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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と最後の魔王

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魔王カルエル・メノン


 渦巻く瘴気が雲を突き抜け天に届いた。

 彼を中心に巻き起こった破滅の光が、周囲に点在していた遺跡の残骸を塵へと変えていく。


 佇む姿は、既に人のそれではなくなっていた。


 頭から足先まで、全身を漆黒の外殻で覆ったその姿は、どこかフルプレートの騎士を連想させる。

 背中から伸びる翼はいかなる有翼種の翼とも似つかず、黒い光沢を放つぼろ絹のマントのようにも思えた。


 もはや、完全に彼の面影はない。

 漆黒の外殻に覆われヘルムを被ったようなその顔に、感情が浮かぶことはもうないだろう。

 頭から生える二本の漆黒の角は、コウモリに似た長い耳のようにも見える。

 

 赤と黒の入り混じった、目に見えるまでに至った強大な魔力を帯電させるその姿。


「マスター……」


 かつて、エレノアが見たことのある姿だ。

 

 ──いや、()()()()()()()

 

 凍てついた白亜の神殿の中、竜とも悪魔とも取れない、人型の異形となったかつてのカルエル。

 消えゆこうとする彼女を見た怒りによって変異した彼は、それでもまだあの時、その瞳に光を宿し人としての面影を残していた。

 

 今のカルエルは瞳を失い、目に当たる部分には一本の線状の赤い光を宿すだけだ。

 それは彼が完全体へと変異したことを示していた。

 

「ああ……もう──」

 

 あの時のように、人としての心を残しているのではと期待したエレノアはその希望が叶わないと知った。


 

 ◇

 

 

「がはッ、こ、これは……」

 

 最後にシースが見たのは、憎しみを宿し紅く染まった彼の瞳孔。

 怖気と共に胸に感じた激痛は、ただの腕の一振りが常時自動展開していた障壁を突き破り、肋骨に異常をきたした証。


「か、カサノア……!」


 激痛に苛まれ、満足に動けない自分の代わりに、命令に従う人形がシースを抱きかかえ大きく距離を取った。

 変貌した彼はその場から動かず顔を僅かに傾けると、瞳に当たる赤い光をシースに向けただけで、それ以上は動かない。


「瘴気を操る力などただの人間に持てるはずがない。何故発症しないのか疑問に思っていましたが……まさかこのタイミングでとは」


 シースは知らない。

 カルエルは発症しなかったのではなく、()()()()()()、瘴気を取り込み魔王の洗礼を乗り越えたことを。

 

 そのカルエルが、再び()()()とはどういうことかを。


「く、くくく、ふはははは! 素晴らしい! あなたは本当に奇想天外なことをしてくれる。ですがその力、私の糧にしてあげましょう‼︎」


 知らぬシースは、他の怪物と同じように、瘴気に堕ちたカルエルを己の力の礎としか考えなかった。


「さあ行きなさいカサノア!」


 それが彼の最大のミスとなる。


『────』


 目前に迫る竜種が大きく腕を振り上げた。

 華奢な、一般的な女性の細腕を不釣り合いなほどに大きい透明な竜の掌が覆う。

 魔力で発現されたそれにある鋭い竜爪は、人の胴体など簡単に切断してしまうだろう。

 

 それでも彼は動かない。


『────』


 人智を超えた力を手にした魔王。

 生物の視野角を超えた彼が視るのは、己を狙う竜種でも、嫌らしく笑みを浮かべる教服の男でもなく──はるか先に横たわる、遺跡の影に隠れた片腕のない女性の遺体。

 砂漠を染める赤い血は、とっくに乾いて黒く変色していた。


『────』


 女性の遺体を視認した彼は、意識を目の前の竜種に向けた。

 彼女の体についた傷は、まさに今、竜種が纏う三本の竜爪に切り裂かれた跡だった。


『────繝シ』

 

 沈黙の魔王が声にならない声をあげた。

 だが意識を持たぬ人形は、初めての彼の反応を警戒することもなく、忠実に命令を遂行する。

 

 そして体を切断しようと迫った竜爪は、簡単に彼の右手に掴まれた。


「なっ⁉︎」

 

 シースはそのあり得なさに表情を一変させた。

 

 竜種の膂力、竜種の爪の硬度。

 鋼鉄製の重扉ですら引き裂きひしゃげさせるその力を、禍々しい手が簡単に掴んだのだ。


 今や変貌した彼の指は、一本一本が爪のように鋭い。


 互いの力の押し合いに震える竜種の腕と彼の腕。

 力の拮抗を感じさせたのは一瞬だった。


 顔の赤光が仄暗い紅に染まると、彼は竜爪を纏った手ごと握りつぶし、空いた片手でそのまま竜種を貫いた。


『────』


 彼は貫いた褐色の女性をそのまま持ち上げた。

 同時に膨大な瘴気が彼から発せられ、片腕に突き刺さった女性を侵食しようとした時だった。

 

『────?』

 

