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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
間章

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放浪勇者


 ──ここまでか。


 周囲を埋め尽くす筋骨隆々の人食い鬼ジェネラルオーガの群れ。

 未だに世界に残る瘴気の影響で凶化された怪物達は、生きとし生けるもの全ての脅威として健在している。

 そして今、魔の森と呼ばれる広大な森林の中で男が一人、絶体絶命の危機を迎えていた。


「チッ、僕の運も尽きたかな」


 そう言いながらも、その男──勇者アランは向かってくるジェネラルオーガを切り裂きながら必死で追撃を躱していた。


「グルォォォォォ!!」

「ぐあっ!?」


 だが状況は他勢に無勢。

 打ち据えられ、切り裂かれ、アランは確実に死へと向かっていた。

 危険度Sのジェネラルオーガが二十匹以上の群れで襲ってくる。

 魔王と戦う前ならともかく、力を完全に取り戻していない状態で勝てる相手ではなかった。


「狩られている瘴気の怪物がまさかこんな辺境の森に逃げ込んでいたとはね」


 瘴気の怪物に存在するのは憎しみに偏った生存本能。

 世界中で魔王軍の残党狩りが行われる昨今では、統率を失った怪物達は世界中に散り、その生存圏を人のいない地域で確保していた。


 そんな生き残りの群れに、運悪く遭遇してしまった。


 まさに不運の極みとも言える状況でまだ生存できたのは、流石は勇者と言えるだろう。

 だが、アランに残された力は少ない。

 岩など簡単に砕くその腕力に殴られ、吹き飛ばされたところで首を掴まれ持ち上げられた。


「ぐっ、く、くそ……」


 先程の衝撃で身体中の骨にヒビが入ったようだ。

 剣を持つ腕に力が入らず、目の前のジェネラルオーガ一匹にさえ全く太刀打ちできない。

 アランを持ち上げたそいつは、狂った瞳で獲物を見つめその顎を開いた。


「みんな、すまない。まさか魔王を倒した勇者がここでやられるなんてな」


 アランはそう自嘲すると、ジェネラルオーガの鋭い牙に食い殺されることを受け入れた。


 ──その時。


「樹木大葬」


 誰かの唱えた呪文により森が胎動した。

 いや、そう思えるほど、周囲の木々が激しくうねりだしたのだ。

 

 ジェネラルオーガの群れが、地面から発生した鞭のように唸る木の根に拘束される。

 その巨躯がみるみる地中に飲み込まれていった。


「なっ?」


 オーガの腕から解放されて呆然とするアランの前に、一人の男が現れる。

 ボロボロのローブに、長い白髪。

 自分の背丈ほどもある大きな杖を携え、アランを苦しめたジェネラルオーガの群れをあっという間に壊滅させた魔法使い。

 

 人の気配のない魔の森で、アランは不思議な老人と出会った。


「お若いのう。こんなところにヌシのようなお若い方が何用じゃ?」

「ご老人、まさかここに住んでるのかい?」

「ホッホッホ、質問に質問で返すものじゃないぞ、お若いの」

「──すまないが、僕はあなたを警戒している。先に僕の質問に答えて頂きたい」

「ふむ」


 アランの問いを無視した謎の老人は、そのままどこかに歩きだした。


「……どこに行かれるのです?」

「この先に少し広けた場所がある。そこで座って話そうぞ」

「付いてこいと?」

「ホッホッホ、別に嫌ならいいぞ?」

「……」


 ──悪意は感じない。

 自分を助けてくれたことからも、そこまで警戒することはないのかもしれない。


「わかりました」

「素直でよろしい、では」

「こ、これは」


 老人がアランに杖をかざすと、光が灯った。

 その光を浴びると、立つのもやっとだった痛みが和らいでいく。


「まさか──」

「こっちじゃ」


 老人はアランを簡単に治すと、そのまま彼を置いて森の奥へと歩いていく。

 驚きを隠せないアランだが、剣を鞘に収めると急足で老人の後を着いていった。


 

 


「勇者って、何なのだろうな」

「アラン様?」


 テラスで王女のミシェルと紅茶を飲んでいる時に、ふとそんなことを呟いてしまった。


「カルエル様のことで、何か思うところでも?」

「──そうだね」


 彼女は本当に優しい子だと、アランはその善性に眩しさすら感じた。

 カルエルが再び前に現れたあの日以来、様子のおかしかった自分のことを心配してくれていたんだろう。

 それでも変な気を使わないで済むように、ずっと傍に居ていつも通りに接してくれる。

 本当に、こんな自分にはもったいなくらい出来た女性だと心から思った。


「少し、席を外すよ」

「あ、アラン様……」


 彼女に申し訳なく思いながらも、一人で考えを集中させたいので街の外に向かう。

 中和剤の影響か、段々と力を取り戻してきていて多少の荒事も問題ない。

 流石に全盛期までとはいかないが、それでも余命いくばくもない状態だった彼にはとんでもなくありがたいことだった。

 そう、アランは命をカルエルに救われたのだ。


 かつて酷い裏切りを行った親友に。


「勇者、か。なあカル、光の賢者と言われている君の方がよっぽど勇者なんじゃないかな」


 勇者。

 魔王軍と戦う内にそう呼ばれるようになった。

 別に自称しているワケではなく、そこまでの図々しさは流石に持ち合わせていないと自覚している。


「功績だけ見ると、確かに勇者かもしれないが」


 結局は、魔王を倒しただけだった。

 仲間内の人間関係を壊し、多くの犠牲を払いながらも、なんとか魔王だけは倒すことができた。

 

