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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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裁定

長らくお待たせしました。

 爆炎が目の前で大渦を巻いていた。

 溢れんばかりの紅蓮の光が全ての闇をかき消すように苛烈に室内を照らしたのだ。

 

 ──起源魔法:古竜咆炎(エンシェント・ロア)


 竜種が生まれ持つ固有魔法の竜咆哮(ドラゴニックロア)を起源魔法に昇華させた、エレノアならではの対国殲滅魔法だ。

 放たれた暴虐の炎は、()()()()()()カドックのみならずこの首都一帯を灰塵に帰したことだろう。

 だがその周辺一帯を灰塵に帰さんとした爆炎は、勢いよく渦を巻く状態で空中に固定されていた。

 一切の熱を漏らさず、爆炎の渦がカドックの目の前で空間に囲われるように停滞していたのだ。

 

 「こ、これは一体……」

 

 その不可解な現象に、間一髪のところで危機を逃れたカドックが呆然と呟く。

 どうやら今しがた己を襲ったものがなんであるかを未だに理解していないらしい。


「起源魔法をゼロカウントで発動、さすがはエレノア様と言いたいところですが……一体何を考えているのか今回ばかりは教えて頂けませんか?」


 未曾有の大惨事を防いだ彼女が、不意にエレノアに声をかけた。

 それはこの場にいる、俺以外では唯一の覚醒者であり、かつて勇者達を魔王の断末魔から守った英雄。


「すまないユーリ、助かったよ」

「全く、油断しすぎよカル。ちゃんと彼女の手綱を握りなさい」

「わ、悪い……」


 オレでは間に合わなかった。

 だって仕方ない。エレノアの落ち着いた様子に大丈夫だと油断した、一瞬の出来事だったのだ。

 この場にエレノアを止めれることのできる存在は数えるほどしかおらず、オレに代わって彼女がうまく対処してくれたようだ。


 「ふん、そう言うお前もしっかり起源魔法をゼロカウントで展開しているではないか」

 「私はあなたがカルを攻撃した時からずっと用意をしていただけです!」


 なんと、彼女はオレがボコボコにされている間、不測の事態に備えてくれていたようだ。

 言葉から察するに、万が一エレノアがオレに何かしようとした場合に止めるために魔法の発動を準備していたようだ。

 え、何この聖女? めちゃくちゃ頼もしいし優しくない?


 「ユーリ、ありがぶふぇ⁉︎」


 感極まってユーリに両手を広げて歩み寄ろうとした所を、エレノアに顔面を鷲掴みにされて邪魔された。


 「起源魔法レガ・レイク……瞬間的に対象を空白化する魔法か」

 「竜種の起源魔法なんて、この場所でそんなものを使えばどんな被害を生むか考えなかったのですか⁉︎」

 「無論、考えていたとも。考えた上での結果だ」

 「──はい?」


 当然だと言い放ったエレノアに、ユーリの笑顔が硬直した。

 その表情を久しぶりに見て、懐かしさすら込み上げてしまう。

 それは聖女の怒りの前触れ。

 彼女は滅多に激怒する人間ではないが、それでもかつて勇者の一行として旅をしていた時にはほんの少しだけ彼女の怒りを見る時があった。

 過酷な旅に精神的な負荷が限界を迎えた時、どうしても人は争いやすくなる。ナナリーやアランとチームの方針を巡って衝突したことだって何度もある。

 だが、時として些細でくだらないことが原因で大喧嘩に発展してしまうことがあった。

 世界を救った英雄とはとてもじゃないが言い表せれないほど、まるで子供のように感情に任せてその強大な力を振るった仲間を見た時、聖女はその怒りを解放したのだ。


 勇者一行は知っている。最も怒らせてならないのは勇者でも剣聖でも魔術師でもなく、聖女であるということを。


「わざと、ということですかエレノア様? この場の皆を巻き込むと知って尚、敢えて放ったと?」

「そうだと言っているだろう。一度言ったことを聞き返すなど阿呆か貴様は?」

「え、エリィ?」


 悪化する聖女の機嫌にも戦々恐々としているが、対するエレノアの機嫌も著しく悪い。

 確かにオレはとんでもないことをしてしまったが、ここまで彼女の機嫌を損ない続けるものなのだろうか。

 オレに怒りを晴らした後はスッキリした顔をしていたはずだから別の理由だとは思うのが……カドックを見たせいか?

