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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第1章 元素の魔石とプリズン・ブレイク
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第17話 佐沼真は地獄を見る

view point――佐沼真


 朝早くから張り込みをしているが、変化は見られない。もう何時間が経ったのだろうか。腹の減り具合から察するに、四時間程度か。つまり今はだいたい九時から十時の間くらいだろう。


 監獄長はまだ寝ているのだろうか。良いご身分だ。俺は物陰から獄長室の扉を眺め、内心でそうののしった。


 コツコツ、と神経質そうな足音が聞こえる。俺はとっさに息をひそめ、その人物がやって来るのを待った。


 現れたのは女だった。金髪で、眼鏡をかけ、そして明らかに囚人のとも看守のとも違う特別そうな身なりをしている。具体的に言えばスーツ姿に近い。

 そう言えば監獄長には側近が数人いるとメアリーから聞いていた。彼女がその一人なのだろうか。その女が料理をのせた荷台を転がしながら獄長室の前に来て、扉をノックする。


「監獄長、朝食を持ってまいりました」


「うーん? ああ、入れ」


 寝ぼけたような声が獄長室から聞こえた。やはりまだ寝ていたらしい。

 女がカギを使って獄長室の扉を開く。獄長基準につくられた扉は相当大きく、そして重い。閉めるのも一苦労なのか、入っても閉めるそぶりを見せない。今が絶好のチャンスと言える。これを逃せば他にはないレベルの、だ。


 俺はすぐに潜伏を発動し、獄長室に入り込む。ひとまず、潜入は成功。しかしずっと潜伏を発動したままにはいかない。一日に三十分以上使用したら死んでしまうからだ。


 周囲を見渡し、隠れられそうな場所を探す。

 獄長室はおそらくどの部屋よりも絢爛けんらんで、ざっと見て推定するに一辺が十メートルないくらいの正方形である。そして高さも相当だ。あの巨体の監獄長が生活しているのだからそれくらい必要なのだろう。


 奥に監獄長が眠るベッド、真ん中にはテーブルと四つのソファー、右奥にクローゼット、左奥にもう一つ別の扉がある。そしてあちこちに監獄長の趣味であろう絵画や陶器、彫刻などの美術品が飾られている。豪華な装飾のしてある大剣もいくつかあった。


 もう一つの扉の少し手前には、おそらく特にお気に入りの美術品を飾っているのであろう棚がある。そこにあの指輪、賢者の石を見つける。しかしそれは透明なケースの中にあり、どうやら鍵までかかっているようだ。まずは隠れる方が先決だろう。


 ぱっと見て隠れられそうなのはクローゼットだが、勝手に扉が開いては不自然だ。他には……、仕方ない。

 俺はできるだけ物音を立てないようにベッドの下に潜り込んだ。


 ドン!


 ――しまった! ベッドの下にあった何かに頭をぶつけてしまった。潜り込むときに足元ばかり見過ぎていた。


「何だ? 今の音は?」


 今の衝撃で監獄長が完全に目を覚ましたようだ。まずい。まだ潜伏は解かないでおく。


「どうせ囚人どもが騒いでいるのでしょう。監獄長のお気になさることではないかと」


「うむ。そうか」


 危ない。血の気が引いた。ようやく潜伏を解除する。

 やっと一安心だ。俺はフッと息をつく。それにしてもこの部屋、何か臭いな。


「召し上がりましたら、部屋の前に出しておいてください」


 女はそう言うとまた神経質そうにコツコツと足音を鳴らしながら獄長室を後にした。


「はあああああ」


 突然監獄長が長いため息を吐いたかと思えば、ドシンと地面が揺れた。どうやらベッドから起き上がったらしい。あの巨体だ。床への振動は計り知れない。


 いつの間にかカチャカチャと金属音が聞こえていた。ソファーに座って朝食を食べているのだろう。




 それからは特に動きはなかった。音と声から監獄長が何をしているかを察してみたが、特別なことはしていない。書類の確認だとか、美術品の鑑賞だとか、昼食だとかその程度である。昼食の時には先刻の女とは違う女が料理を運んできたらしいが、運んだだけで帰ってしまった。他に人の出入りは確認できない。


