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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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勝利


「────くっ‼︎」


 エレノアが壮絶な力の反動に負けないよう、歯を食いしばりながら声を漏らした。

 ドラゴンブレスの一種であると言うその姿は、他の竜種のような炎というよりは光であり、先ほど巨神の放った光線を大きく上回る極光が放たれている。


 発動した神竜星崩ノ息吹(デウスエクス・ロア)はその名の通り、星を壊滅させるにふさわしい熱量を秘めていた。

 だが膨大な熱量を内包する光線は、発動者にさえ容赦無く牙を剥く。

 人間の姿では到底その熱量には耐えきれないようで、エレノアはかつて邪竜を倒した時と同じ、竜種として全権能を解放した竜神人形態(ドラクマギナ)へと変化させている。


 その姿は、死した戦士の魂を天界へ導くとされる戦乙女の姿にも似ていた。


 全身に纏う白色の竜燐で出来た鎧はあらゆる魔法を跳ね返し、竜のそれへと変化した四肢は人間形態の時とは比べ物にならないほどの膂力と耐久性を有しているが、今はその力をしても足りていない。

 竜種の耐熱性はこの世界でも最高峰であり溶岩の中すら自在に動けるエレノアなのだが……今、彼女の竜燐は徐々に溶け始めているのだ。

 竜燐が溶けると言うことは、オレ達にとっては肌を焼かれ続けることに等しい痛みのはず。

 とんでもない苦痛に絶えながら、それでも彼女は魔法制御をブラさない。


「そんな起源魔法の結界が……⁉︎」


 神竜星崩ノ息吹(デウスエクス・ロア)の発動と同時に展開した聖女の結界魔法が、過重に耐えきれず消し飛んだ。

 今、エレノアすら焼く余波からこの地を守っているのはオレの障壁魔法玄武なのだが──


「カル……ちょっとこれは抑えきれないんじゃない⁉︎」


 小さい六角形が幾重にも連なることで形成された結界がドーム状に一帯を覆っている様は、亀の甲羅を連想させる。

 物理と魔法の両属性を遮断する万能範囲結界魔法の玄武だが、巨神へ向かう焦熱の光線の余波に侵され、幾つか六角形が綻び始めていた。


「くそ、起源化の玄武ですら耐えられないのかよ! これでも神の権能をそのまま地上に発現させる最上位魔法なんだけどな⁉︎」


 悪態を吐きつつも、崩壊しないように星垓魔力を送り続けているが限界は近かった。

 もし結界が崩壊すれば、少なくともこのパラティッシにいる全ての生物が死滅してしまうだろう。

 絶え間なく星垓を吸収し、魔力を永続的に玄武に注ぐが、残念ながら崩壊の方が一足ばかり早いようだ。


「なんとかするから、もう少しだけ耐えてカル!」

「早めに頼むよユーリ! 魔力の問題じゃない、玄武が持つ魔法強度の問題なんだ!」


 いくら魔力を注いでも、その魔法の強さが無限に上昇する訳ではない。

 早くも強度の上限に達した玄武は、神竜星崩ノ息吹(デウスエクス・ロア)を抑え込むには足りなかった。

 残念ながらオレの持ちえる結界魔法で玄武以上のものはない。


「これは……まずいぞ」

「もう少し──」


 彼女には何かの策があるようで体に光が集まり、魔力を大きく充填している。

 ここはユーリに賭けるしかない。

 

「──起源魔法:女神の聖鎧アイギス・オブ・エレイシア!」

 

 聖女が用いたのは回復効果と強化効果を併せ持つ祝福の魔法だ。

 魔法の重ね掛けは主に回復魔法の使用時に用いられる技だが、戦闘魔法に使われるの初めての経験だ。

 聖女の守護を受けた範囲結界魔法玄武の外殻を虹の層が覆い、亀裂の進行を止め塞いでいく。


「さすがだユーリ! エレノア、頼んだ!」

「くうっ、ああっ‼︎ ま、任せろマスター!」


 全てを滅ぼす最強の魔法を放ったにも関わらず、先ほどからエレノアが苦しみ続けているのには訳がある。


『グモオオオオオオ‼︎』


 クロノスはまだ消滅していなかったのだ。

 

 滅びの極光を浴びて尚、その巨体は原型を保っている。

 ナナリーの斬撃で分たれた下半身はとっくに消失しているが、魔力の源である上半身がまだしぶとく抵抗を続けていた。

 

