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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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巨神顕現2


 たった一回の足踏み。

 ただこちらに一歩足を踏み入れただけで、地面が大きく揺らいだ。

 真っ黒な姿の巨神がまさに今、封印からこの世界に出ようとしている。

 地上に足を踏み入れた巨神の体を陽光が照らす。

 浄化されるように、黒い肌が白に変わった。

 どうやら封地に満ちる黒いモヤが纏わりついていただけで、本来の姿は純白のようだ。

 真っ白な全身に、まんまるとした太った体。

 手足は短く、ずんぐりとした胴体が体長のほとんどを占めている。

 あまり機動力は高くなさそうだが……その分、力は強そうだ。

 しかもその全長はオレ達のいるこの塔より高い。

 まさに巨神の名にふさわしい、規格外の大きさである。


「まずい! 転移するからみんなオレの方に集まれ!」


 今オレ達のいる半壊した塔は巨神がもたらす振動に耐えられなかった。

 パラパラと瓦礫の粉が舞い落ち始め、みるみる壁に亀裂を作っていく。

 すぐにこの場は倒壊してまうだろう。


「ロン、シン王も早く!」


 ナナリーとユーリがまだ残っていた兵士たちを誘導する中、呆然と空を見上げていた二人をこちらに来るよう促す。

 オレの声に気づいた二人は急いでこちらに向かうが、その面持ちは暗い。


「賢者よ、あれは一体なんなんだ」


 慄くシン王の問いに答えたのは、意外にも赤の他人のことなどちっとも気にしないオレの妻だった。


「かつて父が戦い封印した巨神、クロノス・タイタンだ」


 まさに今、この地に足を踏み入れる巨神の姿を見据えたままエレノアがその正体を告げる。

 エレノアから返事をうけたことに面食らいつつつも、シン王は彼女に言葉を返した。


「タイタン……創世神話に出てくる怪物ではないか! し、しかしエレノア殿の父とは?」

「竜神ですよ。かつてこの地で羽を休めたという、あの伝説の」

「竜神⁉︎ そ、そうであったのか」


 エレノアが純血の竜種ということは広く世の中に伝わっているが、彼女が竜神と竜族の女性との間に生まれた子供だとは伝わっていない。

 竜族は竜神を祖とした種族とされているが、実際はもう少し複雑だ。

 そもそも竜神とは何か、それが正しく世の中に伝わっていないのだ。

 かくいうオレもエレノアから本当のことを聞くまで、てっきり竜神が竜族を作り出したのだと思っていたんだけどな。

 まあ、それは今はいいだろう。


「そんなモノがこの地に眠っていてこのタイミングで目覚めるのか──王として試され過ぎてはいないか」


 自嘲気味にため息をこぼすシン王だが、彼の境遇には同情できる。

 これも全てはシースのせいだ。ヤツには必ずケジメをつけさせるが、今は順番が違う。


「クロノス・タイタンか」


 竜神でも滅ぼしきれず、手に余った存在。

 神話によるとクロノスは大地の化身であり、空の化身である竜神と互角の戦いを繰り広げたとされている。


「そんな化け物相手にどうするか……って⁉︎」


 巨神の放つ重圧に武者震いすら覚え、かつてない強敵の予感に対策を考えあぐねていた時、隣から突然、膨大な魔力の収束を感じた。

 言わずもがな、エレノアだった。


「今ならまだ間に合うな。このままもう一度封地に押し込んでやろう」


 そう言って彼女が放とうとするのは起源魔法:古竜咆炎(エンシェント・ロア)

 先ほど裁判所で撃ったとはまるで違う魔力濃度。

 ()()()()()()()()


「やば、間に合え──‼︎」


 オレも即座に魔法を展開。

 全員の魔力波長を捉え、強制的に塔の外へと転移させる。

 あんな不安定な場所で彼女が本気で魔法を放てばどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。


「ああ、やっぱり……」


 外に転移すると同時に、巨大な炎の渦が先ほどまでいた塔から真っ直ぐに巨神へと放たれた。

 裁判所の時の炎の大きさとは比にならない。

 あれが本来の古竜咆炎(エンシェント・ロア)

 先程は空白魔法で防いだユーリも、苦い顔でその光景を眺めていた。

 なんだかんだでカドックの時はちゃんと手加減していたようだ。


「す、すごい……」


 ナナリーもその光景を見て驚いている。

 昨日オレが放った軍団魔法のような広範囲殲滅型でもない、単発の魔法がここまで強大な力を持つなんて常軌を逸しているのだ。

 まあ、エレノアだから当然といえばそれまでだが。

 半壊していた塔は、彼女が放った魔法の反動により一瞬で倒壊した。

 

