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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第25話 ナーシャ=ハマックは習いたい

「ご飯できましたよー」


 俺らの住む安宿はキッチンが共有であり、客は自由に使って良いことになっている。そしてお世辞にも金があるとは言えない俺たちがそれを利用しないわけがなかった。一人ならいざ知らず、複数人なら自炊が圧倒的に節約になる。


 テーブルに運ばれてきた料理は、ご飯と野菜炒め。まあ贅沢ぜいたくは言うまい。監獄のマズ飯に比べれば随分ずいぶんとマシだ。しかしちょっとだけ文句を言いたくなって、俺はうちの料理人に声をかける。


「なあジン。さすがに一週間ずっと野菜炒めはどうなんだ?」


 俺たちの中で料理ができるのはジン=ノーディンただ一人だった。おっかない見た目とは裏腹なスキルである。そしてうまい。だが、一週間野菜炒めは飽きる。


「じゃあサヌマさんが作りますか?」


 ジンが嫌味たらしい笑顔を浮かべる。……最近ジンが悪態を吐くことが多くなっているのは気のせいだろうか。


「いつも美味しい料理をありがとうございます」


「わかれば良いんですよ、サヌマさん」


 クッソー、何も言えねー。


 しかし物申したいのは俺だけではないらしい。メアリーがジンを上目(づか)いで見る。


「ね、ねえジン君? ほら、私たち仲間が増えたじゃない? だから、今までよりも量が増えるべきだと思うのよ。私、ひもじくてひもじくて」


 そう。メアリーは食いしん坊なのである。


「増えたからこそ、節約が大事なんですよ。ナーシャちゃんの生活費は僕らが負担してるんですから」


 ジンの正論にメアリーは肩を落とす。


「う……ごめんなさいッス」


 増えた仲間こと、ナーシャ=ハマックが申し訳なさそうにこうべを垂れる。するとジンは慌てて弁解した。


「いやいや、良いんだってナーシャちゃん。別に君を責めているわけじゃないんだ。本当に気にしないで?」


「あ……は、はいッス」


 ナーシャの笑みがぎこちない。やはり原因は、ジンの風貌だろう。


「ジン。ナーシャがまたビビってるぞ」


「う……。それは、その」


 何度でも言うがジンは人相にんそうが悪い。そして演技をしなくなったことによる丁寧語。この何とも言えないギャップがナーシャを苦しめているのだ、と思う。


 俺たちは慣れているが、ナーシャはそうもいかないようだ。どうしたものか……。


「な、なんですかサヌマさん。じろじろ見ないでくださいよ」


 ……うーん。


「なあ。前髪、下ろさねえ?」


「前髪、ですか?」


「ああ。まずオールバックが怖い。あと鼻の傷も。目つきも悪いし。これをすべて

解決できるのが、前髪を下ろすことだと思うんだよ」


 ジンがハッと目を見開く。


「ちょ、ちょっとやってきます!」


 ジンは急いで洗面台へ向かう。パシャパシャと水の飛ぶ音が聞こえ、しばらくすると戻ってきた。


「ど、どうですか?」


「おーーー」


 思わず全員が嘆息する。


「すごい変わり様じゃないか」


「ほ、本当ですかサヌマさん!」


「おーおー。全然怖くない。なあ? メアリー」


「そうね。物腰柔らかな青年、ってかんじになったんじゃない?」


 まあガタイの良さは隠せてないが。


「や、やった! そうですよ、そもそも囚人に舐められたくなくてオールバックにしたんでした。今さらそれを続ける理由もないってもんですからね! あー、なんで気付かなかったんだろう」


「良かったなー。ナーシャはどうだ?」


「あ、はい。もう全然怖くないッス。なよなよッス!」


 それはそれでどうなんだろうな。……まあジンが喜んでるっぽいし良いか。


「んじゃ、そろそろ食べますかね。……いただきます」


 俺は野菜炒めをパクつく。……うん、美味いんだよなぁ。

 しばらくみんなで料理を食べていると、隣に座るナーシャに脇腹を小突こづかれた。


「ん、どうした?」


「師匠。そろそろ盗みを教えて欲しいッス」


 ……。そうだった。こいつはそもそも俺に盗みを教えてもらうために居ついてるんだった。だが、そう言ってもなぁ。

 俺はメアリーに視線を向ける。


「ま、良いんじゃない?」


「へ?」


 思わず変な声が出る。


「何よ?」


「いや、だってメアリー、ずっと反対してたろ?」


「もちろん、善良な一般市民から盗むのは反対よ。でも相手が極悪非道のクズなら、ギリギリ話は別。前にも言ったでしょ? それに、そろそろじゃない?」


 そう、そろそろだ。何がそろそろかと言うと、俺の欲求が限界になるのが、である。メアリーの言う通り普段からできるだけ盗みをせずに生活しているが、それでも「盗みたい」という欲求が消えたわけではない。これを満たさなければ、俺はおかしくなってしまう。


