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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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剣聖と教皇の邂逅

本日二本目の投稿です。


 マケドニアの持つその肥沃で膨大な領土。恵まれた土地を最大限に活用しようと、大王アレクサンドロスが考案した農畜産革命により産出される穀物と豊富な家畜肉は、今や世界中の食糧事情を支える最大規模の貿易輸出国として彼の国を成長させた。

 内政で多大な功績をあげておきながら、対外においてはエリュシオン帝国との戦から瘴気の魔王との戦いまで、戦場で数々の名を馳せる覇王の伝説。

 その名を知らぬ者などいないほどに有名なアレクサンドロス大王を筆頭とする大国マケドニアの軍勢を一目見ようと、パラティッシの国民が各々の家からその行軍を眺めていた。

 彼らが向かうのは神竜教本部の存在する秘匿の一画。

 先導するのは自国パラティッシの軍勢であり、先頭で騎馬に跨り凱旋するのはこの国の王。

 砂の王国の国民、皆が薄々気付いていた瘴気の怪物の発生源である、この国を変えた元凶を討伐しにきたのだと悟った多くの者は室内で涙ながらに祈りを捧げていた。

 もちろん、全ての者が好意的な目で見ていた訳ではない。

 彼らの向かう先にある主の教会を守ろうと、軍勢の前に立ちはだかりその不敬と神罰の訪れを大きな声で語る者もいた。

 無論、それらは先導するパラティッシ軍に即座に取り押さえられ排除される。

 真っ直ぐに目標に向かうマケドニアとパラティッシ連合軍の大行進を、シースは奥ノ院と呼ばれる高い塔から見下ろしていた。

 

「カドックがやられましたか」

「なんだと⁉︎ あり得ん、瘴気の制御に失敗し……だからマケドニアがシンと組んだのか⁉︎」

「いえ」


 パスを繋いでいた高弟の消失、そして目の前に広がる軍勢の到来。

 賢者との戦いにカドックが敗れた事を知ったシースは、それでもいつもの微笑みを浮かべてその光景を眺めていたのだ。

 隣で騒ぐのはこの国の王族であるサラド・パラティッシ。

 神竜教がパラティッシにその礎を築く際、多大な貢献をしたと評されて以降、教団の奥に入る事を許された権力者。

 今、その彼は先頭に立つシン・パラティッシを目撃し膨大な汗を額に浮かべながら混乱の極みに達していた。


「賢者は我々が思っていた以上に強敵だったようですね。ここまで手筈を整えていたとは。それに一部とはいえ、まさか女神を地上に擬似顕現させるとは……一体彼の魔力はどうなっているのでしょうね」


 カドックを通じて全てを視ていたシースは心からの感嘆を己が宿敵に送った。

 この状態で微笑みを浮かべるその姿は、側から見るとまるで諦め降参したようにも写り、サラドの表情を大きく歪ませる。


「何を悠長な事を言っておるのか⁉︎ これでは我々は終わりではないか⁉︎ 全ては賢者が仕組んだ事だとでもいうのか……まさかシンも賢者と組んでいようとは」

「いえ、それは彼がこの国に来てしまい、あの夜に失敗作を見てしまったことが原因です。彼もあの時に計画を変更したのでしょう」

「ではなんだこの光景は⁉︎ なぜマケドニアが我々を襲う⁉︎」


 サラドの言葉は至極真っ当だった。

 いかに賢者が神竜教と敵対していたとしても、マケドニアが関与することなど一切ないのだ。

 

