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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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誕生

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ‼︎」

 

 崩壊した建物の上で、カドックの絶叫が響き渡っている。

 しかし今や彼の姿を見ることは出来ない。

 カドックから漏れ出る瘴気が、彼を霧の繭のように覆い隠しているからだ。

 現在、彼に起きている現象はオレにも非常に馴染み深い、負の感情の発露。

 内に存在する魔王ヨルムンガンドの瘴気の種子が発芽したのだ。

 不意に訪れた事態の急変に、その場にいた者たちの視線がカドックに集中した。


「これに耐え切れば種族覚醒も夢じゃないだろうな。まあ、無理だろうが。さて孵化して生まれるのは賢者か魔王の尖兵か……ククク」


 そんなことを考えていたらロンが悲鳴に近い声で尋ねてきた。


「会長‼︎ 一体何をしたんですか⁉︎」

「彼が内に秘めていた瘴気を解放してあげたんだよ」

「あ、あなたが何を言っているのか全く理解できないわ……」


 ちゃんと事実を話したにも関わらず理解を示さないロン。

 頭の良い彼女がどういうことかと考えていると、遠くで言い争っていた大王とエレノアもカドックの異変に気づきオレの側までやって来た。


「マスター、これは一体どういうことだ?」

「おいカルエル、あれはまさか……」


 彼らも状況を聞いてきたので、ロンと同じように説明した。

 エレノアはそれだけで全てを察し、大王は苦々しい表情を浮かべている。


「ふむ、マスター。最初からこれを狙っていたのか?」

「まあな。と言っても昨日のパラティッシでの光景と今朝シースの代理で出廷したカドック。二つのピースが揃ったおかげでだけど」


 元々はこちらが裁判で不利になった際、昨日の光景を写した雷光水晶を証拠として提出し神竜教を追い詰め、その場でシースとの雌雄を決しようと思っていたのだ。

 エレノアの召喚をすれば確実に詰めることが出来たとは思うが、シースは油断ならない相手だ。策は多いに越したことはない。


「会長、意外とシースのことを侮ってなかったんですね」

「ん? まあ仮にも神竜教の頂点に君臨しエレノアを追い詰めた相手だからな」


 意外そうにしているロンだが憎むことや嫌うことと、侮ることはまた別だろうに。

 オレの回答を聞いていたエレノアも忌々しそうに「ふん」と吐息に近い声を発しただけで否定はしなかった。

 

「シースなら、エレノアの血が中和剤に使用されている事など簡単には認めなかっただろうよ」

 

 用意周到、疑心暗鬼。

 心の内を誰にも見せず、それでいて周囲の信頼を得るその能力の高さには正直脱帽するものもある。

 ただ自分以外を代理にしたこと関しては悪手だった。

 まあ、自分でも圧倒的不利を悟ったから代わりにカドックを寄越した可能性もあるが。

 

「ふふふ、シースをそこまで追い詰めたオレの力だな」

「調子に乗ると足元を掬われますよ。何回同じこと繰り返すんですか」


 気持ちよく悦に浸っていると、ロンが水を浴びせるようなこと言ってくる。

 だがその言葉には心当たりが無数にあるだけに、簡単に聞き流すことも出来ない。

 「確かにな」と冷静に受け入れる自分がいた。

 怒りの解放と愉悦に緩んだ自分の心を自覚した時、大王が嬉々とした口調で訪ねてきた。

 

「これがお前の言っていた復讐か?」

「ええ、そうです。長年、お待ちいただき申し訳ない」


 実はエレノアとの結婚後、大王からは神竜教の討伐をずっと打診されていたのだ。

 エレノアにシースたちが行った所業を知った時の彼の怒りは凄まじかった。

 すぐにパラティッシへ侵攻を開始しようとした彼を抑えるため、必ず神竜教にはケジメを取らせるからという条件と引き換えに、一旦彼にその怒りを引っ込めてもらった経緯がある。

