第一の刃
「シース教皇がいない?」
再び始まる裁判の直前、裁判長を務めるアメリさんに控室へと呼び出されたオレは、急ぎ走って知らせを届けた彼女の部下からそんな信じられない言葉を聞いた。
「やれやれ。逃げたのかな?」
少し肩透かしをくらった感じは否めない。
この場で完膚なきまでに潰しやろうと、こちらもそれなりに頭を使ったと言うのに。
「そうではありませんよ。教皇は忙しい方なので、私が代わりを務めさせてもらいます」
「おや?」
そう言ってシースの代わりにこの場に入ってきたのは、昨日の中和剤受け渡しの際にヤツの側にいた男。
青みがかった髪に、メガネをかけた切長のその瞳からは冷たい印象を受ける。
まあ、美男子ではあるのだが……。
「誰だっけ?」
「カドック枢機卿ですよ、カルエル殿」
「ああ!」
確か枢機卿といえばシースの次に偉い人だったか。
「おやおや、賢者という割には教養も知識もないようですね?」
そんな男が開口一番、早速オレに喧嘩を売ってきた。
「いやあ、すみません。神竜教のことは嫌いですし、下っ端に興味はなかったので……知識不足ですみませんね!」
当然、オレも満面の笑みで切り返す。
またか、と頭を抱えるアメリさんを他所にオレとカドックは睨み合った。
「賢者殿は本当に面白い方ですねぇ……その程度の頭しかないから勇者の一行からも外され──」
「そこまでです」
オレを煽ろうとしたカドックをアメリさんが止める。
別に過去のことをいくら持ち出されたところで、オレが心を乱すこともないのだが。
どうやら昨日の礼拝堂の一件を警戒したようで、また騒がしくならないように気をつけているみたいだ。
「カドック殿。それに、カルエル殿も。決着は裁判でつけてくださいね?」
「ええ、もちろんですよ。我が竜神に誓って」
「了解しましたよ、アメリ裁判長」
「……お願いしますよ、カルエル殿?」
「ん? ええ、まあ、もちろん」
何故かもう一度アメリさんに念を押されてしまった。
その顔からとても不安そうな様子が伺える。
(いや、不安というよりは……何か焦っているのか?)
オレのことを、本当に心配そうに見ているのには何か訳があるのだろうか。
心当たりがあるとすれば、ナナリーを動かした事だろうか?
それとも昨日の起源魔法の件だろうか?
(でも、だからといって彼女は何を憂いているんだろうな)
そんなオレの考察を他所に、彼女は淡々と出廷を促した。
「では、二人とも。法廷へ参りましょう」
アメリさんに着いて行き、細い通路を歩いていく。
少しして見えてきた大扉を護衛の騎士が開け放った。
(ほんと、前も思ったけどこれじゃコンサートホールだな)
左手に見えるのはこの裁判を見学しようと世界中から集まった人が勢揃いする傍聴席。
一階席と二階席に分けられており、その奥行きはかなり広い。
そんな席に所狭しと座るのは、この世界の王侯貴族だ。
そして右手には裁判長が座る席と、オレたちが答弁する場所だ。
「これよりメノン商会瘴気中和剤の副作用隠蔽疑惑の裁判を始めます」
壇上の最も高い位置にある席に座ったアメリさんが、静かな声で始まりを告げた。
「両人、前へ」
前と同じように、この裁判室の中央に、二つ並ぶように設けられた証言席へとオレとカドックは進む。
「前回の続きからになりますが、メノン商会より新たな証拠の提示がありました。持ってきてもらえますか?」
「はっ!」
側に控える騎士に命令し持って来させたのは小瓶に入った真紅のポーション、神竜教が作ったとされる瘴気中和剤だ。
そこから漂う魔力の残滓に、思わず顔を顰めてしまう。
「っ! そういうことか神竜教……」
傍聴席では、早速のその正体に気付いたアレキサンドロス大王が忌々しげに顔を歪めた。
どうやら彼はこれを見ただけで、この事件の全容を察したようだ。
