第12話 囚人たちは動かない
朝六時。俺はもそもそとまずい監獄飯を食っていた。今日のメニューは硬いパン、薄いスープ、目玉焼き(味付けなし)である。いやきつい。早く脱獄したい。 けれど賢者の石がこの監獄内にあるから動けない。せっかくのチャンスをみすみす逃すわけにもいかないだろう。
相変わらず食欲旺盛なメアリーがおかわりをして戻って来る。
「あら、食の進みが悪いわね。サヌマ」
「こんな微妙な味の飯をバクバク食えるのはあんたくらいだろ」
「食べないと作業に耐えられないわよ」
メアリーは俺の軽口にそう答えてスプーンを手に取った。俺は憂鬱な気分でスープを一気に喉に流し込む。……お湯でも飲んでる気分だ。
「ご一緒、いいですか?」
見ると昨日のプリン争奪戦のメンバー、シルビアがお盆を持って隣に立っていた。
「どうぞどうぞ」
俺が椅子をすすめると、シルビアはぎこちなく笑い腰を掛ける。
「昨日はお疲れさまでした」
「こちらこそありがとう、シルビアちゃん」
メアリーはにっこりと微笑みかける。推測だがシルビアは十代半ば、メアリーは二十代前半だろう。お姉さんぶっているに違いない。それに気づいて俺の顔が少し緩む。
「サヌマ、何かおかしい?」
おっと今度のメアリーの表情も笑顔だがその性質はシルビアに向けたものとは真反対だろう。俺は感じた寒気に気付かないふりをした。
「別に何でも」
俺はそう言って視線を逸らす。メアリーは「ふーん」と意味ありげな眼で見てくる。
クスクス、と隣で笑い声が聞こえた。シルビアが笑っていたのだ。
「どうした?」
俺はシルビアに問いかける。
「いえ、仲がよろしいのだな、と」
「不思議な感性をしているのね」
メアリーが言う。その言葉は皮肉というよりは、心底不思議がっているかのようなものだった。
「ところで」
俺は昨日のプリン争奪戦の最中聞くことができなかったことを切り出す。
「昨日はなんで参加してくれたんだ? シルビア」
プリン争奪戦に参加するメリットとしては、プリンにありつけることくらいだが、この子がそれほど食欲旺盛な娘には見えない。現にお盆に載っている食事の量はあまり多くない。
「それは……」
「それは?」
とメアリー。どうやら彼女も気になっていたようだ。
「その、とても言いにくいと言うか、恥ずかしい話なんですが。その……友達が、欲しくて」
「友達?」
俺は思わず聞き返す。
見るとシルビアの顔は真っ赤であった。
「いえその、私ずっと友達がいなかったものですから、どうやったら友達ができるのかわからなくて……。それで何かきっかけがあればと思ったんです。み、みっともないですが」
あの場で手を挙げられる行動力があれば友達などすぐできそうな気がするが、まあ当人の気持ちは当人にしかわからないものだ。口出しすべきではないだろう。
あの、とシルビアがおずおずと切り出した。
「今さらこんなことを言うのもどうかと思うのですが、わたしとお友達になっていただけませんか?」
その言葉は俺とメアリーの二人に向けて発せられていた。俺たちは互いに顔を見合わせる。
「もちろんよ、よろしくね。シルビアって呼んでもいいかしら?」
「は、はい! ぜひ! バーンさん」
「メアリーで良いわよ?」
「え、あ、じゃあ、その、メアリーさん、で」
あ、シルビアには簡単に名前呼びを許すんですね。
「じゃあ俺もメアリーって呼んでも」
「ダメよ」
即答だった。ダメか―。何かバーンって言いにくいんだよ、擬音みたいで。
「おはようございます! ジンさん! 昨日はお疲れさまでした!」
