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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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論証と真実


「まず、オレの中和剤の特性から説明しましょう」


 そう言ってオレは自分の開発した中和剤を取り出すと、アメリさんだけでなく後ろのオーディエンスに向かっても解説を始めた。


「これは文字通り、瘴気を中和するもの。人間の体の中に残る瘴気を無毒化するためのものなのです」


 オレの言葉を、一様が固唾を飲んで聞いている。

 彼らにとっては自分の責任問題になりかねない重大事件でもあるのだから無理もない。

 過去、各国の王侯貴族からこの中和剤の効能と無毒性について問い合わせが入った際、オレは中立国であるこのインスタシアの病院に彼らを招いてその実演を行った。

 すでに多くの者が瘴気に侵され、中には貴族までもが瘴気に苦しんでいる。

 また、魔王軍との戦闘に参加した兵士はそのほとんどが瘴気を患っていたため、国力の低下にもつながるこの問題に対し、背に腹は変えられないと彼らは長い治験と認証手続きをすっ飛ばして流通させたのだ。


 光の賢者と、あのエレノアを擁していた神竜教の戦い。

 市井の人間にとってはある意味面白いエンターテインメント要素を感じるものかもしれないが、この場に集った王侯貴族に関しては自分の立場を脅かすかもしれない非常に重要な出来事。

 だが、裁判中にオレへの問い合わせが殺到しなかったのはアレキサンドロス大王と聖女のユーリが今回のオレの勝ちを確信し、周囲に吹聴していたからに他ならない。

 無論、仲がいいからとかそういうのではなく、その信頼はこの中和剤の成分によるもの。


星垓魔力(せいがいまりょく)というのをご存じでしょうか?」

「星垓?」

「我々、種族覚醒者が持つ特別な魔力のことです」


 一瞬、この場にどよめきが起こった。

 種族覚醒者はこの世界中に数人しかいない、超希少種。

 その研究は進んでおらず、過去の七賢者のみが知る神秘とされていたものを、オレが解説し始めたからだ。

 興味を示す者、訝しげな表情を浮かべる者、その反応は様々だ。


「この星垓魔力を覚醒させたものこそ、世間で言う賢者であり、この魔力は生物に莫大な力をもたらします」


 無論、生まれ持った種族差にもよると言う前置きに、皆が一様に思い浮かべたのは七賢者の中でも群を抜いていた純血竜種である彼女のことだろう。


「でも実は、この星垓魔力というのは誰しもがその身に生まれながらにして秘めているのです」

「え? そ、それは私もということでしょうか?」

「はい、アメリさん。この魔力を覚醒させれば、誰もが賢者──すなわち種族覚醒へと至れます」


 もう一度、ざわめきが起こる。

 それは先の比ではなく、この世の神秘の一端を知った彼らの慌てぶりと興奮が、大きな音となってこの会場を揺るがした。


「静粛に、静粛に‼︎」


 騒ぐ彼らにアメリさんがいくら槌をついても、この場の喧騒は止みそうにもない。

 このままでは裁判の進行が遅くなってしまうだろう。

 シースがこの場に現れないと言うのなら、それはそれで好都合だったオレにも望ましくない展開だ。

 なので、仕方なく手を貸すことにする。


「──みなさん、お静かに」

「「「っ⁉︎」」」


 オレの問いかけるようなたった一言、それだけで場は静まり返った。

 特に威圧することもなく、少し大きいくらいの声で言った言葉は皆の心に不思議と沁み入り、興奮状態の彼らを落ち着かせた。

 一瞬で場の空気を支配したオレを、戦慄したかのように見る諸侯。

 ともすれば、大国の王族のようなカリスマと言われる雰囲気を持つオレに驚いているのかもしれない。


「この星垓魔力を覚醒させるのは非常に困難を極めます。人の手でどうにかできることではないので、どうかご安心を」


 彼らの懸念に釘を刺し、落ち着きを促す。

 原理を解明し、種族覚醒を狙ってできるようになるのでは、と彼らは考えたから興奮状態に陥ったのだ。

 そんなことをすれば今の世界のパワーバランスは簡単に崩れるから、彼らの立場を考えれば無理もないこと。

 しかし今の主題からは大きく逸れてしまうので、強制的に元に戻した。


「では、続けましょう」

「お、お願いします」

 

 オレのカリスマ性にアメリさんや、神竜教の面々までも驚いているので少し気分が良くなってしまう。

 だがまあ、残念ながらこれにはカラクリがある。

 なんのことはない、声に星垓魔力を乗せただけ。

 それはどこかの民族では『言霊』と呼ばれ、超常の力として伝わっているもの。

 星垓魔力を乗せた声──つまり音は、聞いた者の内にある星垓の種を刺激する。

 その刺激が、相手に引き寄せられるような、不思議と心を満たすような感覚に陥らせるのだ。

 そんなことを星垓魔力なしで、自身の人間力だけで出来てしまう大王なんかは本当のカリスマかもしれないが、残念ながらオレはそうではない。


「皆さんは勇者アランをご存知でしょう? 魔王の瘴気を無効化する特異体質の持ち主であり、聖女と剣聖と共に魔王を討ち取ったあの英雄を」

「え、ええ、もちろんですが、それが何か?」

「その勇者の力も星垓魔力に起因します」

「それはつまり、星垓魔力をうまく活用すれば、瘴気をどうにかできると?」

「はい、その通りです」


 さすがはアメリさん、頭がいい。

 だからオレはこの中和剤の秘密をはっきりと告げた。


「この中和剤にはオレの星垓魔力が込められています」

「っ!」

「もちろん、それはほんの一部。まるで海の塩水の一滴をプールいっぱいの水で希釈したほどのものですがね」


 ユーリやエレノア、アランのような星垓魔力を持っていても打ち消せないような致死量をはるかに超えた瘴気に侵されている者はその限りではないが、種族覚醒も果たしておらず、瘴気を身に宿してなお生きている者にはこの量で十分なのである。