 ――どうしたもんかね


 すでに昼食の時間も過ぎ、さすがに腹も減ってきた。今は午後の作業の時間あたりだろう。メアリーとジンは上手くやってくれているか……。

 そんなことを考えていた時だ。


「よーし! 終わり!」


 おそらくは書類の作業が終わったのだろう。監獄長が立ち上がってルンルンと鼻歌を歌い出した。小躍りもしているようである。一歩一歩跳ねるたびに地面がかすかに揺れた。


 監獄長は小躍りしながらベッドの方へ向かってきた。……いや、違う。ベッドではなくその左側、俺が侵入した扉とはまた違う扉へ向かっている。カチャッとドアノブをひねる音がした。


 俺は再び潜伏を発動し、急いでベッドからい出る。監獄長の身体が扉の先へ入りそうである。


 一瞬だけ美術品の飾られている棚を見る。賢者の石、元素の魔石がしまわれていたケースは空だった。


 ……持っていくのか?


 監獄長が扉を閉めようとする。それを見て慌てて思考を中断した。しかしこの扉も大きく重い。閉めるのに時間がかかるようだ。俺は身体を扉の先にすべり込ませる。監獄長にぶつからないよう、壁際に寄る。


 一度息を整える。……ゲホ、ゲホ。異臭だ。異臭が鼻を突いた。腐敗臭のような、鉄の匂いのような、何ともいえない異臭。どちらも混ざっていると言えるかもしれない。


 扉の先はらせん階段になっているらしく、先に進むにつれて異臭はひどくなっていった。監獄長の後を付けて先に進む。


 やっと階段を下りきる。異臭はどんどん強くなっている。……嫌な予感が頭をよぎる。


 このままここにいて良いのだろうか。逃げるべきではないか。脳ミソが俺に警告をならしている。いや。それでも、やらなければならない。俺は理性でその警告を無視する。そして視線を前に、向けた。


 ……そこには地獄が広がっていた。血は変色して床にこびりつき、死体にはハエがたかっている。男は全員死体となっており、爪のはがされた痕や切り落とされた腕が見られた。


 吐きそうになるのを必死に抑える。


 部屋には当然のように無数の拷問器具があり、時折さびた鉄がきしむ音がする。かろうじて生きている女にも拷問の後が見られ、目は虚空を見つめていた。


 あ、と思い当たる。一人の女の顔に見覚えがあった。あの少女だ。食堂で監獄長に声をかけられていた少女。見るも無残な、変わり果てた姿がそこにあった。


「あちゃー、一日でダメにしちゃった」


 監獄長はその少女に近づき、「おーい」と頬をぺちぺち叩いた。


「あーあ。じゃあこの子も最後に切り刻んでおしまいかな」


 そう言うと、近くにあった錆びたノコギリを手に取った。切るためではなく、できる限り痛めつけるために用意されたようなそのノコギリを、少女の指に沿わせる。


「うーん、良いね、良い、とても良い」


 監獄長が恍惚こうこつの笑みを浮かべていた。

 もう、嫌だ。見たくない。ダメだ。これ以上は無理だ。


 先程の決心は早々に薄れた。はやく、はやく、はやく。ここから出なければ。その思いだけが増幅する。

 俺は後ずさりながら階段の方へ戻る。


 カコン!


 金属音が響く。息が止まる。俺の足が、転がっていた小型の拷問器具を踏みつけてしまったのだ。特に壊れた様子はなかったが、はずみで監獄長のところに転がっていった。


「……何だ?」


 監獄長がそれを手に取る。

 額に汗がにじむのがわかった。


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