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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者とかつての仲間達

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不意打ち


「はあ、はあ、ひ、ひどい目にあった」

「ぞうでずね」


未だに息を切らせながらエレノアはそうオレに言った。

対してオレは、笑い転げ回って周囲を破壊し始めたエレノアの暴走に巻き込まれてズタボロです。


「お、オマエがあんなことをするから悪いんだ!」

「ぞうでずね」

「……」

「……」

「わ、私も少しは悪かったから機嫌を直せ」


エレノアは気まずそうにオレから視線を逸らした。

オレの顔は、彼女の暴れ狂う腕に何度も打ち付けられてパンパンに膨れ上がっている。

流石に罪悪感を覚えたのか、ちゃんと謝罪してきたのでこれくらいで場を治めるとしよう。

仕方なしに回復魔法で顔を元に戻す。


「全く、人を笑うのは良くないぞ」

「いや、まさか私を救い魔王の力を取り込むほどの男が浮気されていたとは思わなくてな」

「に、人間、色々あるのだよ」

「く、くくく。そうだな、色々あるな」


そう言ってまた軽く笑う彼女。

全く、まだ反省し足りないというのか。

だけどまあ、彼女も元に戻って何よりだ。

おそらくこれが彼女の素なんだろう。

最初に出会ったあの敵意剥き出しの時とは大違いだ。


「ふふふ。エレノアも、元気になったようで嬉しいよ」

「っ! あ、ああ……」


そういうと、照れてしまったのか顔を隠してしまう。

勇猛な伝説を数多く残す滅竜皇女。

だが目の前にいるその女性は噂とは違い、まるで恋しらぬ乙女のように純粋で綺麗な人だった。


「さて、とりあえずはどこかに土地を借りて研究施設を作りますか」

「研究施設?」

「ああ──」


オレはエレノアに今後の展望を語った。

魔王が倒されたとはいえ、まだその瘴気に苦しむ人は多い。

寿命が削られている人もいるだろう。

だからこそ、瘴気をさっきのように無効化する薬が世界には必要だと説明する。

それに戦争によって体の一部を欠損した者も多い。

さっきの起源魔法は相手がエレノアだったからあそこまでの効力を発揮したのだ。

確かに、あの魔法を使えば傷は治り欠損も復元される。

だがそれは、その生物の持つ生命力を消費して行われること。

多くの者は彼女ほど強靭な生命力を持たない。

欠損した体の部位をもう一度作るなど、下手をすれば覚醒者でも命を落としかねないほどのエネルギーを消費する。


だから、さっきの感覚を忘れないうちに、同じことが他の手段で出来ないか模索する必要があるのだ。


「そんなことを、オマエはすぐに考えていたのか……」


まだどうやればいいかは定まってないが、オレは野望……もとい今後の展望を説明する。

その間、彼女はまるで感心したように聞いてくれていた。


「なあ、オマエの名は?」


あらかた今後のビジョンを語り終えた時、そんなことを彼女は聞いてきた。

そういえば名乗っていなかったことを思い出す。


「カルエル。カルエル・メノンだ。元勇者パーティーの一員で魔術師をしていたよ」

「……なあ、カルエル。その、よければ私とここで暮らさないか?」

「え?」


それは思いもよらぬ、突然のお誘いだった。


「け、研究施設がいると言っただろう?」

「え、ああ、まあ」

「だったらここで研究すればいいじゃないか」

「いいのかい? 君にとってここは大切な場所なんだろう?」

「別にオマエであれば構わないさ。それに私一人では……ここは広すぎる」

「まあ、そういうことであれば。いや、でもちょっと待った。ここは人の街から遠すぎるよ」


何せ秘境中の秘境なのだ。

当然だが周りには何もない。

……古い神殿のようだし浄水施設とかもないだろうな。飲料水や風呂やトイレとかどうしてたんだろう?


