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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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光の雨


 神竜教の本部にある奥の院。

 カルエルたちが入った敷地の表部分とは違い、ここには神竜教の幹部、それもそのごく一部しか入れない。

 質素さと親しみやすさを演出していた表とは違い、この場所はまさに神竜教の本性である闇の部分。

 奥の院には各国から集めた豪華絢爛な調度品や、シスター服で偽装したこの上なく美しい高級娼婦たちが集っており、教服に身を包んだ幹部達が楽しそうに彼女達を侍らせていた。

 そして彼らが毎晩のように舌鼓をうつのは、世界中から取り寄せた高級食材で作られる宮廷料理も真っ青な晩餐の数々。

 そんな欲望にまみれた奥の院と呼ばれる場所に立つ塔の中、豪華な調度品が飾られた部屋の一室で、今宵も娼婦と楽しんでいた彼はその違和感に気づいた。


「ん?」


 ふと、何かが自分の体を通り抜けた。

 何も見えず、一瞬しか感じなかったので気のせいかとも思ったが、見ればベッドの上で自分が下に組み伏せていた女も、同じように首を傾げている。


「今のは……」


 ここ数年、パラティッシの夜には明かりも少なくなり街からは商人や冒険者が酒宴を賑わす活気も消えた。

 代わりに聞こえてくるのは()()()()()()()()()

 しかしどれだけ民が苦しんだところで、自分にはなんの関係もない。

 むしろ余計な詮索をせず、教団の中心に居座れる利益を享受することで数年前より格段に豪華な暮らしができていた。

 小国の大貴族としてだけでは、とてもここまでの生活を送ることはできなかっただろう。

 現状に満足し、我欲を追求する彼は、()()()()()()()()()()を邪魔した今し方の違和感を疑問に思いふと窓の外に目をやった。


「な、なんだあれはっ⁉︎」


 その光景を目の当たりにするや否や、男は急いで脱ぎ散らかしたていた衣服を身に着ける。

 直前まで睦言を囁いていた相手を放って、慌ただしく彼が向かうのは自分の主、この教団のトップがいる場所だ。


「シース殿‼︎ 窓の外のアレを見たか⁉︎」


 ノックもなしに、不躾に部屋へと乱入してきた男を、先ほど教皇と一緒に隠し部屋から戻ってきた枢機卿が不愉快だと言わんばかりに眉を顰めた。


「ここはシース教皇の部屋ですよ? いささか、無礼ではありませんか?」

「こ、これは、すみません……」

 

機嫌を損ねてはいけない相手に、不機嫌な態度を取られ彼は途端に萎縮する。


「カドック、構いませんよ」


 だが、この部屋の主であるシース・メルガザルはそんな男に助け舟を出した。

 己の腹心にそう声をかけたシースは、不躾な乱入者──サラドの無礼を気にすることもなく、ぼうっと窓の外を眺めていた。

 

「サラド殿。あれは軍団魔法……それも一般的な魔法ではない、起源魔法による軍団魔法ですよ」

「き、起源魔法? それは一体……?」


 魔法は魔法だろうと、特に魔術に精通していないサラドは疑問を投げかけた。

 だがサラドの問いにシースが答える前に、パラティッシの夜空に浮かぶ魔法陣の群れが回転を始め、その光を強め始めたのだ。


「ひいっ⁉︎」


 思わず甲高い悲鳴を上げたサラド。

 数年間より確実に球体へと近づいたその巨躯をプルプルと振るわせながら、不安そうな顔で自分に背を向けるシース教皇へと尋ねる。


「何が起こっているっ⁉︎」


 魔法陣が不気味に動くだけならまだしも、そこから素人でも感じ取れる程の膨大な魔力に、サラド公爵は怯えきっていた。


「何って、魔法が発動しようとしているのですよ」


 なんでもないように平然と答えるシース。

 だがサラドは彼と違い、一応この国の大貴族であり、政権の一部を担っている。

 自国で起こっているこの現象を捨て置くわけにはいかなかった。

 他ならぬ、今の自分の地位を守るために。


「こんな大掛かりな魔法……まさか反乱でも起きたのか⁉︎」


 サラドは過去に見たことのある景色を思い起こした。

 それはまだこの国に内乱が続いている時代の、王国軍と反乱軍が合間見えた戦場の景色。

 数の不利に陥った当時の王国軍は、百名以上の魔術師による軍団魔法を放ちその戦況を覆したのだ。

 そんな圧倒的な魔法が、今この国に向けて、どう見ても放たれようとしている。

 サラドの稚拙な頭が軽くパンクした時、シースが彼の不安に答えた。


「ご安心を。これは反乱ではありません」

 

