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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第2章 鑑定の魔石とクライシスマーケット
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第24話 佐沼真は弟子をとる

「で、弟子?」


 俺が財布をスッた少女は、思いもよらないことを言い始める。弟子にしてくれだと? 何の? 

 

 いや待てよ、と考える。

 もしかしたらこの少女は大きな勘違いをしているのではないだろうか。どこかで弟子なんて言葉を覚えて、それをおかしな意味で解釈しているのかもしれない。


 俺は極めて理性的に、優しく少女に語りかけた。


「お嬢ちゃん。弟子っていうのはね、誰かに教えられる立場の人のことを言うんだよ。ちょっと難しい言葉だもんね。わかったらおうちに帰りなさい」


「……? だから私に盗みを教えて欲しいと言っているッス……います」


 あれー? きちんと理解してるー? 

 いやいやいや、盗みを教えるなんて聞いたことないぞ。


「だ、ダメだ」


「なんでッスか! ……ですか!」


「ダメなものはダメだ。だいたいな、盗みは犯罪なんだぞ!」


「君が言うか、サヌマ」


 メアリーが呆れ顔で横槍を入れる。


「う、うるさいうるさい! 俺が泥棒なのと泥棒が犯罪なのは無関係だ! 正しいことは誰が言っても正しいんだよ!」


「あーはいはい。こんなところで泥棒とか言わないでくださいね、サヌマさん。お店の人めっちゃ見てますから」


 ジンの静止が入る。確かに近くにある店の主が不可解な眼で俺たちを見ていた。


「そ、そうだな。じゃあ行くとするか。お嬢ちゃんは諦めて帰りなさい」


「あ! 待ってくださいよ、師匠!」


「だーれが師匠じゃ!」


 俺はメアリーとジンを連れて走り出した。しかし少女はそれでもなお俺たちの後を追って来る。

 潜伏を使用しても良かったが、それだとメアリーやジンとはぐれることになりそうだ。

 仕方ないのでいくつもの曲がり角を曲がり、かく乱しようとする。しかし走っても走っても、少女はいつの間にか後ろにいた。


「……はあ、はあ」


 俺もさすがに息が切れる。しかし視線を横に向けると、メアリーとジンは息を切らした様子が見られない。


「あんたら、体力あるよな」


「サヌマがないのよ」


「サヌマさんがないんです」


 あ、そうですか。


「師匠。泥棒は体力がなくてもできるんですか?」


「し、師匠って言うな。あと泥棒とか何回も言ってたら……」


 そう言って周囲を見渡す。気付くと俺たちは商店街から少し外れた裏路地にいた。当然のように周りに人はいない。まあ、なら良いか。


 フッと、少し自慢げに話してみる。


「俺の流儀はな、そもそも盗まれたことすら気づかせない盗みなのさ。だから体力は不要だ。まず逃げるという行為をしないからな」


 まあこの世界に来てはじめての盗みは、潜伏にはしゃいで滅茶苦茶派手だったけど。


「な、なるほど! 勉強になるッス! ……なります!」


 ……ハッ! 気付いたらこの少女に盗みについてレクチャーしているなんて……。不覚だ。これ以上この少女といたらまたレクチャーを始めてしまいそうだ。


 とは言っても逃げるのは無理そうなので、もう一度説得を試みる。


「お嬢ちゃん、盗みなんてせずにまっとうに生きたいとは思わないかい?」


「師匠! 私はナーシャ=ハマックというッス。ナーシャと呼んで欲しいッス。……です!」


「ああ、もう良いから。慣れない言葉(づか)いしなくて良いから」


 そもそも師匠でもないから。


「え? ホントッスか? 助かるッス師匠」


 あー、頭が痛くなってきた。


「いやだから……」


 俺が再びの説得にかかろうとした時だ。


「私もそれは看過できないわね」


「メアリー」


 まさかメアリーが助け舟を出してくれるなんて……!


