星垓魔力と種族覚醒
知覚強化の副作用で体温が上がっている。
脳を酷使した反動だ、きっと流行り風邪を患った時以上の熱が出ていることだろう。
悪寒はしないが、頭がぼーっとしてくらくらする。
ふらつくオレをエレノアが支えてくれたが、すぐに自分の足で立ち彼女の肩から手を離した。
魔力は変わらずすっからかんだが、体の調子は元に戻り始めている。
──段々と力が漲ってきた。
女神が残した言葉の謎がナナリーのおかげで繋がった。
正確には彼女の放った斬撃が巨神に効いたことをキッカケに全てがオレの中で繋がり始め、パズルの完成が見えたのだ。
意識を外していても、視覚から得る情報は脳に届く。
ナナリーが星垓魔力を乗せた一振りで巨神が血を流した光景は確かにオレに届いていた。
だからこの力の使い方に気づくことができたんだ。
その力の使い方を確かめるように、巨神に向けて右手を翳す。
「ま、マスター……その魔力は⁉︎」
エレノアが驚くのも無理はない。
幾重もの光の筋が、渦を撒くようにオレの右手に集まり魔法の形へと織り成されていく。
その力は、いつか彼女が古竜咆炎を放った時の魔力量と同じだった。
「まさか生命力を削って──」
「そんな訳ないだろう」
「しかし!」
「大丈夫だエレノア。オレを信じろ」
「っ!」
急がなければならない。
遠くに見えるナナリーとユーリが、今まさに巨神の手によって潰されようとしているのだから。
──誰の仲間に手を出していやガる、あの野郎。
脳髄を焼く怒りが魔力に混ざると、力の昇華を示すようにオレの全身を紫電が纏った。
「起源魔法:大雷神ノ剣」
淀みなく、かつて以上の魔力で起源魔法を発動させた。
音速を超えた不可避の雷剣は巨神へ向かうと、倒れたナナリーと彼女を助けようとしたユーリを殴り潰そうとした右手に直撃した。
『────ッッッッ⁉︎』
途端、爆散した右腕の痛みと共に、全身を巡った雷撃に体を痙攣させ悲鳴をあげる巨神。
「効いた⁉︎」
「す、すごいです会長……」
「馬鹿な……砂漠が……」
雷撃の軌道を示すように、一筋のガラスの道が出来ていた。
白熱した雷撃は砂漠を結晶化させ、空気を陽炎のように歪ませたのだ。
地形を変化させ、景色を歪ませる程に熱量の高さを示す大雷神ノ剣は、確実に巨神の命に届き得る。
「マスター! あんな魔法を使って体は大丈夫なのか⁉︎」
「ああ、絶好調だよ」
「でも……魔力欠乏症の反動でお前は苦しんでいたじゃないか」
「その問題は既に解決したから問題ない」
「え? いや、そんなすぐに魔力は回復しないだろう……」
「大丈夫だって、ほら」
「な⁉︎」
百聞は一見にしかず。
心配する彼女に見せるように、オレの体に先ほどと同じ光の渦が集まった。
「その力は一体……」
「説明したいけど、まずは二人が心配だ」
魔力を充填し伝心魔法を発動させる。
先程、意識を浮上させる直前にナナリーが吹き飛ぶ光景が見えた。
いくら砂漠の上といえど、あんな勢いで地面を転がればいくら種族覚醒者でも無事では済まないだろう。
体に力が満ちる充足感に翳りをもたらすように、焦りが顔を覗かせる。
「ナナリー、ユーリ、聞こえるか?」
『カル! もう大丈夫なの?』
「ああ、大丈夫だよユーリ。それで、ナナリーは無事か?」
『ちょっとよくないわ。今、回復魔法をかけてるけど……』
『だ、だいぢょうぶよ……』
『喋らないで! 折れた骨が内臓に刺さってるのよ⁉︎』
──ナナリー。
胸が熱くなり、自分でもやりどころのない怒りが心に満ちた時、何故かまた少しだけ体が楽になった。
「すぐにそっちに行く」
『え? でも──』
「エレノア」
「ああ!」
ユーリの返答を待たず転移魔法を発動させた。
転移魔法がかけやすいよう、エレノアが瞬時に魔力の波長を合わせてくれたお陰で、一瞬でナナリー達の元へと辿り着けた。
真っ先に視界に映ったのは巨神の血を吸って赤く染まった砂漠。
そしてその砂の上に横たわるナナリーと白い僧侶服を赤く汚したユーリの姿だ。