 抵抗を続けれる原因は、極光の光を阻む巨神が展開した新しい障壁だ。

 見慣れない文字が浮かび上がっては消える、丸みを帯びた円形の透明な壁が極大魔法からクロノスの命をかろうじて守っていた。


 先程ユーリが解除した魔力障壁とは性質が違うのか、魔力……いやなんの力も感じられない。 

 もしかしたら魔法ではなく、ヤツが生まれ持つ固有能力なのかもしれない。


 その丸い形のせいで、神竜星崩ノ息吹(デウスエクス・ロア)をうまく拡散させ力を僅かばかりに削いでいるのだ。

 

 胴体を切断された瞬間に魔法を撃ったというのに、この土壇場で防ぐとは少し甘く見ていたのかもしれない。

 

 巨神の前にある障壁が、エレノアの魔法とせめぎ合いを繰り返している。

 クロノスの上半身が障壁ごと徐々に空へと浮かされ押されるが、それでもあと一歩が届かない。


 流石にクロノスの結界魔法といえど完全にはレジスト出来ずヤツの白い肌が炭化していくが、すぐさま皮膚が再生してることから障壁を突破できなければこちらが不利に陥るだろう。

 障壁と復元能力の組み合わせとは、とんでもなく厄介だ。


 ──このままじゃ、エレノアの体がもたないかもしれない。


「……仕方ない、ユーリのアイデアをいただくぞ!」

「え、ちょっと何するつもりよカル?」

「こうするのさ」


 体内の魔力の流れを精査する。

 心臓の位置から絶えず送り出される魔力を、玄武を展開する為に差し出している右手と()()()()()()()()()()左手にも増やした。


 星垓を吸収する速度を最大限に高めた状態で片手で玄武を維持したまま、もう片方の手で新しい魔法の準備を行ったのだが、急激に心臓の鼓動が早くなり、胸に鈍痛が走りだす。


「ぐうっ‼︎」


 途端に呼吸も荒くなる。

 一気に全身が発汗したため、濡れたローブが肌に張り付き全身が重く感じた。

 心臓の鼓動も速さと音の大きさを際限なく増ていき、次第に過呼吸一歩手前まで追い込まれる。

 

「起源魔法の併発⁉︎ そんなことしたら体がもたないわよ⁉︎」

「だ、大丈夫さ。さっきユーリもやってのけただろう」

「回復魔法と攻撃魔法では消費魔力が違うでしょ⁉︎」

「うぐっ、わかっているさ」

 

 今すぐにでも止めたいが、ここでやめるわけにはいかない。

 (エレノア)だって体の一部が溶ける苦痛を我慢しながら、それでも闘っているんだ。


 ──夫のオレがこんな程度でへこたれていい訳がないだろう!


 自分への喝入れが、またほんの少しだけ体を楽にしてくれた。


「エレノア、これで最後だ。あいつを倒しテさっさと家に帰ろうナ」

「マスター、な、何を……」

「起源魔法:ライトオブグルーデリィ!」


 エレノアの放った塵すら残さぬ神熱の極光が、分子崩壊の性質を持ったライトオブグルーデリィと合わさることにより回復不可能な絶死の一撃と化す。


『ゥモオオオオオ⁉︎』


 巨神の展開する障壁が崩壊の光を浴びて僅かに綻んだ瞬間、神竜星崩ノ息吹(デウスエクス・ロア)の神威は牙を剥いた。

 忌々しい抵抗を続ける相手に苛立ちを示すように、障壁を突き抜けた光はあっという間に巨神の体を飲み込んでしまったのだ。

 

『グウモオォ────』


 あまりの眩さに瞼を閉じると、叫ぶ巨神の断末魔が耳に届いた。

 だがそれも、次第に弱まりすぐに聞こえなくなっていく。

 

 最初は咆哮だけで地響きを起こしていたが、今やその叫びは人の声量と変わらない。


「や、やった……」


 万が一に備えて剣を構えていたナナリーが、感極まるようにつぶやいた。

 光が落ち着いた先に見えたのは、大きく抉れ結晶化した砂漠の大地。

 

 今ここに、神話の時代より語られる巨神は跡形もなく滅び去ったのだ。



 ◇

 

 

「っ──‼︎」


 安堵と共に、同時に砂の上に腰を落とすオレとエレノア。

 エレノアは座ったまま項垂れる程度だが、オレは使いすぎた力の反動で指一本動かせないくらいに疲労しきっており、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


「凄いぞマスター……父でさえ滅ぼせなかった巨神を私たちは討ったんだ」


 激戦の気配を感じさせない変わらぬ青い空を眺めていると、エレノアが覗き込んできて健闘を讃えた。

 彼女に返事をしたいが、まだ呼吸が落ち着かずうまく声が出ない。

 