 彼女の雰囲気がいつもと大きく違う。何やら雲行きが怪しくなってきた。

 

「あなたが神竜教にどのような感情を抱いているかは推察できます。しかし、怒りに任せて無関係な人々までをも巻き込むというのなら、私は──」

「無関係? 阿呆、ここにいる者全て無関係ではないだろう」

「え?」


 そう言って、彼女はこの場に集まる諸侯を氷のような冷めた表情で見回した。

 能面のような表情に反して、エレノアの瞳が紅く爛々と輝いている。

 それは竜種が興奮状態に陥った時のサインであり、彼女の精神状態が非常によろしくないことの証明。

 でもおかしい。オレが呼びつけた時の彼女は怒ってはいたが、その瞳はまだ冷静だったというのに。

 彼女の気持ちを推察しようとあれこれ考えていると、淡々とエレノアがその訳を語り始めた。


「我が夫が開発した瘴気中和剤。その効能、その成果は多くの種族が知ることだろう」

「え、ええ。もちろん」

「未だ残る魔王の脅威。抗いようのないその脅威から救われた者達が、愚かにもその偉業を疑うだと? 」


 彼女が一言を語るにつれて、場の空気がどんどん重苦しいものへと変わっていく。

 いつもオレが怒らせる時のような、()()()()()()()()()本物の怒り。殺意を伴う圧倒的強者の覇気をこの場の誰もが本能で察した故のことだろう。


「聞けば神竜教の申し出に対し、我が商会を一方的に疑ったらしいな?」

「それについては私ではなんとも……」

「そ、そういう訳ではありません!」


 返答に困ったユーリの代わりに、青白い顔のアメリさんが怯えながらも毅然と主張を口にした。

 怒るエレノアを前にしっかりと意見を言えるなど、力をともかくとして彼女の精神もまた英雄と遜色ないのかもしれない。


「では、なんだ? この有様は」 


 エレノアがアメリさんを見た。

 確かにあの裁判はこちらの無実を証明するためのもの。

 言い換えれば神竜教の言い分をある程度認めていたとも捉えられる。

 無論、それは──。


「こ、今回の裁判では実際に被害を訴える証人がいました。無論、我々も全てをメノン商会が原因であると決めていたわけではなく、その訴えの真偽を図るためにも……」


 アメリさんの必死な訴え。当然、理屈は通っている。

 だが一つ間違えてはならないことがある。

 オレは英雄だの賢者だのとどれほど煽てられようと、人の枠組みの中で生きている。

 権力者の定めた法を守り、対話と交渉によって物事を推し進めるように生きている。

 だがそれは、あくまで社会の中で生きる上での必要事項であり、強制されたものではない。

 その気になればいつだって法則を無視することは出来るのだ。

 それだけの力がオレにはある。

 そしてそんなオレにとって、エレノアは可憐で過激な素晴らしい妻である。

 彼女もオレの意向を尊重し、社会の枠組みの中で生きることを了承してくれた。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 ──だから、それが彼女自身についてとなると少し事情が変わってくる。

 彼女は竜種の皇族であることはこの世界でも知られている。

 この世界に数多ある国々の王ですら、歯牙にも掛けない存在だ。

 だからこそ、知っておかなければならない重大なことがある。

 彼女の本来の在り方とは、竜種の皇族としてその責務とは。

 太古の昔、父である竜神よりこの世界の行く末を託された裁定者であるということ。

 彼女は人の常識──社会の枠組みに捉われない。

 彼女は己の価値観のみによって行動する。

 時には不条理に、時には悪魔のように、竜種の理に基づいて世界の維持と発展のために他者を裁くのだ。

 数多の国の王族が、自国内ではそうであるように。

 彼女を裁ける者はこの世界にはいない。


「いつから人はそんなにも愚かになったのだ」


 そんな彼女がエルフも魔族も含めた人という種族の大枠に対して怒りを露わにしている。

 これは非常にまずい展開だろう。


「シースやカドックの嘘も見抜けずに踊らされた挙句、愚かにも星の命を救った英雄を貶める始末」


 エレノアの怒りに呼応するように、暴風とも取れる魔力の奔流が彼女を中心として巻き起こった。


「中和剤の劣化複製、その副反応。我が血を応用しようとして失敗を繰り返したようだな。当然だろう、純血竜種の血など竜の血を引く者以外には劇薬に他ならない。被験者の体内にある残留魔力を調べればすぐに分かるものを、我らの商会になすりつけようとしたとは。裁判などと騒ぐ前にこんなこともすぐにも分からなかったのか?」


