今日の日は
遅くなりました、ギリギリ日曜日更新!
「え!?」
その異変にナナリーとエレノアだけでなく、アランとユーリまでもが目を見開きオレを見た。
この制約を使用するにはそれなりに魔力を消費するので、一気に周囲の魔力濃度が上昇したのだ。
『カルエルの名において我が妻、エレノアに命じる』
「なっ! マスター!?」
それは彼女を強制的に支配する特別な呪言。
竜族と魂約を交わした者だけが使用できる絶対支配権。
オレはその力を行使してこの状況を打開した。
『我が元に来い』
剣戟を繰り広げていたエレノアが、ナナリーの前から飛び退きオレの隣に降り立つ。
それは己の意思によるものではなく、他者から強制的にさせられた動作。
「さあ、ここまでだ」
「カル、今のは……」
「ははは、ねえ、カル。まさかその人はあの滅竜皇女だとでもいうのかしら?」
さすがは察しがいいな。
今の呪言が何かをユーリは察したらしい。
それだけでエレノアの正体を思い当てたようだ。
「エリィ、悪いがこれ以上はまずい。この国で揉め事を起こしては、せっかくの計画も台無しになってしまう」
「……」
何も言わずこちらを彼女はじっと見つめてくる。
その綺麗な琥珀色の瞳に、まるでオレの内面が透かし見られているかのような錯覚まで覚えてしまう。
特に怒気が込められているわけでもないが、足が震えてしまうのはオレの臆病さ故か、はたまたやましさ故か。
だがそれを一切表出さず、オレはそんな彼女の瞳を黙って見返した。
悪いが少し大人しくしていてもらわないとこちらも困るんだ。
精一杯の毅然とした態度で彼女を見返す。
「……ふん」
鼻息とも取れるような一言を最後に、彼女は全身から迸らせていた魔力を引っ込めた。
オレから目を逸らし、翼をしまって腕を組みながら明後日の方向を見ている。
とりあえず、エリィはこれで大丈夫だろう。
あとはこの状況を落ち着かせるため、彼らに説明する必要があるな。
「ユーリ、君の思っている通りだよ。彼女はあの滅竜皇女だ」
「ま、まさかあのお方とあなたが結婚してたなんて」
「ははは、まあ色々あってね」
「ちょっと待ってくれ。なんなんだ、その滅竜皇女って?」
話についていけないと、アランはそう言って尋ねてきた。
「わかった、全てを話そう。とりあえずは、一旦落ち着ける場所に行こうじゃないか」
ふと見れば王女が多数の衛兵達を連れてちょうどこの場所までやってきた。
これは一旦、しっかり話し合いの場所を作ったほうが良いだろう。
オレの言葉にナナリーもアランも渋々と言った様子で剣を納めた。
それを見ていたエリィが一つ忠告してくる。
「……マスター、その力を使うことがどういうことか分かっているのか?」
「ああ、勿論だよ。すまなかったね。謝罪は後でしっかり君に行うから、まずはこの場はオレに預けてもらえないかな」
「ふん、いいだろう。だが、代償の事は忘れるなよ?」
「わかっているとも」
後のことは未来のオレに任せよう。
とりあえずはこの半壊した屋敷から別の場所に移動しなければならない。
どこかいい場所はあるかな?