 刹那、魔王を炎の奔流が襲った。

 貫かれている女性が、その状態のまま彼に起源魔法:古竜咆炎(エンシェント・ロア)を放ったのだ。


 魔王と竜種が炎の渦に飲み込まれた。

 

 巻き起こされた熱波が、全てを灰塵に帰していく。

 古代の繁栄の残骸も、砂に潜み怯える魔獣も──大切な者の遺骸も。


『────ッッ』


 炎の中で魔王が声にならない声を上げた。

 


 ◇


 

「マスター……」


 爆炎の中、影となった二人を彼の妻は眺めていた。

 彼女にしては珍しく、その瞳は涙ぐんでいる。


 ──だが、それも一瞬のこと。

 

 エレノアは悲しみを押し殺すように瞼を閉じると、一つの決意を示すように竜神人(ドラグマギナへ)と変身した。


 

 ◇


 

 マケドニア首都、アレキサンドリアにて開催された世界連盟会議に参加していたアールヴァンは、本国アノールより知らされた一報に大声を上げた。


「そんな……嘘でしょ⁉︎」


 彼女の声が、厳粛な場に響き渡る。

 誰もが驚き、彼女を見つめる中、開催者であるアレキサンドロス大王はその訳を問う。

 妖精のような神々しい見かけに反し姦しい本来の彼女だが、大勢の集まる場で騒ぐような人物ではないのは知っていた。

 

「大王、緊急事態なのだわ」

「うむ?」


 だが、今の彼女は取り繕うことをやめていた。

 いや、そんな余裕すら感じさせられない程に緊迫した面持ちで知らされた内容を伝えたのだ。


「パラティッシに正体不明の魔力が検出されたのだけど……」

「またパラティッシか」

「心して聴いて」

「やけにもったいつけるではないか」


 尋常ではない彼女の様子に大王以外にこの場にいる王たちも、何事かと不安げに耳を傾けた。

 

「新たな魔王が出現したわ」

「なっ──」


 場を静寂が充した。

 かつて世界を恐怖と混乱に陥れた瘴気の魔王。

 生存戦争の傷跡すら満足に復興されていない中での再来の知らせに、集まった王たちは一様に言葉を失ったのだ。


 手に持ったスクロールを確認しながら、アールヴァンは冷や汗を浮かべて続きを読んだ。

 

「計測された魔力反応はエリュシオン帝国に魔王が出現した時の状況と……って、あ、ありえないのだわ⁉︎」

「どうした? まだ何かあるのか」

「今回計測された反応はエリュシオン帝国の滅亡時よりも強い──ヨルムンガンドを超えているのだわ‼︎」

「っ‼︎」


 途端、今度はどよめきが巻き起こり、静寂を打ち破って喧騒が溢れた。

 絶望という暗い影を齎された王たちが、思い思いにアールヴァンに事情を尋ねだしたのだ。


「アールヴァン殿‼︎ こ、こうしてはおられん、すぐにカルエル殿を‼︎」

「……確か神竜教の瘴気を解明したのは光の賢者だったな」

「お、おお! 確かにかの賢者なら魔王に対抗できる」

「皆様、ご安心を。我がメドロス王国にはかの賢者の商会があり、私は彼と伝手があります」


 誇らしげに賢者との関係を誇る者。

 我先に対策を論じてアピールしようとする者。

 小国の王たちが烏合の衆と化した時、大王が声を荒げた。

 

「鎮まれッ‼︎」

「っ⁉︎」


 覇気を纏う大声に、誰もが一様に押し黙った。

 怯える者、忌々しそうに彼を見る者、多様な反応を示す王たちだが、それでも彼に意義を唱える者はいない。


 皆が黙ったことを確認すると、彼は自国の側近に語りかけた。

 

「エレノア様とカルエルに至急連絡を──」

「いや、アレキサンドロス。それは無理だ」

「何? どういうことだミドラス」


 ずっと沈黙を守っていた魔国連邦の王が、額に開いた第三の目と共に大王を見た。


「魔王の正体は──その光の賢者だ。たった今、エレノア様が彼と交戦状態に陥った」

「……なんということだ、まさか」


 かつて危惧していたことが、ここにいて引き起こされたことに彼は一瞬悩むと、即座に次の指令を背後に立つ部下に飛ばす。

 

「リオン王国に至急伝達を──勇者を呼ぶのだ。猶予はない!」


 こうして魔王の再来は世界中の知ることとなり、世界は再び勇者を求めた。


「そ、そうだ我らには勇者がいる! ここは一つ、大船に乗った気でいましょうぞ」

 

 希望に縋るように、根拠のない安心を得ようと一部の者たちが勇者を囃し立てていた時、大王は冷静に先を予想していた。


「──カルエル、貴様が魔王になれば確かにヨルムンガンドを超えるだろうよ。一度はその力を取り込んだのだからな」


 彼が魔王と成った事。

 その重大性を深く理解した大王は、かの大戦以来初めての弱気を見せた。


「アランでも勝てるかどうか……」


 世界の行く末を、再び暗雲が覆った。

 

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[一言] nh! 再開か まってたよぉん!
[良い点] 再開ありがとう
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