光の賢者の由来
一通り、私は自分の過去を会長に話した。
この国と私の確執、そしてこの地に神竜教がやって来た時のこと。
全てを聞き終え会長が最初に言ったのは、意外なことだった。
「そうか。だからお前はずっと男装をしてたんだな……」
「そこですか⁉︎」
会長にも縁深いシース教皇とも間接的に関わりのあった私に、会長が気にするのはそこなのかと少し肩透かしを食らった感覚を覚える。
だけどまあ、非常に会長らしい。
命を救われたあの後、彼は行く宛の無かった私のことをあまり詮索せずに雇ってくれたのだ。
こんなに怪しい人間を気軽に雇ったことに驚いたのを今でも覚えている。
エレノア様は私に……というか会長以外の人間にそもそも興味がなかったからいいとして、この人は本当に大概だと思う。
ちなみに仮に私が会長なら絶対に私のことは雇わなかっただろう。一から何かを始めようとする時に、素性不明の人間を身内に迎えるなんてリスクでしかない。
鈍感で、間抜けで、おっちょこちょいの癖に、変な時だけ妙に頭の回る男の人。
時折見せる真剣な顔は、さすがは元勇者パーティーに所属して魔王軍と戦った人間なのだと感心する時もある。
ただ、普段はちょっとだらしなさすぎて、シンをサポートしていた時以上に苦労はしていた。
でもまあ、私は多分、そんな人との方が相性がいいのだろう。
キョトンとした顔で私を見る会長を見て、そんな感想を抱いた。
「いや、バレバレなのになんでこだわるのかなと思っていたからさ。まあそういう性的自認の人もいるだろうし、まあいいかと思ってたんだけど」
「私は自分を女性と自認しています!」
この人は私をそんな風に見ていたらしい。
あんなに一緒にいたのに、何にもわかっていないことに何故か無性に腹が立った。
「だって別にさ、オレの所で働くなら女性としてでもよかっただろう?」
「ああ、それは私がエリザベス・ベイロンだと知られると厄介事が起きるような気がしたんで」
「あ、そっか。確か野盗にも恨まれてたんだっけか?」
「ええ。思いのほか私は有名人だったみたいですね」
貴族時代の私の政策はかなり方々に恨みを買っていた。
それは貴族にも闇社会の住人にも。
エリザベス・ベイロンの名は新しい商会の立ち上げには毒にしかならないと判断して、私はロンという男性として振る舞ったのだ。
「それにまあ、男装は思いのほかメリットが大きかったといいましょうか……男装していれば無駄に恨みも買わなくてすみますからね」
「まあな」
──女のくせに。
こちらが上手に相手を出し抜いたり有利に物事を進めた際、己が負けた相手が女とわかるや否や、そう言って途端に恨み出す者は少なくない。
この会長のように、フランクに接してくれる人の方が珍しいのだ。
特に商人や貴族、今でも男社会の中で活躍している人ほどその傾向は顕著に出る。
だからと言ってそんな者達を切り捨てることもできない。
このメノン商会の発展には、そういった男達とうまく付き合わないといけないのもまた事実だ。
「それに、もう私は貴族ではありませんから……取引相手に無駄に迫られることを避けるためもありました」
「なるほど。確かにそんな輩に心当たりはあるな」
そう言って苦笑する会長は、普段話す時と同じ様子で私に接してくれる。
私が公爵令嬢であったと知っても、この国との確執を知っても。
話を聞く前とその態度がまるで変わらない。
昼間の件もあり、正直に私の過去に登場したシース教皇の話をしてしまうと彼が怒りださないか心配ではあったのだけど、どうやら何も感じていない様子だ。
さっきのことはエレノア様に絡んだことだから、あれほど取り乱したのだろうか。
本当に羨ましい夫婦だと、ふとそう思ってしまった。
「待たせたな、賢者よ」
会長にそんな感想抱いたちょうどその時、シンが父と一緒に戻ってきた。
懐かしい、精悍なその顔。
謁見の間で見た時も思ったことだけど、あれから数年経っていると言うのにその顔に老いは感じない。
「やれやれ」
そんなシン達に、会長は何故か呆れたようにため息をつくと驚くことを言った。
「で、ロンの話をこっそり聞いてアンタたちも満足か?」
「なっ⁉︎ どういうことですか会長!」
「ん? いやお前の話を盗み聞きしているようだったからさ。大方この国を離れたお前のことが気になってたんじゃないのか」
ほら、と。
会長が指差した先にいるのは、置物のように気配を消して佇む侍女の姿。
私たちをここに案内してからはじっと押し黙っていたその女の手には、小型の雷光水晶が握られていた。
「……なんで気付いていたのなら私に話させたんですか!」
「ってオレが怒られるの⁉︎」
普段と変わらず情けない顔で私に叱られる会長。
そんなの、当たり前である。
泣いた話もしてしまったのだ。
こんなこと絶対に知られたくない相手なのにっ!