「エレノアでしょうね……これは計画の前倒しが必要ですね」

「エレノア⁉︎ 彼女は亡くなったのでは⁉︎」

「賢者が彼女の命を救ったようです。そのせいで余計なことまで大王にも知られてしまったようです」

「そんな……まさか……」


 サラドは愚かであれど、馬鹿ではない。

 自己保身に関しては天才的な立ち回りを行える彼には、教団がエレノアを排除したことを薄々気付いていた。

 何故、マケドニアからこの国に本部を遷都しようとしたのかのその理由。

 藪蛇を出さぬように、巨大な闇に深入りしないように。

 教皇に事情を聞くなどという、本質を突くことを避けながらも、サラドは金と人脈に物を言わせおおよその事情を把握することに成功していた。

 だからこそ、エレノアが生きているという事実が何を意味するのか、彼はとてもよく理解していた。


「ど、どうするのだシース教皇⁉︎ この教団がいかに強いと言えどかの滅竜皇女が相手では……」

「問題ありません」


 怯え慌てふためくサラドの言葉を聞いてもシースの態度に変化はない。

 己に圧倒的不利な状況であるにも関わらず、まるで池の鯉を眺めるかのような冷静さを保っていた。

 そんな彼の態度が伝染したのか、取り乱していたサラドの心が僅かに落ち着きを取り戻す。


「の、のう教皇。不思議なことに、エレノアという名まで出ているのにあなたは全く動じておらん……何か秘策でもあるのか?」

「ええ、もちろん」


 その言葉はどこまでも聞き心地よく、深く沁み入り、恐怖で荒れ狂うサラドの心を鎮めた。

 天上人というのはこのような人物の事を言うのだろうかと、落ち着きを取り戻した心でサラドは改めてシースの底の無さに尊敬の念を覚えた。

 一歩外では喧騒が聞こえる。それはきっと教会騎士と連合軍が開戦した証。

 しかし目の前の男は絵画のワンシーンのように、窓から差し込む光に照らされながら、穏やかな瞳でサラドを見ている。

 全てを俯瞰し、神の目で流れを読むようなその言動。

 平穏な見た目の奥底に潜む絶対強者の雰囲気を、小悪党であるが故に立ち回りのうまさで己の地位を確保してきたサラドは的確に感じていたのだ。

 ──どこまでも彼について行こう。

 生まれて初めてサラドは他人を損得感情ではなく、器の違いによる感服の念によって好意を持った。


「瘴気の制御に成功した教会騎士がここの守りを固めています。例えマケドニアの兵士でも彼らを倒すのは時間を要することでしょう」

「な、なら儂等は……」

「問題ありません。備蓄もありますし、神父も信者もここに集めていますので()()()()()効きます」


 微笑みを絶やさず教皇は何でもないと言葉を紡ぐ。

 

「毎夜繰り返される豪華な晩餐は、同時にいついかなる時も即座に身を捨てる為の最後の晩餐でもあった。食べた分は存分に働いてもらおうじゃありませんか」


 勿論、晩餐に参加した者にその覚悟はない。

 それでもシースは当然だと言う。

 豪勢な暮らしを許容して来たのは、まるで全てこの日のためと言わんばかりに。

 目に写る清廉な教皇の見た目と、耳に伝わる邪悪な言葉とのギャップがサラドの心を奮わせる。

 誰もこの男には敵わないのではないか。

 それは持ち得る兵力だとか魔法だとか、分かりやすい力の比べではなくもっと人間の奥底に秘めるナニカの違い。

 あまりに強烈な悪の華を目の当たりにしたサラドの心には歓喜の感情すら浮かび始めた。

 こんなにも凄い人間が今は自分と二人きり。

 ──つまりカドックのいない今、自分が彼の一番なのではないのか?

 矮小なその心に、大きな野心が山火事のように広がっていく。

 

「ふ、ふははは! さすがはシース教皇だ、幾重にも策を練っていたのだな!」

「魔王の尖兵はその身に秘める力の割に弱かった。理性を失う代償に力を得た結果です。しかし我々はその身に意志を残しまま、魔王の力を得る方法を会得した。かつての尖兵とその強さは比べ物になりませんよ」

「しかし夜な夜な街を襲っていたのは……」

「ああ、あれは失敗作です。ご安心を、今ここの入り口を護っているのは成功例ばかりです。兵士を消耗する訳には行きませんから、市井の人間を最初に実験に使ったのです」

「なるほど、なるほど!」


 何故自分は彼の偉大さに今まで気付かなかったのか?

