、間違いなくそう言った。

 なぜ? その疑問が顔に現れていたのだろう。商人が笑いながら付け加えた。


「私もまあ、あまり胸を張って生きることのできる人間ではないからね」


 まあ、想像はつく。ダズビー市長の屋敷でのことを思い出した。ダズビー市長は半ば脅すような形でどこかの家から家宝とされている絵画をせしめ、それをこの商人カスパーダに売りつけたのだろう。


 それに、彼が美術品を売る相手も反社会勢力、あるいは闇市で探すのかは知らないが、とにかくまっとうな人間でないことは確かなはずだ。


「でも」


 思わず声が漏れる。それだけで、ほとんど契約違反みたいなこの状況を許容できるか?


「フッ。それに、あのまま君たちが来なければ私は護衛なしでレトネーゼに行かなければならなかった。君たちが脱獄囚だとしても関係はないさ。

 そんな顔をしないでくれ、サヌマ君。君たちは先程、見事仕事を果たしたじゃないか。私が求めるのはそれだけ、それで十分というものだよ」


「そう、ですか……」


 そう答えながらも、俺の中では疑問が尽きなかった。それだけの理由で、自身が犯罪者すれすれの人間だからといって、俺たちを許せるものだろうか?


 俺は少しだけ考える。もしかしたら、と一つだけ思い当たる節があった。……いや。俺はそれを否定するために、首を振った。すぐにものを悪い方向へ考えるのは、俺の悪い癖だ。


 そう割り切ろうとして……それでも悪い予感ってものは頭から離れない。


「ちなみに」


 カスパーダが口を開いて、ハッと我に返る。


「君たち三人は何をして脱獄したんだい?」


 そ、そこまで踏み込んだ質問をするのか。たじろいでいる俺を知ってか知らずか、メアリーは即答した。


「食い逃げ」


 つい、笑ってしまいそうになる。考えてみれば食い逃げで捕まった囚人が脱獄するなんておかしな話だ。


「窃盗」


 続けて答え、ジンの方を見る。そう言えばこいつは……。


「えっと、僕はその、一応殺人なんですけど。いや、違くて。冤罪だったんですよ」


 カスカナの虐殺。カスカナがどこを指した言葉なのか定かではないが、それなりに有名な事件らしい。監獄にいた時、看守から少しだけ話を聞いた。

 曰く、事件の現場たる孤児院の人間は皆、死んだ。しかし一人だけ例外がいる。それがジンだ。


 ジンを見る。こいつは運が良い。本人は運が悪いのだと思っているのだろうが、違う。ジンはカスカナの虐殺を生き残ったがゆえに、犯人に仕立て上げられたのだ。

 確かに事件に巻き込まれたのは不運だ。しかしそれを生き残るというのは、並大抵の幸運ではない。もちろん、ジンが犯人ではないという主張を信じることを前提にしているが。


 結局のところ、ジンは不運に巻き込まれてもどうにかできる幸運を有している。つまりは悪運が強いということなのだろう、と俺は考えている。


「はっはっは」


 商人は俺たち三人を見回して笑った。


「君たち、面白いよ。まさか食い逃げ犯と泥棒に殺人鬼が一緒にいるとはね」


 ……殺人鬼?

 俺は疑問を腹に押し込める。


「はあ」


 苦笑いする俺を見て、商人は続ける。


「君たちの経歴とか、聞かせてくれないかね?」


 経歴、か。

 俺はジンとメアリーを見る。文脈から考えると、俺たちが出会い、脱獄するに至った経緯、という意味で言っているのだろう。

 しかし、真実は話せない。まさか俺たちが元素の魔石を奪うために結託したと言うのは、自殺行為だ。カスパーダは美術商。俺たちが価値ある賢者の石の一つを有していると知れたら、どんな目にあうか。


「それは、ちょっと」


 ジンもそれは承知していたのだろう。申し訳なさそうに断る。それを見たカス

パーダの口元が、かすかに動いた気がした。


「そうか、まあそうだな。プライバシーは守らねばならない。あまり立ち入った話はするべきではなかったな。すまない」


 頭を下げたカスパーダを見て、ジンは慌てる。


「あ、いや、そんな。こちらこそすみません」


 それからはあまり会話もせず、ただ時間の流れるまま、馬車が身を揺らすのを感じていた。

 しばらくして、馬車が止まる。


「すみません旦那。今日はここまでで限界です」


 馬の疲労が大きくなったらしい。運転手もそれを見越してキャンプができそうな広い土地で止まってくれた。今日はここで、夜を明かす。




 焚き火を囲って、積んであった食料をご相伴にあずかる。肉だ。名前はわからないが何らかの肉だ。町で盛んに売られていたもののひとつである。ああ、久しぶりの肉。商店街を通るたびに誘惑に駆られていた、肉。うまい。涙がでそうだ。


「おいしそうに食べるな、サヌマ君は」


「そりゃあ、美味しいですから」


「はっは。なら遠慮せず食べると良い。夜は君たちに見張りをしてもらわないといけないしね」


 夜の見張り。それも事前に言われていた仕事の一つだった。


「ここらは夜、魔物が出ることもありますからね」


 馬車の運転手が肉を飲み込まないうちに言う。


「魔物?」


「む? 知らなかったのかね、サヌマ君」


 知らなかった。そう言えば、この世界で見る動物は、俺の見知るものと大小の差はあれ、まあ動物というカテゴリーから逸脱したものではなかった。魔物、という言葉のニュアンスから考えると、普通の動物とは違うのだろう。


 メアリーを見て、あとで説明してくれ、と目配せする。メアリーは軽くうなずいた。……本当に伝わったのだろうか。


「いえ、少し失念していただけです。ご心配なく」


「そうか、なら良いんだ。まあ、魔物が出ないのが一番なのだが、そう上手くいかないかもしれないからね」


 夕食を終えると、カスパーダは馬車の中に戻って毛布をかぶった。俺たちは順番に二人ずつで見張りをすることになる。まずは俺とメアリーの番だ。二人で焚き火の前に座る。


「なあ」


「あ、魔物のことね?」


 伝わってたんだ。


「ああ、魔物ってのはなんだ?」


「平たく言えば、魔力を過剰に摂取せっしゅした動物よ。どの魔物も、基本は動物。でも見た目とかは禍々しく変化しているわ。

 すこし向こうに行くと、魔力樹っていう大木があってね。それが原因で魔物もわきやすいの」


「ほーん。なるほどな。それで、その魔物って、でかい角が生えてたりする?」


「よくわかったわね。魔物の多くは大きな角を持っているわ。どうしてわかったの? 見たことでもあった?」


 メアリーの言葉を聞き、深いため息を吐いた。


「ああ、見たことがあるって言うか、現在進行形で見ていると言うか」


「ああ……。本当だ」


 割と大変なお仕事である。

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