「──その女が我が国に害意を持っていないことを証明するため。許されよ」
盗聴を指摘されたシンは平然とした顔で、会長にそんなことを言ってのけた。
わかっていたことだが、彼らは私の話を聞いても微塵も感情は動かなかったようだ。
「チッ」
「っ⁉︎」
だが、忌々しさから汚く舌打ちした私に、平然としていたシンも父も驚いた顔をした。
長く男性として振る舞ったせいで、私だってそれなりに変わったのだ。
もしかして昔の私のままだと、あの時泣いてこの国を去った少女のままだとでも思っていたのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。
「ロン、まあ落ち着け。ただ、一つ確認しておかないとな」
「確認?」
そういうと会長はシン──ではなく父の前に移動して彼の顔を正面から見た。
「聞いての通り、うちのロンは出会った時魔獣に襲われていた。だが、魔獣が来なければ野盗に攫われ酷い目に遭っていただろう。オレがあの場に行ったのは魔獣の気配を感じてのことだからな」
「……うむ」
会長は真剣な顔で父に問いかける。
「娘を襲わせたのか?」
──私が聞きたくても聞けなかったことを、会長は尋ねた。
なんでだろう。
もうとっくに割り切ったはずなのに、父が首を縦に振らないかどうか心配になる自分がいた。
「……いや、あれは儂が仕込んだことではない。無論、ここのシン王もな」
少し間を置いて、そう答えた父。
そんなこと、言葉ではどうとでも言える。
彼が犯人だという証拠もないが、やっていないという証拠もない。
いや、状況証拠でいいなら間違いなく父は黒だ。御者を用意したのは父なのだから。
にも関わらず、どこか安心した自分がいることに苛立ってしまう。
何を期待していたのだと、まだ捨てきれないのかと、自分に対して腹が立った。
「──わかった」
私の葛藤を他所に、会長は意外にも大人しく引き下がった。
父もシンも、そして会長も何も言わない。
沈黙だけが、この場に広がっていた。
ちょうどいいので、私はもう一つ確認したかったことを尋ねてみることにした。
「アバローナ公爵」
「……なんだ?」
家を出る時のことから無視されるかとも思ったけど、ちゃんと会話はしてくれるようだ。
「エヴァンスは元気ですか?」
当時から老齢ではあった父の執事。
あれから数年とはいえ、今はどうしているのかが気になっていた。
「エヴァンスは……」
父が重々しく口を開く。
その雰囲気から、私は彼が健在ではないのだと悟ってしまった。
「亡くなったよ」
「そんな……何故?」
どうやらあの時が今生の別れになってしまったみたいだ。
心にどうしようもない喪失感が広がり、自然と目頭が熱くなってしまう。
「突如夜に現れた魔王の尖兵。他の家令を逃すために彼は犠牲になった」
「ああ、エヴァンス……」
彼らしいと、そう思ってしまった。
あの優しい執事は父が不在の間は家の守りまで任されていた。
きっとその時、父は家におらず、彼がその責務を全うしようと最後まで務め上げたのだろう。
公爵家の人間に誰も被害が出ぬように、最善を尽くしたのだろう。
自分だってもう、そんなに動ける年じゃないくせに。
気丈に化け物に立ち向かうエヴァンスの姿が容易に想像できてしまった。
「アバローナ公爵……いえお父様。彼の墓はどこ? せめて、エヴァンスの墓前に一言……」
もう公爵家の娘ではないのだけど、どうしても私はエヴァンスに祈りたくて父にそう願った。
──でも。
「ならん。悪戯に国内をふらつきサラドの手勢を刺激するな。王と儂の立場が危うくなる」
「っ‼︎ ええ、あなた達はそういう人間でしたね⁉︎」
父は平然と私の願いを断った。自分の立場を守るために、自分たちの権威を守るために。
その様子をシンも顔色ひとつ変えずに眺めている。
裏切られ、追い出され、挙句に彼の墓に参ることすら許されないのだろうか。
私はそこまで、この国で酷いことをしたのだろうか。
ずっとシンと父の為になるように頑張って、結局こんな扱いを受けなければいけないのだろうか。
