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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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ナナリーの願い

 ──ゴオッと。


 いっそこのまま死んだ方が楽なのではと錯覚しそうになるほどの重圧が空から迫ってきた。

 降ってくる巨神の拳は、一度振り下ろされれば大爆発を巻き起こし地形すら変える威力を秘めているだろう。

 苦痛なく一瞬で蒸発する死に様は、ある意味最も安らかな命の失い方かもしれない。


「エレノア」

「ああ、マスター」


 無論、甘んじて受け入れる訳はない。

 阿吽の呼吸でオレの意思を汲み取ったエレノアが即座に行動を開始する。


「起源魔法:星竜咆炎(コズミック・ロア)‼︎」


 轟音を伴い降り落ちる巨拳に向けて、灼熱を伴う暴風の塊が襲い掛かった。

 かつて国一つを覆う程の星災級サイクロン『星の怒り』をエレノアが消し飛ばした時に使った最上位風炎魔法だ。


『──グオオオオオオ⁉︎』


 吹き荒れる突風に巨神の体が浮きこの場から引き離すが……本来であれば骨すら灰にする熱量を秘めた回避も防御も不能な風の魔法だ。

 直撃を受けて原型を止める生物はいないはず。

 

「──やはり効かないか、忌々しい」

「だな。でも突風の風力は効いた、女神の腕もそうだけど質量は影響を与えるのか……熱やその他は一切効果ないが」


 腹に渦巻く暴風を抱き潰した巨神は当然のように無傷で、こちらを恨めしそうに睨みつけている。

 あの巨体を傷付けることができたのは太古の昔に奴と戦い勝利した竜神と先ほど顕現した女神エレイシアのみ。

 種族覚醒したとはいえ、この世界に住む人の身で倒せる相手ではないのかもしれない。

 

そう、まさに神でしか奴を──神?

 

「エレノア、しばらく気を引いてくれ」

「了解した」


 何かが引っかかる。何故自分が違和感を感じたのかは分からないが、この感覚を無視してはいけないことだけは分かる。

 思考に没頭しようとエレノアに時間稼ぎを頼もうとした時、ナナリーが不安そうに話しかけてきた。

 

「ちょ、ちょっと!」


 背中から竜翼を展開し空を駆けようとするエレノアをナナリーが引き留める。

 

「エレノア、あなたはここにいて。カル、何か策があるのでしょ? 私が行くからここでエレノアと──」

「いや、ナナリー。策なんてないんだ」

「え?」

「だから済まない。少し意識を外す」


 策はないが、ヒントはある。

 女神の腕が掴んだ跡はクロノスの体を赤く腫れさせていた。

 いくら女神といえど、ただの一掴みがエレノアの起源魔法以上の威力を秘めている訳ではないだろう。

 

 初めて封印から抜け出した時に負っていた真新しい火傷の跡も不可解だ。

 クロノスが無敵でないと分かった以上、 ほんの些細なボタンの掛け違いのようなもどかしい違和感が先程から心を焦らせる。


 女神の言葉を信じるなら、巨神に勝てる力はエレノアが既に持っている。

 だが古竜咆炎(エンシェント・ロア)星竜咆炎(コズミック・ロア)も効果はなかった。


 ──考えろ。


 ピースは揃っている。

 ただパズルが完成しないだけ。

 オレは己の内側に全ての意識を集中させ、周囲の様子を遮断すると思考の海に溺れた。


 ◇


 意識を閉ざし瞑想の深みへと潜ったカルエルを見て、ナナリーは様々な想いの入り混じった感情を隠せなくなった。

 魔王軍に苦戦し今度こそもうダメだと諦めかけた時、度々見かけたその姿。


 心配な気持ちと同時にひどく懐かしいとさえ思ってしまう。


 いつも彼はこうだったと、改めて気付かされた。

 勇者や聖女と一緒に四人で旅した時のカルエルは絶望的な状況でも考えることをやめない人で、パーティーの危機を救ったのは一度や二度じゃない。


 そんな彼に憧れて……同時に嫌悪した。


 同じ街の出身で同じ年数を共に過ごしたはずなのに、大きな差が開き、置いて行かれてしまうという漠然とした不安を感じたから。

 カルエルよりも先に種族覚醒を果たし、力ではカルエルを上回ったはずなのに、不安はずっと消えなかった。

 

 その結果が勇者アランとの浮気。

 