 彼は酒池肉林の豪華な暮らしを与えてくれる出資者などではない。

 自分を何処までも導いてくれる神なのだ、と。

 サラドはシースの存在をどんどんと膨らましていった。

 

「失敗作は人の状態を維持することは可能でしたが、指示された行動しかできませんでした。しかも一度変身すれば理性がなくなる。ですが面白い結果も得れたのです」

「面白い結果?」

「この国を選んで本当によかった。どうやらあの瘴気は日光によって弱体化するようです。魔王の巣窟となったエリュシオンはいつも暗雲に覆われていた。だからこの国では昼間、失敗作は変身する事ができなかったのです」

「な、成程! つまり雨雲さえ呼べば今の兵士達はより力を増す……我々は無敵ということか!」

「その通りです。先程、雨を降らす軍団魔法(レギオンマジック):オルヴィス・ヴィアは発動されました。これでより時間を稼げるでしょう」

「ああ、さすがはシース教皇だ! いかにマケドニア軍といえど雨天の中、力を増したあの尖兵には勝てまい! あなたは本当に至高の存在だ! まるで全てを見透かすようのその知略! あなたこそが神なのではないですか?」


 神に例えられ、シースはその微笑みを濃くした。

 彼の態度の()()()()()にも気付かず、サラドは狂信者のようにシースの言葉に歓喜した。


「ふふふ、あまり煽てないでください。それに全てを見透かすなど恐れ多い。どうやらシン国王とアバローナ公爵は我々を裏切ったようですしね」

「ふん、シース教皇に散々取り繕っておきながらすぐに反旗を翻すとは。シンもアバローナも、恩知らずも甚だしい! 儂は最後までお供しますぞ!」

「──ありがとうございます」


 とても綺麗な笑みを貼り付けてシースはサラドの顔を正面から見た。

 その神々しさを伴う甘い顔に、異性愛者であるサラドの頬に僅かな赤みが差す。

 ぼうっと自分を見つめるシースの顔は、とても慈愛に満ちていた。

 それは初めて買ってもらったおもちゃを大切にする子供のような、とても純心なモノ。

 そんな教皇にサラドは心地よさを感じ、彼の差し出した手を意識せずに取ってしまった。


「では我が教団の新たな兵が時間を稼いでる間にこちらも急ぐとしましょう」

「え……あ、ああ! し、しかし教皇よ、一体何をするので? それに時間稼ぎなど謙遜がすぎるだろう。いくら軍隊でもあの尖兵には勝てないので──」


 ハッとサラドは正気に戻った。

 そして今、自分が彼に抱いた感情を認めず誤魔化すように外の状況に意識を向ける。

 聞こえてくる声は化け物の雄叫びと剣戟の音。更には激しい爆発音と衝撃が正門から遠く離れたこの最上階にまで響いてくる。

 きっと()()()()()()()()()がシンやマケドニアを圧倒しているのだろうとサラドが高をくくった──その時だった。

 

「それってこいつらのこと?」


 耳に届いたのは女性の声。

 目の前に投げ捨てられ転がってきたのは、自分達を守護していたはずの異形の姿。

 

「な、誰だ⁉︎ って、お、お前は……そんな‼︎」


 その姿に目にして、サラドの心が再び恐怖に満ちた。

 普通の人間では瘴気の怪物、魔王の尖兵には勝てない。

 しかしかつて、そんな常軌を逸した怪物を薙ぎ倒し遂には魔王までをも討った強大な力を持つ者たちがいた。

 それは今のサラド達に取って数少ない天敵で。

 彼らの居住する国から遠く離れたこんな小国にいるはずのない存在。

 

「初めましてシース教皇。私はあなたに恨みなんてないんだけど、カルのためなの。命を失いたくなければ大人しく身柄を拘束されてくれないかしら」


 現れたのは魔王を討伐した英雄の一人。

 剣聖ナナリーが夥しい怪物の屍を背景に、サラドとシースと会敵したのだった。

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