「……あなた達が憎いわ。シン、お父様」
思わないようにしていた、言わないでおこうと考えていた言葉を、ついに私はシンと父へぶつけた。
「──ああ、恨め。我は王族として、そしてこのアバローナも貴族として生まれた以上、その程度の怨嗟を背負う覚悟などできている」
「っ!」
でも、私の恨み言などなんでもないように、平然とシンは言い返す。
私に甘い顔をしていたシンと父はもういないのだ、それはあの時からわかっていたこと。
でも、ここまで酷い人間だとは思わなかった。
「ううっ……ぐすっ………」
悔しくて、辛くて、私はまた泣いてしまう。
「……シン王、そしてアバローナ公爵」
「──すまない賢者殿。いらぬ身内の恥を見せてしまったな」
そんな私を見かねたのか、会長が彼らに声をかけた。
その表情は先ほどと変わらず、どんな感情を抱いているのか窺い知ることはできない。
「恥、か──」
父の返答に目を閉じ、僅かに眉間に皺を寄せる会長。
彼らの異常さに、その保身を第一とする一途な醜さに気分を害したのだろうか。
「わかったでしょう会長。この国はあなたが救う価値なんて……」
「──なあ、ロン」
「え……?」
いつも通りに、私を呼ぶ会長の声。
でも私は、こんなに優しい会長の声を聞いたことがなかった。
穏やかなその表情が、その声が、私の心にじんわりと滲み入り、ほんのり暖かくしてくれる。
まるであの時、謁見の間に訪れ周りの貴族を魅了したシース教皇のような、その雰囲気。
そんな雰囲気を纏う彼に戸惑いながらも私は答えた。
「……な、なんですか?」
「そのエヴァンスという人はちらっと先の話にも出てきたけど、お前にとって大事な人だったのか?」
「……ええ。家を空けることの多い父に代わり、いつも幼い私の側にいてくれた──もう一人の父親のような存在でした」
「──わかった」
「……会長?」
私の言葉を聞くと、会長はそのまま私たちがいる客室から目と鼻の先にあるテラスに向かう。
外からは魔獣の唸り声、そして逃げ遅れた人々の悲鳴が聞こえてきた。
「賢者殿。この国の現状は見ての通りだ。魔王の脅威が討伐され、世界が平和に向かっていく中、何故か我が国だけはいまだにその脅威が健在している」
「それをどうにかしろと?」
「──ああ。無論、見返りは弾む」
テラスから街の様子を見渡している会長に、シンはそう要請した。
「まあ、確かに。商会としても悪い話ではないな」
「会長!」
「ロン、利益だけを考えれば悪い話じゃないのはお前もわかるだろう? この国の工芸品であるガラス細工、そして魔石は他国で高値で売れる」
「そんな利益よりもデメリットの方が大きいでしょう! それに会長は……!」
全てがおかしいこの国に、会長が関わることを私は良しとしない。
もちろん私怨もあるが、それ以上にこの国は異常なのだ。
この魔王の尖兵が発生していることもそうだけど、なぜ神竜教は放置しているのだろう。
というか、神竜教がこの国に本山を構えてからこれらが発生したのなら、原因は彼らなのかもしれない。
だから、シンも父も神竜教と敵対する会長に近づこうとしているのだろうか。
そう考えると、尚更この国に会長を関わらせるべきじゃない。
私はもうメノン商会の役員。一番に考えるべきなのは商会のことなのだから。
「賢者よ、折いって話したいこともある。どうだろう? 改めて会談を行いたいのだが」
「構いませんが、ロンも同席させても?」
「……すまないがそれは無理だ。昼に申した通り、その者を恨む貴族は多いのだ。再び我らとその者が結託した知れれば、彼女にもいらぬトラブルが降りかかるだろう」
外から聞こえる民の悲鳴を前にして、そんなことをシンは言ってのけた。
「ほんと、あなた達は他の貴族と何も変わらなかったのですね。私のためではなく、自分の立場のためとはっきり言ったらどうですか⁉︎」
「エリザ……いやロン。お前なら解るであろう? 今何を一番優先するべきなのかを。かつて我にそう言ったのはお前だ」