「アラン」
「ん?」
一番この地に詳しいであろうアランに、オレは場所を提供してもらうことにした。
※
「いやはや…これはこれは……」
リオン国王が満面の笑みで、尋常じゃない汗をかきながら彼女のご機嫌を伺っている。
案内されたのは王宮の一室。
本来は貴族を集めた盛大なパーティーが開催される部屋には大きなテーブルが一つ用意されていた。
卓上にはところ狭しと見たこともないフルーツやらデザートやらの高級な甘味が用意されている。
後で聞いた話によると、この時期に少量しか取れないため市場に出回ることのない王族への特別な献上品だったらしい。
食べれば魔力を増すセフィロトの実の盛り合わせやら、精霊果実のシャーベットなど、王族でも滅多に食べればいものばかりだったようだ。
「……まあまあだな」
「あ、ありがとうございます!」
そんな超高級果実を無造作に指で摘んで口に放り込む女性の姿。
マナー違反に見えるような動きでも、不思議と優雅で妖艶である。
彼女の評価に国王は安心したかのように下がり、立ち並んでいる見物客の列に加わった。
「リオン陛下、あなたはこちらに座るべきでは?」
「い、いえいえ私など滅相もない! あとは賢者様と勇者様達でどうかご談笑を」
こちらに座るよう促したオレに、この国の最高権力者は笑顔を引き攣らせながらそう答えた。
逃げたな、タヌキ親父め。
いかん、思わず心の中で毒を吐いてしまった。
「ふむ、マスター。これはうまいぞ、食ってみろ」
「ああ、後でいただくよ」
オレは彼女が差し出してきたセフィロトの実をやんわり断って周囲を見渡す。
このテーブルの上座とでも言えばいいだろうか。
本来なら王家の人間が座るべき場所には、白銀の髪を靡かせた褐色の女性が当たり前かのように優雅に座っている。
国王が先ほどから機嫌を伺いまくっていたオレの妻ことエレノア・メノンだ。
そのすぐ隣の席にはオレ、そしてアラン、王女、ユーリ、ナナリーといった順でこの円卓を囲んでいた。
そしてオレ達の座る椅子の後ろには、大神官やらこの国トップの人々が緊張した面持ちで立っていた。
先ほど、こちらから離れて国王が立ったのは大神官の横だ。
大神官が『なんでアンタまでこっちで立ってるんだ』とでもいいたげな顔で国王を見ているが、リオン陛下はガン無視である。
ちなみに本当は上座には彼が座るはずだった。だがエリィが真っ先に彼が座る椅子に座ってしまったため、何も言えず黙って彼女のご機嫌を伺っていたのだ。
「さて、改めて紹介しよう。オレの隣に座っているこの女性がエレノア・メノン。オレの妻でありメノン商会の副会長だ」
「「おお!」」
オレの一言にギャラリーが響めきたつ。
“まさか、あの滅竜皇女が!?”
“しかしあのお方は魔王との戦いで死んだはずでは?”
“いえあのお姿はまさにエレノア皇女様で間違いありません”
“しかし、一体どうやって”
“カルエル様の妻ということは、きっとカルエル様がエレノア様を助けたのではないか”
“こ、このことを神竜教会は知っているのか!?”
“い、いや、確か新たな竜神様を祀り立てたと先日公布があったぞ”
“で、ではこれは神竜大戦の幕開けか!!?”
“ああ、一難去ってまた一難とは”
何やら好き放題言っているようだ。
彼女の立場は昔は確かに凄かったかも知れないが、今はオレの商会の副会長なのだ。
そこでまで心配することもないだろうに。
この調子ではこちらの会話がいつまで立っても始められやしない。
少し静かにして欲しいと声をかけようとした、その時──。
「お前達、少し煩わしいな。数が多すぎるのが問題か? その口を閉じぬというのであれば、私自ら間引かせてもらうぞ?」
「「「も、申し訳ございません!!」」」
エリィの一言で皆が一斉に頭を下げ押し黙った。
「お、お父様!」
その中にリオン国王もいたことから、王女が思わず嗜める。
まあ、仮にも国王がそんな簡単に頭を下げるものではないだろう。
王女の言い分は痛いほどわかる。
ただ、ならば最初の振る舞いから全てアウトだと思うのはオレだけだろうか?