「ま、そうだな」

 そう言って、少しだけいたずら心が芽生えた。

「……それに、無銭飲食魔のメアリーが俺の事批判するのもおかしいしな」


「な……! それは前の話でしょ? それにあれは監獄に潜入するためにわざと……」


「どうかな~。食い意地張ってるしな~」


「い、いやこれは……」


「ハッ。冗談だよ」


「うぐぐ」


 久しぶりにメアリーの困惑顔も見れたことだし、満足だ。さて、気を取り直そう。


「じゃあ、どこに盗みに行くかな」


「ああ、それなら良いところがあるわ」


 メアリーがゴソゴソと引き出しをあさりだした。そして持ってきたのは……。


「新聞紙か?」


「ええ、賢者のい……なんでもない。ここを見て」


 メアリーが指さした記事をジン、ナーシャと一緒にのぞき込み、復唱した。


「ダズビー市長に渦巻く黒い金……?」


「この町に住んでる市長さんが誰かと黒い関係を結んでいるそうよ」


「なるほど。じゃあその市長さん家に行きますかね」


 正直この記事の真否はどうでも良い。俺としては、メアリーが文句を言わないならそれでよかった。


「じゃ、じゃあ師匠!」


 ナーシャが眼を輝かせる。


「ああ。実践練習といこう」


「やった!」


「ほら、準備すんぞ。で、メアリーとジンは?」


「私は買い出しにでも行くわ」


「僕は溜めてた家事でもしようかな」


 今日は休日。各々好きなようにする。

 伸びをしてから、特に気兼ねすることなく着替えを始める。最初の頃はナーシャも驚いていたが、今はもう慣れたようだ。同じ牢屋で生活していたから、着替え程度はさして抵抗感がない。もちろんメアリーの着替えを見たら殺されるが。


 脱獄した直後にかっさらった服に着替える。この服と別の町で買った安物の一着が俺の有する服のすべてだ。しかし安物でも綺麗にすれば綺麗になるものだ。一見して安物とは思われないだろう。

 寝癖を直し、髪もきちんと整える。泥棒にとって、身なりはとても大切なのだ。


「用意はできたか?」


「はいッス!」


 振り返ってナーシャの姿を見る。……ダメだこりゃ。


「汚い。こっち来い」


「えー」


 文句を言いつつも、ナーシャは俺のところに寄ってくる。


「まず髪がボサボサだ。服もよれよれ。ちゃんとしたのないのか? ……チッ、仕方ない」


 適当に整えたことでとりあえず、マシにはなった。肩くらいまで伸びて寝癖もないオレンジの髪、まだあどけなさの残る顔立ち、シワはあるが様にはなってる長袖シャツとジーパン。……まあそこそこ普通の子供には見えるな。


「うし、行くか」






 カサカサ。俺とナーシャは草陰に身をひそめる。ここは例の市長、ダズビーのお宅である。


「良いかナーシャ。まず空き巣に入る時は情報が命だ。家の間取り、どこに何があるのか、家族構成、外出時間、交友関係。これらのことを下見で確認する」


「な、なるほどッス。だけど、ちょっとここは遠くないッスか? 家の中が全く見えないッスよ?」


「そりゃいきなり近づけるならそうするさ。だがな、ここはちょっと広すぎる」


 たかだか市長の家、と甘く見ていた。まさか俺が毎日のように見ていたこの町一番の豪邸に住んでいたとは。どこの貴族様が住んでいるのかと思っていた。

 この家、いや屋敷と言った方が良いな。この屋敷はそもそも建物自体もでかいが、庭がやたらと広い。しかもへいで囲まれているから潜入するのさえ一苦労だった。

 とりあえず近くの草陰に隠れたは良いものの、もう少し近づかねばなるまい。


「良いか、ナーシャ。俺が合図を出すから、それと同時にあの石像まで行くぞ」


「は、はいッス」


 周囲に注意する。誰もいな……いや、一人警備員みたいなのがいるな。そのうちこっちに来そうだ。早くしないと。


 ………………今だ!


 合図を出し、腰を低くしつつ、最大限のスピードを出し、かつ物音がしないように移動する。ナーシャは少し遅れたが、俺の動作をまねて移動した。

 瞬く間に俺は石像の背後に身を潜ませる。フッと息を吐く。……ナーシャは?


「あいたたた……」


 見るとナーシャは途中で転んだようだった。……あー、まずいなこれ。


「おい! なんだ君は!」


 警備員に気付かれやがった。


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