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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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最後の仕事


 あの後、戦いの余波による街へのダメージの計算と復興の忙しさに頭を抱えるシン王を見て、絶対に関わらないという断固とした決意を見せるロンに急かされオレ達はインスタシア共和国に戻ってきた。

 

 激戦を征した優々たる凱旋だ。

 

 リビアの街を破壊したカドックを始末し、全ての元凶である神竜教を滅ぼすため出発したのだから、歓待と共に皆が出迎えてくれだろうと思っていたけど、現実は非情だった。


 「ちょっと賢者! あの非常識な魔力反応は何⁉︎ 今まで生きてきた中でも計測したことない、とんでもない数値だったのだわ!」


 待っていたのは、栄光の凱旋ではなくアールヴァン族長をはじめとする王達による詰問だったのだ。


「小僧、無事だったか。してシースに断罪は下したのだろうな?」

「賢者よ、我も遠視で見ていたが……あの巨大で化け物みたいな女はなんだ? あれはそなたが呼び寄せたのだろう?」


 皆が思い思い、自分の一番気になっていることを聞きに迫ってきたのだ。

 アメリさんも、この国の長であるナライア首相も、大国の王達が真っ先に騒いだせいで出迎え時を失い、後方でオレ達を静観するに留まっている。

 

 普段ならともかく、体力を使い果たしていたオレに彼らの相手は流石にキツい。

 

 特にオレに顔を近づけて姦しく騒ぐアールヴァン族長に辟易しながらも、その美貌に少しだけドキドキしていると、エレノアがその長いエルフ耳を摘んで彼女を引き離していった。


「マスターから離れろアールヴァン」

「いたたっ、エレノア! あんたがどうせまた何かしたのでしょう! パラティッシで検出された魔力の中にはあんたのも含まれていたのだわ!」


 耳を赤く腫らしたアールヴァン殿が涙目でそのままエレノアに絡み出した。

 一番うるさいのを引き受けてくれた妻に感謝しつつ、残りの二人──早く事情を話せと視線で訴えてくる大王と魔王の相手をする。


「シースは取り逃してしまいました。代わりに奴が呼び寄せたクロノス・タイタンと戦っていたんですが……」

「クロノス⁉︎ 竜神と戦ったとされる神話の巨神か⁉︎」

「ええ、まあ……あとあの女性は女神エレイシアです。地の底からちょっと出てきてしまいまして……」

「エレイシア⁉︎ 女神が地上に来られたのか⁉︎ し、しかしあの姿は……」

「あの、疲れてるのでまた今度でも?」

「「否」」


 やっぱり彼らは王だった。

 エレノアもそうだけど、トップに立つ存在というのは良く言えば豪胆でリーダーシップがあるが、悪く言えばとんでもない唯我独尊のわがまま野郎だ。

 こちらの疲労を慮ることもなく、騒ぎ立てる彼らを尻目にオレは共に戻った仲間と別れを惜しむことにした。


「そろそろいくのか?」

「ええ。さっきから私の雷光水晶が点滅しっぱなしなの。多分、あなたの魔法を目撃した信者の一部が本山に報告したのね」

「そ、それは申し訳ない」

「全く、もう」


 言葉とは裏腹に、それほど怒っていないユーリは可愛らしく頬を膨らませむくれるだけだった。

 もしかしたら近いうちにオレも召喚されるかもしれないが、しばらくはユーリに対応を任せよう。

 

「ユーリ。今回は本当に助かったよ」

「ふふふ、まあ私もエレイシア様のご尊顔を見れたから、参加できてよかったわ」


 あんなのでも己の信じる女神を見れてよかったと彼女は言う。

 聖女の名に恥じない、敬虔で純粋な信者だと思うが、果たしてあの女神にそこまで尽くしていいものなだろうか。

 慈愛と豊穣の性質はもう()()にしないほうがよさそうだし、別の神を信仰したほうがいいのではとさえ思ってしまう。

 

