滅竜皇女
「この魔法は……なに?」
呆然としたユーリの呟きに応える者はいない。
皆が一様に空へと目を向けていた。
巨神の放った光線を吸収し尽くした空間から、光の玉が空へと飛び上がったのだ。
『グモオオ……』
込められた魔力に脅威を感じたのか、はたまた自分のドラゴンブレスを吸い尽くした得体の知れない光球に対する警戒か、巨神も同じく空を見上げている。
光球は勢いを落とさず更に空高く上ると、目視できる範囲を超え成層圏へと到達した。
「あ、光った」
ナナリーが少し場違いに思える明るい声で感想を漏らした時、雲のはるか上に昇った光球が弾け、地上に光が降り注いだ。
無慈悲な雨の一滴一滴が、流星の煌めきのような早さで巨神の体に風穴を開けていく。
『ゥモオオオオオ‼︎』
たまらず身悶える巨神だが、この魔法が発動を終え雨が止むまでの間、ひたすらに光に貫かれ続けるのだ。
「光の……雨……」
パラティッシで降り注いだ広域殲滅魔法天照流星雨とは違う、極点集中式の単域殲滅魔法。
本来なら敵の野営地や城に向けて使う制圧魔法だが、クロノスの巨躯にはうってつけだろう。
「す、すごい……これが星垓魔力の魔法なの……」
穿たれ巨躯を削られるクロノスの姿を、皆が呆然と眺めていた。
「さて、このまま勝てるといいが……」
「マスター、流石にそこまでは甘くないようだぞ」
「ち、やっぱりか。想定はしていたけどな」
「え、でもこの魔法じゃ流石に」
「よく見てみろナナリー。頭も心臓も貫かれて、普通ならとっくに死んでいてもおかしくない傷を負って尚、ひたすら復元を繰り返しいる」
「そんな、嘘……」
「残念ながらカルの言ってることは正しいわよ」
光の雨に削られるクロノスの体だが、光が貫通した後にすぐ様復元されていく。
残念なことに、オレの魔法の攻撃力よりもヤツの回復力の方が勝ったようだ。
「さて、次だな──って⁉︎」
『グモオオオオオ‼︎』
生物であれば即死レベルの致命傷を負いながら、なんとクロノスがこちらに向かって走り出した。
降り注ぐ光に貫かれ崩壊する体を無視し、復元能力の高さという力技任せに特攻を決めたようだ。
「まずい! 起源魔法:ライトオブグルーデリィ‼︎」
続けて放ったのは対象を分子レベルで崩壊させる魔法だ。
星垓魔力で強化されたこれなら──
「くそ、そんなうまくはいかないか⁉︎」
放たれた光が巨神の足を捕らえ通過する。
片足を消失させることには成功したが、奴はそれすら攻撃に転用した。
『ウモオオオオオ‼︎』
「デカいというのは本当に厄介だな⁉︎」
走る途中で片足が消失したのだ、当然奴はバランスを崩して倒れ込む。
そう、その勢いを利用し残った片足で地面を踏むと、飛び込むようにオレ達を下敷きにしようと巨神がのしかかって来たのだ。
「──チッ⁉︎」
転移で緊急避難しようと、急いでエレノア達の魔力波長を捉えようとしたオレの真横で、光の渦が集結した。
「起源魔法:女神の聖楯!」
「ユーリ! もう習得したのか!」
巨神のボディプレスを黄金の盾が押し留めている。
星垓魔力を使ったユーリの起源魔法だ。
どうやら無事に星垓魔力を扱えたようで、その黄金の盾はかつてない程に輝いている。
「なんとかね! これなら――って⁉︎」
「ま、マジか」
慌てたのには理由がある。
巨神が自分を押し留める光の盾を両腕で力強く叩くと、ピキピキと亀裂が入り始めたのだ。
このままではすぐにでもこちらにあの巨体が降ってくるだろう。
