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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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賢者と邪竜


 あれほど晴れていた空に暗雲が渦巻いている。

 頭に生やした竜角に纏う雷に共鳴するかのように、空から雷鳴が轟き始めた。

 それは音だけに留まらず、地上に落雷し周囲の街頭樹木を焼いていく。

 ただ存在するだけで天候にも影響を与えるとは、どうやら桁違いの力を手に入れたようだ。


「グルオオオオオッ‼︎」

 

 巨大な赤竜へと変貌したカドックはと言うと、まだ完全に変化が終わっていないようだ。

 苦悶の唸りを上げながら、今まさにその背中から大きな竜翼を生やそうとしていた。


「カルエル殿、これは⁉︎」


 いつの間にか姿を消していたアメリさんが近衛騎士を大勢連れてやってきた。

 ナライア首相をはじめ、この場にいる王侯貴族を迎えるために来たようだ。

 相変わらずしっかりしたお人である。

 

「アメリさん、これが神竜教の正体です。彼らの瘴気中和剤には隠された目的があったようですね。まさか中和剤が瘴気そのものになってしまうとは」

「そ、そんな馬鹿な……!」

「魔力暴走の副作用はこの効果を得るためで、オレの中和剤の代わりと言うのはどうやら建前だったみたいだ」

「神竜教が……そんなことを……」


 無論、嘘である。

 まあ、あながち間違ってもいなから決めつけというか情報操作というか……でも目の前にはかつて世界中を苦しめた魔王の尖兵。

 竜の怪物に変貌したカドックを見てしまえば彼女も信じる他ないだろう。


「怒りや憎しみが引き金になり、奴らは変貌するのです。きっとエレノアの生存、そして自分達を追い詰めたオレへの憎しみがきっかけとなってしまったのでしょう。無論、彼らの実験が不安定だったというのは前提ですが」

「実験とは?」

「即ち魔王の因子の軍事転用。理性を保ったまま、己の意に沿う魔王の尖兵を作り出す。神竜教に潜り込ませたスパイによって実験室の存在が明らかになっていましたから、いつかこうなるとは思っていましたけどね。まさかここでとは驚きました」

「あ、あなたは全て把握していたのですか⁉︎」

「ええ、もちろん。私が神竜教を敵視していた理由の一つです。私とて、かつての仲間が身命を賭して魔王を討ち築いたこの平和を壊されるのを黙ってはいられない」


 無論、これも嘘である。

 正確には事実をうまく編集した、最もらしく聞こえる戯言だ。

 今の平和を崩すことを容認しないのも本当だし、神竜教に抱く感情も本当だ。

 ただ言ってないことがたくさんあるし、話す時系列も少し変えている。


「カルエル殿……やはりあなたは賢者なのですね」

 

 アメリさんが感嘆するように呟いた。

 さてさて、これで裁判やエルフの新聞を通して下がった我が商会の名誉を挽回する布石は打てただろう。

 あとは華々しく目の前のアレを葬るのみ。

 お膳立ては全て整った。

 これから先に面倒な政治や駆け引きは無用。


「ではアメリさん。危ないのでお下がりください。あれを滅ぼすには少しばかり強い魔法を使わないといけない」

「ええ、分かりました! 大丈夫かと思いますが、あなたもどうかご無事で」

 

 こちらに優しく微笑むと、アメリさんは近衛に指示を出しナライア首相と一緒に避難を始めた。

 既にこのインスタシア周囲に集まった兵士が来賓の貴族や周辺住民の避難誘導に必死になっている。

 オレの言葉をしっかり理解してくれたアメリさんは、集まった兵士の避難も開始させこの場から人がいなくなるように動いてくれた。

 

「カドックが完全変化していなくて助かったな。巻き込まなくて済む」

「で、巻き込んでたらどうするつもりだったんですか会長? こんな場所で発症させるなんて、まさか何も考えていなかったんですか?」


 厳しい口調でオレを非難してくるロン。

 全く、頭のいい部下を持つと苦労する。

 ていうかこいつも早く移動させないと。

 

「おっと、ロン君。君も退避したまえ」

「逃げないでください!」

「逃げるのは君だろう」

「もう、ああ言えばこう言って‼︎」

「こ、こら蹴るなロン」


 的確にオレの脛を蹴ってくるロンを躱して、彼女をだき抱える。

 丁度、側にいたインスタシア兵に渡してそのまま連れ去るように指示しておいた。


「ちょ、ちょっと離してください!」

「悪いがそろそろ本当に危ないんだ、離れなさい」

 

