ナナリーからの伝心
カドックが地の底に沈んだと同時に雷雲が消え、空はまるで何事も無かったように晴れ渡った。
それでも地上を見渡せば視界いっぱいの瓦礫の山が見え、確かにあった戦いの痕跡を残している。
不幸中の幸いとでも言おうか、市民の避難が間に合ったおかげで死者は出なかったようだ。
ここインスタシア共和国の首都は明確な身分差によって区画整理のされている街だ。
裁判所の存在したこの区画は貴族街だが、隣接されている商店街に皆は無事に避難したらしい。
商店街区画にはオレの商会本部もあるので、被害が及ばないか密かに心配にしていたけど、カドックを追い詰めるため空を飛んだ時に見えた壁の向こうは無事そうだった。
まさに一件落着。
あとはパラティッシにいる彼女が──
「カルぅ?」
──と、そんな訳にはやっぱりいかなかったようで。
猫撫で声でオレを呼んだ聖女が、貼り付けた笑顔を向けこちらに来いと手招きをしていた。
「や、やあユーリ。結界を張ってくれてありがとう」
あれほどの戦いの余波を受けて尚、商店街が無事だったのは一重に彼女が守ってくれていたおかげだ。
街並みの保護を早々に諦め、人命を最優先し避難所へ続く防壁の守りに力を集中させるとはいかにも聖女らしい。
「君のおかげでオレも気兼ねなく──」
「あの魔法は何なの⁉︎ なんでこんな場所で使ったのよ⁉︎」
「いやあ……」
彼女の怒りを躱せないかと僅かな可能性に賭け、平然と接しようとしたけど失敗した。
やっぱり怒っていらっしゃった!
「秘匿事項だってあの時言ったわよね⁉︎」
「ごめんなさい‼︎」
少し前だが、女神教に魔装義肢を専売させる契約を結んだ時、ついでに条件として古文書の開示をお願いしてみたのだ。
仮にもオレは魔術師。世界最古の教団が代々秘匿する古文書なんて、かつて旅の途中に彼女がその存在をぽろっと漏らした時から見たくてしょうがなかったのだ。
流石に当時では無理だったろうけど、危篤の聖女を救い、女神教団にも莫大な利益を齎すかつての仲間として最大の信頼を得ていた今のオレだからこそ教団は了承してくれた。
流石に最初お願いした時は教団幹部の方々もざわざわしていたが、ユーリのオレなら大丈夫という後押しの一言もあり、絶対に秘密にしてくれと念を押されて見せてくれたのだ。
「幸いこの場には限られた人しかいなかったけど……はあ、あの古文書をあなたに見せたのはやっぱり失敗だったのかしら」
あの時、教団幹部達を説得してくれたユーリの信用がどんどん失墜していく。
流石に彼女を裏切る形になるのはオレとしても心苦しい。
「お、オレもあんな魔法だとは思わなかったんだよ。カドックがいかにも雷属性って感じだったから反対属性の地属性魔法をぶつけようと思ったんだけど……まさかあんな風になるなんて」
その膨大な魔力消費量のせいで禁呪指定されているとばかり思っていたのだ。
土塊で構成された女神の腕から、真偽の怪しい女神の本質まで顕現されるなんて思いもよらなかった。
「カル、あの時言ったでしょ。禁呪として指定されて数千年も経つ魔法だから、発動すればどんなことになるかわからないって」
「本当にすみませんでしたぁ‼︎」
まさに正論。
湧き上がる好奇心と怒り、力の解放による昂りに負けたオレに反論の術はない。
平身低頭で謝りながら聖女に怒られていると、この場に残っていたみんなが集まってきた。
「マスター、流石にあの魔法は私もどうかと思うぞ」
「エレノアまで⁉︎」
しまいには暴走に定評のある我が妻にまで咎められる始末。
ついさっき、この首都ごと人間達を滅ぼそうとした彼女にだけは言われたくない。
もちろん、そんなことは口にできないが。