 変わらず優しい声色のシースだが、慰めるような彼の言葉を聞き、サラドはさらに混乱に陥る。

 目に見える魔法がどんなものかはわからないが、軍団魔法は広範囲殲滅用途に使用される決戦魔法だ。

 シースに無事を説かれても、そんな魔法が街を……この国の空を覆い隠している光景、その得体のしれなさに、サラドの足は震え続けている。


「何か、知っておるのか?」

「この規模の起源魔法を単独で……少し見くびりすぎましか」

「単独……?  シース殿、答えてくれ‼︎」


 怯えて大声で騒ぐサラドを気にする様子もなく、彼は窓の外から今起きている現象を穏やかに眺めている。


「さっきも言っていたがなんだ起源魔法とはっ! た、ただの魔法ではないのか⁉︎」


 みっともなく慌てるサラド公爵に、ようやくシースは答えた。


「かつて神々が使役したと言われている古代魔法です。現在の魔法とは消費魔力も扱いの難しさも桁違いでね。使役できる人間は少ないのです」

「そ、そんなものをいったい誰が‼︎」

「今、一人いるじゃないですか。賢者と呼ばれる存在がこの国に」

「なっ⁉︎」


 大きく汗をかきながら、サラドはシースに尋ねる。


「なぜこの国を滅ぼすような魔法をっ! やつは裁判のためにここに来たのではないのか⁉︎」

「彼が元勇者の一行だからですよ」

「は? いや、それが何だと……」

「彼に()()を見られたくないから、この国には来させたくなかったのですがねえ。まあ、見ていてください。私の予想通りならこの魔法は我々には害を……」


 シースが言い切るその直前、夜空が白夜のように明らんだ。

 眩しさに目を閉じたサラドが、再び目を開いた時。

 自分の目に映る光景に、彼はだらしなく口を開いたまま呆けていた。



「光の……雨?」


 街に降る白い光を見て、ロンはそう表現した。

 なるほど、確かに間違ってない。

 オレの放った天照流星雨(アマテラス)はまるで雨のように天から降りそそぎ、触れた()()を焼き尽くすのだから。


「ロン、これを頼む」

「え? あ、これは……」

「使い方はわかるだろう? 頼んだぞ」


 オレはロンに自分で開発したある雷光水晶を渡した。この光景は、きっとヤツの悪事を暴く重要な証拠になるだろう。


「賢者殿っ⁉︎ この魔法は一体なんだ⁉︎」


 明日の展開を考えていると、シン王が慌てたように尋ねてきた。

 そういえば何も説明していなかったことを思い出す。


「起源魔法の一種です。ご安心を、ヤツら以外に被害は及びません」

「ヤツら?」


 先の一瞬でこの領地の魔力索敵は済ませた。

 一般人には自分の体を風が通り抜けたかのような違和感を与える程度のものだし、どさくさに紛れてこそっと神竜教の奥地も探っといたが別にバレても問題ないだろう。


「シン王、聞かせてもらえますか? 何故この地にヤツらがいるのか」


 魔王の尖兵。

 瘴気に飲み込まれ、理性を無くした生命の成れの果て。

 この世界にはまだ瘴気に侵された怪物は多く存在するが、そのどれもに理性はない。

 しかしこの国に現れたヤツらは違う。

 本来、理性のない怪物同士が出会った際は争いに発展するが、ヤツらはそうではないのだ。

 明確な集団行動を取る。

 それは魔王の尖兵である証拠の一つ。

 上位存在の命令のもと、ただただ破壊の権化としてこの世界に厄災をもたらすのだ。

 そしてその姿も、野生のソレらとは決定的に違うのも特徴的だ。

 竜の姿をしていた魔王ヨルムンガンドにあやかるように、ヤツらの額には一様に赤い角が生えているのだ。


「民は……無事なのか?」

「ええ。この光は物質を通過します。仮に屋内に侵入していても、ヤツらを滅ぼします」

「す、すごいな」


 驚く王には申し訳ないが、この程度の魔法は魔術師の頃から魔王軍に放っていた。

 あの場にいたことのある者なら、そこまで驚嘆するほどのものでもないだろう。

 まあ、流石にあの頃の自分ではこの国全体とまではいかなかっただろうが、この程度の魔法で驚いてもらっては困る。


「それで?」

「あ、ああ。ヤツらがこの国に何故現れたか、だったな……」


 光の雨が降り注ぐ中、続きを促すオレに王は当時のことを語り出す。

 そしてこの王の話は、裁判でのオレの立場を決定的に優位にするものだった。

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