「ああ、それは問題ない。用事がある時は転移術で街を往復すればいいだろう?」

「転移術か……確かにそうだけど」


一人の人間が転移するだけでも膨大な魔力を消費する。

正直、買い物の度にというのはしんどい。

行って帰ってくることも考えれば確実に二回は転移する必要がある。

自分の魔力を使わずに済む貴重な転移水晶もあったらしいが、それはシースたちに奪われてしまったようだし。


「安心しろ。私ならそんな術、何回使っても問題ない」

「あ、そうですか」


そういえばこのお方の魔力量が桁違いだったことを思い出す。


「お、おい、なんでそんなに他人行儀な言い方をするんだ」

「あ、いや」


別に特に理由はなく、なんとなくその場のノリと勢いで言っただけなのだが。

何故、彼女はこんなに寂しそうな顔をするのだろうか。

こんな美女にそんな顔をされれば、そこらの男など簡単に勘違いしてしまう。

もちろん、オレは大丈夫だが。

だってこれで勘違いして迫った挙句に冷めた応対をされたら、それこそ一生の傷を負ってしまうではないか。

そこまでオレは愚かではない。

だが、あまりにも異性に対して無防備な彼女に一言忠告はしておこう。


「君が強いのは良く知ってるけどね。でもあえて言わせてもらうと、見知らぬ男と一つ屋根の下で暮らすなんていいのかい?」

「別に…オマエならいい」

「オレならって……」

「……」

「……」

「オマエは、私とここに居るのは嫌か?」

「へっ!? べ、別に嫌というか…むしろ嬉しいけど」

「──そ、そうか!」


何故、そんなに嬉しそうな顔をするのだろうかこの女性は。

全く、困った皇女様である。

そんな態度を取られてしまっては、多少不便でも断れないじゃないか。


「うふふふふ」


そしてこんなに幸せそうに微笑まれては、一人でここに残していくことなんて出来ないではないか。


「ま、いっか」

「では早速何か買いに行くか?」

「あ、いや、まずはアレキサンドロス大王の所に行って報告したほうがいいんじゃないか?」


彼はエレノアのことを心配していたからな。


「おお、さすがはカルエルだな。いいぞ、あいつの所に顔を出そうじゃないか」

「ついでに何か援助してもらえないか聞いてみよう」

「ん? ああ研究用の機材とかも必要だな。いいだろう、私から全面的に協力するように言っておこう」

「ああ、それは助かるよエレノア」

「うふふ、これくらいお安い御用だ」


なんだか、彼女のデレ期が到来しているような気がするのはオレの勘違いだろうか。

果たしてオレに彼女の好感度を上げる選択肢があったのかは全く記憶にない。

まあとにかく、まずは今後のことを決めていこう。


「そういえば神竜教のことはどうするんだ?」

「──え?」


その瞬間、エレノア顔から表情が消え去りで固まった。


あ、あれ?

これは早速、会話の選択肢を間違えてしまったのだろうか。

内心で焦りまくるオレに対して、エレノアは寂しそうに言葉を続けた。


「別に……放っておけばいい」


けど、その一言を聞いてなんとなくわかった。

彼女の心は傷ついているのだ。

信じていた者から裏切られて。

身近だった者たちから、あまりにも酷い仕打ちを受けて。


「そ、それにあんな奴らいつでも潰せるからな! 私は強いんだぞ?」

「ああ、知ってるよ」

「……だから別に、今すぐにどうこうしなくてもいいさ」


彼女は自分の名声を利用して富に溺れ、腐敗していった彼らのことを良く思っていないと大王から聞いた。

いつか幹部を粛清して教団を解体しようとしていたと。魔王への対処でそれが後回しになったと。

だが彼女の力があれば、魔王など関係なく、すぐにでもそれは実行出来ただろう。

ただ破壊するだけなら、ただ殺すだけなら、それはとても簡単なことだ。

でもそれを行えなかったのは、きっと彼女にとって教団はまるで家族のようで──


「──エレノア」

「な、なんだ?」

「大丈夫、オレに任せてくれ」

「え?」

「君がもう、そんな顔をしなくても済むように。君がもう、そんな不安を抱かなくても済むように。オレは──」

「……カルエル?」


孤高に生き、世界のために戦い続けた優しい皇女。

知覚が冴え渡り、瞳を通さずとも全てを視認できたあの覚醒時、復元した資料を勝手に盗み見たオレは、彼女が何故皇女と呼ばれているのかその意味を知った。


「なあエレノア、一緒に商会を作らないか?」

「商会?」

「オレはこれから世界に必要とされるアイテムを作りたい。一緒にどうだ?」

「で、でも私は……」

「そして君と一緒に、君の居場所をまた作ろう」

「!」


なんだか彼女を放っておけない。

家族を失い、孤独になり、時の流れによっていつしかその血族の存在が人々に忘れられたとしても。

竜種の皇族の血を引く最後の者として、その責務を全うしようしていた彼女を、オレは。


「……何故、オマエはそこまで私のために?」


また裏切られるかもしれないとでも、考えているのだろうか。

いやそうなったら怖いから、こんな怯えるような顔で尋ねてきているのかもしれない。

弱ったな、そんな顔をさせるつもりで言ったわけじゃないのだ。

ならここは、正直に心からの自分の想いを語ろう。


「全部、自分のためだよ」

「え?」

「オレが君と一緒にいたいから、オレが君にもう一度笑って欲しいから。オレが君を好きだから──」


って、しまった! 勢いで告白してしまった!?