「成程、エレノア殿の夫なだけはあるか。この賢者も大概なようだ」
「私の夫なだけ? おいミドラス、どういう意味だ? それではまるで私が問題児のような物言いじゃないか」
「自覚がないのかエレノア殿……しかしまさかあんな大魔術を単独で行使できるとはな。驚いたぞ光の賢者よ」
「え? ええ、まあこれでも一応、かつては勇者の仲間でしたから」
自分に絡み出したエレノアをうまく流して、ミドラス殿がオレを褒めてきた。
てっきり彼の怒りまで買ったかと思ったのだけど、意外な言葉に面食らってしまった。
「ふふふ、それが理由にはならないだろう。エレノア殿に匹敵するかもしれんその力。メノン商会は国でも作るつもりか?」
「まさか」
どうやら彼は、オレとエレノアがいる商会に警戒心を抱いたようだ。
エレノアが居るというだけなら、別にかつての神竜教と一緒だ。
でもオレの力を目の当たりにして認識が変わった様子。
当然、彼が警戒するようなことは何もないのできちんと誤解を解いておく。
「別にオレにそんなつもりはないですよ。彼女の居場所があればそれでいい、そう思っただけですから」
「ほう、居場所とな?」
「ええ、彼女はあまりにも有名ですから」
もし、オレが彼女と一緒にならなかった時のことを想像してしまう。
世界に知られる七賢者随一の有名人であり、どこに行っても目立つ彼女なら、その動向は否が応でも注目を浴びる。
しかし、一々好奇の視線にさらされる生活というのはなかなかにしんどいものだ。
もちろん、彼女はそんなことを僅かたりとも表に出さないだろうけど、その煩わしさに厭世的になっていたかもしれない。
いや、エレノアの性格を思えば必ずそうなっていたと断言できる。
神竜教とも袂を分かっていたから、彼女はたった一人であの白銀の世界にある神殿で生き続けていたはずだ。
どれほど世界に貢献しても、滅竜皇女の存在は人々からは畏怖の対象であり、国からしたら厄介でしかない。
彼女自身、仲間として接していたシースや侍女にも裏切られた今、二度と誰かを迎え入れることなんて無かったはず。
あの広い神殿で、ずっと孤独に。
誰とも寄り添わず、いつか消えるその時までただ課せられた義務を全うする生活。
──オレはそれが許せない。
「成程。確かに彼女程の存在ならば、居場所となる組織の規模は大きい方がいいな。エレノア殿は良い伴侶を見つけたようだ」
「なんだ、話の分かる良いやつじゃないか!」
ミドラス殿のオレに感心する態度に、急に上機嫌になったエレノア。
そんな彼女に皆が少し呆れながらも、朗らかに笑い出した。
癖の強い人間しかいないのでどうなるかと思ったが、笑い声が漏れ始め柔らかい雰囲気になり始める。
どうやらうまくまとまりそうだと思った、そんな時。
この空気をぶち壊すお方がいた。
「ちょっと賢者! エレノアだけでも大変なのに旦那のアンタまで暴走癖があるなんて手がつけられないのだわ⁉︎ さっさと別れなさい!」
「ええ⁉︎」
一人だけずっとムスっとした顔をしていたアールヴァン族長が怒り心頭でオレに詰め寄ってきたのだ。
しかもいきなり離婚しろと言ってくる始末。
流石にそれは言い過ぎではないだろうか。
ちらっとエレノアを見ると、ついさっき笑顔に戻ったばかりなのに今は恐ろしいほどの真顔だった。
機嫌が急降下しているのがビシバシ伝わってくる。
「──アールヴァン、やはりエルフは滅ぼした方がいいみたいだな」
エレノアが喧嘩上等で彼女に歩み寄った。
これはまずい。
聖女の結界が解けた今、彼女の攻撃からこの国を守れる人はいない。
オレでもこの場にいる人員に被害が出ないようにするのが関の山で、このままでは非常に面倒な事態に発展してしまう。
