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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者とかつての仲間達
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舞台裏の真相


オレの妻であるエレノア・メノン。

今はそう名乗っているが、少し前までは違う名で呼ばれていた。


滅竜皇女エレノア・ドラキュリオス。


種族覚醒を果たした七人の賢者の中でも最強と呼び名の高かった竜族の覚醒賢者。

滅竜皇女の通り名に負けず劣らず、彼女はまさに世界最強だった。


そんな彼女の武勇伝は多岐にわたる。


神々の時代、竜神でさえ倒せず封印したという邪竜ニーズヘッグが復活した際に彼女はたった一人でそれを討伐した。それ以降、エレノアは敬意と畏れを込めて滅竜皇女と呼ばれるようになったという。

『星の怒り』と呼ばれる国一つを飲み込むほどの、巨大な竜巻を伴うサイクロンを魔法一つで消しとばし未曾有の自然災害から人類を救ったこともある。

挙げていけばキリがないほど、彼女はこの世界で輝かしい伝説を残していた。


勇者でさえ扱いの難しい極大魔法を呼吸をするかのように連発して地形さえ簡単に変えてしまう絶望的な魔力。

元々竜神を祖とする竜族の中でも群を抜いた存在であった彼女は、邪竜討伐を機に竜神を崇める神竜教団からその象徴として崇められるようになった。

そして彼女が象徴となったことにより、マイナー教団であった神竜教は世界中に信者を増やす。

その規模は一国の王といえども無視できない程の経済力と影響力を持つまでに至っていた。

遡ること二百年前の時代には、神竜教を邪教と認定しその権益を奪おうと戦争を仕掛けてきた当時大陸一だった巨大帝国もあったが、そこを一夜で灰燼に帰したという未確認の伝説まである。


元の身体能力と魔力量でさえ桁外れの種族にも関わらず、そこから覚醒まで果たした彼女の力はまさに無双。

だからこそ、破滅の魔王ヨルムンガンドといえどエレノアには敵わないと世界中が楽観視していた。

ましてや今回は七賢者が全員揃ってでの総出陣。

世界中の国々が集まったとしても到底、打ち勝てないほどの圧倒的武力で彼女達は魔王へ挑んだ。

人々は大いに安堵し、彼女達を称えた。

まるでそれは、魔王が倒されるのは当然とでも言うように。

来たるべき、魔王軍被害地の復興特需と失われた土地権益の再分配。

対魔王連合国の首脳達がまさに捕らぬ狸の皮算用をしていた時、その衝撃的な知らせはもたらされた。


『滅竜皇女エレノア様を含む五名の賢者が戦死、七賢者は敗北しました! 魔王は手傷を負うも健在!!』


そう、彼女達は魔王に敗れたのだ。

彼女だけでなく他の覚醒賢者達も、皆が魔王のあの異質な瘴気に対抗できなかった。

その悲報が世界中を駆け巡った時、もし瘴気に対抗できる勇者アランの存在が無ければ人々の心は絶望に染まり、戦う士気も消え失せ、世界は魔王の手によって終わりを迎えていただろう。