 戦いの後の復興や苦しむ人々を救っているのは勇者である自分ではない。

 

 様々な薬品を開発し、世界中の復興支援を行いながらも経済力という新たな力を身につけたかつての仲間。

 自分が裏切り、傷つけてしまった親友だ。


「──なんで、僕が勇者になったんだろうね」


 旅の途中も、戦いの最中も。

 諦めず、弱みを見せず、圧倒的に戦力が劣っても立ち回りの巧妙さで実力の不足をカバーしていた仲間の魔術師。


 そんな彼の方が勇者の称号にふさわしいのではないかと思ったことは初めてじゃない。


 ──自分は勇者にふさわしいのか。


 魔王を倒し平和を築いた今になっても、アランはその答えを持ち合わせてはいなかった。

 

 


 焚き火を囲み、老人が差し出した熱いスープを飲むと、少しだけ心が落ち着いた。

 体の痛みは消えないが、それでも怪我をした直後よりはだいぶマシになっている。


 聖女や魔術師が驚いた回復力の高さは、段々とその力を取り戻しているようだ。

 

「それで、ここには何をしに?」

「頼まれたんですよ」

「頼まれた?」


 ぼうっと火を眺めながら、老人の問いかけに答える。

 

「母さんを治す薬がこの森に咲く花から作れるからと、この森に入ろうとした子供がいましてね」

「なるほど、それでお主が代わりにここに来たという訳じゃな」

「ええ。知りませんか? エーデルワイスという花らしいのですが」

「ふむ、それはもっと奥地に咲いている。じゃが、今の主では辿り着けるかどうか」

「大丈夫ですよ、少しづつカンも取り戻してきましたし」

「ほう?」


 そう言って立ち上がるアランの体に光の筋がうっすらと集まるのを見た時、老人は鋭く目を細めた。

 

「なるほど、これが勇者か」

「え?」

「なんでもないわい。だが、その花の前には森の主クーロン・ヒュドラがおる。死ぬぞ?」

「……死にませんよ。あの子の母親を助けるまではね」


 体の調子を確かめるように剣を振るうと、既に力は回復していた。

 老人の回復魔法のおかげか、持ち前の治癒能力の高さ故か、アランは既にジェネラルオーガと戦う前の状態に戻っている。

 

「別に他人じゃろうに。なぜそこまでする?」

「──さあ、なんででしょうね。自分でもわかりません」

「ホッホッホ、そんなことで命をかけるのか」

「ええ。ただ今は無性に、誰かを救いたいんです」


 カルエルが去った日のことを思い出すアラン。

 あの日からパーティーの連携には格段の差が生まれ、魔王との戦いで剣聖と聖女が致命的な傷を負う遠因となった。


 全ては己のせい。


 魔王を倒した功績で皆は自分の事を素晴らしい勇者だと思っているが、本当に凄かったのはカルエルという仲間だった。

 そんな彼を裏切った結果、仲間は死にかけた。

 

 ──そしてまた彼に助けられた。


 カルエルの瘴気中和剤のお陰で力を取り戻したアラン。

 体が回復していく中、心には言い表されない澱みのようなしこりが残っている。

 結局、自分は誰かを助けられたのだろうか。

 人々の賞賛に値する人間なのだろうか。


 その答えを見つけるため、アランは世界を旅することにした。

 

 最大の強敵──自分の弱さと向き合うために。


「最後に一つ、言葉を贈ろう」

「なんでしょうか?」

「漫然とするなかれお若いの。源を意識せよ。その力、未だかつて十全には使えておらんだろう──魔王と相対した時でさえもな」

「……やはりあなたは」

「ホッホッホ、何、ただの死に損ないじゃよ」


 老人に向け、頭を下げる。

 そのまま森の奥へと去っていくアランを、老人は黙って見送る。


「エレノアに助けられたこの命、少しは役に立つ時が来たかのう」


 杖を支えに重たい腰を上げると、老人はふっと息を吹き、焚き火を消した。



 


 その後、魔王の討伐された世界に、不思議な男の話が出るようになった。

 一つの剣を携えて、困った人を助ける不思議な男の話が。


 己の在り方に迷った男は、放浪の果て様々な苦難に直面する。

 時には無力を知り、時には絶望を味わいながらも、それでもと前に進み続ける。

 だが、そんな男の歩みこそが、勇者と呼ばれるに相応しい偉業であることを、本人は未だに気付いていない。

 

 もしかしたらそれは、唯一彼を認める親友が側にいなかったことが原因なのかもしれない。


 とある事件で親友と再会するまで、勇者の放浪は続いた。


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