「なるほど、なるほど。賢者殿の説明はよくわかりました」


 皆が息をのみ、場に静寂が広がる中、カドック枢機卿がオレに傾きつつある場の空気を引き戻すように声を発した。


「だから、魔力暴走が起きたのではないですか? 本来は眠っているはずの星垓魔力に無理に働きかけたせいで、そうなったのでしょうよ」

「そ、それは……どうなのですかカルエル殿?」


 最もらしいことを言うカドックに惑わされ、アメリさんは不安そうにオレに聞いてきた。


「存外、頭が悪いな枢機卿。シースならそうは言わなかっただろうに」

「何っ?」


 小馬鹿にしたオレを、醜悪な本性を見せるかのように歯を剥き出しにし、鬼のような表情を浮かべて睨みつけるカドック。

 まあ、()()()()()()()()()()オレからしたらそう驚くことではないが。

 貴公子然としていたカドックの顔芸にアメリさんは少なからず驚いたようだ。


「みなさんも知ってのとおり、星垓魔力と人間の持つ魔力は全くの別物です。星垓魔力が普通の魔力に干渉できるなら、種族覚醒までとはいかずとも、それに近い力を持つ存在が増えていたことでしょう。このことは歴史が証明しているはず」

「そ、それは確かに……」

「星垓魔力は覚醒させなければ意味がない。いくら星垓魔力を刺激しても、普通の魔力の暴走なんて起きないのです」


 オレの話に、完全に皆が引き込まれている。

 食い入るように見る者もいれば、ポカンと開いた口を閉じることを忘れている者もいる。

 まさに最高の出だしといえよう。

 ちなみに星垓魔力は皆を静かにさせたあの時以外は使っていない。

 これは完全にオレの力だ。

 得意げに関係者席に座っているロンに振り返ると、彼女も驚いた顔でオレをみていた。

 これでこの前の醜態は帳消しになっただろう。いつもオレを馬鹿にする彼女の評価を上げることに成功したかもしれない。

 気分をさらによくしたオレは堂々と続きを語り始める。


「ではなぜ、魔力暴走が起きたのか? その原因がこの神竜教の中和剤です」


 一呼吸置いて、真実を告げる。


「この中和剤にはエレノア皇女の血が使われています」

「なっ⁉︎」

「間違いありませんね、カドック枢機卿」

「……」


 おっと、黙ってしまったぞ。

 恨めしそうな顔でオレのことを睨むばかりだが、そんなことでは裁判に勝てないだろうに。

 なかなか、奴の代役としては不十分な男である。

 

 ──だけど、まあ。


 そんな彼には使い道がある。

 その時まで、完全にこの裁判に勝つためにも皆の心証をこちらに傾けておこう。


「裁判長。エレノア皇女の伝説に、彼女の血の万能薬性が語られてるのは知ってますね?」

「ええ、有名な英雄譚ですね。かつての戦場で死にかけた英雄に血を与えて救った後、救われた男は王になって永遠の繁栄を築いたという、まあただの御伽話ですが」

「ふふふ、その御伽話の真実性は後でアレキサンドロス大王にでも聞いてみてください」

「大王に? 永遠の繁栄……王……まさかっ?」


 さらっと暴露したオレに驚くもの、恨めしそうに見つめるもの、反応は様々だ。

 無論、恨めしそうにみたのは当の本人である大王ただ一人だが。


「この中和剤。彼女の血を回復に転用しようとして失敗したせいで、今回の症例は発生したのです」


 隣に立つカドックの顔がどんどん暗く、悪魔じみたものへと変貌していく。

 そんな彼の状態を無視し、オレは推測という名の真実を話した。


「大方、オレの中和剤に混じらせてこっそり治験を行ったのでしょう。そして自分達の中和剤の完成度を高めた後、その失敗を我がメノン商会に押し付けたのが原因です」

「それは……いいでしょう。では神竜教の反証に移ります」


 俯き、表情の見えないカドックにアメリさんが語りかける。


「今しがたのカルエル殿の話は本当ですか、枢機卿」


 アメリさんの問いに、カドックは鈍重な動きで顔をあげた。

 感情を見せない能面のような顔からは最初の余裕は感じられない。


「無論、違いますとも」

「では反証をどうぞ、カドック枢機卿」


 さあ、君の言い訳を聞こうかじゃないか枢機卿。

 どうあがいても詰んでいる彼に、オレは最初に奴に向けられた不敵な笑みと同じ顔を作り笑いかけたのだった。


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