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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者とかつての仲間達
8/60

憎しみと怒りと心強さと


許せないからこそ、憎む。


────何故、許せない?


我慢ならないからこそ、怒る。


────何故、我慢ならない?


自分にとって、その在り方が到底、許容できないからだ。


────何故?


報われることなく。

救われることなく。

理不尽を受け入れ、目の前で静かに消え行こうとする彼女が、オレには我慢ならない。


────ならばどうする?


「必ズ、タスケル」


オレは彼女の目を見て、はっきりとそう言った。


「オマエ、まさか意識が……」


荒れ狂う感情の渦と魔力の中、どこか冷静に現状を分析するオレがいた。

あの伝説の滅竜皇女が唖然とした面持ちでオレを見ている。


「グググ」


理性を失いそうな程に憎しみが、怒りが高まって己の内を荒れ狂う。

目の前の何もかもを襲い破壊したいという衝動が体を突き動かそうとする。


──それでもオレは自分の意思で彼女に向けて手をかざす。


この怒り、この憎しみ、それらは全てが不純物。

灰汁のような不純物を取り除いた先にある想いが、オレを魔術師カルエル・メノンたらしめていた。

今のオレの腕からは黒い紫電のような魔力が絶えず溢れ出している。

その黒い魔力が彼女の欠損した腕から、その体内へと侵入した。


「な、何を……」

「見ツけタ」

「!?」


一気に腕を引いて、灰色の瘴気を引き摺り出す。

彼女を蝕んでいたソレを、オレは己の中に取り込んだ。

そしてまた、オレの魔力が上昇する。

魔力の高まりに呼応するかのように、展開した魔法陣が一際大きな光を放った。


「こ、これは」


黒い紫電を纏うオレとは正反対に、彼女の身体が白く淡い光に包まれる。

そして彼女の身体の再生が始まった。


腐り、焼けて爛れていたその肌が綺麗な褐色の皮膚へと変わっていく。

欠損していた腕も脚も、千切れかけていたその翼も。

全てが白い光に包まれて、その形を復元していった。


さすがは竜種の覚醒者というべきか。

元に戻ったその姿は今まで見たどんな女性より美しく、凛々しく、魅力的だ。


起源魔法“女神の息吹(ブレスオブエレイシア)


