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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者とかつての仲間達
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覚醒の予兆


険しい山脈を浮遊魔術で難なく進む。

吹き荒れる風も、襲いくる魔物も、魔王軍との戦いで鍛え上げられた今のオレには苦戦する相手ではなかった。


だが、それでも。

秘境と呼ばるに相応しい極寒のこの地を一ヶ月かけて進むことは確実にオレの体力を奪っていった。

防寒魔術で寒さを凌ぎ、水魔術で飲料水などの問題を解決できるため何とかここまで来れたが、もし魔術師以外の人間がここを目指せばたちまち遭難し行き倒れになってしまうだろう。


そう思えるほど、過酷な地に彼女は独りでいた。


永久凍土を抜けた冬の山脈。

もはや魔獣すらいない生命の息吹の無い世界。

白い山の中腹に朽ち果てた大きな神殿が建っている。


一体いつからそこにあるのだろうか。

見える紋章は神竜の姿を象ったもの。

きっと神竜教の縁の場所だろう。

大昔、まだここが緑豊かな土地の時代に建っていたのかもしれない。

やっとの思いで辿り着いたその場所を感慨深げに眺めた。


そこに足を一歩踏み入れた時、自然とその場にへたり込んでしまった。

ある意味、魔王軍との戦いよりも過酷と思えるほどの孤独な行軍。

それでもこの歩みを止めるつもりは毛頭なかった。

一体、何が自分をそこまで駆り立てていたのだろう。


エレノアの血が瘴気への対策になるかもしれないから?

もし瘴気をどうにかできれば、またナナリーがオレのことを見てくれるかもしれないから?