「ま、あんなのでもこの世界の主神だしな」

「ちょっとエレイシア様をあんなのって言わないでよ」

「あ、わり」


 ユーリは小言を言いながら、本山のあるリオン王国への転移水晶を取り出した。


「じゃあねカル。ナナリー、一緒に帰るわよ」

「あ、ユーリ、私はパラティッシに戻るわ」

「「え」」


 ユーリの誘いを断ったナナリーが、意図の読めない発言をした。

 あの地は特に彼女と由縁があるわけでもないのにどうしたことかと真意を考察していると、朗らかに訳を話してくれた。


「シースは私が捕まえるわ。どうせみんな忙しくなるでしょ? 私は別にリオン王国に戻ってもやることないから」

「流石にそんな訳には行かないよナナリー。オレが戻るから君は……」

「いいのよ。私もあいつにはなんかコケにされた感じがあるのよね。だから私に任せなさいな」

「で、でもだな……」


 元々はオレとエレノア二人の問題から派生したことだ。

 いくら昔からの仲間だからといって、ナナリーに後始末を任せるのは気が引ける。

 だが、ナナリーも借りができたと言ってひかない。


 二の足を踏むオレに、さらにロンが追い討ちをかけてきた。

 

「会長、無実が証明されたならここからまた忙しくなるんです。暇はありませんよ」

「い、いやでも……」

「立場を忘れないでください。あなたはただの賢者ではなく、大商会の会長でもあるんですから」

「む、むう……」


 相変わらず正論を言う部下である。

 そう言われれば、オレも反論しづらい。

 裁判で無実が証明された以上、滞っていた中和剤の量産再開と物流手配、他にも臨時休業していた各国の支店を開店させなければならず、忙殺されることは間違いないのだ。


「でもナナリーだけなんて……」

「あら? カルは私があんな優男に負けるとでも?」

「そ、そうじゃないけど……」


 ナナリーが本気を出せば、シースは足元にも及ばないだろう。

 ましてや今の彼女は星垓の扱い方を習得し、その力は飛躍的に伸びている。


「私はカルにもらってばかりだから……少しはあなたの役に立たせて。それに──」


 彼女は優しく微笑むと、自分が引き受ける訳を話してくれた。

 その理由はとても親切で温かく、決して無碍にしてはいけないものだった。

 

「ナナリー……わかった。頼むよ」

「ええ任せて!」


 本当に頼りになる幼馴染だ。

 こんな彼女と交友を再開できて、心からよかったと思える。

 しみじみとナナリーに感謝の念を抱いていると、メイドがとんでもないことを言い出した。


「ナナリー様。大商会の会長ともなれば愛人を囲うもの。第二夫人の座も夢ではありませんよ?」

「ひえっ⁉︎」

「っておいこら! 恐ろしいこと言うな⁉︎ エレノアに聞かれたらどうする⁉︎」


 こっちは割と瀕死の状態だと言うのに、余計なトラブルを招きかねないメイドの発言を叱った時、耳ざとい我妻が話しかけてきた。


「私がどうかしたのかマスター」

「っ⁉︎」


 振り返ればエレノアが立っている。

 起源魔法を使った訳でもないのに、心臓が跳ね上がってしまった。

 遠くではアールヴァン殿が地面に突っ伏しているのを、護衛のエルフが担いで連れ去ろうとしている。

 こっちにも触れないほうがいいだろう。

 

「なんでもないよエリィ! 早く商会に戻って仕事を消化しないといけないから君の力も必要だって話したのさ‼︎」

「む、そうか。なら早く帰ろう」


 なし崩し的だが、結局オレは商会本部に戻ることになってしまった。

 自分で言っといてなんだが、諦めきれないオレはさりげなく、シースを追うことをエレノアにも打診してみたのだけど──


「だめだマスター、帰ると言っただろう。おい、ナナリー。シースのことは任せたぞ」

「ええ、じゃあねエレノア。あんたこそ、カルのこと任せたわよ」

「お前に言われなくてもわかってる!」

 

 なぜかエレノアはナナリーがシースを追うことを認めてしまった。

 それどころか、仕切りに家に帰ることを勧めてくる。

 こうなってしまっては仕方ない。


「すまない、頼んだよナナリー」

「ええ、任せて」

「ユーリもまた暇ができたら遊びにでも来てくれ」

「ええ、またねカル! それとエレノア様、さっきの話をお忘れなく」

「ああ、私も気づいているから大丈夫だ」

「ん? 二人とも何かあったのか?」

「何でもない」

「あなたは心配しなくていいわよカル。じゃあね」

「お、おう。じゃあな!」


 いつの間にかエレノアもナナリーやユーリと親交を深めていたようだ。

 孤独な彼女に友人ができたなら、オレも嬉しい。

 

