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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第28話 ナーシャ=ハマックには盗めない

「なるほど。それでこの屋敷にいたわけですか。そして泥棒を見つけて、あのような状態に」


 屋敷の男は事実をかみ砕くように頷く。


「どうか信じてくださいませ、坊ちゃん。私が証人です」


 警備員さんが屋敷の男をすがるような眼で見ていた。俺たちがここまで信用されているとは驚きだ。

 男は警備員さんに苦い顔を向ける。


「坊ちゃんはやめてくれないか。人の前だ」


「ああ、これは失礼いたしました、坊ちゃん」


「……あ、ああ。わかってくれたなら良いよ。うん、これ以上は言うまい」


 半ば自分に言い聞かせているような物言いである。


「あのー」

 俺は様子をうかがいながら慎重に口を挟む。

「信じて、いただけましたかね?」


「そう、だな……」


 屋敷の男は決めかねているようだった。ダメか? と諦めの色を浮かべかける。しかしそれは別の男の言葉で引っ込んだ。


「ふむ。私は、信用できると思うがね。」


「お父様……」


 屋敷の男の言葉からもわかるように、この屋敷の主、つまるところ市長のダズビーその人だろう。

 泥棒が捕まえられた後にこの場に集まって来たのは、メイド一人、そしてダズビー市長、最後に彼と商談を行っていたのであろう男、この三人だった。


「わたくしも同感ですな。なにせ泥棒を捕まえていたのですから。それに、こちらの警備員さんの話とも矛盾はないようだ」


 商人の男も助け舟を出してくれた。メイドもこくりと頷いている。この場にいるほぼ全員が俺を無実だと考えているのだ。屋敷の男もすぐに微笑した。


「疑ってすまなかった。むしろ僕らはお礼を言う立場だね。ありがとう。感謝する」


「あはは、いえいえ」


 当然、感謝されるいわれはない。屋敷の周りを歩いていたら泥棒を見つけ、そして捕まえた。その部分に関して嘘偽りはないが、その目的は隠している。

 まさか今後盗みに入るために警備を強化されるわけにはいかなかった、なんて言えるはずもない。

 そもそも、この屋敷に無断で入った経緯は警備員さんに話した嘘っぱちなのだ。うしろめたさしかない。


 潜伏を使用せずに、この屋敷から出る。そのためには、事情を説明して堂々と出るのが一番楽だ。だから俺はそのまま話した。まあ、その事情とやらには若干の嘘が混じっているのだが。


「それにしても泥棒を組み伏せるなんて、たいした手腕だ。雇いたいくらいだね」


 商人は豪快な笑いと共に俺の肩を叩く。


「はは、それはどうも。襲われる心配でも?」


「まあね。三日後にはこの町を発って、レトネーゼに向かわなければならないんだ。最近は盗賊のたぐいが多いからね。ついこの間、護衛の依頼を募集したところさ。君、どう? やらない?」