「っ! 私はそれでも……! あなた達と違って私はっ‼︎」
「──ロン、いいよもう。それくらいにしておけ」
「会長⁉︎」
流石に我慢ならずシンに言い返そうとした私を、会長は冷静に引き留めた。
何故会長はこんなにも平然としているのだろうか。
彼の性格を考えると、シン達に怒り散らしてもおかしくないのに……。
「王、ロンのことは心配なく。オレの……光の賢者の腹心に手を出すことがどういうことか、今から実演してみせよう」
「賢者殿、それはどういう──」
シンの言葉を最後まで待たず、唐突に会長は私に微笑んだ。
「なあ、ロン。神竜教はこの国すべての街に雨を降らせたと言ってたよな」
「え、ええ、そうですけど」
「ならよく見ておけ」
すぐにその笑みは消え、能面のような無表情に戻る。
「この程度、オレたちにとっては造作もないことだ」
そう言うと彼は一歩前に出て、おもむろに空に手を翳す。
そしてそのまま私に背を向けた状態で尋ねてきた。
「そういえばさ、お前はなぜオレが光の賢者と呼ばれているか知っていたか?」
「え? それは……世界中が苦しむ瘴気の中和剤を開発したことでこの世に光をもたらしたと、そういった意味だったと思いますけど」
「まあそれもあるけどな。実は最初にオレをそう名付けたのはエレノアとアレキサンドロス大王だったんだよ」
淡々と語る会長の背中を見て、私はどうやら大きな思い違いをしていたことに気づいた。
「エレノア……? それにアレキサンドロスだと? 一体何の話……」
シンと父はそんな会長の変化を知らず、出てきた名前の大きさにただ驚いている。
「ヤツがまやかしの雨にて民衆の心を惑わすというのなら」
そう話す会長から、素人の私でも感じるほどに濃厚な力の奔流が流れ出た。
目に見えないそれは突風を伴って家の調度品を薙ぎ倒していく。
ともすれば、まともに立っていられなくなるほどの力の奔流、その力は昼間のあの時のモノとは比べ物にならない。
会長から発生した見えない力は、物体を通過するかのように私の体とこの家を通り抜けて行った。
その有様は、まるで煮えたぎる怒りを噴火させるようで……。
そう、彼はそんなに我慢強い人ではなかった。
非道を聞いても、自分には関係ないと割り切れる人ではなかった。
「オレは神の怒りにて民衆と王の憂いを晴らそう」
「賢者殿!? 一体何をっ」
「それとロン。最後までお前を案じたエヴァンス殿へ向ける、これがオレの手向けだ」
突如として空に大きな光が現れた。
それは上空一帯を覆う無数の魔法陣。
古代文字が描かれたリングサークルが、見える範囲の空の全てに形成されている。
「会長……」
もしかしたら見えていない範囲──この国、全てにまでこの魔法は展開されているのかもしれない。
父も、シンも、唖然として、この夜空を埋め尽くす魔法陣を見上げている。
目に見えるそのどれもが回転を始め、淡い光を放ち始めた。
──そうだ、思いだした。
普段はどれほどだらしなくても、会長は種族覚醒者。
この世界に数えるほどしかいない賢者であり、かつては勇者の仲間として魔王軍を殲滅していた大魔術師。
小国など単独で滅ぼせる程の力を持つ存在なんだ。
「起源魔法“天照流星雨”」
会長の詠唱と共に、パラティッシの夜空が白夜のように明らんだ。
※
その日、インスタシア共和国の首都リビアに集う世界中の王族にその一報がもたらされた。
「報告します! パラティッシ王国にて発生源不明の軍団魔法を確認! 王国全土に光の雨を降らせているとのことです!」
インスタシア共和国が世界に誇る古代遺産アスガルド城。
古代文明によって造られたその城は、国賓をもてなす際に使われている。
生体認証と魔力認証によって完全な警備の出来るその場所に、裁判の為に訪れた各国の王族は集い、用意された豪華な晩餐を楽しんでいた。
「パラティッシ? ならすぐにシン王に連絡を……」
不安そうに首を傾げたインスタシアの首相ナライアに、声をかける大男が一人。
「心配ない」
「大王……しかしパラティッシは」