少し離れたところで、ジンの取り巻きがそろって彼に挨拶をしていた。見事に綺麗なお辞儀である。
「ああ、おはよう」
ジンはそれだけ言うと食事に戻る。とても渋い声だった。声だけで震えあがってしまいそうな威厳を湛えている。
そして俺は、昨日の土下座を思い出した。正直、昨日のは夢だったのではないかと思うほど、今の彼に昨日の面影は見られない。
「おーいおいおい、負け犬御一行もいるじゃねーか」
取り巻きの一人が俺たちを見つけて近づいてきた。
「なにか用かしら? コバンザメさん?」
メアリーが先制の口撃。取り巻きに十のダメージ。
「ほ、ほー? 負け犬は良く吠えるってのは本当らしいな?」
「参加してない分際でそこまで言えるなんて、コバンザメの生態は興味が尽きないわね」
このやり取りを目にした他の取り巻きたちがしだいに集まってくる。
「お? やんのか?」
「ジンさんに負けたくせに?」
「今日から天下は俺らのもんなんだぜ?」
流石に鬱陶しい。メアリーはともかく、シルビアはあまりこういったことに耐性がないようで静かに震えていた。
「おい」
ドスの効いた声が響く。取り巻きのすぐ後ろに、いつの間にかジンがやってきていた。
「ジ、ジンさん」
「お前ら、それ以上イキがるのはやめておけ」
「で、でも」
「聞こえなかったか?」
取り巻きは互いに顔を見合わせ、俺たちに唾を吐いてどこかへ消えた。ジンもペコリと俺たちに頭を軽く下げ、戻っていく。
「た、助けてくれたんでしょうか?」
シルビアが疑問を口にする。
「まあ、そうなんじゃないか。凄まじい演技力だな」
「サヌマ、さっさと食べないと時間終わるわよ」
メアリーの言葉にハッとする。やばい。
俺は急いで残りの料理を口に詰め込む。マズ飯と格闘すること数分、なんとか完食できた。
「んじゃそろそろ」
と俺が腰を浮かせた時だ。ピシッと食堂内の空気が凍ったような気がした。どうしたのかと周囲を見ると、食堂内のほぼ全員が同じ方向を見ている。食堂の入り口だった。俺もその方向へ視線を飛ばす。
巨漢がいた。ジン=ノーディンなどとは比べ物にならない、およそ人間とは思えないほどの巨漢。少なく見積もっても二メートルはゆうに越す。そして横にもでかい。何事かと思っていると、その巨漢が口を開いた。
「ご苦労、ご苦労。昨日は何か騒がしかったが、大事はなかったかな?」
俺はメアリーの方を見る。
「監獄長よ」
俺の疑問を察知したのか、メアリーが巨漢の正体を教えてくれた。もう一度視線を戻す。あれが監獄長。よく見ると、指に赤い宝石のあしらわれた指輪をはめている。まさかあれが、元素の魔石か?
監獄長はゆっくりと食堂内を巡回する。いつも騒がしかったジンの取り巻き立ちでさえ、額に汗を浮かべていた。
……何事だよ。
しばらくして、監獄長の足が止まった。華奢な少女の真後ろである。
「君」
監獄長が少女の肩を叩く。遠目にも少女がぶるぶると震えているのがわかった。
「は、はい」
「後で私のところに来なさい。作業はしなくていい」
監獄長の言葉に、少女は応えない。
「返事はどうした?」
監獄長の言葉に冷気が宿る。少女はか細い声で「はい」と呟いた。誰も少女を見ていない。
皆下を向いて、無関係を装っている。
――なんだ、これ
妙な感覚が身体中を這いずり回っていた。嫌な予感、と言い換えても良い。
監獄長はいやらしい笑みを浮かべると、そのまま食堂を去って行った。食堂には静けさが残ったままだ。
「彼女はまず戻ってこないでしょう」
監獄長が去った後メアリーはおそらくは俺に向けて、しかし誰に言う風でもなくそう呟いた。