ナナリーは口から泡のような血を吐き出し続けており、顔にかかった巨神の血を拭うこともせずユーリが懸命に回復魔法を掛けていた。
吐血の様子から、きっと肺にも骨が刺さっているのだろう。
本来、内臓に骨が刺さったのなら修復の魔法は使えない。骨の除去も必要になってくるからだ。
外科手術が必要になるその重傷を、ユーリはこの状況下で魔法だけで癒そうとしている。
「この魔法は……」
「かつてお前にかけた魔法と一緒だ。使っているのはそれだけじゃないガな」
「──マスター?」
「ん? どうした?」
「い、いや、なんでもない……」
何故か伺うようにこちらを見るエレノアだが、彼女がこんな視線をオレに向けるなんて珍しい。
まあ、恐らくだが起源魔法女神の息吹が生み出す光の泡に包まれたナナリーの姿に、過去を思い出して心境に何があったのだろう。
あの時のオレは力任せに全てを復元したが、今のユーリはナナリーの体内の状況を透視しながら回復を行なっている。
体内の異物を取り除く女神の祝福と損傷箇所を復元する女神の息吹。
同名でありながら性質の違う二つの起源魔法の他に、透過の魔法と対象の体力を増す魔法の発動が見られる。
複数の起源魔法を同時発動させて、彼女はたった一人、魔法で外科手術をこなしているのだ。
さすがは聖女。
全身を汗に濡らすのは、この気温のせいだけではないだろう。
「くっ……ここまでね」
悔しそうに言いつつも、本来なら致命傷のそれをほんの数分で癒してしまった。
だが流石に彼女も魔力が尽きたようだ。
ぐったりとその場に項垂れると、肩を大きく上下に動かして荒い呼吸を繰り返している。
「ありがとうユーリ、お陰で楽に……」
「ダメよナナリー。内臓の修復と骨の接着は済んだけど、まだ完全に治ってないから安静にしとかないと」
「これくらいなんとも……カルも来てくれたんだし、ここで頑張らなくちゃ」
「だめだナナリー、ユーリの言う通りにしてくれ。それにユーリ、君もだ」
顔色が悪いナナリーを安静にするよう促すユーリだが、彼女もまた安静が必要だと思えるほどに疲弊していた。
脂汗を浮かべ顔を青くする彼女の姿は、つい十数分前のオレと同じ魔力欠乏症の症状だ。
ナナリーも女神の息吹の影響で傷の復元に魔力を消費したせいか、軽い魔力欠乏症に陥っている。
二人の状況を分析していると、青ざめた顔のユーリがしんどそうな顔をこちらに向けて尋ねてきた。
「ねえ、今の雷撃は何? クロノスを害せるなん──」
──グモオオオオオッッ‼︎
「なっ⁉︎」
倒れていた巨神がその図体に似合わない軽快な動きで跳ね起きた。
久方ぶりの痛みに怒っているのだろう。
轟く雄叫びには憎しみの感情が込められおり、それがヒシヒシと伝わってきた。
「そんな……右手が……」
慄くユーリには同意できる。
渾身の起源魔法で破壊した右手は既に復元されていた。
まさか欠損箇所まで即座に再生させるとは……竜神が手こずって殲滅ではなく封印を選ぶ訳だ。
「あの図体に起源魔法レベルの再生能力か。確かに強敵だな」
「マスター、あれに勝てるか? 父でも封印するのがやっとだったのだぞ」
「問題ないさ」
「ねえカル、それはさっきの力のこと? 確かにあの威力は今まで見たどの魔法よりも凄かったけど……」
「マスター、申し訳ないがあの力があっても巨神には足りないのではないか?」
オレの自信の源に、エレノアとユーリが疑問をぶつけてきた。
「そうだな。確かにオレだけでは足りないかもしれない」
「え? それって……」
言葉に含まれた意味を理解した二人がキョトンとした顔をした。
「──でも種族覚醒者ならオレのようにさっきの力を使えるさ」
「ど、どういうこと?」
「今から見せよう」
丁度いい講義対象が目の前にいる。
是非利用させてもらおうじゃないか。
「巨神には通常魔力は効果がない。効果があったのは純粋な星垓魔力のみ──ナナリーの斬撃のようにな」
体に溢れんばかりの光の渦を集中させる。