「ねえ、カル。アレならやっつけちゃんじゃない?」

「ああ……」


 巨炎の渦が、巨神の胴体に到着し大爆発を引き起こした。

 衝撃波と共に、砂塵を巻き上げた砂嵐が津波のように向かってくる。

 塔の倒壊に巻き込まれないよう、離れた位置に転移したというのに、その衝撃波はここまで押しせ寄せてきた。

 

「さすがは滅竜皇女ね。噂通りの規格外だわ」

「ね、ねえユーリ、結界張ってくれると嬉しいな」


 エレノアの魔法に感心するユーリにナナリーが衝撃波から皆を守るようにと促した。


「あ、ごめんなさい! 私ったらつい……って、カルもぼうっとしてないでよ。結界くらいあなたでも張れるでしょ?」

「いや、流石にカドックの時に使った起源魔法と転移魔法の連発で残存魔力が怪しくて」

「あらそう、確かに皆を一瞬で転移させたのはいい判断だったわ」

「ユーリ早く! もうそこまで来てるから⁉︎」


 呑気に会話するオレ達に焦るナナリーだったが、ユーリは造作もなく円柱の結界を張り皆を衝撃波から守った。


「うわあ、これ巻き込まれてたらどうなってんだろう……」


 結界の外側、濁った砂嵐が吹き荒れる光景を眺めてナナリーがそんな感想を漏らした。

 外で巻き起こる風に含まれるのは砂塵だけではなく、時々大きな岩や塔の残骸であろう瓦礫の破片も混じっている。


「普通に死んでるだろな」

「ええ、そうね。市街地まで被害が及んでなければいいのだけど……大丈夫よね」

「……どうなんですシン王?」


 唖然とした顔で外の景色を見ているシン王に尋ねてみる。

 驚いたことに、ロンまで揃って彼と同じ顔をしていた。

 仮にも自分達の住む国でこんな光景を目の当たりにして、ショックを隠しきれない様子だ。


「あ、ああ……魔術師長が頑張ってくれることを祈るのみだ。賢者殿のように単独では無理でも、一個師団を率いれば軍団魔法の展開は可能だからな」

 

 不幸中の幸いというか、国家戦力が集う王宮の近くで助かったようだ。

 今頃はアバローナ公爵が自分に代わり、民の避難指示の指揮をとっているだろうと王は言う。


「じゃあ後はあの怪物を──」


 倒すだけ。

 いや、もう倒したかもしれないと思った矢先──


 ───グモォオオオオ!


 巨神の咆哮が轟き、結界すらも震わせた。


「嘘⁉︎ 生きてるの⁉︎」

「直撃したはずだけど……まさか障壁でも持ってるのかしら」


 あの巨体で障壁まで駆使するなんて恐ろしいな。


「ただでさえあの図体じゃ威力の高い起源魔法しか効果が薄そうなのに、それは勘弁して欲しいぜ」


 一体、どれ程の魔力を消費すればいいのか。

 アレに効果のある起源魔法となると、消費魔力もバカにならない。

 ヨルムンガント亡き今、オレが内に宿す瘴気も無尽蔵ではないのだ。


「さて、障壁を突破する魔法となると……」

「マスター、悪い知らせがある。あれは障壁など展開していない」

「エリィ⁉︎」


 外の嵐が収まると同時に、結界内に転移してきたエレノアがオレの疑問に答えてくれた。


「悪い知らせって……まさか……」


 エレノアの一言に、オレもユーリも表情を曇らせた。

 つまり、エレノアの言葉の意味するところは──。


『グモオオオオ‼︎』


 嵐が治まり、咆哮と共に姿を表したのは完全に地上へ顕現した巨人の姿。

 久しぶりの地上に感極まっているのか、はたまた突然受けた攻撃によるものか、クロノスは地面を踏み鳴らし手当たり次第に周囲の建造物を破壊している。

 

「……すごいな、神話の怪物ってのは。暴れてるけど……本当に君の攻撃が効いてないのか?」


 間違いであって欲しいと、希望を乗せて尋ねたがエレノアは淡々と事実で返した。

 