──いや、違う。


過酷な環境を進むにつれて、ナナリーとアランのことも、世界を救うという大義のことも次第に薄れていった。

きっと、おれはアレキサンドロス大王に聞く彼女の現状が許せなかっただけなのだ。

ずっと世界のために貢献し続けたにも関わらず、最後は裏切られ死を望むという彼女の状態が許せなかったのだと思う。


へたり込み、意外な自分の本心を知り苦笑している時、不意に声をかけられた。


「誰だ?」


座りこんだまま、視線を上げる。

その先にいたのは異形の女性。

神殿の大広間に佇むその姿は見るも無惨なものだった。

瘴気の影響か肌は焼けたような、或いは腐ったかのような形容のし難い状態で、まるで化け物のような風態だ。

左足と右手は、膝と肘から先が失われている。

元はさぞ雄大で立派だったろう、背より広がる竜の翼は、翼膜はボロボロで右翼が無惨にも千切れかけているではないか。

そんなボロボロの状態でまだ生きていることが不思議と思えるほど、彼女の有り様は酷かった。


──だがしかし、その覇気は未だなお健在のようだ。


突然現れた不躾な男を拒否するように、彼女から威圧が放たれた。

疲労しきった体に伝説の滅竜皇女の覇気はかなり応える。

骨の芯まで打ち震えるような見えない衝撃を感じる中、オレは丁寧にここに来た目的を話した。


「エレノア様ですね」

「貴様、神竜教のものか」

「いえ、オレはアレキサンドロス大王に教えてもらいこの場所までやってきました」

「あの坊主が?」


大王のことを坊主とは恐れ入る。

仮にも超大国の王であり、この世界の頂点の一人だというのに。


「私は瘴気をどうにか出来ないかと、あなたの血を求めてここに来たのです」


きっと極度の疲労で意識が朦朧として、頭がどうにかしていたのだろう。

オレは初対面でいきなり彼女に血を欲しいと言ってしまったのだ。


「──貴様も我が血が目当てか!!」

「あっ」


大王から聞いた話では、賢者は彼女の血を求めていたらしい。

それによって裏切りにあったのだ、血を求めて来る者が全て敵だと思われてもしかた無いことだろう。

そう思った時にはもう、後の祭り。

彼女は軽く地面を片足で蹴ると、重力を感じさせない軽やかな動きでオレの前に迫る。


「っ!」


その動きがあまりに自然で、警戒が一瞬遅れてしまった。

即座に立ち上がり、防御姿勢を取ろうと魔力を全身にみなぎらせる。

しかしほんの一瞬、彼女の方が早かった。

彼女が左手に発現させた竜爪がオレを引き裂こうと迫る。


だが目前に迫った彼女の竜爪は、オレが反射的に挙げた片手とぶつかると簡単に打ち払われてしまった。


「……っ」


息を呑んだのは、果たしてどちらだったのだろう。

もしかしたら、あまりにも力の弱い、まるで子供の腕力しかないような彼女に驚いた自分の方だったのかもしれない。

疲れ切ったオレの力でもその腕を簡単に払えるほど、彼女にはもう何の力も残っていなかったのだ。


「ッチ」


彼女は舌打ちをすると、力尽きるようにその場に倒れた。


「ご安心を、私は敵ではありません」

「く、くくく。そう言って他の者はここの物を何もかも奪っていったよ」

「……神竜教団は、本当にあなたのことを」

「ああ、そうだ」


魔王との戦いで壊滅した賢者達。

なんとか魔王に手傷を負わせ、退かせることは出来たがその時、彼女たちはもう虫の息だったそうだ。

それでもエレノアは自分に最後まで味方した二人の賢者をつれて自分たちの陣営まで戻ってきた。

その場にいた教皇たちはエレノアの姿を見てひどく驚いていたそうだ。


『エレノア様!?』

『シース、この者たちを頼む』

『……分かりました。ささ、エレノア様はこちらに』


エレノアほど重症ではなかったが、意識を失った二人の賢者を連合軍に預け、自分はシース教皇の言われるがままに神竜教団の本拠地に転移術で移送されたらしい。

そして待っていたのは、ずらりと並ぶ竜教騎士と神官達。

唖然とする彼女に、それらは一斉に攻撃魔法を仕掛けてきたという。


『ど、どういうことだ!?』

『あなたには死んで貰わねば困ります。ご安心を、血を抜き取るまでは殺しませんので』

『シース、貴様!!』

『フハハハハ! 全く醜い姿になったものだなエレノア!? その腐臭漂う肌でなければ、せめて慰み者として生かしてやったものを』

『くっ!? お、おのれえええ!!』

『さあ、動けなくなるほどに痛めつけろ』

『しかし教皇、生かして牢に繋ぎ血を採り続けた方がいいのでは?』

『生かしておいて万が一、力を取り戻したら大変ですよ? 残念ですが、生き血はこの場限りです』


そんな非道を語り合い、笑いながら苛烈に攻撃を仕掛けて来る教皇たち。

怒りに我を忘れるも、瘴気に侵され、四肢の一部を欠損していた彼女に対抗手段はなかった。

屈辱を感じながらも、彼女はその場から逃げ出したのだという。

もともと転移先として登録していたこの神殿のある秘境の場所へ、なんとか転移術を使用して落ち延びた。

だがそこに、彼女を追って転移して来る者がいた。


『誰だ?!』

『敵ではありません、ご安心を。私ですよ、エレノア様』


やって来たのは唯一身の回りの世話を任せ信頼を置いていた侍女。


『リーザか』

『……本当に力を失っているようですね』

『あ、ああ』


遠い昔に作られたこの神殿の場所を知っているのはリーザというその侍女と、アレキサンドロス大王だけだったそうだ。


『そうですか。安心しました』

『ん? どういう……』

『──来て大丈夫ですよ』


そんなリーザは先ほど彼女を殺そうとした教皇と騎士達をこの場に呼び寄せた。


『リーザ、お前もなのか……』

『力を失った貴女に価値はありませんよ。ああ、シースの頼みとはいえ貴女の面倒を見るのは本当にしんどかったわ。さあ、さっさと目星い物を運び出しなさい。ねえシース、これで私を妻にしてくれるのよね?』

『や、やめろ!』

『もちろんですよ、リーザ。あとうるさいですよエレノア、もう立ち上がることすらできないとは。これは手を下すまでもなくその内、死にますね。皆さん、これがあの滅竜皇女の姿とは滑稽ですね!!』