「さ、どうにかしろカルエル。エレノア様の旦那はお前であろう」
「そうだな賢者よ。これから先、エレノア殿の手綱はそなたに任せた」
「カル、どうにかしなさい」
「ええ⁉︎」
焦っていると周囲の人間は自分はもう関係ないとばかりにオレにぶん投げてきた。
どうやら彼らの中ではオレはエレノアの旦那兼ストッパーの役割と認識されてしまったようだ。
結果として警戒心は解けたのだろうけど、これはこれでしんどいものがある。
エレノアは純真可憐で最高にホットな妻であるが、オレの言いなりになるようなお方ではない。
「エレノア殿の抑止力になるというのなら、我が国との取引も融通を利かせよう」
「んな⁉︎」
何てこった、魔王がとんでもないカードを切ってきた。
これから先、資源大国の魔国連邦と取引できるなら、我が商会も一気に躍進するはずだ。
動力源不足で試作機段階だった自動馬車や、盲目者用に製作した魔力義眼なんかも実用化に近くなる。
しかも魔王のお墨付きで、優遇まで約束される始末。
これはやるしかない。
「本当に我が商会を優遇していただけるので?」
「ああ、もちろん。エレノア殿を諌めてくれるならな。そなたは伴侶であろう? 期待しているぞ賢者よ」
「ええ、これでもオレはエレノアの夫ですからね! ガツンと言ってきますよ!」
簡単に話に乗ったオレに、聖女が非常に蔑んだ視線を向けてきたが無視しておく。
確かにエレノアの居場所作りのためというのが商会立ち上げの第一理由であるが、オレとて元魔術師で今や賢者を名乗る男。
自身の研究成果を世に広めることだって、第一理由の次くらいに大切だ。
妻の我儘を嗜めるのも夫の役目。
男カルエル、ここは妻にガツンといくしかないだろう。
一触即発のエレノアからアールヴァン殿を守るように、二人の間に堂々と立ちはだかるオレ。
正面からエレノアを見つめ、言葉を発する準備をする。
夫して、商会の会長としてはっきりと彼女を止める時がきたようだ。
「エリィ、これ以上事を荒立てたくはない。アールヴァン殿には手を出すな。ちょっと話をしよう」
「話? そういえば私も話がある。制約の代償をまだもらってなかったな?」
「え? あ……」
そう言われて、裁判所で彼女を強制召喚してしまったことを思い出した。
制約の力を使った以上、オレも彼女の願いを引き換えに叶えなければいけない契約だ。
「なら私の言うことを聞け。マスターはそこで黙ってみていろ」
「はい!」
制約の話をされてしまえばしょうがない。
即座に回れ右で踵を返す。
秒速で退散してきたオレを聖女だけでなく今度は皆が蔑んだ目で迎えた。
「だってエレノアですよ⁉︎ 夫婦の力関係がどうなるかなんてわかるでしょ⁉︎」
「……であるな」
開き直ったオレに呆れる王様達。
ミドラス殿がため息を吐くように同意し、苦々しい表情を浮かべる大王がオレに何かを言おうとしたその時だった。
「ちょっと待って……伝心魔法が来ているわ。カル、波長を私に合わせてパスを繋げて」
「え?」
ユーリから突然、魔力を合わすように指示があった。
一体、どうしたというのだろうか。
相手と魔力波長を合わせ、離れた距離の念話を可能にする伝心魔法。
雷光水晶の普及した今、あまり使われなくなったそんな魔法をユーリが使うように言ってきた。
不思議に思いながらユーリの魔力に自身の魔力波長を合わせる。
すると──
『ユーリ……それとカル、聞こえる?』
頭の中に聞こえてきた声の主。
それはあの日以来、雷光水晶をメイドに持たせてオレとは直接一言も会話をしなくなったかつての恋人。
未だ複雑な気持ちを僅かに抱く、ナナリーだった。