「自分で盗むどころか、泥棒を増やすだなんて。ダメに決まってるでしょ」


「そ、そこをなんとか!」


 少女、ナーシャは懇願するような瞳をメアリーに向ける。


「う……」


 メアリーがたじろいだ。


 俺はシルビアのことを思い出す。メアリーは割とシルビアに甘かった気がするのだが、もしかしたらこれくらいの少女には弱いのかもしれない。


「だ、ダメなものはダメ!」


 それでもメアリーの意思は固かった。メアリーはナーシャから顔をそらして彼女の願いをはねのける。


「そ、そこまで言うなら……」


 お? とうとう諦めるか? と思うも、どうやら違うようである。


「認めてくれるまで、みなさんに付いて行くッス」


 ……ん?


「え、それはつまり……?」


 メアリーが怪訝けげんな顔で尋ねる。


「つまり、皆さんの後を追い、寝床の玄関で忠犬のように待ち、またそこを出たら付いて行く。さぞ鬱陶うっとうしいことでしょうねえ」


 ふっふっふ、とナーシャは不気味な笑顔を見せる。

 俺たち三人は互いに顔を見合わせる。そろって、どうしたものかと困惑の表情を浮かべた。


「ナーシャちゃん、だっけ?」


「え? ちゃん?」


 ジンが話しかけると、ナーシャは顔を引きつらせた。それはそうだ。ごつい体格に金髪オールバック、顔の傷というトリプル役満でおっかない風貌をしているジンである。誰がその口から「ちゃん」などという甘ったるい言葉が出ることを想像しようか。


「ナーシャちゃん、親御さんはどこにいるのかな?」


 ナーシャの反応にかまわずジンは続けた。君、めげないね。


「お、親は……」


 しかしまあ、あまり良い質問ともいえない。スリをして、その上盗みを教えて欲しいと頼み込むような少女だ。まともな親どころか、そもそも親すらいない可能性が高い。


「あ、ごご、ごめん」


 ジンもすぐにそのことに気付いたのか、慌てて頭を下げる。


「いえ、良いんです。別に死んでるわけでは……あ、母はもういないッスけど」


「なら、親父おやじさんは?」


 ナーシャに尋ねる。


「います。ただ、その、ちょっと事情があって、今は家出を」


 ……ふむ。


 自分の親のことを思い出す。俺は普通の家庭で育った。普通で、ありきたりな、平凡で平和な家庭で。しかしそれは、俺が中学を卒業する前に崩壊した。突如として、両親が姿を消したのだ。二人が何の仕事をしていたのかは頑なに聞かされなかったから、きっとそれ関係の事なのだろうと納得している。


 俺はそれを機に、盗みを働くようになった。もともとこの頃から「盗みたい」という自身の欲求は認識していたのだ。それを実行に移すきっかけになった。


 ともかく、俺はきっとナーシャに同情しているんだろう、と思う。親がいないというのは、それが片方だけだとしても辛いのだろう。


 もう一度俺たち三人は顔を見合わせた。二人とも同情の色が強くなっている。


「普段はどこで生活してるの?」


 メアリーが心配そうにナーシャの顔をのぞき込む。


「えっと、盗んだお金で安宿を。無理だったら、野宿をしてるッス」


 今はまだ気候は穏やかだが、夜はそうと限らない。日によってはまだ肌寒い時もある。野宿なんて耐えられない。だからこそ、俺たちは町を移動した初日に食料ではなく宿を選んだのだ。


「まあ宿代くらいなら出しても良い」


 ……。一瞬、誰も口を開かない。メアリーもジンも、目をパチクリさせて俺を見ている。それはナーシャも同じだった。


「え? 師匠?」


「ただし俺たちの借りてるボロ宿な」


「そ、それってつまり……!」


 ナーシャが顔を輝かせる。


「盗みの話が聞きたかったら、まあ好きにすればいい」


「あ、ありがとうございます師匠!」


 メアリーとジンをちらと見る。


「ま、良いんじゃないですか? サヌマさんが良いなら」


「ほんと、仕方ないわね」


「悪いな、二人とも」


 こうして俺たちの旅に、一人の仲間が加わった。とんだ偶然があるもんだ、とこの時は思っていた。しかしこれはきっと、偶然なんかじゃなかったんだろう。言うまでもなく運命、なんて綺麗なのものでも。

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