聖女ユーリの持ちえる奥義の一つ。

生物の持つ生体情報の復元を行い、あらゆる怪我を癒す術。

まさに神の奇跡とも呼べる女神教に伝わる起源魔法であり、かつて神々が使用していたとされる原初の魔法だ。

普通は欠損部分の再生までは出来ない。

せめて千切れた部位をくっつける程度だ。

それは最高位の聖女であるユーリであっても同じこと。

それをオレは力任せに神殿を覆う範囲で展開させ、彼女の全身と()()()()も復元させようとする。


──もしかしたら、今のオレなら死者でさえも蘇らせれるかもしれない。


そんなことを考えながらオレはその対象を無機物にまで向ける。

そう、この魔法にはもう一つ効果があるのだ。


「あ、ああ、そんな……」


それを見たエレノアの瞳から涙が溢れる。

オレが展開する“女神の息吹(ブレスオブエレイシア)”は無から有は生み出せない。

だが、もしそこにカケラでも元の情報があるのなら。

灰でも塵でも、それを構成していた物質が残っているのであれば。

その全てを今のオレなら復元できる。

生体情報の復元と、物質の再結合。

それが覚醒したオレの原初魔法だ。


「こ、こんなことが……」


神殿を覆う魔法陣が大きく回転しながらその効力を増大させる。

同時に、朽ちた神殿が見るみるかつての姿を取り戻していく。

それは息を飲むように美しい白亜の神殿。

かつて純血の竜族が暮らしていた、竜神より受け継ぎし聖地と呼ばれていた場所。

そしてエレノアが自分の妹を看取った、最後の家。


「──ああ」


復元されるのは神殿だけではない。

燃やされ灰と化した彼女の大切な思い出も、元の形を取り戻していく。

淡い光の泡が神殿内を満たしていく中、彼女は一枚の写真を大事そうに胸に抱きながら静かに涙を流していた。



「成る程、こういうことか」


取り込んだ魔王の瘴気。

それを己の力に変換し、自身の魔力を変質させた。

その過程で果たした種族覚醒。

オレはようやく、勇者達や賢者達と同じように新たな段階へと自分の存在を高めたのだ。


「これは、実にいいものだな」


一度体験すれば、その原理が分かった。

星が持つ星垓魔力、それを自身で発生させるまでに至った存在が覚醒者なのだ。

そしてその星の種とも呼べるでき者は人の内に秘められている。

発芽させるのは星垓に耐えうるだけの器の強靭さと、種を一気に芽吹かせるだけの感情の発露。

全ての生物は正の感情よりも、負の感情の方が強い。

だが、この星垓の種は負の感情では決して発芽しないのだ。

負の感情に負けぬほどの、正の感情。

あるいは、負の感情をも取り込み増大する正の感情。


そのどちらかによって種族覚醒は果たされる訳だ。


「……でもアランは違うよな」


彼は死にかけたところで不思議な力が体に宿ったと言っていた。

それまでは亡国エリュシオンの一市民でしかなかった彼にこの条件は当てはまらない。


「何かが干渉したのか?」


そう仮定すると、全ての説明がつく。

最初に魔王が発現したのはエリュシオンの内部だと言われている。

ならば、魔王と対を成す存在が同じくエリュシオンに生まれても不思議ではない。

それに今回の魔王は明らかに生命の敵だ。

まるでこの星に芽吹く全ての命を刈り取るとでも言わんばかりの勢いで見境のない破壊を繰り返している。

星に意思があるというのなら、決してその存在は無視できなものだろう。


「それにこの魔力…」


取り込んだ魔王の瘴気を分析して分かったことがある。

この瘴気は星垓魔力にその性質が酷似していた。

だが、星垓魔力が生命の助長を行う性質であるのに対し、これは生命を終わらせることに特化している。

というか、こんなものを大量に体に蓄えて、それでも死ねないとは。

エレノアという存在の特異性を改めて認識させられるな。


それに彼女の中から取り出した瘴気もまた特別性だった。

何せ竜種の覚醒者である彼女の中を蝕んでいたものなのだ。

彼女の血の作用によって若干の性質変化を起こした瘴気は、うまく活用すれば魔王の瘴気に対する特効薬に変わる可能性を秘めていた。


「──これはまさか、オレの時代か?」


オレに備わるのは種族覚醒者としての星垓魔力と、覚醒竜種の血。

そして魔王の瘴気と性質変化した竜種の瘴気。

全てのサンプルを図らずも手に入れ、なおかつ魔王の瘴気を利用して覚醒を果たしたオレであれば、きっとこれをうまく活用することができるだろう。


ちなみに彼女の血は瘴気を引き摺り出すときにこっそり採取させてもらっていた。

多分、バレてないと思う。


「ふ、ふふふ、ふははははは!」


おっと、いけない。こんな時だというのにテンションが上がってきた。

いや、でもこの身に備わる力はこの星の一番の神秘ではないだろうか?

単独でも会得の難しいものが、全て備わったこの状況。

魔術師としてこんなにも恵まれた環境を与えられれば、もはやありとあらゆることが可能になると言っても過言ではない。

初めて、魔力に触れて魔法を発現できた時のような、自分の可能性と成功を信じたあのワクワク感がオレの中から溢れ出してきた。


「────って、あれ?」


なんて調子に乗っていた時、それは起きた。

何処からかオレに対して絶えず継続して送り込まれていた瘴気が、その供給源を絶たれたかのように止まった。

そうなると今神殿を覆うほどの魔力を自分で全て捻出しなくてはならない。

もはや今自分の内にある分しかあの力は無くなってしまったのだ。

大事なサンプルをここで失ってしまうのは、それはもう許されるものではない。

オレは意図的に魔力を閉じた。

漏れ出ていた黒い紫電は消失し、神殿を覆っていた起源魔法も効果を失い霧散する。


「ま、こんなもんか」


溢れていた膨大な魔力を閉じ込めると、元の自分の状態に戻った。

鏡がないので分からないが、魔王の瘴気を取り込んでいた時のオレは多分、悪魔のような形をしていただろう。決して人間のソレではなかったはずだ。

自分の体に問題がないか確認した後、視線を一周させて辺りの様子も伺った。

神殿内は全て復元されており、エレノアの体も元通りだ。


「何をさっきから一人でぶつぶつ言ってるんだ?」

「へ!?」


ほっと一息ついた時、いきなりそんなことをエレノアに言われた。

まずい、思ったことを全て漏らしていたかもしれない。

こっそりと血を採取したことまで言ってないよなオレ?