「お疲れ様、二人とも。すぐに体力を回復してあげるわね」

「た、たす……かる……」

「もう! 無茶しすぎよ! ほら──」


 息も絶え絶えに礼を言ったオレを叱りながらユーリが回復魔法を掛けてくれた。

 淡い光に包まれ、ほんのりとした暖かさを感じていると、次第に指先にも力が戻ってきた。

 しばらくすると体を起こすくらいの元気が出たので、肺に溜まった空気を一新するようにオレは大きく声を上げた。


「あー! 死ぬかと思った!」


 あんなこともう二度としたくない。

 起源魔法の併発で死にかけるなんて……いくら星垓を無限に吸収できるからといって無茶をし過ぎた自覚がある。

 

「いや、心臓が破裂するかと思ったぞ」

「起源魔法の同時発動なんて……よくそんな無茶思いついたわね」

「まあ、エレノアが頑張っていたからさ」


 竜神人形態(ドラクマギナ)を解いたエレノアを見ると、竜燐が溶けた場所は黒く肌が焼かれていた。


「エリィ、その腕は大丈夫かい?」

「大丈夫だマスター。ほら……」


 彼女が腕を見せてくると、持ち前の回復力の高さとユーリの回復魔法の影響で徐々に元の肌へと戻り始めていた。


「おお……すごい再生能力だな」


 竜種の再生能力の高さは持ち前の魔力量の高さに起因する。

 人間は損傷箇所を復元するだけの魔力を内包して生まれないからこうはいかない。

 生来、高い魔力量を持つ種族ならではの特殊能力と言えるだろう。

 

 そう、あの巨神のように──

 

「おい、マスター。今、クロノスを思い浮かべただろう」

「へっ⁉︎ い、いやそんなことナイデスヨ」

「私とあんな醜い怪物を一緒にするな!」

「ち、違うよエリィ! ただ再生能力を生まれ持つ理由について考えていただけで……」


 何故こうも彼女はオレの思考を読むことに長けているのだろう。

 機嫌が急降下し始めたエレノアだが、今は彼女の相手をするだけの体力はない。

 こんな疲弊しきった状態でエレノアの一撃なんて食らったら、致命傷にしかならないのだ。

 

 ただ流石に今回ばかりはオレもそんなに悪くないはずだ。

 言った通り能力について考えただけだしな。


「た、たすけてくれよ二人とも!」


 ジリジリとこちらに迫るエレノアから逃げようとしても、満足に体が動かせないためかつての仲間に助けを求めるオレ。

 しかし──

 

「「カルが悪い」」

「なんで⁉︎」

 

 苦楽を共にしたかつての仲間は平然とオレを見捨てた。

 声を揃えてオレのせいとまで言われてしまった。

 責めるような視線を二人からも送られてしまえば、もはやオレが悪者の流れで確定だろう。


「マスター、あんな醜い怪物と同等に扱われるなどいい気はしないぞ」

「はい、ごめんさい!」


 思ってもダメとは手厳しいが、ここは素直に謝るしかない。

  

「もうカルったら、相変わらずなんだから」

「ふふふ、そうね」


 すぐに謝罪したオレを見て微笑むナナリーとユーリ。

 そういえば、こんな風に軽口を言い合うことは昔もあったな。


 あの時の相手は……ナナリーだったけど。


「みんなお疲れ様。無事に巨神を倒せてよかった……でも、私はあまり役には立たなかったわね」


 ひとしきり笑ったあと、ナナリーがそう言ってオレ達を労ってくれた。

 悔しそうに役に立たなかったというが、何を言っているというのか。

 オレはナナリーのおかげであの時、巨神を倒すヒントを得たんだ。

 

「そんなことはないぞナナリー。君の星垓を乗せた斬撃が効いたのを見て、オレは気付いたんだ。それに君がいなければ、ここにいる誰か……もしかしたらシン王やロン達に犠牲が出ていたかもしれない。本当に助かったよ、ありがとうナナリー」

「っ! うん、こちらこそありがとうカル。久しぶりにまた一緒に戦えて楽しかったわ。ちょっと不謹慎かもしれないけど」

「いや、オレも一緒に戦えてよかった。な、ユーリ」

「……」

「ユーリ?」

「え⁉︎ あ、うん、そうね。こんな激戦、魔王との戦い以来だからもう二度とないことを祈るわ」

「ま、そりゃそうだな。さあ、リビアに戻ろう。みんなに報告しないと」

 

 晴れやかで清々しいものが心に満ちる。

 かつて、オレ達はこんな風に笑い合えていたんだ。

 なんだか、ようやく本当に昔の関係に戻った気がする。


「……カル」


 でも皆が喜びの声を上げる中、ユーリだけは何故かオレを訝しむように見つめていた。

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