 月明かりに照らされたあの草原で、カルエルには話していないもう一つの真実がある。

 アランと関係を持ったのは魔王討伐のプレッシャーから逃げるためではなかった。

 ずっと昔から自分の全てを受け入れてくれて、いつしか共にいることに違和感を感じなくなったカルエルが、理解の追いつかない存在へと変わっていくことの恐怖。


 膨大な戦闘を繰り返す中、戦闘力以外の『何か』を成長させるカルエルへの不信感は、彼が慣れ親しんだ幼馴染ではない別の存在へと変貌していくように思わせた。


 その恐怖に耐えられなかった結果があの出来事。


 カルエルが手の届かない存在になることを理性ではなく直感で察知したナナリーは、だからカルエルから逃げ出した──それが真実。

 

「カル……」


 巨神の攻撃が迫る中、慌てるでもなく恐るでもなく、瞑想に入ったカルエルを見てその直感が正しかったのだと知る。

 起源魔法も女神を地上に顕現させても無理だった相手に全く諦めない勇気。

 エレノアも、そして彼の腹心であるロンも、そんなカルエルがいるからこそ、心に少しも翳りがない。

 

 カルエルは勇者よりも余程勇者にふさわしく、だからあの時、アランの心を追い詰めた。


 アランが見せた弱さにナナリーの不安が共鳴し、自然と二人は慰め合うことになる。

 それで心の痛みは和らいだはずなのに、今や過去の思い出に伴うの胸の痛みはあの時よりも強い。


 昔の面影と重なったカルエルを見て、ナナリーは一つの決意を抱きエレノアに話しかけた。

 

「ねえエレノア。私がクロノスの気を引くからあなたはカルを守ってあげて。気丈な振りしてるけど魔力が尽きかけて船酔いのような反動に苦しんでいるはずよ」

「貴様に言われなくても知っている。だがマスターはそんなことで音を上げる人間ではない。それにマスターなら私がそばに居なくても──」

「お願いエレノア。カルを大切にしてあげて」

「……どういう意味だ」


 微笑むナナリーが見せた僅かな悔恨の念をエレノアは機敏に感じ取った。

 カルエルを含む一握りの人間にしか意識を向けないエレノアが、ナナリーの言葉に聞く耳を持ったのだ。


「カルはどんな絶望的な状況も気づけば当たり前のようになんとかしてしまう。魔力とか賢者とかそんなんじゃなくて、もっと別の……人としての強さをこの人は持っている」

「だから貴様に言われなくても──」

「──でもね、平気な訳じゃないのよ?」


 思い返すのはアランとの逢瀬を繰り返す中、いつもと変わらないカルエルの姿。

 幼馴染から恋人へと関係をほんの一歩だけ踏み出したその瞬間に、既にアランとその先の関係になっていたとしても。

 カルエルは変わらずナナリーを愛してくれた。

 大々的に続く魔王軍との戦争の中、いつも通り恋人としてナナリーを守ってくれた。


 ──とっくに二人の関係に気付いていたはずなのに。


「カルは絶対に弱みを見せない。気丈に振る舞って、自分よりも愛する人のことを大切にしてくれる。でも私は過去それに気づけなくて……彼を手放した」

「──ああ、聞いた」

「今でもさ、ふとした時に思うんだ。もしやり直せるならって……もっとあの時、ちゃんとカルのことを見ていれば、知ろうとしていればあんなことに……カルを傷つけずに済んだのにって」

「だから何だ? 今はそんなことより──」

「──ねえ、エレノア。私はカルが好き」

「っ」

「でもこの想いは私だけのもの。カルに求めることはない。カルはもう、私が側にいなくも大丈夫だから」


 言って、胸の痛みが増した。

 それでもナナリーは言葉を続ける。

 他の誰のためでもない、最愛の人のために。

 

「でもねエレノア、あなたは違う。あなただけがカルに寄り添ってあげれるの。だからカルの手綱を離さないで。きっとあいつは平気な顔してどこまでも勝手に進んでしまうから」


