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コソ泥は異世界の目を閉じた  作者: 本木蝙蝠
第1章 元素の魔石とプリズン・ブレイク
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第11話 ジン=ノーディンは運が良い

 ジン=ノーディン。この監獄における囚人たちのボスである。常に取り巻きに囲まれており、彼らからの信頼は厚い。それは彼の絶対的な強さに起因する。


 彼に挑んだ者は必ず敗れてしまうのだ。と言っても彼の闘う姿を見た者はいない。なぜなら彼が強すぎて、戦ったものは総じて亡き者になっているからだ。……なんて噂が立つほどの有名人だ。


 罪状は殺人。カスカナの虐殺、と呼ばれる大事件を起こしたらしい。それを納得させるような体格のでかさ。さらに鼻のところに切り傷があり、かき上げられた前髪が鋭い目つきをいっそう際立たせている。


 しかしその切り傷も、目つきの鋭さも今こちらからは見えない。なぜなら――


「なんで、土下座してんの?」


 メアリーが眼を見開きながら尋ねる。


 メアリーとジンの一騎打ち。一体どんな戦いになるのか、と考えていたところにこれだ。ジンの姿を見る。見事に綺麗な土下座である。これ以上ない、と言えるほどの美しさ。世界土下座コンテストがあれば芸術点は満点だろう。


 あのジン=ノーディンがどうしてこんなことに? というのは、この場にいる全員が感じていることだったに違いない。


「見逃してほしいからです」


 先程までとは打って変わり、その声は震えて威厳のある渋い声はどこかへ行ってしまった。君は本当にあのジンなのかと問いかけたくなるほどだ。


「見逃してって、またどうしてよ? 君なら別に、私と十分互角に……」


「俺は、いや僕は、みんなが思ってるような人じゃないんです」


「つまり?」


 メアリーの顔に映る疑問の色が強くなる。


「めちゃくちゃ弱いんです。顔の傷だって料理をしてる時に、ドジってできたものです」


 いやどんなドジを踏んだら顔に傷ができるの?


「つまり君は囚人のボスをやるような器じゃない、と?」


「……はい」


 ジンはうなだれながらメアリーの声に応える。


 俺の内心を告白しても良いだろうか。


 あーーー、恥ずかしーーー。

 ジン=ノーディンを見た時に「実力者の風貌だ」とか思ってたからね。全然実力見抜けてないじゃん! 恥っずかし! 絶対耳とか赤くなってる。穴があったら入りたい気持ちなんですけど!


 対して隣に座るシルビアは唖然あぜんとしている。現実を受け止め切れていないようだ。


「でも、実力がないと囚人のボスなんてやれないでしょ」


 メアリーはまだ納得がいかないらしい。


「うう……。ここに始めてきた時なんですけど、顔の傷とか、ちょっとガタイも良いせいでみなさんの元ボスに目を付けられてしまったんです。それで、偶然、偶然に偶然が重なり、重なり積もって、勝ってしまいまして。それでみなさんから持ち上げられてしまい……」


 囚人のボスに、か。運が良いと言うか、悪いと言うか。


「な、なるほど。それで頑なに私に戦いを挑んでこなかったのね」


「はい。みんながやれ、って言うんですけど、 バーンさんには絶対負けると思いますし」


 そう言えばプリン争奪戦が起こる前の食堂で、ジンはメアリーに絡んでいた。あれも取り巻きがそう促したというわけか。


 俺が全員に膝カックンをした後も、やけにすんなり手を引いたなと思ったらそういう事情があったからなのだと納得する。


「ちょっと良いか?」


 いい加減しゃべる余裕も出てきたところで、俺は口を挟んだ。


「あんた、殺人を犯したんだろ? カスカナの虐殺。俺も噂でしか知らないが、そうとう残虐な事件だったそうじゃないか」


「あれは……」

 ジンが顔を下げる。

「僕がやったわけでは、ないんです」


「それなら、どうしてあんたが捕まるんだよ」


「サヌマさん、でしたっけ? 僕はたぶん、体の良いスケープゴートだったんだと思います」


「スケープゴート?」


 ジンからサヌマさん、なんて言われることの違和感から目をそらす。

 スケープゴート。生贄、身代わりといった意味だったはずだ。


「僕は、濡れ衣を着せられたんです。……僕はずっと見ていました。見ていただけでした。みんなの身体がバラバラになるのを。気づくと周りは血の海で、目の前に男が立っていたんです。


 その男が『まだいたんだ?』って。『ちょうどいい』って。『幸運だね?』って。


 いつの間にか僕は、犯人に仕立て上げられていました」


 彼の言葉から、その凄惨な事件を想像する。シルビアは顔を青くしていた。


「……で、どうしてほしいの?」


 メアリーが深いため息を吐き、ジンに問いかける。


「え? どうしてほしい?」


「だから、見逃してって、具体的に私はどうすればいいのよ」


「それは……」


 ジンが窺うような視線をメアリーに送る。


「ん?」


「できれば、譲ってほしいです。負けた、ということにして。そうじゃないと僕、みんなからボコボコにされるんじゃないかと」


「へー?」


 明らかにメアリーの声に冷たさが宿った。ジンは慌てて撤回する。


「むむむむむむむむ無理にとは言いません。すみませんすみませんすみませんこの宝箱はお譲りします。で、でも出来れば勝負の結果はほぼ互角で、みたいにしていただけると幸いと言うかそのですね」


 プッと、メアリーが堪え切れないように吹き出した。


「あはは、ごめんごめん。ちょっと意地悪言っちゃったね。嘘うそ。あげるよ」


 ジンがぽかん、と口を開ける。


「い、良いんですか?」


「いやー、さすがにそんな困った顔されるとね。ちょっとかわいそうだし。プリンは欲しいけど、諦めてあげる」


 いや、その箱にプリンが入っているって決まったわけじゃないんですけどね。


「あ、ありがとうございます! 本当に助かります!」


 先程まで青かったジンの顔がとたんに明るくなる。「はー、よかったー、助かったー」と言いながら胸を自分でさすっている。この動作をリアルで見たのは初めてかもしれない。それにしても、どうしてこの人もその宝箱にプリンが入ってるって疑ってないんですかね?


「ま、これで争奪戦もおしまいね。箱、空けちゃいなさい」


「は、はい!」


 いやだから、なんでそこにプリンがあるって確信できてるの?


「は! は! は!」


 突然ジンが奇声を上げながら拳を打ち込み始めた。


「何してるんだ?」


 思わず口を開く。


「え? 正拳突きですけど。お題の」


 あ、なるほどね。


 しばらくして、箱からカチッと音が鳴る。鍵が外れた音だ。ジンがゆっくりと箱のふたを開ける。

 どうせないだろ。これまでのことが茶番に思えてくる。


「あ、ありました! プリンです!」


 いやホント、どうなってんだよ。

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