それくらい彼女の、七賢者の存在は大きかったのだ。


『カルエルよ、アランがダメであればこの世界は終わりだ』


現代における世界最大の国家の一つであり、しかし魔王によって滅ぼされたエリュシオン帝国。

その帝国と唯一対等な関係でいた超大国マケドニアの長、対魔王連合の総長でもあるアレキサンドロス大王はそんな気弱な言葉をオレに漏らした。

確かにその知らせを聞いた時、オレも衝撃的すぎて頭の中が真っ白になったのを覚えている。

だからこそ当時、瘴気を無効化できると一部で英雄視され勇者と呼ばれ始めていたアランとオレ達のパーティが全面的に世界中からバックアップを受けることが出来たのだ。

だがそれは、勇者アランが敗北すればもう後がないことを意味している。

だから、なのかもしれない。

パーティから外れて一人になった時。

ナナリーのことも、アランのことも一時的に忘れ、魔王の瘴気への対抗策を文字通り死ぬ気で探し始めたのは。


『お願い、カル。後方支援に回ったらもう、前線では戦わないようにしてね』


聖女ユーリはオレがパーティを離れる最後に日にそう言った。

実は当時のオレの体も、少なくない量の瘴気によって蝕まれていたのだ。

隠し続けていたが、聖女の名に相応しい彼女にはどうやら見抜かれていたらしい。


『……さようなら、ユーリ』


魔王より直接瘴気を注入された神の名を冠する化け物達。

そんな魔王軍と戦い続ける日々の中、確実にその瘴気の影響はオレに出始めていた。

瘴気は生命を蝕み、負の感情を増大させる。

代わりにもたらすのは膨大な力と魔王の支配。

ナナリーとアランのことで、暴走しかねない己の感情を制御するのに精一杯だったオレはそんな淡白な回答しか彼女にできなかった。


もともと勇者パーティーを外れるよう打診されたのは、オレの命の心配があったこともまた事実だ。

勇者アランは魔王の瘴気を完全無効に出来る。

しかしそれは、彼と同じ性質の魔力を持つものにしか効果はなかった。

即ち、種族覚醒者の持つ“星核魔力”。

普通の魔力しか持たないただの生物では、瘴気の完全無効化は勇者の力といえどできなかったのだ。

だから覚醒していないオレではアラン達についていけない。

勇者と剣聖はその事実を知らなかったが、あの時のオレにはもはやどうでもいいことだった。


『して、カルエルよ。これからどうする?』


アレキサンドロス大王には世話になった。

彼は一際オレに目をかけてくれていて、その時の部外者の中では全ての事情を知っている唯一の人間だった。

まあ正確には竜族と人族のハーフだが。

そんな彼に今後の身のふりを尋ねられ、オレは正直に自分の考えを伝えた。


『問題は瘴気なのです』


オレは勇者達と行動を共にしている間、ずっと勇者の力の研究し、瘴気への対策を探し続けていた。

それはもしかしたら、ナナリーの心がアランの元に行くことを見ないふりをするためだったのかもしれない。

きっかけは自分でも不純なものだと思うが、今になってしまえばそれでよかったのだろうとも思える。


『忌々しい魔王の瘴気か。あれさえなければ、どうとでもなるものをな』

『ええ、そうです。オレはアランの力を目の前でずっと見てきました。多分、瘴気と勇者の力に一番詳しいのは今ではオレでしょう。だから瘴気に対する策を探してみようと思います』


軍の後方支援に回ることなく、まだ戦火の絶えない世界をオレは放浪しようとしていた。

それは勇者達が魔王へ特攻を仕掛ける、三ヶ月前の話。

アレキサンドロス大王はオレの言葉を聞くと、しばらく黙った後にこう続けた。


『……魔王の瘴気か。一度蝕まれれば魔王に支配され、最後は命と理性を失うこの星の生命にとっての劇毒。これに対抗する手段があるとでも?』

『まだわかりません。ですが勇者の力は瘴気をどうにかできた。種族覚醒が条件であるというのなら、何かわかることがあるかもしれない』

『種族覚醒か。()()()()()()()()()()()()()、あそこにアランがいればな……』

『ええ、おそらくはその時にこの戦は終わったでしょうね。我々の勝利という形で』

『これが七賢者様に……エレノア様に頼り切っていたこの世界の者への制裁だとでもいうのか』

『……そうですね。この世界は彼女達に頼りすぎました。賢者の力によって我々は発展を遂げ、いつしか脅かされることを忘れました。賢者がいれば、どんな自然災害も悪魔も処理してくださりましたから』


