ロンとカルエルの出会い
「ここまででいいわ」
「そ、そういう訳にはいきませんよ!」
国境を越えてしばらくして、私は御者にそう話しかけた。
パラティッシ領土の肌を焼くような日差しが続く砂漠地帯を抜け、続いて現れた枯れ草と岩の地面が広がる荒野に中に私は入っていた。
「インスタシアの領土は目と鼻の先でしょう? あなたもう帰っていいわよ」
「だから、ここはまだ安全じゃないんですって!」
必死で私をインスタシア共和国まで連れて行こうとする御者の男と口論になってしまい、荒野の真ん中で私は足を止めていた。
どうやら彼は私の護衛を兼ねているらしい。
パラティッシの国境を越え、衛兵たちが引き返して行った後、治める者のいないこの不毛の大地の中で彼は周囲を警戒している。
「お父……アバローナ公爵に頼まれたから?」
魔獣よけの魔道具を起動させて、テキパキと簡易的な野営の準備を始める男は、そんな私の問いに表情を硬らせた。
「あなたをインスタシアにお送りするまでが私の任務です」
「だから、ここはもうインスタシアの領土に近いでしょう? ならいいじゃない」
軽く答える私に男はため息まじりに言葉を漏らした。
「あなたが野に潜伏し、いつか王家に牙を剥かないとも限りません。インスタシアに着いたら、向こうの貴族にしっかり引き渡させてもらいます」
「なんだ、そんなことを心配していたのね」
そんな男の不安を晴らすように、私は持っていた短刀を抜いた。
「──なんのつもりでしょうか?」
私の意図がわからず、男は腰に差した剣の柄に手をかけた。
「警戒しないで。こうするためのものよ」
「なっ⁉︎」
警戒する男の前で、私は自分の長い髪を持っていた短刀で思いっきり切った。
腰まで伸ばしていた金色の髪がパラパラと地面に落ちる。
肩にかかる髪の残りを手で払いながら、私は男に告げた。
「もう私は──俺はエリザベスじゃない。そうだな……とりあえずロンとでも名乗って自分で生きていくよ」
「なるほど、男装し名を変えて生きていくということですか」
「そういうことだ。だから、もういいぜ」
演技にはそれなりに自信があった。
淑女を演じることも母国では出来たのだから、男性の真似だってきっと上手くできる。
「ほら? 問題ないだろう?」
そこら辺の男っぽく、フッと軽く笑う私に男は不愉快そうに眉を顰めた。
「いや、問題大有りだよ」
「なんでだよ?」
困ったように呟く男に尋ねる。
母国を追いされた私がどんな容姿になろうと別に関係ないだろうに。
そう疑問に思った私だったが、男の顔に浮かんだ笑みを見て本能的な寒気と気持ち悪さを感じた。
「見てくれが良い方がまだ楽しめたのになぁ」
「えっ?」
とても、気持ちの悪い笑みを浮かべる男の顔。
その声色が、その表情が、一体私にどんなことをしよとしているのかを物語っていた。
手に隠しもった雷光水晶が淡く光っている。
どうやらどこかに連絡をとり、この会話のやり取りもつなげていたらしい。
「本当はさ。アンタが国に二度と戻らないようにしろって頼まれてたんだけどよ」
「なっ⁉︎ お父様がそこまで……⁉︎」
「おいおい、口調を変えたんじゃねえのかよ? 元に戻ってるぜ?」
いやらしく笑みを浮かべる男の後方。
本来、ここで止まらなければ私が向かった先からは、大きな土煙をあげて何かがこちらに向かっていた。
「まさかっ⁉︎」
何頭もの騎馬が荒野を駆けたせいで舞い上がった土煙。
馬に乗った、いかにも粗野な男たちが真っ直ぐこの場所に向かってきたのだ。
それはいわゆる盗賊の一団。
普段は辺境に身を隠し、人の生活圏から離れたところを根城としながら、旅人や商人を襲い、時には街の中で人身売買にまで手を染める悪人達だ。
水源の少ない砂漠に強力な魔獣が多いパラティッシでは彼らのような存在が居を構えれる場所は少ない。
ただ、よく被害の報告があがっていたのを覚えている。
街中は私達が目を光らせていたのに、蜃気楼のようにいきなり現れては、すぐに消える彼らに悩まされていたけど、どうやら我が国の貴族と繋がり国境の外から来ていたようだ。