ワインを片手にナライアに話すのは超大国マケドニアの王アレキサンドロス。
しかし今宵は彼一人ではなく、傍にはもう一人の女性がいた。
「ええ、心配ありません。あの魔力……十中八九彼ですから」
神竜教と対を成すように、この世界に一大勢力を誇る宗教組織の頂点。
女神教の聖女ユーリ・エレイシアだ。
「彼?」
「光と聞いて心当たりはありませんか?」
「光? ……え、まさかあの賢者が?」
昼間見た彼の醜態から、とても想像がつかなかったのだろう。
戦争かと思えるほどの強大な魔法を、たった一人で行使したのがカルエルだと知り、ナライアは信じられないとばかりに表情を変えた。
「ええ、そうです。きっとこれはカルの魔法でしょう」
「フハハハハ! あの小僧め、まさか国を覆うほどの軍団魔法を行使するとはな! パラティッシを堕とすつもりか?」
「笑い事ではありませんよ大王! カル、一体何を考えているのよ」
ワインを口に含み、豪快に笑う大王を嗜める聖女。
そんな彼女に大王は面白そうに考察を語った。
「まあそう怒るな聖女よ。あの地には神竜教の本部がある。きっとあやつの逆鱗に触れたのだろうよ」
「だ、大王……その、今は裁判中なのですが」
つい先刻、転移でリビアに戻りナライアにこの場へと招かれたアメリが恐る恐る大王に尋ねた。
裁判長としての役割を担う彼女は、教会で暴走しかけたカルエルを見て彼の力の一端を知っている。
もし武力行使でもされたら、困るのは周りの王族なのだと彼女はよく理解していた。
「ふん、アメリ殿。一つ言っておく」
「な、なんでしょう」
「もしあやつが武力を持って神竜教とことを構えると言うのであれば、我がマケドニアは全力で──」
「ちょっと大王⁉︎ まさかあなたも挙兵すると⁉︎」
「そんな⁉︎」
聖女の驚く声と大王から感じる覇気。
異常に気付いた貴族と王族の喧騒が止み場に静寂が訪れる。
大王は静かなその場にて、大きな声ではっきりと自分の方針を語った。
「──いや、急ぎ本国に戻り全力で国の守りを固める」
「「「え?」」」
大王の意外な言葉に驚いたのはアメリと聖女、そしてナライアだけではない。
しっかり聞き耳を立てていたハイエルフのアールヴァンと魔王ミドラス、そしてリオン国王も驚きの声をあげる。
「のう、魔王。それにリオン国王に聖女も。カルエルが戦う、お前達ならこの意味をわかるだろう」
「──ええ、はい、その通りですね」
「ああ、そうでした! か、彼女が参戦しないはずないですから……」
「で、あるな」
リオンもユーリもミドラスも、大王の言葉の意味を理解して頭を抱えた。
「彼女?」
その存在を知らない他の王族は、なおも疑問符を浮かべて大王に視線を送っている。
「アールヴァン族長。いくら新聞の部数のためとはいえ、あの記事はゴシップに寄りすぎた。……貴殿の首を絞めることになるだろうな」
大王はたった一言、そう言ってアールヴァンの肩を慰めるように叩いた。
当の彼女はますます疑問が深まり混乱している。
百年来の知己である大王が荒唐無稽なことを言う人間でないのはよく知っているため、彼の忠告を彼女は真剣に受け止める。
「大王、一体どういう意味ですか?」
だが大王は問い返すアールヴァンを無視して、面白そうに独り言を呟いた。
「カルエルめ。あの方に気付かれる前に全てを収めるのではなかったのか? こんな大魔力、すぐさま彼女に気付かれるぞ、まったく……」
これから先の展開を頭の中で予想し、とても愉快そうに大王はワインをもう一本開け豪快に飲み干す。
「──だがまあ挙兵するのも悪くないか。奴らへのあの時の怒りは、儂もまだ消化しておらんしな」
「「「えええ⁉︎」」」
ぼそっと爆弾発言を溢した大王に、各国の王族、そして聖女までもが慌てて彼を止めようとする。
情報交換のため、優雅にそして華やかに行われていた晩餐会は、ここにきて慌ただしくなり混乱を極めた。
華やかさや優雅さなどかなぐり捨て、集った王達は自国にとっての最善を考えなればならないことに頭を悩ます羽目になったのだ。