 それにエレノアが参戦した時に彼の軍勢にどういった被害が出るのかを話すと、途端に冷静になったのも理由だ。

 エレノアが直接手を下すなら自国の護りに集中した方がいいと大王が言い出した時、僅かに彼の過去の苦労が垣間見えた。

 

「まさかカドックも同じだったとは。エレノア様とお前がいるとはいえ、確かに余の軍勢が必要だな」

「はい、そういうことです。殲滅は容易ですが、砂の王国の護りには軍勢が必要ですから」

「信者が尖兵になり得るか。全く、神竜教が魔王の真似事まで始めるとはな」


 昨晩、パラティッシにて魔王の尖兵を消滅させた後、オレは雷光水晶に捉えたその光景を先に大王に届けていた。

 信者の成れの果てを見た彼は、事の重大さに気付き軍の使用を願うオレに二つ返事で了承してくれたのだ。

 そこからの行動は早かった。

 オレは事前に指揮官を打診していたナナリーとマケドニア軍を転移水晶でパラティッシ北部まで転送。

 その転移水晶に関しては勝手に作ってしまったが、魔王に関するという事の重大さを謳えばうやむやにできるだろう。


「で、首尾はどうだ?」

「ナナリーから報告をもらってます。マケドニア軍が間も無く首都に到着するみたいで、そのままパラティッシ軍と協力して神竜教の討伐を行うとのことです」

「ほう? シン・パラティッシは了承したのか? てっきり神竜教の利益に踊らされる暗君と思うていたが」


 大王のシン国王への評価は低いらしい。

 だがロンから内情を聞いているオレとしては、少しばかり彼に同情してしまう。

 パラティッシのことをどうでもいいと言っていたロンも、暗君という大王の言葉を聞き不機嫌な表情を浮かべた。

 自分が貶すのはともかく他国の王から言われるのは勝手が違うようだ。

 いつものロンらしくないが、やっぱりまだ彼らのことを捨てきれてはいないのだろうか。

 なので少しばかり援護をしておく。

 

