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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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賢者の目覚め


「エリザ、賢者は一体何をしているのだ?」

「さ、さあ? まさか目を開けたまま寝たとか……?」

「そんな訳ないじゃないですか。カルエル様はとても優秀なお方です。私たちが想像もつかないことを平気でやってのけるお方です。きっとこれもこの現状をどうにかするための策なのですよ」

「い、いやあ……どうでしょうね……」


 好感を通り越して崇拝の域にまで達しているメイドの評価に、普段のカルエルを知るロンは曖昧な表情を浮かべた。

 剣聖と聖女が戦う中、自分の上司は抜け殻になってしまったことに、いつものことかと驚きよりも呆れが優った。

 目を開いてはいるが、その瞳に光はなく、彼の意識がここに無いことを示している。

 一体こんな時に何をしているのかと疑問を抱くと同時に、カルエルが知略を駆使した時は大抵碌な結果にならない体験を思い出し、無駄だと悟った彼女は早々に考えるのを諦めた。

 

「私の知る会長はそこまで優秀では……」

「いえ間違いなく優秀なお方です。世界中に瘴気の治療薬を配り、挙句にナナリー様の怪我まで完全に回復されたのです。普段は実力を隠しておいでなのですよ」

「隠してる……?」


 嘘だと思った。

 普段のカルエルは本当にだらしなく、詰めの甘いお調子者だ。

 本当に優秀なら自分があんなに苦労するはずがないと、喉まで出かけた言葉をロンが引っ込めた時、隣のシン王が珍しそうな顔をしていった。


「剣聖といえば、まさか賢者の元恋人だったとは初耳だ。まあ、事情は複雑なようだが……」


 それには同じく自分も驚いたので、因縁があるシン王の言葉といえど同意した。

 普段のエレノアとカルエルの仲を見ている自分からすれば、まさかカルエルがつい最近まで別の誰かと恋人関係にあったなど想像がつかなかったのだ。

 エレノアと結婚したのはここ数ヶ月の話だと聞いていた。

 それがまさかその少し前、この短期間に剣聖とも恋仲であったことには驚きを隠せなかった。

 彼は恋人を頻繁に変える恋愛経験豊富な男性には見えない。

 女性として言わせて貰えば、カッコ悪くはないがカッコ良くもない微妙なラインにいる男性だ。

 

 結果としてはカルエルが剣聖に裏切られる形になったようだが、ロンは普段の上司の姿を思い浮かべると複雑な表情をしてつぶやいた。


「会長のことです。きっとお人好しすぎたのでしょう」


 カルエルは優しい。いや、優しさを通り越して甘いと思うほどに彼は他人に寛容で配慮が深い。

 特に身内にその傾向は顕著に出ており、相手が彼の優しさを当たり前に思った時、この人は裏切られるのだろうと勝手にプロファイリングをして心配していたが、すでに経験済みだったことを知って同情の念を覚えた。


「全く、会長はいつも甘すぎるんですよ」

「なんだエリザ、そうなのか?」

 

 だが、いつの間にか昔の口調で訊いてきたシンを見て、ロンも気付かされる。

 

(……私も人のこと言えないか)


 身内に甘いのは自分も一緒だと自嘲する。

 あれほど酷い仕打ちを受けてなお、何処か父とかつての婚約者を憎みきれない自分も同類だと悟ったのだ。

 リビアでカルエルがパラティッシの状態を告げた時、聞き耳を立てていたロンは居ても立っても居られなくなった。

 どうでもいいと割り切ったはずの自分が、あんなにも心を乱されるなど予想外で冷静になった時、自分の気持ちの所在がわからなくなったのだ。

 カルエルと一緒……漠然とそう思った時、嫌だという感覚がムカつきと共にふつふつと心に沸きあがった。

 

「いや、私は会長ほどおバカじゃない……」


 それだけは御免だとばかりにつぶやいた時、不機嫌な声が聞こえてきた。

 

「──おいこら、随分な物言いだなロン」

「って会長⁉︎ 目を覚ましたのですか⁉︎」


 振り向くと、いつの間にか瞳に光を戻したカルエルが不機嫌そうにロンを見ている。

 

「たった今な……びっくりしたぜ。意識を戻した瞬間、まさか腹心が悪口言ってるなんて」

「い、いえそういう訳では……」


 特に悪口のつもりはなかったが、まあ紛れもなく悪口だ。

 気まずさで顔を逸らした時、心配そうな顔をしたエレノアがカルエルを慮る。


「おかえりマスター……大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない」

「むう、しかしお前の状態はあの女のいう通り……」

「問題ないと言ったろうエレノア。心配すんな、オレに任せろ」

「っ⁉︎ マスター……」


 意外だった。

 こんな顔をする人だったろうかと、不敵に笑った顔を見て疑問に思った。

 同時に彼が発したセリフは、今まで聞いた彼のどの言葉よりも力強い。

 エレノアですらその雰囲気の変貌に驚きを隠せ──いや、うっとりと眺める様は多分惚れ直している。

 先ほど剣聖がエレノアに語った内容を嘘とは思わなかったが、そこまでの人なのかと疑問を持っていたロンも、何故勇者と剣聖が彼を恐怖したのかその一端が垣間見えたような気がした。

 目を覚ましたカルエルは、普段のとぼけた姿からは想像もつかないほどに目つきが鋭く、纏う覇気はエレノアにも引けを取らない。

 