『『『アハハハハハ!』』』


そう彼らは彼女を笑ったという。

この神殿は、あまりに有名な彼女の唯一の安らぎの場。

過去に家族と暮らしたことのある大切な場所。

それがシース教皇に放たれた炎によって燃え尽きていく。

永久凍土のこの環境にも関わらず、魔法によって作られた炎は勢いを落とさない。

燃え尽きるまでの間、ずっと集めていた貴重な魔具や財宝も、長年研究していた魔術資料もその全てが目の前で奪われていく。


『ああ、やめろ、やめてくれ…』

『ふん、死に逝く者にこんな物は必要ないでしょう。意地汚いとはこのことだ』


己の所業を棚に上げて、シースはエレノアを罵倒した。

だが彼女が懇願したのは、貴重な魔具や資料、集めた財宝を持ち出すことではない。

覚醒を果たしたことで寿命が違い、死に別れてしまった彼女の、家族との大切な思い出が詰まったこの場所。

両親と大切な妹、そしてその妹が人間と結婚して産んだとある赤子との魔影写真。

それは唯一、彼女の元に残された家族全員が一堂に会した姿を写す最後の思い出。

それらを壊す炎を止めてくれと、そう懇願したのだ。


────だが。


『ならば、思い出と共に消えなさい』


満面の笑みで、シースはそう言うと騎士とリーザを連れて転移で去っていったそうだ。

力なく倒れ伏す彼女から枯れるまで血を抜き取り、満足そうな顔で。

トドメとばかりに、最後に彼女に炎の魔法を浴びせてから。


「……だからこの場所はこんなにも朽ち果てていたのですね」

「ああ。結局、私は血を抜かれ、炎に包まれても死ぬことができなかったがな」


あまりの所業に聞いているだけで、はらわたが煮え繰り返りそうだ。

アランとナナリーのことで自分は不幸だと、心の底から思っていた。

なんで、オレばかりがこんな目にと。

魔王達に故郷を滅ぼされ、家族も友達も殺され、唯一生き残った大切な幼馴染と信じていた親友に裏切られて。

だが目の前の女性のことを思えば、そんなことは比べるまでもないことだろう。


「外道め……」


怒るオレに彼女は少し目を丸くした。

自分のことでもないのに、そこまで怒りを露わにする人間に疑問を覚えたのかもしれない。

だからこそ、彼女はこんな頼みをしてきたのだろう。


「なあ、オマエ。私を殺してはくれないか?」


目の前で伏した彼女は、弱々しい声でそんなことをオレに言ってきた。


「──お断りします」


アレキサンドロス大王は彼女が受けたこの仕打ちを知っているのだろうか。

確かに大王は彼女を殺して欲しいとオレにいった。

だがそれは、死ねずに苦しむ彼女を救って欲しいが故のことだ。

治す術がないのなら、永劫に苦しむよりもいっそ死による救いを、と。


だが、これではあんまりではないか。


「頼むよ。私には自害する力も残ってないんだ」

「お断りします」

「アレクにそう頼まれたのではないのか?」

「彼は貴女が受けた仕打ちを、全て知っていますか?」

「……」


どうやら図星のようだ。

彼女の傷は魔王によるもの。

だが、この現状はそのシースとかいう教皇によるものだ。

いかにあの賢王といえど、これを知ればすぐに挙兵しかねない。


「なぜ、大王にこのことを伝えなかったのですか」

「……アイツは親の顔を知らない。この場所の意味も、私との関係も。ならせめて、憎しみは私だけで終わらせようと思ってな」

「そう……ですか」


彼女の妹が産んだという人間との間にできた赤子。

それはつまり、そういうことなんだろう。

そして彼女は、自分の憎しみを彼に引き継ぐことを良しとしなかった。

自分がこんな目に遭っているにも関わらず、彼女は大王の事を想っていたのか。


──ああ、憎イ。


「戦乱の世で各種族が戦っていた時代。時には戦火に巻き込まれ、時にはその寿命によってアレクの父も私の家族も皆が死んだ。どうやら今度は、私の番のようだな」


まるで眠る前のようなか細い声で、彼女はそう言葉を漏らした。


──ああ、許せなイ。


その瞳から涙は流れていない。

でも、きっと彼女は泣いている。

それだけは、はっきりと分かった。

そして同時に、自分の中に驚くほどにドス黒い負の感情が渦巻いていくのが分かる。


「……オマエ」


これが魔王の瘴気の影響なのだろうか。

怒りが増せば増すほど、身体中に力が漲る。

際限無く増す怒りは、いつしか憎しみさえ伴っていった。


「なぜ、そこまで貴様が怒る?」


怒りにのまれ、身体中が沸騰していく中。

彼女の問いかけがやけに響いた。


「オレは……」


彼女の今の在り方が許せない。

裏切られることが許せない。

想いを踏み躙られることが許せない。


──このまま終わらせてなるモノカ。


「!」


禍々しい魔力が、黒い紫電となってオレの体を包む。


「成る程、コレガ魔王の魔りょクか」


膨大な力と引き換えに、理性を失うほどの感情の爆発がオレを襲った。

これが瘴気、これが魔王の力。

この力に飲み込まれた者が、今までオレ達が倒してきた怪物達なのだろう。

確かに、この力があればいかに覚醒者といえど決して油断はできない。

ましてや元の力量が高ければ高いほど、その能力値の上昇は目まぐるしいものになる。


そして完成するのが魔王の先兵だ。


「──グウウウウウウウ!!!」

「……魔王の先兵に殺されるのも、別に変わらぬか」


エレノアが諦めたように呟く。

それが、オレには許せない。


「オオオオオオオオ!!!!」


全てを受け入れるように、そっと目を閉じるエレノア。


ああ、本当に忌々しい。

自分の魔力が変質していくのを感じる。

このままオレは、今まで倒してきた化物と一緒になってしまうのだろう。


──そう、本来であれば。


魔王よ、お前には一つだけ誤算がある。

人は、負の感情を利用して前に進むことのできる唯一の生き物だ。

この憎しみ、この恨み、この怒り。

己のことで発露した感情であれば、貴様の思うツボであっただろう。

憎しみに飲まれ、破壊をもたらす化け物と化していたことだろう。

だが、人には他の生物と明確な違いがある。

それは他者のために本当に心の底から怒れること。

他者の心を、まるで己のことのように感じ取れること。


今のオレにあるのは怒りや憎しみではない。

それらは全て、根源的なものから発生した上辺のものにすぎない。

もっと奥底、心の根底にあるのはただ一つのシンプルな自分の感情。


────全てを使ってオレは目の前の彼女を助けたい。


「起源魔法、キどウ」


オレの解放した魔力と共に、神殿全てを覆うほどの巨大な魔法陣が現れた。


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