「いやー、遠慮しておきます」


「うーむ、そうか。まだ依頼を受けてくれる人がいなくてね。はあ、残念だ」


 商人が肩を落とす。どうやら本気で残念がっているらしい。


「レトネーゼに何をしにいくんですか?」


 ダズビー市長がにやにや笑いを顔に張り付ける。


「何って。わかっているでしょう? 市長が売ってくれた絵画を売りにかけるんですよ」


「はっは。良い値がつくと良いですね?」


「そこは、私の腕の見せ所ですよ」


 はっはっは、と下品な笑いが屋敷を包む。


「ところで、ボールは見つかったんですかい?」


 警備員さんが問いかける。もちろんボールなんてないんだから見つかるわけもない。適当にごまかそう。


「いやー、どうでしょう。あの子は見つけたのかな?」


 屋敷の男が眉を寄せる。


「小さな子を一人にするのはよろしくないね。はやく行ってあげると良い」


「そうですね。そうします」


 頭を軽く下げて、警備員さんと共に屋敷の外へ向かう。長い廊下を抜け、玄関扉をくぐった。すると俺がここから出てくると踏んでいたのか、ナーシャの姿がある。


「あー、師匠! 何してたんですか!」


「し、師匠?」


 警備員さんが俺を見つめてきた。

 はー。頭を抱えたくなる衝動を抑える。軽率に人前で師匠と呼ばないで欲しい。


「ごっこ遊びですよ。僕のことを何かの師匠に見立てているらしくて」


「ははー、なるほど。最近の子供は発想が豊かですなあ」


 警備員さんに愛想笑いを浮かべ、そのままナーシャにその顔を向ける。ナーシャは俺の顔にたたえられた微かな怒りを感じ取ったらしい。


「ひえっ」


「はっはっは。変な顔をして、どうしたんだい? ナーシャ」


「い、いや、変な顔はししょ……何でもないッス」


「まったく、変わった子だ。はっはっは。ところで、ボールは見つかったかい?」


「え? ボール? ……あ、ああ! いやーそれが見つからなくて」


「うーん、そうか」


 再び警備員さんに向き直る。


「どうやら見つからなかったようです。これ以上探しても、おそらくらちが明かないでしょう。一緒に探していただいたうえで申し訳ないのですが、諦めることにします」


 警備員さんが残念そうに肩を落とした。


「そうですか。わかりました」


 そう言って警備員さんがナーシャの頭に手を置く。


「あまりはしゃぎ過ぎないように。でも、またこの近くに遊びに来なさい」


 ナーシャは少し照れ臭そうに、こくりと頷いた。


「それじゃあ僕らはこれで」


「ええ、お気をつけて」


 屋敷の門をくぐると、ナーシャは少し名残惜しそうに手を振っていた。少しなついたのだろうか?


 しばらく宿に向かって歩く。どうも気まずくて、なかなか口を開けない。しかし、早いうちに話さなければならない。

 腹を据える。


「失敗だ」


「え?」


「あの屋敷は、近いうちに警備を強化する。あそこに盗みに入るのは正直絶望的だ。リスクが高すぎる」


「あの、どういう事ッスか? 師匠が急に走り出した理由もいわからないんッスけど」


 そう言えば、そこから説明しないとだった。


「あー、悪いな。実はあの屋敷の中に泥棒が入っててな」


「……え? ええ?」


「泥棒が入ってるってわかったら、警備が強化されると思ってな。秘密裏に捕まえようとしたんだが、失敗した」


「な、なるほど。それであの屋敷をターゲットにするのは難しくなったわけッス

か」


「ああ。だから当分は、実戦形式で教えるのは難しくなる。まあテクニックの話ならいくらでもしてやるさ」


 そう言うと、ナーシャが突然立ち止った。何を考えているのか、地面を見つめている。


「どうした?」


「……あの!」


 ナーシャが意を決したように俺を見つめる。


「わたしはいつ! 泥棒になれますか?」


「いつ?」


 難しい質問だ。泥棒なんて誰でも、いつでもなれる。ただ……。


「捕まえられずに、完璧に盗み切る技術を身に付けるなら、三か月あれば教えてやる」


「三か月……」


 ナーシャが肩を落とす。


「別に、盗みたきゃ盗めばいい。捕まっても知らないけどな」


「わたし、わたしは……」


「なあ、本当にどうした?」


「いえ、その。ちょっと自分、甘く見てたかもしれないッス。泥棒なんて、誰でも簡単にできるものだって」


 ……まあ、できないわけじゃない。ただ、見つかり、捕まる可能性を限りなく減らす技術は、一朝一夕で身につくものでもない、という話だ。たいていが何かしらの痕跡を残し、それが原因で逮捕される。それなりにやって来た俺でさえ、潜伏という新しい道具を使ったら捕まったくらいだ。


「ナーシャ。何が言いたいんだ?」


「わたし、本当は、泥棒として生きていきたいわけじゃなくて……」


 そこで言葉を濁す。そういえば、その通りだ。俺が進んで泥棒として生きてきたのはイレギュラー中のイレギュラー。本来であれば、誰も進んで犯罪者にはなりたくないだろう。

 そもそも、ナーシャはスリの技術は持っていた。それであれば、生きるには困らないはずだ。ならば、泥棒にこだわる何か本来の理由があってしかるべきだ。

 そのことに、ようやく気付かされる。


「なら、お前は……」


「わたしには、盗みたいものがあるッス。……だから、わたしは自分の力でそれを盗もうと思ってたッス。だけど、たぶん、私には無理、なんだろうなぁ」


 その瞳には、諦めとも悲観ともいえない色が映っていた。


「師匠、お願いがあるッス。聞いて、もらえますか?」


 小さくため息を吐いた。


「まあ、師匠は弟子のお願いを聞くもんだろうからな」


 ナーシャがつばを飲み込むのがわかった。


「師匠に、盗んで欲しいものがあるッス」


「何だ?」


「……賢者の石の一つ。鑑定の魔石ッス」

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