そう、この世界は賢者たちの力によって成り立っていた。

賢者の力は圧倒的で、時には天候すら支配する。

自然発生する悪魔と呼ばれる人類の敵や、自然災害への対策。

我々ではどうしようもなくなった時、いつも賢者がどうにかしてくれていたのだ。


『まずは生き残った賢者様に会おうと思います。確か火と木の賢者様が二名、生存されていましたね』

『……カルエルよ。実はもう一名、生き残った方がいる』

『え?』

『滅竜皇女エレノア様。数を限りなく減らした純血の竜族の中で、唯一種族覚醒を果たしたあのお方だ』

『……何故、生存が伏せられているのですか?』


そう問うオレに、アレキサンドロス大王は次の瞬間、驚くべき事実を伝えてきた。


『七賢者達はな。エレノア様を含めた三名の賢者でしか魔王と戦っていないのだ』

『……はい?』

『四名の賢者はエレノア様の手によって滅ぼされた』


それはつまり七賢者の内、魔王に殺されたのは誰もいないということ。

戦死されたと報告されているのは、全てエレノアの手によって殺された。


『馬鹿な! 賢者同士で争ったというのですか!?』

『ああ。だがエレノア様は自分を襲ってきたもの達を返り討ちにしたに過ぎんよ』

『しかし、何故!?』


彼から聞いた話はとても血生臭いものだった。


魔王殲滅に赴いた賢者達。

果敢に魔王に立ち向かったのは三名の賢者だけしかいなかった。

それが生き残った三名の賢者だという。

残りは魔王との戦いの最中にエレノアを襲い返り討ちにあったらしい。


『な、エレノア様は魔王と賢者を同時に相手にしたのですか!?』

『ああ。無論、火と木の賢者様もエレノア様に味方して一緒に戦ったがな』


ただ魔王への手傷を負わせたのはほとんどがエレノアのおかげだったらしい。


『賢者様にも派閥があった。対等な関係に見えて、実質群を抜いてトップだったエレノア様の存在を鬱陶しがるものも多かったのだ』

『しかし、そんなことをすれば神竜教団が黙っていないはず!』

『──神竜教はこの件を黙認した』

『なっ!!』

『いや、他の賢者と共謀してさえいたのだ』


それを聞いて七賢者壊滅と同じくらいの衝撃がオレを襲ったのを覚えている。

今の神竜教団があるのはエレノアのおかげでしかない。

彼女がいなければただのマイナー教団でしかなかったはず。

エレノアの圧倒的な力こそが、その教団における信頼になっていたのだ。


『それに純血の竜族、それも種族覚醒を果たした者の血には万能薬の効果があるという言い伝えがある』

『それは聞いたことがあります。数ある滅竜皇女の伝説の一つですね。己の血を与え、戦場で死にかけた英雄を救ったという話は』

『ああ。他の賢者達は彼女の血を狙っていたようだ』

『……エレノア様は世界のためにずっと戦っていたじゃないですか。なのにそれは、あまりにも』

『──ああ、儂とて心苦しい。今すぐにでもエレノア様の無念を晴したくなる。あのお方に牙を剥いた愚か者を滅ぼしたくなる。だが、今は状況がそれを許さんのだ』


そう、今は世界が団結して魔王に立ち向かわなければならない時。

もしこの事実を公にして人類から団結が失われれば、いくら勇者がいても人類は魔王に勝てないだろう。

それどころか、新しく派閥が生まれ自分たちのところへ勇者を引き込もうと人類同士の醜い争いが生まれる可能性が高い。

そんな内輪揉めをしていては決して魔王には勝てないだろう。

いかに勇者といえど、対魔王連合の全面支援がなければ魔王軍の物量に太刀打ちできない。


『儂は若い頃、とある戦場で死にかけていたところを彼女の血によって生かされた。あのお方とはそれなりに親交があったのだ』

『それって……まさか、物語の英雄とは大王のことなのですか!?』


衝撃の告白であった。

オレの驚く様を見て、いたずらが成功した子供のように笑う大王に思わずイラッとする。

これも魔王の瘴気の影響だろうか。

いやそんなことよりも、竜族は長命だと聞いたがハーフであるこのオッサンも長命とは驚いた。

見かけは若々しい荒武者のような風態をした人族で言えば四十手前のような色男だが、確かあの御伽は三百年前の話ではなかったかな。


『エレノア様の血には長寿の力と癒しの力、魔力活性化の力の三つがある。ただの血にも関わらずな』


それが自身の若さと強さの秘訣だと大王は言った。

確かに、それは勇者アランの力に類似するものがある。

アランも勇者として覚醒してからは体の調子が悪くなることはないと言っていた。

ナナリーとユーリも同じとを言っていたので、覚醒者はそんなものなのだろうと思っていたが、一つアランが違うのは癒しの力があること。

大怪我を負ってもすぐ様回復し、瘴気すら無効にするその力だ。


『儂の元にはエレノア様が愚痴をこぼしに来ることがたまにあってな。ここだけの話だが、彼女は教団の運営には関わっていない、むしろ勝手に崇め私利私欲を貪る彼らを煩わしいとさえ思っていたそうだ』

『それは……そうだったのですか』


そう言われると確かに、伝説に聞く滅竜皇女の人となりと教団のイメージはかけ離れている。

俗世に塗れたかのように豪勢な暮らしを送る教皇たちと、孤高を貫くようなエレノアのイメージが違いすぎた。


『最近の教団の腐敗は度を超えていた。あまり他者に関心のないエレノア様といえど自分の名を使って不正を繰り返す彼らを見過ごせなくなった。だが幹部を粛清し、教団を解体しようとした時に魔王が現れてしまってな』

『それで、魔王と戦い敗れたと?』

『──あのお方はその血のせいで瘴気に侵されても死ぬことができなかったみたいだ』

『……つまり瘴気に対抗できているということですか?』

『いや、そう呼ぶにはあまりにも……なあカルエル、あのお方を救ってくれないか』


その救いの意味をオレは正確に理解した。

大王が何故、その言葉を沈痛な面持ちで言ったのかを。


『──エレノア様は今どこに?』


正直、この時のオレにはエレノアのことよりも、その血にしか興味がなかった。

瘴気への打開策が見つかるかもしれない。

もしかしたら、功績を挙げればまたナナリーが振り向いてくれるとでも思っていたのかもしれない。

だからこそ、大王に教えられた場所にオレは急いで旅立つことにしたのだ


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