これから発動する魔法は対個殲滅用の起源軍団魔法、消費魔力は馬鹿にならない。
「それが……その光の力だっていうの?」
「なあユーリ。エレイシアが地上に顕現している間、使っていた魔力はなんだと思う?」
「え? 使っていた魔力って……あっ! まさか──」
「成程、全て星垓魔力ということかマスター」
「正解だ」
オレに集まる光の渦の正体は、己の内側から発生する量とは比べものにならないほどに豊富な大気に溶け込んだ、無尽蔵の星垓魔力だ。
「きっと神々はこの力を呼吸をするように、当たり前に使っていたんだろう」
「でも、じゃあエレイシア様は何故地上にいられる時間に限界があったの?」
「依代だったからだよ」
「あ、そうだったわね」
女神は土を依代にしてこの地上に顕現していた。
きっと当人は冥界の深部にいたのだろうが、依代とはいえ神を地上に繋ぎ止めるには星垓の力でしか不可能だった。
だから瘴気も含めたオレの魔力はすぐに底を尽きかけたのだ。
瘴気は星垓の代わりにもなったしな。
「さあ、みんな」
そしてオレは十分に集まった星垓魔力をエレノアたちに流した。
「これは……」
「す、すごい!」
「な、なにこれ?」
自分達の体を包んだ光の渦がもたらす力に、皆が一様に驚きの声をあげる。
顔色を青くしていたナナリーとユーリは、途端に血の通う紅潮した肌へと戻り体の調子も良くなったようだ。
さすがは聖女に剣聖、適応が早い。
「これが本当の星垓魔力か。なるほど、神々は全ての魔力をこれで補っていたんだな……確かに純度の高い星垓は通常魔力とは比べものにならん……」
エレノアは言わずもがな、すぐに慣れて自分で大気中の星垓を取り込み始めている。
「ユーリ、ナナリー、今の感覚を覚えてエレノアのように星に満ちる星垓を自分に取り入れるんだ」
「そんなこと言われても……」
「ちょ、カル! 今はそんな場合じゃなくて──目の前!」
ナナリーの焦りに皆が前を向いた。
つい先ほど勢いよく跳ね起きたくせに、立ち尽くして動かない巨神に疑問を思った時、その訳を知った。
「そんな、あれはまさか竜種の……!」
──キュイイイイイイイイ!
大きく顎を開いた巨神の口腔に、甲高い音を立てながら強大な魔力が収束している。
「成程、竜神との戦いの中で学んだか」
巨神が放とうとしているのはドラゴンブレス。
生来、強大な魔力を身に宿す竜種の固有魔法であり、最も単純明快な魔力量に比例して強さを増す力技。
あの図体と種族覚醒者からして底なしと思わせる魔力を持つ奴なら、これ以上に強い魔法はないだろう。
「あんなの撃ったら……私たちだけじゃなくてこの大陸まで……‼︎」
「本当なのっ⁉︎ み、みんなを逃さなくちゃ……」
「大丈夫だ、さあオレの魔力の流れに意識を向けて」
「カル! あれはどう見ても大丈夫じゃないよね⁉︎ 今そんな場合じゃないよね⁉︎」
「何かあるのか、マスター?」
「──ああ、今から見せよう。星垓魔力の性質、種族覚醒の本当の意味を実感すれば……ナナリー、君も必ずアレに勝てる」
「本当の意味?」
「神々が使役する魔力を扱えるようになる意味とは、種族覚醒の本当の意味とは」
一瞬、昼の空が眩く白光した。
同時に聞こえてくるのは、美しさすら感じる甲高い音。
奴が放ったドラゴンブレスは、竜種の放つ時の荒々しい轟音とは程遠い高音を伴い、一条の光と化してオレ達に向かってきた。
巨神の体躯に似合わない大きさの、人間一人よりも小さい光線は見かけに反して星を貫通するだけの魔力を秘めている。
──だが。
「即ち人の身で神位に到達することに他ならない。今、オレ達はようやく神々と同じ土俵に立ったんだ。起源魔法──」
光線の到達と共にオレの魔法が発動した。
両手を前に突き出した、ほんの少し先で巨神の放った光線は遮られ、渦を巻いて吸収されている。
星の地表すら貫通しかねない光線が、遂にその全てを透明な渦に飲み込まれた時──
「──堕星・天照流星雨」
──無数の光が巨神の体を貫通した。