 仲間に別れを告げて商会(いえ)までの道を歩く。

 まだ話の途中だったこともあり、尚も話しかけてこようとする王連中は、エレノアの鋭い睨みによって既に言葉を失っていた。

 何故か知らないが、エレノアはさっさとオレを帰らせたいようだ。


「ふふふ、チャンスがありそうじゃないですかナナリー様」

「こらレイ、変なこと言わないの! カルが困っちゃうじゃない」

「これは失礼しましたナナリー様。しかし私はナナリー様に早く幸せになって欲しいので」

「いいのよ、私は十分幸せなんだから。また、カルと昔みたいに話せるようになっただけでも十分なの!」

「相変わらず意地らしいですね。浮気した時の根性はどこ行きましたか。さっさと……」

「レイ‼︎」


 危険な会話をしている二人の声が耳に入らないよう、必死でエレノアに語りかけながら家路に着くオレ。

 あのメイドはオレにとって危険な存在だということを心に留めておこう。


 それにしても──


「ナナリーの幸せか……」


 これに関してはオレでは答えが出せない。

 彼女自身で答えを見つけてくれることを願うばかりだ。


「おい、あの女がなんだというのだマスター」

「え、ああ、いや……彼女にもいつか、いい人ができるといいと……そう思っただけさ」


 オレと彼女が一緒になることはもうない。

 恋人だったのは昔の話で、今は幼馴染で親友なのだ。

 オレには愛する人がいるし、オレが一番にその幸せを望むのは──


「さあ、帰ろうエレノア。オレたちの商会に」

「うん、マスター」

 

 腕にもたれるエレノアの温もりを感じながら、オレは今ここにある幸せを大切にしたい。

 だからこの幸せを壊す者には一切の容赦はしない。

 シースも必ずケジメを取らせる。


 ただ──


 ナナリー、オレは君の幸せも願っているよ。

 今はまだ未練があるかもしれないけど、シースの件が片付いたらいよいよ次の段階に進ませよう。

 そのためにはアランも見つけないとな。

 あいつもどうやら引きずっているらしいし。

 ま、どうせ二人ともリオン王国でやることないだろうから、勝手に巻き込んでも笑って許してくれるだろう。


 いつか、みんながそれぞれの道を歩けるように。

 

 それがかつての仲間として、オレが二人に出来る最後の仕事だろう。


「はあ、完全に私のこと忘れてますよね」


 仲睦まじく帰るオレとエレノアの後で、ロンが呆れたように呟いた。


 ◇


 その後、ナナリーは言葉通りパラティッシに留まると、シン王と一緒にシースの捜索に尽力してくれていた。


 神竜教本部である倒壊した奥之院を捜索したところ、実験に使っていただろう地下室が見つかった。

 人が入れるくらいの大きなガラス容器が無数に立ち並び、魔石を動力源とした古代の魔道機械が並ぶ光景は、映像付き雷光水晶で始めて見た時、不覚にもワクワクしたことを覚えている。

 

 解析した結果、その研究室で使われていたのは古代文明の技術だと判明した。

 最近ではインスタシアで裁判に参加した王侯貴族をもてなすために使用されたアスガルド城も、その古代文明が残した遺産の一つだ。

 

 継承の途絶えた古代文明の技術は現代の最先端魔導科学を上回る。


 魔力による生体認証や、魔法を使った空調設備など、その遺産はこの時代の国々でも多く使用されており、今なお恩恵をもたらしていた。

 奴がなぜそんな技術に精通していたのかは知らないが、教団が解体され逃亡者となった今、その知識も宝の持ち腐れになるだろう。

 

 シースの行方を追ってナナリーはシン王達と行動を共にしており、現在は潜伏先の可能性が高いパラティッシにある古代遺跡をしらみつぶしに探っているらしい。

 奴の悪事は既に世界へと知れ渡っており、世界連盟によって国を跨いだ国際指名手配をかけられている以上、国内に留まっている可能性が高いと睨んだみたいだ。

 