「光の雨への当て付けか⁉︎ なら次は──」
「任せて! ユーリだけじゃないわよカル! 月詠流──三輪天月尊!」
次に巨神に向かったのはナナリーだった。
彼女も星垓魔力をうまく慣らしたようで、純度の高い星垓を豊富に纏った青白い光の斬撃が、盾ごと巨神を逆袈裟に斬り上げる。
斬撃でありながら、質量を伴うその一撃は巨神を空へと浮かし、吹き飛ばしたのだ。
「す、すごい力ねナナリー……あの巨体を斬り上げて浮かすなんて」
「いや、本当に。星垓で強化されたとはいえ、ちょっと人間やめてないか?」
もしかしたら単純な腕力だけならエレノアを超えるかもしれない。
巨神の体って、推定出来るだけでも数十トンは軽く超えるだろうに。
「ちょっと、なんで私の時だけそんな反応なのよ⁉︎」
「いや、流石にアレは私でも驚いた」
「エレノアまで⁉︎ もう!」
規格外のエレノアのお墨付きまで貰えたのならオレ達の反応は間違いではないだろう。
「さて、ここからが正念場だな」
軽口も程々に気を引き締める。
ナナリーが吹き飛ばしたとはいえ、既に巨神の体は元通りになっている。
クロノスは舌打ちでもしそうな面持ちで、忌々しそうにこちらを眺めていた。
「エレノア、トドメは君に任せたい」
「私に?」
オレ達もようやく皆んなが星垓魔力の扱い方を習得したとはいえ、もちろんその反動もある。
「このまま行けば、ジリ貧だ。星垓魔力は無尽蔵でも、扱うオレ達の体力が先に尽きてしまう」
「そうね、魔法の発動にも体力を使う。あんな速度で回復され続けたら流石に負けるわね」
「そうかな? 私は大丈夫だけど……」
「ナナリーと一緒にしないで。あの怪我までもうなんともないなんて、ちょっとあなた規格外よ」
「ひどい⁉︎」
ナナリーの成長度合いは、もしかしたらオレを抜いて一番かもしれない。
それでも、巨神の命を完全に奪うには決定打に欠けていた。
それはオレも含めてそうなのだ。
この中で唯一可能性があるとしたら、それは星垓魔力の扱い方を習得したエレノアだけだろう。
その理由は地上に現れたエレイシアの言葉に他ならない。
「女神は君ならアレに勝てると確信していた。何か訳を知らないか?」
「訳と言われても……」
「そうだな……例えば竜神から何か教わってはいないか? 今の君でも習得できなかった魔法とか」
「父から……あ」
「え、何かあるの⁉︎」
黙ったまま考え込むエレノア。
期待を込めたみんなの視線を受けて、彼女はおもむろにつぶやいた。
「なるほど、マスター。私に任せてくれ」
「エレノア、何かあるのか?」
「昔の朧げな記憶だが、父が教えてくれたことがある」
「竜神が?」
「秘密の魔法があると。星の外にまで届く、最強の竜の息吹があると。当時の私は全く再現できなかったが……」
「それって──」
確かエレイシアも同じことを言っていた。
星の外からやってきた侵略者を一撃で竜神が滅ぼしたことがあると。
なら、オレ達がやることは決まったな。
「さあ行こう、ナナリー、ユーリ。エレノアが魔法を完成させるまでの時間稼ぎと、確実にあいつを倒せるよう弱らせないとな」
「ええ! やってやるわよ!」
「ふふ、なんだか昔みたい」
これで勇者がいれば完璧だったが……一体この世界の危機にどこで何をしているのやら。
そういえば勇者の力はまた少し特殊だったことを思い出す。
もしアランが純度の高い星垓を扱えたら……違う、既に扱っていたのか?