「マスター、静かになったぞ」
そんなどうでもいいことを考えていたオレにエリィが声をかけてきた。
「え? ああ、すまないねエリィ」
「ふふふ、この程度構わないさ」
感謝を述べると先ほどの威圧が嘘のように、優しく笑った。
その姿はまるで、湖畔で戯れる無垢な乙女のようだ。
「エリィ……」
あ、だめだこれは見惚れてしまう。
というかこの場の皆が、彼女の変わりように驚いている。
「…………」
唯一、ナナリーだけは何故か一気に表情を暗くしてしまっていたが何かあったのだろうか。
「こほん、では改めて。……といっても、紹介はこれで終わりだから何か質問がある人はどうぞ」
その瞬間、アランやユーリだけでなく、後ろに控えていたもの達からも一斉に声が上がる。
「カルエル殿!? 一体これはどういうことか!!」
「メノン商会にはかの滅竜皇女がいるのか!? ぜ、ぜひ我が商会ともこの地における提携を!!」
「おいカル! なんなんだその美女は!? 羨ましいぞこの野郎!!」
「……アラン様? どういうことか詳しく聞かせてくださいな?」
「あ、いや王女、羨ましいというのは決してそのようなことでは」
「ねえカル。女神教の聖女としても神竜教のエレノア皇女とは…」
「ちょ、ちょっと、待って! みんな一人づつお願いします!」
「「「じゃあ私から!!」」」
怒涛の質問責めが始まってしまった。
姦しいというのはこのことを言うのだろうか。
皆の鬼気迫る勢いに部屋の温度まで上がってしまっている。
(ん、ナナリー?)
だがナナリーだけは一言も喋らず、ずっと黙って俯いたままだ。
どこか具合でも悪いのだろうか?
もしかしたら右腕の魔道具のせいで具合が悪くなったのかもしれない。
後で少し、個人的に話を聞いてみた方がいいだろうな。
そんなことを思いながら、オレはこの質問責めという精神攻撃に立ち向かった。
※
「つ、疲れたー!!」
「あはは、お疲れ様、カル」
怒涛の質問責めを乗り切ったオレは今、王国の街の外にある草原の一角に寝転んでいた。
隣にはナナリーがいて、オレを労ってくれている。
『──ねえ、カル。話があるの』
怒涛の質問責めから約六時間後。
一旦質問を打ち切って場をお開きにしたオレに、ナナリーはそう話しかけてきた。
変わらず暗い面持ちのままで、どこか具合が悪いのか心配していたが、どうやらそういう訳でもなさそうだ。
「……ふん、行ってこいマスター」
「え? あ、ああ」
エリィは隣で一緒に彼女の言葉を聞いていたが、最後はそう促されてしまった。
となると、ナナリーには何か聞いてほしい悩みでもあるのかも知れない。
そういえば、エリィが屋敷を壊す直前、ナナリーに話があると言われていたのを思い出した。
「ああ、聞こうじゃないか」
「じゃあ、ちょっと外に出ましょう。気分転換にもいいでしょう?」
「わかった。じゃあ行ってくるよエリィ」
「────ああ」
そしてオレは自分と彼女に浮遊魔術をかけて、しばらく二人無言で冷たい風が頬を撫でる空中散歩を楽しんだ。
しばらくして、魔獣の気配もない気持ちようさそうな草原を見つけたので降りた。
思えば幼い頃は、こうして二人で寝転んでよく星空を見上げていたものだ。
「なんだか懐かしいな」
「ええ、そうね」
そう言ってナナリーもオレの隣に寝転んだ。
かつてのように、ナナリーと二人で一緒に草原に寝転び夜空を見あげる。
「────カル」
ただ、あの時と大きく違う事がある。
「……」
もうオレたちは、互いを好いていたかつての関係ではないということだ。
夜の闇に沈んでしまいそうな、そんな浮かない表情をしたナナリーと、オレは目を合わせる。
この先の話題はきっと、重苦しいものになってしまう。
そんな予感を感じながら、オレは黙って静かに彼女の言葉に耳を傾けた。