「ああ、いえ、ちょっと情報の整理をね。それとエレノア様も無事、回復できたようですね」

「オマエのお陰だ、礼を言うよ。あと、エレノアでいい。敬語も不要だ」

「そ、それはどうも」

「まさか、人間が魔王の力を取り込むとはな」


彼女はそう言ってオレのことを感慨深げに眺めている。

こちらに対してマイナスの感情を持ってないことから、どうやらバレてはいないようだ。

流石に元の力を取り戻した竜滅皇女の相手は今のオレでもキツいだろう。


「なあ、エレ……!!」


驚くべきものを見た。

すごい状態だった時の彼女しか見てなかったので分からなかったが、元に戻った彼女はとんでもない美人である。

さっきもちらっと見た時に思ったが、改めて目の当たりにするその美しさはまさに芸術だ。

オレが今まで出会った女性の中でもダントツと言って過言ではない。

眩いばかりに輝く美しい銀髪に、躍動的で引き締まった褐色の肉体。

長い足に、くびれた腰。

体のラインが浮き出るようなピッチリとした独特の衣装でありながら、素肌面積が多いそれ。


そして何より。


見えそうで見えない露出の多い衣装を纏っているのだから、つい視線が釘付けになってしまうのも無理はない。


「な、なんだ」


エレノアが体を隠すようにしながら、オレにジト目を向けてくる。

女性の体をまじまじ見るのは失礼だが、本能的に目を離せないのだ。これは仕方がないことと言えよう。

というか照れているのだろうか?

彼女の顔がほんのり紅い。

照れる美女というのも、また芸術的だ。

まさに女神とでもいうべきなのだろう。


ちょっと胸は慎ましいけど。


「──おい」


なんてことを思ったら彼女からすごい目で睨まれた。

胸のあたりに思考を巡らした瞬間の出来事だ。

まさか、伝説の竜滅皇女は相手の心の中が読めるのか?