「流石に情勢の不安定なパラティッシではシースに対抗するのは難しいでしょう。聞けば日照りや干魃、そして政権の不安定さまでをもうまく利用したようですから」

「ふん、余の国にもそのような問題は山ほどある。だが王ならば、そんなものを抑えつける力がなければならん。余から逃げた神竜教を迎合するとは……」

「流石に大王と他国の王を一緒にするのは可哀想ですよ。誰もがあなたのように強くはないのですから」


 オレは当たり前のように話しているが、彼は謁見すら難しいこの世界最高の覇者の一人。

 武力に優れた英雄は勇者やオレたちのように多少なりともいるが、統治に優れた英雄は彼以外にはいないだろう。

 種族覚醒という明確な力を持たず王としての資質──その人間力だけで勇者や聖女に引け取らない域に到達した真の英雄なのだ。

 エレノアの親戚だけなことはある。


「マスター。いかに坊主の軍勢といえどシースが尖兵を手駒にできるなら苦戦するのではないか?」

「ああ、大丈夫だ。だから彼女にその指揮をお願いしたんだ」

「彼女?」

「ナナリーだよ。それに剣聖が率いるマケドニアの軍なら、世界にその正義をアピールしやすい」


 魔王が生んだ負の遺産を継ぎ、尖兵を生み出し操る巨悪を誅するかつての勇者パーティーの剣聖。

 そして世界最強の軍隊であるマケドニア軍が先鋒を務めるとなれば、世界の理解も深まるだろう。

 全ては昨夜、オレにあの光景を見せたシースの落ち度。

 パラティッシを傀儡にし、情報の拡散も防いでいたようだが世界が知ることとなれば情報統制の崩壊は早い。

 何故なら今回の進軍に関してはパラティッシへの侵攻という形をとっているからだ。世界の注目も一気に集まるだろう。

 それにシン国王がこちら側なら心配も減る。彼が本当に神竜教側だったのなら一緒に滅ぼそうと思っていたが、向こうにも事情がある様子。

 きっと今頃は一足先に王へ伺いを立てに行ったナナリーと調整をしていることだろう。


「ナナリー? まさかあの女とまた会ったのか⁉︎」

「おおっと落ち着いてエリィ。大丈夫、雷光を通じて話しただけだよ。それに直接じゃなくメイドを通していたから……」

「むう、気に入らんぞマスター」

「はは、黙っていてすまないね。ちょっと事態が急を要していたんだ、許して欲しい」


 ちなみに事態を急いでいたのはこの裁判所の成れの果てを見ても分かる通り、彼女の暴走を防ぐためだ。

 もちろん、そんなことを正直に話す訳にはいかずうまく彼女の機嫌を取る。

 そんな内情を察した周りの大人が、オレに憐れむ視線を向ける中、ついに本題に向き合う時間がきた。

 

「──ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛‼︎」


 体の芯を打ち据えるような強力なら魔力が、瘴気の繭から咆哮と共に放たれた。

 石灰色の繭が、中にいるモノに吸収されるように収束していく。


「これは……」


 不意に、空が暗くなった。

 太陽が隠れた訳ではなく、現れた巨体に光が遮られたせい。

 理性を失った瘴気に侵された者の成れの果て。

 魔王の尖兵が完成した瞬間だった。


「さてさて、邪竜退治と行きますか。ここで注目を集めれば──」


 神竜教の悪事を証明できる。

 あわよくばある程度苦戦を演出し、神竜教の脅威を印象付けるのも悪くない。

 そんな風に企んだ時、オレの予想を超える事態は発生した。


「──ユルサン、ユルさンゾ賢ジャあアア⁉︎」

「ん? って、まさか意識が⁉︎ 嘘だろ……」

「だ、だから足元掬われるって言ったじゃないですか!」


 早くもロンの警告が的中してしまったようだ。

 理性を失うはずの魔王の力。

 それを乗り越え誕生した新たな生物。

 おどろおどろしい色をした竜角に雷撃を纏わせた紅い竜が、オレを睨みつけ明確な敵意を向けていたのだ。

 

  ※      ※ ※


 彼は生まれながらの強者だった。

 大きな町の領主の家という恵まれた生まれ。

 そして三歳の時に無自覚に魔力に触れたその一瞬で魔術の一端を行使できた天性の才能。

 カドック・シストリアが己の才覚を自覚した時、彼の両親が治める街に悪魔が誕生することになる。

 最初、周囲の大人は彼に惜しみのない称賛を送った。

 尊い血筋と、その身に宿した才能。

 自分にとってはできて当たり前にすら感じることを、異常に持て囃す自分よりも年齢が上の人間たち。

 それは彼の自尊心を歪に満たし、彼を増長させる結果となった。

 背が伸びるにつれて彼の魔力は大きく育まれ、その身にさらなる万能感をもたらした。

 試しに彼は街を歩いた時に出会った平民の男を炎の魔術で焼き、そんな自分を咎める侍女を氷の彫刻にした。

 増える魔力に比例するように、使える魔術も多くなっていく。

 どんな術ができて、どんな術ならまだ出来ないのかを試すのが日課となった。

 それはまさにこの世の摂理を操る力とも錯覚させ、彼はますます己の力の大きさに酔うようになる。

 男も、女も、老人も、子供も。

 彼の魔力の前には無力であり、正義だの復讐だのを口走りながら挑んでくる輩を魔術の練習として蹂躙することが日常となった。

 方法の是非はあれ、そのまま行けば魔術の真理を求める道もあった。

 魔法を極め、術の理を解き明かす最高の魔法使いへと至る才覚があった。

 しかし彼は他者を蹂躙する事に生きがいを感じる怪物の道を歩んだのだ。


 その魔力、まさに無双。

 街を統治し、周辺の魔獣すら使役する強大な力の前にいつしか彼に歯向かう者はいなくなった。

 