「ああ、私の攻撃は通じなかった。多分、父に封印されたことを根に持っているのだろう」

「マジかよ」


 やっぱりそうかと、落胆する。

 いや、その姿を目にすれば彼女の言うことが正しいのだとすぐにわかった。

 エレノアの魔法が直撃したのは腹部だが、最初に見た時と変わらない白い皮膚が見えている。

 しかもエレノアの言葉通りなら、ヤツは障壁を展開していないという。

 滅竜皇女が放つ本気の起源魔法を受けて無傷とは、絶望するには十分すぎる情報だ。


「エレノア様の魔法が⁉︎  嘘でしょ……」

「ど、どうしよう……カル、何か手段はある?」

「うーん……あれ?」


 有効策がないかじっとクロノスを観察していると、僅かな違和感を覚えた。

 巨神から抑えきれない憤怒を感じるのは確かだが……その暴れ方はまるで苦痛を訴えるているようにも見えたからだ。

 何かがおかしい、と巨神をもう一度注意深く見ると体の一部にとある痕跡を見つけた。


「みんな、クロノスを見てみろ。怪我してないか?」

「え⁉︎ あ、ほんとだ」


 白い皮膚だから余計に目立つ。

 クロノスの顔と手の一部が真っ赤に爛れていたのだ。

 

「いやでもあれは……さっきの魔法で付けた傷じゃないよな? 顔と手だし」

「残念ながら、私じゃないな」

「でもその割に最近負ったような傷だけど……あれって火傷だよな」


 ケロイド状になった右手と顔の一部は火傷の跡だろう。

 数万年も封印されていた割には真新しい傷跡に、ふと疑問を抱いた。


「もしかしたら、どこかで何かと戦っていたとか?」


 昔、暴れる目の前の巨神と似たような雰囲気の動物を見たことがあった。

 記憶を探ると、思い出したのはかつての旅の途中、傷を負った灰色熊と遭遇した時の記憶だ。

 出会うや否や、灰色熊はまるでやつ当たるように自分達に襲いかかってきた。

 理性を失った興奮状態のその様が、あの時の灰色熊と酷く似ているのだ。

 

「だから気が立ってるのか?」

「マスター、あれを傷つけた存在がいるということか。私の起源魔法にも平然としているあいつが……流石に考えられないぞ」

「まあ、そうなるか。しかも封印されてたんだよな、あれ」

「ああ……」


 理解が出来ない現実に言葉が止まる。

 いずれにせよ、あの怪我の原因がなんであれ今この場のオレ達でどうにかしないといけないのだ。

 あまり時間は残されていない。

 暴れる巨神は確実にパラティッシの王宮──大勢の国民が住む街の方へと進んでいるのだから。


「火傷の跡、でもエレノアの古竜咆炎(エンシェント・ロア)には無傷で耐えた」


 炎が弱点ではないのか?

 ならあの火傷の跡は一体なんだ?

 エレノアが放った魔法とどう違う?

 対策を考えるが、有効手段は見つからず頭の中を堂々巡りしてしまう。

 

「攻撃魔法じゃ効き目が薄いのは確かか……あ!」


 自分の言葉である一つの手段が閃いた。

 問題にぶち当たった時は思考を言葉にするのは良作かもしれない、なんてことを考えていると伺うようにユーリ達が策を尋ねてきた。


「カル、手段を見つけたの?」

「ほう、流石は私の夫だな! 何か思いついたのか?」

「へえ! 流石私の幼馴染!」

「──おい貴様、我が夫から離れろ」

「ちょ、何よ! 結界の中だから近くてもいいじゃない!」

「いや、君たち……」


 何故か喧嘩を始めるエレノアとナナリー。

 こんな時まで平常運転なのは頼もしいと言うべきか疑問だが、今は目の前に集中する時だ。


「まあいい。ユーリ、緊急事態だから許してくれよな!」

「え? ってまさかまたあの魔法を使うの⁉︎」


 そう、カドックを葬ったあの魔法ならクロノスにも通じるはず。

 一部とはいえ女神を擬似顕現させ、奈落に引きずり込むあの起源魔法ならクロノスの耐性も関係ない。

 

「悪いな、これしか手段はないんだ。いくぞ、 起源魔法:大地母神の慈悲エレオス・オブ・エレイシア ‼︎」


 ありったけの魔力を込め、オレはもう一度女神を地上に喚んだ。

 先程と同じように大地が揺れ、地面から女神の腕が迫り上がる。


『──グルウウウウ』


 神の力の発現を目敏く察知したクロノスは立ち止まると、突如現れた巨大な女神の腕に警戒心を露わにした。


「困った時の神頼みとはよく言ったもんだ。さあ、頼んだぞエレイシア」


 それはまるで神話の再現。

 巨神と女神の戦いが始まる瞬間だった。

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