これは由々しき事態である。


「っふははは、変な男だなオマエは」

「い、いやあ、まあ」


怒ったと思ったら、いきなり朗らかに笑う彼女。

混乱しつつも必死で心を読まれないよう違うことを考えようとする男、オレ。

だがどうしてもその扇情的な肉体に目がいってしまうのだ。


「全く、ここまでわかりやすい男もいないな」

「心を読んでいたわけではない?」

「……はあ、そんな力があればシースとリーザにここまでやられないだろう」

「あ、成る程」


おっしゃる通りである。


「それで、魔王の力はどうなったんだ?」

「え? ああ──」


オレの中に絶えず送り込まれていた魔王の瘴気。

そして必死で負の感情を増幅させようとしていた悪意にも似た何か。

それが一気に消えてしまった。


──つまり、それが意味することは。


「あははは、アランめ、遂にやったのか」

「アラン?」

「どうやら勇者が魔王に勝ったみたいだよ」

「それは本当か!?」

「多分ね」


これはめでたい。

まさか覚醒して自分が助けたい者を助けれた時に、勇者が魔王を倒すなんて。

なんていいタイミングなんだろう。


「あれ?」

「ん、どうしたんだ?」

「いや、勇者が魔王に特攻を仕掛けるのはまだ一ヶ月以上先なはずだったんけど」

「……」

「エレノア?」

「もしかしたら、シース達が攻略を早めるような何かを作ったのかもな」

「ああ、そういうことか」


奴らはエレノアの血だけではなく、貴重な魔具や魔術資料も全てを手に入れている。

以前と比べ物にならないくらい大幅に教会戦力が増えていても不思議じゃない。

魔王軍を突破し、アラン達を魔王の元まで送り届けれるほどの戦力を保有しているのだろうか。


「なあ、本当に魔王は倒されたのか?」

「オレの中にあった瘴気の供給がなくなったことからも確実だと思うよ」


多分、魔王に理性はない。

あるのは破壊本能だけ。それはヤツに触れたオレならわかる。

まさに破滅の魔王の名にふさわしい怪物だ。

傷を負った際、動物のように身を隠す程度の知恵はあっても、この力を制御して姿を隠すことはできないだろうな。


「それで、オマエは魔王の力まで取り込んでどうするんだ?」

「え?」

「新たな魔王とでもなるのか?」


どうやら彼女は、オレが新たな魔王としてこの世界をどうにかするのではないかと思っているようだ。

確かに、この力を使ってやりたいことはいっぱいある。

だが、取り急ぎは──


「そうだね。この力を使ってまずは瘴気の無効化薬を作れないか試してみるよ」

「は!?」

「え、な、なんだよ?」

「貴様が今身に秘めている力は私よりも大きい。そんなことに力を使うのか?」

「いや、そんなことって」

「力を持つものの行うことは暴虐の限りを尽くすか、己の振る舞いに制限をかけず、世界に悪影響をもたらすかだ」

「いやいやいや。そんなことして何になるんだよ!」


オレが全否定すると彼女は驚いたように「ほう」と息を吐いた。


「オマエがあそこまで私のことで怒った理由。自分にも何か怒りや憎しみがあるのではないのか?」


そう言われてハッとする。

確かにオレは、ナナリーとアランのことを心のどこかで憎んでいた。

魔王の瘴気はあくまで、感情を増幅させること。

憎むこと、恨むこと自体はオレ自身がそう思ったからだ。


「──そうだな。確かにオレにもそんな時期があったよ」

「あった?」

「いや、エレノア。君を助けたい思いで今回は覚醒を果たしたわけだけど」

「あ、ああ」

「何だかどうでも良くなっちゃったな」


そう、今オレの中には不思議なくらいアラン達に対する感情がない。

むしろ魔王を倒したんだ、おめでとうと言いたいくらい、スッキリとした心持ちだ。

あれだけ自分の中に渦巻いていた感情が綺麗さっぱり消えたのは、オレが負の感情を乗り越えたからなのだろうか。

それでも、ナナリーのことを想うと未だに少し胸が締め付けられるような気はするが。

この感情は、決して負のものじゃないんだろうな。


「ふふふ、オマエは強いんだな」

「うーん、どうだろう。もしかしたらエレノアのおかげかもね」

「私が?」

「だって、オレ以上に傷付けられた君が、それでも大王のことを考えて憎しみを殺していたんだ。オレはそれを、とても美しいと思ってしまったよ」

「な、なあ!?」


そう、消え入りそうな声で自分の全てを受け入れた彼女を見て。

オレは本当に美しいと思ってしまったんだ。

そんな彼女がこのまま終わることが許せなくて、オレは今こうなった。


「それにそんな姿を見せられたら、浮気されたくらいでウジウジしている自分がみっともないじゃないか」

「……浮気? っぷふははは! なんだ、浮気されたのかオマエ!?」

「わ、笑うことないだろう?」

「う、浮気された恨みで魔王の先兵になる男がいたら笑うだろう! あはははは!」

「い、いやあ、まあ……確かに」


恋人に浮気されました。

だから魔王の手先になって世界を滅ぼします。


確かに狂ってる。


「べ、別にだからああなった訳じゃないぞ?」

「あはははは!」


ムカっ。

確かにそれで世界を滅ぼすのはどうかと思うが、だからといって笑われることでもないと思う。

もしこっちがめちゃくちゃ引きずっていたらどうするというのだ、この皇女様は。

価値観が他種族と違うとでもいうのだろうか。

この世には失恋で悪霊になったり、命を落とす者だっているというのに。


「やれやれ、そんなに笑いたいなら──もっと笑わせてやる!」

「あはは、え? お、おい、何だそれは」


魔王の瘴気発動。

黒いモヤが蠢きながらオレの片手から立ち昇る。


「こ、こら、何をするつもりだ!?」


エレノアが驚いているが一切を無視。

ゆらゆらとしたそれをオレは彼女の服の内に潜り込ませた。


「ちょ、あは!? あははははは!!」


別に体を貫くとかそこまでの硬度はこの瘴気にはない。

だが肌の表面を撫でるくらいなら、変幻自在のこれにはもってこいだ。


「しばらく笑ってなさい。エレノア?」

「あははは! ま、待て悪かったからっうひゃあ!?? あはははは!!」

「……意外に敏感なんだな」


かの滅竜皇女の弱点を図らずも発見してしまったようだ。

オレは少しの間、彼女をくすぐってお仕置きするのであった。


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これは惚れるしあんだけ執着するわ
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