彼には彼女の血が流れている。いや、彼女の血だけでなく、彼女の妹──つまり大王の母の血も流れているのだ。
もしかしたら、オレが感じるよりも濃厚に、その気配を察したのかもしれない。
「おいカルエル! 無論ただでは済まさんのだろうな?」
傍聴席の大王が、突然大きな声をかけてきた。
「だ、大王……」
そんな大王にアメリさんが小声で困ったように呟く。
裁判中に第三者が、被告に話しかけるなど普段であればあってはならないこと。
本来であれば即座に退廷を命じられてもおかしくない。
だがその相手は、この世界の頂点に位置する大国マケドニアの覇王アレキサンドロス。
流石のアメリさんも 、迂闊には動けない。
「ええ、大王。オレは今日、この日を持って神竜教を滅ぼします」
「「「なっ⁉︎」」」
そんな大王に殺気を込めた言葉で返す。
オレの本気を知った王侯貴族が一様に顔を強張らせた。
そんな中ただ一人、大王だけが満足そうに頷いている。
だが、その大王も次のオレの発言ですぐに顔を青ざめさせた。
「安心してください。彼女も後でこちらに呼びますので」
「彼女をこの場に呼ぶのかっ⁉︎ か、考え直した方が──」
「構いません。言ったでしょう、教団を滅ぼすと」
流石にそれは、と。
悩むように呟く大王の様子を見て、事情を知らぬ大勢の者が混乱に陥った。
「か、カルエル殿……」
そんなオレたちのやりとりを聞いて心配そうにこちらを伺うアメリさん。
どうやら少し置いてけぼりにしすぎだようだ。
「ですので、どうか静かに見守っていただきたい」
少し申し訳ないと思ったオレは、彼女を安心させるため、暗に黙っているよう大王に釘を刺す。
だが事情を知るリオン国王や聖女ユーリからは、恨めしそうな視線を送られた。
彼女の苛烈さを知るミドラス魔王は、そっと自分を護るタリスマンに呪いをかけている。
「そ、それでは裁判の前にカルエル殿、まずは今回の証拠品についての説明を」
「はい」
アメリさんに促され、オレはこの場にいる全員にある宣告をする。
「この証拠について説明する前に、みなさんが一番気になっている魔力暴走の症例について結論から申し上げましょう」
「あ、あの……」
証拠品の説明からいきなり逸れたオレにアメリさんが戸惑うように声をかけた。
そんな彼女を無視して、オレは先を続ける。
「全国で多発した魔力暴走の事件。これは我が商会の中和剤が原因ではなく、この神竜教の中和剤が原因です!」
手に持った証拠品を高く掲げ、オレははっきりと宣言した。
面食らうように驚くカドック枢機卿。
いきなり確信をついてくることは予想していなかったのだろう。
それは証明不可能という絶対的な自信に裏打ちされたものかもしれない。
だが、甘い。
「これはこれは、また荒唐無稽なご冗談を」
「荒唐無稽でも冗談でもありませんよ」
「裁判長! こんな発言を許されるのですか⁉︎」
すぐに彼女に訴えかけるカドック。
大方、シースとの裁判の時のようにオレを下げて印象を悪くするためだろう。
怒った顔をアメリさんに向けているが、こちらを一瞬見た時は不敵に笑っていた。
だが、オレもそんな彼に同じ笑みを返す。
まずは、第一の刃だ。
着実に彼らの息の根を止めに行こうではないか。
「な、なんかいつものカルじゃないわね……」
ふと、後ろからユーリのそんな声が聞こえてきた。
それは仕方のないことだ。
あんな光景を見せられて、あんな仕打ちを目の当たりにして。
我慢していられるほど、オレは清い人間ではないのだから。
「なら今から説明しましょう。よろしいですね、裁判長」
カドックを見つめ、オレは大きな声で言い放った。
それは許可を求めるのではなく、今から話す内容を遮るなという意味合いも込めて。
「は、はい」
そんな先の裁判の時とは決定的に様子の違うオレに、アメリさんは慄きながら発言を許してくれた。