なら勇者だけが瘴気を完全無効にできた理由も──いや、今考えることではないな。
「エレノア、任せたぞ」
「ああ、マスター! 悪いが時間を稼いでくれ!」
そういうとエレノアは星垓魔力を集め、魔法の形成に集中した。
『グモオオオオオ‼︎』
体勢を立て直した巨神が吠えた。
どうやら相手も準備万端のようだ。
怒れる巨神は完全にこちらを敵と認識したらしく、その全身に魔力を激らせ、地上に出て初めての本気を見せている。
「油断してくれている間に倒せればよかったが……」
「何事もうまくはいかないものね」
「こら、二人とも! そんなこと今に始まったことじゃないでしょ!」
「……確かに」
「ふふふ、ナナリーに叱られるなんて」
そういえば、そうだった。
いつだって、オレ達は自分より強い相手と戦ってきたんだ。
今の力だって、そんな戦いを乗り越えたからこそ身に付いたもの。
巨神と戦うのは初めてでも、自分より強大な敵と戦うのは初めてじゃない。
「さてさて、それじゃあ冒険譚の再来と行こうか! 起源魔法:大雷神ノ剣!」
「合わせるわよカル! 月詠流:二輪天雷神!」
巨神に迫るは雷撃の剣と、雷を纏わせ身体超強化を行なったナナリーの斬撃。
『モオオオオ‼︎』
無防備に食らった時とは違い、クロノスがその体に見合った巨大な障壁を貼り、雷撃と斬撃の間で強大な魔力の反発を巻き起こす。
その余波によって砂漠の砂が大量に巻き上がり、周囲に大きな砂塵の竜巻を発生させていた。
「二人とも先走らない! 起源魔法:女神の裁定!」
ユーリが放つ魔法は対象の魔力を中和させ魔法消失効果を発生させる、この世で最も強力なデバフ魔法。
オレとナナリーの間にあった巨神の障壁が、ユーリの魔法により消失した。
『オオオオオオ‼︎』
雷撃の着弾を片手を犠牲にして防いだ巨神だが、崩れた防御の隙をついて雷を纏ったナナリーの斬撃が襲う。
質量を増した斬撃が、巨神の胴体に食い込んだ。
だがクロノスの肉は厚く、致命傷には至らないだろう。
「くそ、やっぱりデカすぎるか……」
「まだよ! いっけえええ‼︎」
「お、おお⁉︎」
だがナナリーもそんなことは解っていたようで、食い込ませた剣がクロノスの体を巡る大雷神ノ剣の雷をも吸収し更に質量を増した。
彼女は力任せに巨刀を振り抜くと、遂に巨神の胴体を一刀の元に両断したのだ。
『ガフッ』
初めて吐血するクロノスは、そのまま上半身を砂漠の上に落とした。
だが、これは決定打じゃない。
すぐにでも巨神の体は再生を始めてしまうだろう。
「エレノア!」
まさに今が絶好の好機。
この隙を突けば、いかにヤツといえど防御は不可能。
連続で星垓を大量に取り入れた反動により、体力を消耗したオレとユーリは次の魔法を撃つまでに少し時間が掛かる。
「マスター、お前のおかげだ。種族覚醒してもあの時の父に近づくイメージはなかったが、星垓の本当の力を得てようやく実感できたぞ」
エレノアが両手を使い、かろうじてその魔法を支えていた。
彼女の両腕が震えている。
顔には大量の汗まで浮かべていた。
エレノアですら、この魔法の制御が一筋縄ではいかないようだ。
もし仮にここで彼女が制御し失敗し暴発したら、みんな消し飛ぶのではないかと思える程に、とんでもない魔力量を秘めている。
「な、なんて力なの⁉︎」
「ユーリ、クロノスを中心に結界を! オレも玄武を張るがそれだけは保たない!」
「ちょっ、いつも急ね⁉︎」
膨大な熱量が込められた魔力の塊が、完全な魔法へと移行しようとしている。
彼女の両腕はその熱量に耐えられず、鋭い爪と竜鱗を纏う竜形態へと変化しているが、それでも鱗のいくつかを溶かしていた。
「かつて父が言っていた、星の海を渡航してきた侵略者の母星ごと滅ぼした星崩しの一撃だ。お前はこれに耐えられるか?」
遂に完成した。
なるほど、女神が確信を持ってエレノアならクロノスを倒せるといった訳がようやく理解できた。
竜神の力は容易く宙に届き、星すら壊滅させれるのだ。
エレノアは見事、神話でしか語られない神の力をここに発現させた。
『グウ、グウモオオオオオ⁉︎』
それは恐怖か、抵抗か。
足掻くように悲鳴を上げる巨神に向けて、容赦なく彼女はその魔法を解き放った。
「──起源魔法:神竜星崩ノ息吹」
まさに最強の賢者たる滅竜皇女の名にふさわしい神殺しの一撃。
その瞬間、白銀の光が広大な砂漠全てを飲み込んだ。