 ナナリーが伝えるのは魔王討伐の旅の途中でカルエルが去った日のこと。


 勇者も聖女も剣聖も、カルエルがパーティーから離脱したのは恋人と親友に裏切られたショックからだと思っていた。

 表向きの理由──未覚醒により瘴気の影響で健康状況がよくないという対外的な説明を上層部から受けても、その確信は変わらない。


 だが、それは真実だった。


 三人だけを極秘に招いた連合軍総司令官のアレキサンドロスより知らされたのは、いつ死んでもおかしくないという深刻なカルエルの状態。

 日々の戦闘で蓄積された瘴気は既に致死量を超えており、()()()()動けていること自体が奇跡なのだと大王が語った時、薄々カルエルの不調に勘づいていた聖女ですら目を見開き後悔を滲ませた。


 種族覚醒していない人間は、瘴気を完全無効化する勇者の恩恵に預かれない。

 既に周知の事実となっていたが、平然としているカルエルを見て皆が大丈夫なのだと信じ込んでいたのだ。

 種族覚醒者に引けを取らないカルエルは特別なのだと、あまりにも平然としているカルエルの振る舞いが皆を誤認させた。


 瘴気に侵され命を削ってでも勇者たちに遅れを取らない、体の強さ以上に心の強さを見せたカルエルの姿を思い描き、ナナリーはエレノアに願った。

その強さの反動が出る前に、取り返しがつかなくなる前に、誰かが支えなければならないと。


「例えそれが破滅の道だったとしても、カルは進んでしまう──誰も気付かない内にね。お願いエレノア、カルをひとりにしないで」

「し、しかし……」

「クロノスは私が引き付けるから。カルとみんなを一緒に守ってあげて」

「だがお前ではアレと相性が悪いだろう……」


 巨神の攻撃はその全てが致命的で、まともに相対することは出来ない。

 ましてや接近戦を得意とするナナリーなら尚のこと相性が悪い。

 エレノアの不安そうな顔なんて珍しいと、場違いな感想を抱いた時、成り行きを見守っていた聖女が助太刀した。


「はあ、大丈夫ですよエレノア様。ナナリーには私が付くので、シン王たちをお願いします」

「ユーリ?」

「怪我したら誰が回復するの? 補助魔法も必要でしょうに。……死んだらカルが悲しむわよ?」

「べ、別にカルは私のことなんて……」

「こら、そんな訳ないでしょ」

「うう」

 

 聖女に叱られるのは何年振りだろうか。

 カルエルが見たら懐かしいと笑うかもしれない。

 

 ──なんてことを考えたら少しだけ胸の痛みが治まった。


「うう……よし! もう思い残すことはない! 行くわよユーリ! 魔王を倒した剣聖と聖女の力、巨神とやらに叩き込んでやろうじゃない!」

「全く、相変わらずねナナリー。叩き込む前に叩き込まれないように──」

「うらああああ!」

「って、待ちなさい⁉︎」


 人外の速度で駆け出した剣聖を慌てて追いかける聖女。

 カルエルの側にはエレノアが居る。ついでに一緒にいるメイド達も守ってくれるだろう。

 

 ──ならばもう誰に気兼ねする必要もない。


 周囲への配慮という重りに絡め取られたせいで、シースを追い詰めた時は満足に振るえなかった力。

 塔の崩壊を気にしなければ、オリハルコンの杖ごとあの男を切り捨てれただろうに。

 もどかしさを覚えながら抑えていた実力を、ようやく解放する時が来た。


「かつて魔神を滅ぼし、ヨルムンガンドにも通じた一撃よ! 月詠流──六輪天刃金(ろくりんあまはがね)‼︎」


 ナナリーが扱うのは剣神を開祖とした最も有名な亡国の剣術。

 世界中に散らばった門弟が各々の流派を生みながらも、国と共に滅び継承の途絶えた剣神の源流だ。

 亡国の生き残りである祖父から学んだ剣術は、種族覚醒を機に開祖である剣神と引けを取らぬ領域へ彼女を高めた。


 ──戦乱が続き大量の悪魔が跋扈する混沌とした世界で、剣一つで魔を滅ぼした剣神の技。

 魔神すら討った一太刀が長い年月を経てここに完全再現された。

 彼女の剣に星垓の魔力が宿り、剣が持つ質量以上に大きさを増した斬撃が巨神に放れる。


『グモオオ⁉︎』


 剣を振り凪いだ後に見えたのは赤い液体が噴出する光景。

 予想に反して伝わる肉を切り裂く感触に、当の本人すら驚いている。


「え、あれ?」

「うそでしょ……」


 巨神が苦痛に唸り声を上げるその光景を、暗く静かなカルエルの瞳がじっと見つめていた。


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