 背筋にチリチリ感じる懐かしい気配。

 かつて戦った魔王軍の幹部、それはより魔王に近い瘴気濃度の高い怪物。

 どうやらカドックは魔王とまではいかなくとも、幹部以上の怪物へと変身したようだ。


「ユーリ、結界を頼む! オレも全力を出すから」

「え? ちょっとカル、いきなりそんなこと……!」

「頼んだぞ!」


 すぐそこには頼れる仲間がいるので、多少の無理も問題ないだろう。

 聖女に結界を張ってもらえるなら、こちらも周囲の被害を気にしなくて済む。

 ナライア首相もリオン国王も既に退避は完了していた。

 この場で平気な顔で残っている王族はミドラス魔王、アールヴァン族長、アレキサンドロス大王くらいなもの。


「エレノア! い、生きてるなら生きてるって言いなさいよ!」

「アールヴァン、なんで私が貴様にいちいちそんなことを言わないといけないんだ?」

「アンタが生きてたらまた私の国に被害が及ぶかもしれないのだわ!」

「お前たちが変なことをしなければ私は何もしないぞ。あの時も苦労して父が封印した巨神族がお前の実験のせいで危うく復活するところだった」

「あ、あれは確かに私が悪かったのだわ……でもそう言ってさっきの裁判所の件は何よ! 私たちも巻き込む気だったでしょ⁉︎」

「ふん、我がマスターの偉業を疑い裁判に掛けようなど、生きるに値せん」

「あんたがそんな風だからこっちも苦労するのだわ! っていうかマスターって何よ! その態度は何よ! たかだか人間の男一人にエレノアが従うなんてみっともないのだわ!」

「なんだと? 貴様も我が夫を侮辱するのか!」

「夫て何よ⁉︎ エレノアが誰かのモノになるなんてあり得ないのだわ‼︎ 認めないのだわ‼︎」


 姦しく口論をしているアールヴァン族長とエレノア。過去の確執もあるのだろうがエレノアにあれだけ感情をはっきり表現できる相手も珍しい。

 喧嘩するほどなんとやらであればいいが、その割にアールヴァンさんの顔が必死だ。

 

「カルエルよ。あのハイエルフがエレノア様の相手をしている間に、さっさとあれを倒してしまえ」

「我もアレクサンドロスに同意しよう。彼女が戦うとなると、いくら聖女でも結界を維持するのは辛かろう」


 騒いでいる二人の女性を前に冷静に状況を分析している二人の王。

 急いでい避難しないところを見ると、大王はともかくミドラス魔王もなかなかに強いようだ。

 

「すみません、お二方。ではあなた方も少し離れていてください。ユーリの結界があるので大丈夫かとは思いますが、アレの力はかつての魔王軍幹部をも凌駕するようです」

「バカな、そこまでの怪物を神龍教は作れるのか⁉︎」


 慌てるミドラス魔王に「そうです」と返事をしておく。

 最もオレがカドックの中の瘴気の種を変にいじったせいかもしれないのだが、そこは何も言わない方がいいだろう。

 確証もないし、神竜教が魔王の力を取り込もうと研究していたのも間違いじゃない。

 余計な情報は秘めておくに限る。


「ふん、さっさと終わらせろカルエル。まだ神竜教の本山が残っておるのだぞ」


 大王はオレの内情を知っているので察しているようだが、それ以上は何も言わない。


「ええ、オレも相手が簡単にやられるようでは面白くありませんから」


 先ほどからオレも疼いてしょうがないのだ。

 まだシース本人が残っているとはいえ、こいつもエレノアを攻撃した中の一人なのだから。


「さっきまでのカドックなら弱すぎで相手にもなりませんが、これならオレも控えなくていいでしょう」


 そこでオレはようやく、普段から己に賭けていた制限を解除した。

 あまりに強い魔力は周囲の人間の心身に不調をきたしてしまう。

 だが、ここにいる者たちならその心配もないだろう。

 

「ふむ? 怒っておるなカルエル」

「なあ、アレキサンドロス。賢者は神竜教と何故あそこまで敵対しているのだ? 中和剤の件は確かに彼の怒りを買うに十分だろうが、あそこまでするものか? 我には賢者が元よりこの教団を滅ぼそうと画策していたように見えるのだが……伝えきく賢者の人柄とはどうも一致しなくてな」