 それは、いつかパラティッシに光の雨を降らした時の雰囲気にも似ていて──あの時には感じなかった凶暴性すら感じた。

 

「さあ、反撃の時間だ」


 豹変したカルエルの言葉に、ただ一人メイドのレイだけが当然だと言わんばかりに微笑み頷いた。

 

 ◇

 

 ──届かない。

 全力の斬撃が巨神を切り裂く予想外の出来事に、一瞬心に希望が宿ったがすぐに消えた。

 

「再生能力⁉︎」

『グモオオオオオ‼︎』

「くうっ」


 損傷箇所へ即座に肉が集まると傷は修復され、怒りを乗せた巨神の拳がナナリーに振り下ろされた。

 電光石火、魔力を身体中に巡らせ獣以上の速さで直撃を避けるが衝撃波までは避けれない。

 クロノスの力の前に、あまりに軽い彼女の体は虫のように吹き飛ばされた。


「ち、キツイわね……」

 

 空中で身を翻らせ、無事に地上に着地したが、体には戦闘の影響が早くも出始めていた。

 地面に膝を突き、刺した剣に体重を預けながら巨神を忌々しく眺めている。

 強力な身体強化は人外の膂力を齎すが、反面、体に蓄積するダメージは増えていく。

 相手の巨大さに比例するように、ナナリーの運動量が跳ね上がった結果、いつもより早く体力は削られ限界が近づいたのだ。


「相性が悪いのは知っていたけど……って⁉︎」

 

 動きを止めた羽虫に止めを刺すべく、クロノスが次の行動を開始する。

 

「最悪っ‼︎」


 単純にして最も有効な攻撃手段。

 水を掬うように地面を抉りながら迫る巨神の掌は、砂塵を壁のように巻き上げながら彼女を轢き潰そうと迫ってくる。

 急いで駆け避けようとするが、巨神の拳は面積が広く逃げるだけでも至難の技だ。

 逃走経路を断たれたナナリーが覚悟を決め剣に魔力を纏わせ正面から斬りぶつかろうとした時、その魔法は発動された。


「──女神の加護を! 起源魔法:女神の聖鎧アイギス・オブ・エレイシア!」


 ユーリが古くから女神教に伝わる強化魔法をナナリーに掛けた。

 ナナリーの体が淡い光に包まれ、身体強化の影響で関節中に蓄積した鈍痛を無くし、失った彼女の力を取り戻させた。

 過重軽減と魔力増強効果を持つ光の衣が、剣聖の力を飛躍的に増す。


「ありがとうユーリ! これなら──月詠流:五輪天音断(ごりんあまねだち)‼︎」


 剣に光を纏わせたナナリーが自身と接触する刹那のタイミングで巨神の掌を切り上げた。

 地面から一直線に空へ伸びた光の斬痕と共に、片腕を跳ね上げられた巨神が体勢を崩し後に倒れる。


「やるじゃないナナリー!」

「全然よ! ああもう、片手を切り落としてやるつもりだったのに!」

「確かにちょっと切っただけねあれ。料理に失敗した時みたいな傷よ」

「言わないで!」

「あ、もう治っちゃったわね」

「だから言わない!」


 ユーリと軽口を交わしつつもナナリーは即座に追撃の用意に入った。


「斬撃でダメなら──月詠流:四輪天駆槍(しりんあまかけのやり)


 地面を蹴り空に上がったナナリーの体を光が包む。

 剣の先からつま先まで全てを覆った光が、それ一本の槍となり巨神の胸へと直降した。


「いっけえええ‼︎」

『グモオ‼︎』


 音速を超えた速度で進む光の槍が、その先端に白い雲を出現させた刹那、胸の前で両手をクロスさせた巨神が魔力を纏わせる。

 地上に出た巨神が初めて見せる本格的な防御が、防御を貫き心臓を穿とうとするナナリーとせめぎ合うと、防壁を作った巨神との間に大きな火花を散らせた。


 ──だが。


 一瞬のせめぎ合いの後、勝ったのは巨神だ。

 押し返すように大きく腕を振るった反動で跳ね飛ばされたナナリーは、落下した砂の上を回転しながら転げ終えると、ぐったりと動かなくなった。


「っ、ナナリー!」

「だ、だめ……逃げてユーリ……」

「逃げる訳ないでしょ!  起源魔法:女神の祝(ブレスオブエレ)──」


 急いで回復魔法を施そうと駆け寄ったユーリを、背後から黒い影が覆った。

 悪寒に振り返ったユーリが見たのは、巨神がまさに拳を振り下ろそうとする瞬間。

 空高く上げられた片腕が振り下ろされるその刹那、ユーリがナナリーを庇おうと抱きしめた──その時だった。


 ──ドォン‼︎

 

「──え?」


 彼方より飛んできた雷撃が二人を覆った影を拭い、赤く鉄臭い雨を降らせる。


『ゥオオオ⁉︎』

「そ、そんな……魔法が効いてる⁉︎ でも──」


 巨神の腕が魔法の着弾と共に爆ぜた。

 驚いた聖女が見る先には、いつの間にか目を覚ました賢者がかつてない程に真剣な面持ちで、片腕をこちらに翳していた。


「今のは起源魔法……一体どういうこと? カル、あなたは魔力がもう無かったではずよ……?」

 

 苦痛に叫ぶ悲鳴が響き、空から雨のように降る巨神の血に濡れながら、聖女は理解の追いつかない顔で彼方のカルエルと視線を交わしていた。


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