でもそんな彼にある日、転機が訪れる。

 自分の治める街に、得体の知れない不思議な男が訪れた。

 その顔は物語の王子のように整っており、周囲の人間はただ言葉を交わすだけで彼に心を開いていく。

 甘いマスクと耳心地のいい言葉で周囲を魅了する、煌びやかな衣装を纏ったその男。

 領主である自分よりも支配者に相応しいと思えてしまうほどの、強力なカリスマを持つ至高の存在。

 どこぞの王族かと警戒すれば、なんのことはない。

 神竜教という一大宗教組織の長だという。

 しかも王侯貴族が組織を治めているかと思えば、成り上がりの平民というではないか。


(平民風情がっ!)


 いくら神竜教の長といえど、生まれは自分の方が上。

 特権階級であることを自負し、権威と力に溺れていた彼がその男──シース教皇を敵視するのは至極当然の流れであった。

 ──しかし。

 民を焼き、魔獣を駆逐し、いつしか怪物として自分を駆除しようとした両親と領主軍すらも簡単に塵と化した自分の魔法。

 シースに魔法を向けた彼は、自分より上の存在がいることを知ることになる。


『おやおや、稚拙な術ですね?』


 稚拙。

 投げかけられた言葉の意味を理解した途端、瞬時に沸騰した怒りに任せ全ての魔力を彼に向けた。


『で、満足でしょうか?』

 

 己の全て曝け出した。

 時間のかかる大魔法も、タリスマンの力を借りて限界を超えて放出した軍団魔法も。

 その身に受けたシースが顔に浮かべるのは出会った時と変わらぬ笑顔。

 物語の王子のような綺麗な顔で、微笑みかけてくる教皇に彼は疑問をぶつけた。

 

 ──なんで?


『弱いからですよ』

 

 ──どうして?


『力の使い方が下手なのです』


 ──どうすれば?


『私の元に来なさい』


 ──ああ。


 カドックは己を王だと位置付けていた。

 その自負は今も変わらない。

 しかし目の前にいるのは圧倒的に自分よりも上位の存在。

 なら、王である自分の上位存在とは?

 教義など、竜神など、どうでもいい。

 シース教皇さえ側にいればそれでいい、彼こそが自分にとっての神なのだとカドックは悟った。

 シースに対する羨望はいつしか盲信に変わり、盲信は信仰へと変わっていく。

 そんなシースを悩ませる存在が今、彼の目の前にいる。

 あまつさえ、自分を小馬鹿にするような笑みさえ浮かべている。

 カドックは心の内から湧き上がる憎悪に身を任せるかのように、叫び続けた。

 憎しみが、止まらない。

 果たして自分の内にこれほどまでの憎しみがあったのかと疑うほどの暴風のような感情の発露。

 しかし今の彼にはそれを疑問に思う理性は残っていなかった。

 そのまま闇に落ち続ける彼の意識。

 だがその時、闇に沈んだ彼の心に囁きかける者がいた。


『──カドック。これは賢者にしてやられましたね』


 聞こえてきたのは、彼が唯一敬愛する主の声。


『あなたにはまだ時期尚早と種を残していたのが仇となりましたか』


 教皇、と。カドックの心に伝わるシースの声が失った理性を取り戻させる。


『さあ、でもここからです。あなたの力を持って理解させてやりなさい。私たち神竜教の力を──忌々しいあの賢者に』


 苛烈な感情の発露が再び起きた。

 その感情は闇の底に沈んでいたカドックの意識を押し上げるように急浮上を始める。

 脳裏に浮かぶのは忌々しい賢者の顔。

 その姿を、その声を思い返す度、憎しみが──力が際限なく高まっていく。


「──ユルサン、ユルさンゾ賢ジャあアア⁉︎」

 

 かつて世界を襲った魔王の災禍が、再び世界に誕生する瞬間であった。 

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