「ミドラス、そなたのいう通りだ。あの小僧は未だ甘く、その身に秘める力の割に理性的だ。しかしな、今回ばかりはカルエルも余もあの教団を存続させるつもりはない。奴らがエレノア様にしたことを考えれば、むしろ当然のことよ」


 大王の言葉に心から同意しよう。

 ああ、でも。ナライア首相とアメリさんには後で謝っておかないといけない。


『賢者よ、余裕のつもりか? このワタシが完成するまで待ち惚けるとは』

「ん? 流暢に喋れるようになったじゃないか。何、お前ごときがどれだけ力を手に入れようと大したことはない。むしろ弱いものいじめにならないように気をつけてやってるんだ。まだ全力を出せないなら早くしろ」

『く、くはははは‼︎ まさか力の差も分からないのか? 見よ、生まれ変わったこのカドックの力を‼︎』


 調子に乗るカドックの言葉と共に、一斉に地面へと雷撃は放たれた。

 周囲の街を焼き尽くし、歴史ある古都リビアの街並みが次々に倒壊していく。

 

「おいおい、無駄に周囲を壊すなよ……」

『ははは! 見ろ、ワタシは魔力を少し解放しただけだ‼︎ たったこれだけのことで街一つ壊滅させるんなど、本格的に魔法を使えばどうなるだろうな‼︎』

「あー、わかったから早く来い」

『ふん、やはり貴様はただの阿呆のようだな。ならこのワタシの力の前に平伏すがいい‼︎』

「力の差が分からないのはお前の方だよカドック。気づかないのか? オレが既に魔法を展開していることに」

『何?』


 天に雷鳴が轟く中、今度は地中が唸り声のような音が響き初め、大きく足元が揺れ出した。

 このオレを前に分かりやすく雷を纏うなど愚の骨頂。

 奴が雷撃で攻めるなら、オレはその反対属性で攻めてやろう。

 

「ちょ、ちょっとなんなのよこれ⁉︎ 地面が!」

「ほう、マスターも少しは本気になったようだな」


 一帯の地面が大きく揺れる。

 即座に飛び上がったカドックが笑みを浮かべてオレに告げた。

 

『無駄だ賢者‼︎』

 

 カドックの叫びに天が轟き、魔法を発動しようとしたオレを目がけて不可避の雷撃が襲う。

 自然現象である落雷の速度は秒速70万キロ。放たれたら終わるのだ、時を止めでもしない限り回避は不可能。

 しかし対処法がない訳じゃない。

 雷撃なんてものは魔法でいくらでも防げる。要は体内に電流が入らなければいいのだ。

 防護魔法はいくらでもあるし、空を飛ぶ有翼種なんかは当たり前に雷避けを習得している。

 しかし、雷撃ならいくらでも魔法で防げるとはいえ、これはカドックの放った雷撃。

 ご丁寧に魔力妨害(マジックキャンセラー)の効果まで秘めた挙句、瘴気を雷撃を通して人体の神経回路に直接送り込む始末。

 たとえ雷撃を防いでも、体内の芯から瘴気に侵される非常に凶悪な攻撃だ。

 そこらの魔術師ならひと溜まりもないだろう。


『ははは、どうだ! 今の貴様の体内にはワタシの瘴気を巡らした! 中和剤でもこの瘴気に対抗できないのではないか? 這いつくばり、命乞いするなら飲む時間を与えてやっても良いぞ?』

「瘴気ねえ。あのなあ、お前ごときの瘴気なんてオレにとってはおやつにもならねえよ」


 オレを本当にどうにかしたいのなら、ヨルムンガンドの瘴気を大量に持ってこい。

 まあ、そうなったら全ていただくだけなのだが。

 常人であれば即死するほどの瘴気を体内に巡らして尚健在なオレに、カドックが漸く表情を変えた。


『……何故効かない。ヨルムンガンドの瘴気は全ての生命にとって天敵のはずだ』

「お前ごときがその訳を知る必要はないよ。さあ、もう終わりだ」


 図体ばかりでかくした割に、あまりに拍子抜けなその力。

 これ以上、待つ必要もないので準備していた魔法をカドックに向けて展開した。

 

「魔王の力を使う者の最後としてはふさわしい。女神に抱かれ眠るがいい──起源魔法:大地母神の慈悲エレオス・オブ・エレイシア

『ッ⁉︎』


 魔法の発動に応じて地面が大きく隆起した。

 重さでいえば、数十トン以上にはなる土砂の群れ。

 それらはまるで意志を持つように女性の腕の形へと変わると、空に浮かぶカドックを優しく包み込むように抱きしめたのだった。

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