「あ、えっと。その今のは──」


なんだか顔が熱くなり慌てるオレを見て、彼女はこの上なく綺麗に微笑む。

まるで透き通るように美しく、無垢な乙女のようなその清廉さに思わず見惚れてしまう。


「うふふふ。ああ、私もオマエが好きだ」


ぼうっと顔を赤らめながら呆けているオレに近づく彼女。

そしてエレノアは、そっとオレの唇を自分の唇で塞いだ。


「──!」


こんなにも心が温かくなったのは、生まれて初めての経験かもしれない。

しばらくの間、オレは彼女の体の温かさをこの身で感じていた。



その後、オレは彼女と魂約という名の契約を交わした。

竜族に伝わるそれは自分の全てを相手に捧げるという誓いの儀らしい。

それにより、魂約を交わした者は竜族、それも皇族に対して絶対的な命令権まで得るという。

いや、相手が悪人であったり、愛想が尽きた時はどうするというのだろうか。

全く、えらくピュアな一族である。

ただ一方的な彼女への命令権などというのは、彼女をまるで物のように扱っているようで気が乗らなかかった。


「いや、でも……」

「え…?」

「!?」


だが断ろうとすれば、泣きそうな顔をするのだからどうしようもない。

仕方なしにオレは交換条件を提示する。


「じゃあこちらも条件をつけよう」

「条件?」


その魂約とやらに対してオレがつけた条件。

彼女がこちらの命令を受けるというのであれば、こちらも後から一つ代償を払うというものだ。

つまり、一回だけ彼女のお願いを聞き遂げなければならない。

まあ、ペナルティということではないが、オレも人間。

傲慢になったり、調子に乗ることがあるかもしれない。

そうなった時に彼女との接し方を間違えないよう、自分に対する戒めとしてちょっとした約束を交わしたのだ。

約束を破るということは、契約を重んじる竜族には大きな裏切り行為である。

それはまるで、浮気のように。

だからもし破れば、彼女の悲しむ顔というとんでもないスピリチュアルアタックを受けることになるだろう。


「いいのか、マスター?」

「一方的なものは良くないさ。なんでもね」

「──ああ、そうだな」


自分の支配権を持つからという理由で、彼女はオレのことをマスターと呼ぶようになった。

ならばオレもと、親しみを込めてエレノアの名を省略しエリィと呼ぶようにした。


「エリィ……」

「可愛いあだ名じゃないか。いや、エレノアという名も素敵だと思うけどね?」

「そ、そうか……ふふふ」


くすぐったそうに、照れて笑う彼女がたまらなく愛しくなってしまう。


「これからよろしく、エリィ」

「──はい、マスター」


そうしてオレは彼女と共にあの時の力を道具で再現できないか商品開発に没頭したのだった。

途中で知り合った、王国を冤罪で追放されたらしい元貴族のロンという男と、エレノアと共に立ち上げた小さい商会は、瘴気中和剤の開発成功によってその名を世界に知らしめたのである。


その後、とある王国で開催された魔王討伐の祝勝会にて。

オレはかつての仲間達ともう一度再会を果たした。

噂に聞いていた彼等の現状を何とかするために、オレは最新の製品をもって駆けつけたのだ。



「オレはエレノアと一緒に生きる。あの時、そう誓ったんだ」


告白してきたナナリーに、オレはパーティーから離れた後のことをかいつまんで説明した。

いかにしてエレノアと出会ったのか。

どれほど彼女のことを大切に思っているのか。

それをナナリーは黙って、静かに聞いていた。


「だからナナリー、すまな──」


彼女の告白に返事をしようとした、その時。

オレの唇に、なじみのある柔らかい感触が重なった。

ふわっと広がる彼女の髪からは、甘いような、とてもいい匂いが漂ってくる。


それはとても懐かしい匂いだ。


二人肩を寄せ合い、今にも消えそうな焚き火で暖を取った夜。

オレの腕を引っ張り、楽しそうに冒険に挑む若き日の彼女。


彼女のそばに常にいたオレは、いつもこの匂いに安心感を覚えていたことを思い出した。


「っ!」


穏やかな夜風が吹く静かな草原の中、それはまるであの時のように。


オレはナナリーに唇を塞がれた。


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