第14話 泥棒と魔女は密談をする
「まず君は賢者の石について知る必要があるわ」
メアリーの第一声は、プリン争奪戦でも使用した倉庫に低く響いた。倉庫は薄暗く、埃臭い。
驚くことにあのメアリーが昼食をおかわりしなかったのは、脱獄の話し合いをするためである。この倉庫を話し合いの場所に選んだのは、ここには滅多に人がこないという話だったからだ。
「賢者の石について?」
「当然でしょ、サヌマ。脱獄する際に賢者の石の一つ、元素の魔石を奪わないといけない。もちろん秘密裏にできればそれに越したことはないけど、何らかのアクシデントがあって監獄長と全面対決するようなことがあれば元素の魔石についての最低限の知識は持っておくべきでしょ」
「そんなことになるか?」
流石に疑問を呈さざるを得ない。俺が潜伏を使用すれば危なげなく盗むことができるだろうに。
「まあ、さすがに全面対決は最悪の場合よ。本当に最悪のね。それでもサヌマはこれからすべての賢者の石を集めるんだし、知っておくに越したことはないでしょ?」
「……わかったよ」
メアリーの言うことも一理ある。
「じゃあまずは賢者の石全般についてね。とりあえず賢者の石の起源とかは置いておくとして、全部で七つあるのは知ってる?」
「ああ、それくらいは」
ヒイラギユキオ、俺を殺した男のセリフを思い出す。彼は全部で七つある賢者の石を集めろと言っていた。しかし彼はすでに一つ持っていたから、俺が盗むのは六つだ。
「うんうん。まあそうね、賢者の石はとても強力な魔法を秘めた魔石、みたいな認識で構わないわ」
「そう言えば、魔石ってなんだ?」
元素の魔石、という名前にもある「魔石」だが、俺は聞いたことのない名詞だ。
数秒の沈黙。「そう言えばそこからだった」みたいな表情がメアリーの顔にありありと浮かぶ。
「魔法が想像力の具象化、って話はしたよね?」
「ああ、聞いたよ」
だからこそ、潜伏魔法があり得ないという話も。
「でも、魔力があれば想像したものをポンポン現実にできるかと言えば違うのよ。たいてい何かしらの媒体が必要になる」
「媒体?」
「そう。代表的なものが魔石と魔法陣ね。どちらも想像を現実にするためのプロセスを秘めたものだと思えばいいわ。それを間に通すことでやっと魔法が発動するわけ。魔法を使う方法としては他に詠唱なんかもあるわ」
「詠唱?」
「そう。手っ取り早く言えば呪文を唱えるのよ。ちょっと見てなさい」
メアリーはそう言って掌を見つめる。
「精霊の炎よ、その青さを以て、輝きたまえ」
その瞬間青い炎がメアリーの手に現れる。
「熱くないのか?」
「私には熱くないわよ。君が触ったら火傷じゃすまないけど」
するとメアリーはその炎を握りつぶす。もう一度広げた掌には、炎は燃えていなかった。
「呪文を唱えることで、無理矢理魔力を活性化させるわけ。ま、私みたいに才能あふれる人間じゃないとできない芸当ね。
し、か、も。才能ある私は簡単な魔法なら詠唱すらせずに使えるわ」
「はいはい、すごいっすね」
「ふふん」
メアリーは上機嫌である。まあ魔法の才能があるってのは間違いないんだろう。そうでなければこの監獄で恐れられるはずもない。
「ちなみに、魔法陣と魔石の違いってなんだ?」
「あー、魔法陣は文字通り『陣』。魔法発動のプロセスを図形として構築したものよ。魔石はそのプロセスが情報の塊として凝縮されたものね。
魔法陣は何種類も書けばそれだけの種類魔法を使えるけど、魔石は多くて三種類くらいしか魔法を使えないわ。逆に魔法陣は書くのが手間で耐久がないけど、魔石は集めるだけだし基本的に壊れないわ」
どちらにもメリットデメリットがあるわけだ。
気付くとメアリーがじっと俺の顔を見つめている。
「どうした?」
「いや、その魔法陣も魔石も使わないで潜伏魔法が使えるイレギュラーがいるなと思って。魔法の講義が必要なほど知識もないから、才能があるじゃ説明つかないし」
「まあ、ほら。女神の恩恵だから」
と俺は苦笑する。
「女神ねえ。……ま、良いわ。今はそんな話しても意味ないしね。話を賢者の石に戻すわよ。
賢者の石は超強力な魔法が秘められた魔石ってわけ。で、監獄長が持ってる元素の魔石には『元素魔法』が秘められてるの」
「まんまのネーミングだな」
「ほっときなさい。で、元素魔法についてだけど……、まあ魔力元素も知らないわよね」
「当然だ」
「胸を張らないで、サヌマ」
すみません。
メアリーが話を続ける。
「魔力にはそれぞれ具象しやすい性質があってね、人によってそれは異なるわ。私はもちろん、火の魔法が具象しやすい魔力を持ってる。
言ってしまえば、人は生まれた時から使える魔法がある程度決まってるってわけ。で、それを大別したのが魔力元素と言って大きく四つに分けられるの。それが火、水、風、土。そのすべてを使えるというのが元素の魔石が秘める元素魔法ってわけ」
「えーっと、つまり色んな魔法が使える、という魔法ってことか?」
「まあ、その程度の理解で構わないわ。もちろんどれも単純な魔法にはなるけどね。火を発生させたり、水を出したり、風を吹かせたり、土を動かしたり。ただ単純だけど、威力は強力よ」
「なるほど。……ん? でもさ、火の魔力を持ってるあんたは、元素の魔石を使っても火の魔法しか使えないんじゃないか?」
そう言うと、メアリーは驚いたような顔を見せた。
「鋭いわね。普通の魔石ならその通り。と言うか、そもそも元素魔法なんて存在しえないわ。ただ、賢者の石は違う。賢者の石には必要な魔力が結晶として含まれてるの。
つまり、誰でも簡単に強力な魔法が打てるってわけ」
「へえ、すごいな」
「まあ賢者の石それぞれにデメリットもあるけどね。どう? 理解できた?」
「ああ、だいたい分かった。……たぶん」
「不安ね……」
と言うか、だ。
「あんた、やけに魔法に詳しいな」
今までの言動で、後先考えないタイプのアホだと思ってたんだが、説明はわかりやすいし知識も豊富。どういうことだ?
「当然よ。なんたって天才だから」
……もしかして、才能があるだけに色んなことが適当にやってもどうにかなってたタイプなのかもな。
「ま、良いや。元素の魔石についてはだいたいわかったよ」
「オーケー。次に元素の魔石をどうやって奪うかって話ね」
と、言ってもなあ。
「俺が潜伏使って、パパっと奪えば良いだろ」
「じゃあ元素の魔石がどこにあるかわかる?」
「うぐ」
声が詰まる。頭を回転させて、なんとかそれらしい答えを導く。
「獄長室、じゃないか?」
「半分正解。だけど一日中いるわけでもないみたい。それにいつ見ても指輪を付けてるのよね。
ま、私もどうにかなるでしょって思って監獄に潜入したけど、うまくいかなかったのよ」
やはり俺の推測は当たってるかもしれない。
「じゃあどうするんだ?」
「うん。だからまずは――」
ガタッと倉庫の扉の方から音がした。俺とメアリーは同時に音源へ目を向ける。……誰かに聞かれていた?
「誰!」
メアリーが鋭い声をあげる。するとゆっくり、倉庫の扉が開けられた。
「お前は……!」




