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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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女神と巨神


 陶器のような白い肌をした、美しい女神の腕がクロノスを抱いた。

 二の腕に存在するもう一つの関節が、逃さぬようにと折れ曲がる様は昆虫の節足のようにも見える。


 抱くというよりは絡めとるに近いかもしれない。


 獲物を抱える蜘蛛のように、女神は冥界へと巨神を引き摺り込もうとしているのだから。


『オオオオオオ──』


 だが、巨神もされるがままではなかった。

 己を抱く女神の両腕を掴むと、力任せに引き剥がそうとした。


 そんな敵対者に彼女は優しくない。

 クロノスの抵抗を察知した女神が、再び邪悪な本性を剥き出しにする。


『──キイアアアア‼︎』

「っ!」


 耳をつんざく甲高い女の声が鳴り響く。

 何度聞いても慣れない怖気を伴うその音と共に、地面が割れ冥界への道が開かれた。

 

「相変わらず背筋の凍る声だな」

「ちょ、何よあれ⁉︎」

「ん? ああ、ナナリーは初めて見るのか。女神エレイシアを擬似顕現させる女神教の秘匿魔法だよ」

「女神……? ちょ、あんな化け物みたいなのが女神だっていうの⁉︎」


 痩せ細り皺がれた女神の腕。

 冥界の主人としての姿を見てナナリーは信じられないと言わんばかりに驚いた。

 まあ、至極もっともな反応だろう。


「だ、そうだぞユーリ」

「ノーコメントとさせていただくわ」


 公に認めるわけにはいかない聖女は黙秘を選んだ。

 驚嘆しているのはナナリーだけじゃない。

 聖女の反応を見たシン王もまた、顔を引き攣らせていた。


「……昨日からこの世界の新情報が多くて処理が追いつかんな」

「シン王、ここで知ったことはご内密に。王の中でも一部の者達しか知り得ない情報ですので」


 もし彼が女神の真実やエレノアの出自などを言いふらすことになれば、確実に世界に混乱を齎すだろう。


 当然そんな混乱を起こさせないため、裏で血生臭い調()()が行われるかもしれない。

 

「ナナリー様、私は何も見なかったことにします」

「聖女よ、我もそうしよう」


 メイドのレイは我関せずと決めたようで、シン王もその対応に同意した。

 

「マスター、大丈夫か?」


 己を絡めとろうとする女神の腕と戦う巨神をぼうっと見ていると、エレノアがこちらを気遣ってきた。

 どうやら彼女にはバレてしまったらしい。

 一応、平気なフリをしていたのだけど……。


「え、どうしたの? カル、何かあったの?」

「あら? 回復魔法ならいくらでもかけてあげるわよ?」


 エレノアの言葉にユーリとナナリーもこちらを心配してくれる。

 この仲間達に取り繕ってもしょうがないので、素直に自分の状況を告白することにした。

 最悪、彼女達に守ってもらわないといけなくなるかもしれないしな。

 

「いや、ちょっと誤算があってね」


「「誤算?」」


「実は……」


 全ての魔法は一度発動させれば、必要な分の魔力を消費して終わる単発式だ。

 故に魔力が不足していれば発動しないし、無理やり発動するなら命を削らなくてはならない。


 しかし、今回オレが発動した大地母神の慈悲エレオス・オブ・エレイシアは勝手が違った。


 単発の魔法ではあるものの、召喚魔法の性質も持つこの起源魔法は女神が地上に顕現している間、オレの魔力を延々と消費し続けているのだ。


「まだ何とか魔力は残っているけど……クロノスの抵抗が尽きるのが先か、オレの魔力が尽きるのが先か分からないな」


 カドックの時は一瞬で片がついたからこの性質に気づけなかった。

 巨神は女神の力と拮抗しているようで、膠着状態に陥っている。


 元々残存魔力が少なくなっていたので最悪のタイミングだ。

 このままでは最悪生命力を消費しかねない。

 

「案ずるなマスター、私の魔力を分けてやる。血を飲んでもいいぞ?」

「ああ、ありがとうエリィ。血は遠慮しておくけど、魔力は限界が来たらもらうとするよ」


 段々と立っているのも辛くなって来た。

 瘴気を魔力に変換すればまだ余力はあるが、あまりこの力は消費したくない。


「カル、私の魔力でよければいつでも使ってね。多分、あれ相手じゃあまり役には立たないから……」

「ナナリー……わかった、いざという時はお願いするよ」


 ナナリーとエレノア、二人のおかげで魔力供給の目処はたったが、それもいつまで保つことやら。

 ジリジリと、女神に引っ張られ冥界へと足を滑らせる巨神だが、その距離はまだ遠い。

 救いがあるとすれば、女神の力が僅かに上回っていることだろう──


『グモオオオオ!』


 ──と、そんな希望を抱いた時、巨神の体に変化が起きた。


「あれは何?」

「あれも本気を出してきたということか」


 巨神の体が、白い光を放ち始めた。

 同時にクロノスの体を抱く女神の腕から白い煙が立ち昇る。


 ──イイアアアアアアアア‼︎


 地割れの奥底から、女神の悲鳴がこだまする。

 同時にオレの体にも異変が訪れた。

 

「ぐっ⁉︎」

「マスター⁉︎」

「「カル⁉︎」」

 

 突如、じわじわと吸い取られていて魔力がごっそりと抜き取られたのだ。


 生存本能が、強制的に蓄えた瘴気を魔力に変換した。


 そうでなければオレは心臓を止めていたかもしれない。

 あまりの苦しさにたまらず膝をついたオレをエレノア達が心配するが、彼女達に答える余裕がない。

 魔力がごっそり抜かれた原因はすぐに分かった。


「な、何⁉︎」


 地面がかつてないほどに揺れ始めた。

 まともに立っていられないほどの地震は、地の底から新たに何かが迫ってくる証でもある。


「ぐ、あああ──‼︎」


 尋常じゃない魔力を継続的に吸い尽くされ、あまりの苦しさに悲鳴を漏らしてしまう。

 慌てるエレノアとナナリーに、ユーリも加わり三人がオレに魔力を流してくれるが、消費される量が膨大過ぎて追いつかない。


「なんだと言うのだあれは……」

「会長、これは不味いですよ……」


 皆が目撃したのは地震の正体。

 いくつもの地割れが発生し、開いた穴から無数の女神の腕が生えていた。


 その数は十本を優に超える。

 たった二本でも辛いのに、このままでは本当に死んでしまうかもしれない。


「マスターっ!」


 エレノアが珍しく焦りを滲ませているが、ひどい頭痛と吐き気を伴う酩酊感に思考がまとまらなくなってきた。


 ぼやける視界でかろうじて捉えた光景は、無数の女神の腕がクロノスに群がり引き摺る姿。

 最早抱擁の体裁を保たず、貪欲に命を奪おうとする女神はついにクロノスを冥界の淵へとあと一歩の所まで連れて来ていた。

 奴が冥界に繋がる地の底に落ちるまであと少し。

 あとは時間の問題でクロノスを排除できそうだ。

 

 ただ、それまでオレの魔力が──命が持つかどうかだけが心配だった。 


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