 そんな中、オレはというと──


「おいロン! やっと片付けたのに追加するんじゃねえ⁉︎」

「諦めてください。流通禁止の措置を受けていた中和剤の出荷が再開されたんです。さ、キビキビ動いてください」


 現在、リビアにある商会本部の執務室にて、書類の山に埋もれていた。

 

「裁判で無罪になったとはいえ、やることが山積みです。滞っていた仕事が一気に再開するんですから」

「なあ、オレもそろそろシースを追いかけたいんですけど……」

「ダメです、立場を忘れないでください。あなたは従業員10万人を抱え、6カ国に支部を構える大商会の会長なんですよ」


 そう言われると返す言葉もない。


「わかった、今は従おう。でもナナリーからもし発見の連絡があればすぐに動くからな」

「マスター、その時は私が動くから安心してここで仕事をしていればいい」

「い、いやあ、できればこっちを手伝ってくれると嬉しいな……」


 書類の山が連なるオレのデスクの前、応接用のソファーでくつろぐエレノアは優雅にコーヒーを嗜なんでいる。


「それに、悪いがオレは傍観するつもりはないよ」

「むう、しかしお前は……」

「え、なんだよ?」

「……いや、なんでもない」

「うん?」


 巨神と戦っている時の最中からだが、時折エレノアが心配そうにオレを見ることが増えた。

 何を危惧しているのか知らないが、体の調子はすこぶる良く、特になんの予兆もない。

 オレが死に掛けたのは女神を地上に顕現させ、魔力が枯渇しかけたあの時だけだ。

 しかし星垓魔力を完全に扱えるようになった今、もう魔力が枯渇することはなく、彼女がそれほど心配しすることもないだろうに。


「副会長もこう言ってるんですから、仕事優先してくださいよ」

「だめだ。シースに関してはこの手で止めを刺すか、この目で最後を見届ける」


 ナナリーから連絡があれば何を放ってでも即座に駆け付けるつもりだ。

 ヤツをこのままには出来ない。ナナリーには発見次第、雷光を飛ばすようにとお願いしてある。

 どこに潜伏していようと、裁判所の出来事と封じられた巨神を復活させた今、神竜教は世界中の敵となったのだ。

 

 教団は無期限の活動禁止を言い含められ、生き残っていた幹部達もそれぞれの潜伏先で逮捕されている。


 無論、その指揮を取るのはマケドニアの国王アレキサンドロス。

 魔王ミドラスとハイエルフのアールヴァン族長までもが連名で号令を発したため、小国ですらその命令に従ったのだ。


 残すはシースのみ。


「シースがいるとされる潜伏先の一番の候補はやはりパラティッシでしたね」


 その時──ずっと肌身離さず持っていた雷光水晶が光った。


「お、もしかして……」


 嬉々として雷光を受けとったオレだが、聞こえてきた音声に言葉を失うことになる。


『カルエル様‼︎ ナナリー様が……ナナリー様が……‼︎』

「──⁉︎」


 その声はナナリーではなく、メイドのレイだった。

 あのクールで済ましているレイが、今にも泣きそうな声で非常に取り乱していた。

 その尋常じゃない様子に悪寒を覚え、一気に胸の奥が冷えていく。


「エレノアっ!」

「ああ!」

「会長、私も行きます‼︎」

「え、いやでも……」


 ロンも事態を察したようで顔を青ざめさせている。

 もしかしたら彼女と同行していたシン王を心配しているのかもしれない。


「私もパラティッシには詳しいので!」

「わかった……」

 

 瞬時に雷光に届いた魔力の発生源を辿る。

 場所はパラティッシの郊外……砂漠に点在する遺跡群に彼女はいるようだ。


「まさか、な」


 彼女なら大丈夫だと、必死で言い聞かせ心に浮かぶ焦燥感を慰める。

 雷光を使ったレイの魔力をとらえたオレは、転移魔法を発動しパラティッシにいる彼女の場所へと飛んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] フラグ立てすぎだよ、、 ナナリーよ永遠に
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