 アメリさんを──この場の人間種を責めるエレノアの言葉に耳が痛い。

 無論、オレだってその手段は考えた。しかしそれには大きな問題があったのだ。

 被害者の体内を蝕む毒が純血竜種の血だと証明できないからである。

 無論、オレには判別できる。

 被害者の体内の残穢──オレの中和剤にはあるはずのない竜種の血が原因だと主張するのは容易い。

 しかしオレが解るだけではダメなのだ。裁判という括りの中で争うには、全員が……種族覚醒者以外にも解る手立てで証明しないといけない。

 故にオレは一番確実な方法を取ることが出来なかった。今回の件、大々的に世界で報じられた以上は自分の周囲だけではなく、市井の人々にもある種の証明をしなければならなかったのだから。

 無論、シースもそこらの事情を考慮した上での提訴だろう。


「で、ですから諸侯の集まるこの場にてその証明と公正な判決を──」


 アメリさんは至極真っ当な反論を彼女にした。

 そう、オレと同じ考えを持って。裁判という括りの中で争う以上はこの上ない正論を。

 しかし、その言葉はこの状況においては悪手以外の何物でもない。


「──公正? この星に住む数多の生命を救った偉業を理解できず、挙句その恵みに唾を吐きつけるが如き愚行に平気な人間が公正な判決だと?」


 まずいと、離れた距離にいた大王が言葉を漏らした。

 オレよりも長く彼女の側にいた彼なら、もしかしたら見たことがあるのかもしれない。 

 彼女に裁定された種族の末路を。

 伝説に語られる、滅竜皇女の逆鱗に触れた大国が崩壊するその瞬間を。


「だが、よかろう。案ずるな」


 ふっと、それまでの険しい表情を崩し彼女は微笑んだ。


「貴様らに量れないのなら、私が代わりに裁定をしてやろう」


 まるで天上の女神のように柔らかい笑みを浮かべたまま、彼女は爛々と輝く紅い瞳で見据え、明確な殺意を宿した言葉にてこの場にいる人間に告げた。


「貴様ら人は救われるに値せん」


 途端、この場にいるすべての者の背筋に怖気が走った。

 最早彼女の怒りは神竜教だけに向けられていない。

 神竜教もカドックも関係ない、この場にいる裁判に加担した──オレを疑った全てがその怒りの矛先なのだ。

 そんな中で、オレは不思議と彼女の言葉に聞き入っていた。

 いや正確には当時のことを思い出し、その記憶の中に溺れていたのだ。


「魔王をも凌駕する力を得た我が夫が、真っ先に行ったのは今も苦しむ他者のためにその力を振るうことだ」

 

 彼女は知っている。あの白銀の神殿の中、二人で語りあった世界の未来と皆の幸せを。この中和剤が誕生するに至った経緯を。


「偉大な我がマスターを侮辱するというのなら」


 どういう想いで、オレ達がこの中和剤の量産へ苦労しながら辿り着いたのかを。


「死を持ってその償いと為せ」


 彼女から放たれた魔力はユーリの防いだ起源魔法とは比べ物にならないほど魔力密度を増していた。


「ま、待てエレ──!」


 我に返ったオレの静止は間に合わない。

 ──刹那、軍団魔法にも平気で耐え得るユグドラシルの建造物は無惨にも崩壊したのだ。

私事が落ち着きましたのでまた投稿を再開していきます。是非、最後までお付き合い頂ければい幸いです。

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[一言] 再開めっちゃ嬉しいです! ご無理はなさらず、でもなんとか完結までお願いします!
[一言] 更新感謝です。おかえりなさい!
[一言] 待ってました!
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