「アンタがあのベイロン家の御令嬢なんだろう? 俺達の商売を邪魔してくれた小娘がまさか俺たちの手に入るなんてな!」
彼はそう言って、とても嬉しそうに私に語りかけた。
どうやら私は貴族だけでなく、闇社会の住人の間でも人気があったようだ。
「殺せって言われてたけどよお? 良い女だし、売っちまっても問題ねえよな。どうせ殺すのなら、金に変えたほうが得だしな」
「──ねえ、それはお父様が?」
「あ? 別にどうでも良いだろ。ほら、俺の仲間も到着したみたいだぜ」
卑下た笑みを浮かべながら、男は馬が到着すると先頭の髭面の熊のような風貌の男に声をかける。
「遅かったじゃねえか!」
「お前が待ち合わせ地点じゃなくてここに来いっていきなり言ったからだろ⁉︎」
盗賊の旅団。その一味たちが、私の御者を務めていた男と話している。
家を出る際、御者に私を頼むと念を押していたのは父だった。
つまりあの人が、私がパラティッシを恨みいつか復讐に来ないようにと彼に依頼していたのだろう。
もしかしたら、盗賊と繋がっていた貴族というのは……。
「くっ!」
あの時から今に至るまで、見えなかったものがたくさん見えてくる。
そのどれもが見たくもないものだったけど……でも今は、そんなことを考えている場合じゃない。
まだ男たちの気が逸れている間に、私は逃げ出そうとした。
「おっと! 逃げるなんて考えるなよ? 」
だが、そんな私の考えは簡単に読まれていたようで、いつの間にか私を取り囲むように道を塞いだ盗賊達に釘を刺されてしまった。
相手は馬に乗った男たち。そんな彼らに囲まれているこの状況では私が逃げ出すことなど不可能だったのだ。
「で、こいつが?」
「ああ、そうだ。あの忌々しいエリザベスって女だ」
「へえ、短髪だがいい女じゃねえか? 殺せって話だったけど、別に好きにしてもいいよな?」
「なっ⁉︎」
男達が馬を降りて、私へとにじり寄って来る。
どこにも逃げ場がないこの状況で、私の運命はどうやら決まってしまったみたいだ。
愛していた人たちに簡単に裏切られ、ある日突然全てを失った挙句、男達に辱められるのが私の運命だというのだろうか。
(こんなことってっ‼︎)
思わずやり場のない怒りを心にたぎらせた、その時だった──。
「さあ、連れ帰って楽しもう──あぶっ」
「え?」
私に迫っていた男の口から何かが生えた。
──フシュルルルルルル!!!
何かが息をはく音が聞こえ、気持ち悪くなるほど濃厚な獣臭さが鼻につく。
「あ、あっ……」
目の前の光景に、驚きすぎて声がうまく出ない。
私は驚きすぎてその場にへたり込んでしまった。
腰を抜かすなんて、生まれて初めての経験だ。
私の見上げる視線の先には、灰色の瘴気を身に纏わせた異形の怪物が、男の頭をその爪で貫いていたのだ。
「まさか魔王の⁉︎」
「魔獣避けが効かない⁉︎」
「こんな辺境になんで⁉︎」
「ば、化け物を仕留めろっ……ぐぎゃあああっ!!!」
我に返った男達が急いで剣を抜くが、全てが遅かった。
長い爪をした、二足歩行の異形の怪物
犬のような顔と尖った牙からして元はおそらくワーウルフという亜人種だったかもしれない。
ソレが爪を振り回すと、男達の持つ剣は簡単に折れ、続いて彼らの体が飛び散った。
「うっ、おえええええっ!!」
むせ返る血と、撒き散らかされた臓物から漂う糞便の匂いに私はたまらずその場で吐いてしまう。
うずくまる私に向かって、獣から立ち上る灰色の瘴気が伸びてくる。
その瘴気は私にまとわり付くと、簡単に服の上、そして皮膚の上から私の中に侵入してきた。
「ごふっ」
変化はすぐに現れた。
先ほど吐いた吐瀉物の上に、もう一度吐いたのは真っ赤な私の血。
体を侵すその瘴気に、私の体は耐えきれず一瞬で崩壊を始めたのだ。
「グルルルルルルルル‼︎」
だがどうやら目の前の怪物は、私の死を待つ気はないようだ。
一瞬で野盗達を全滅させた怪物が次に狙うのは、地面に座り込む私。
放っておいてくれてもいいだろうに、自分で殺さないと気が済まないのか、あるいはそんなことを考える知性すら残っていないのか。
怪物は驚くほど長く鋭いその爪で、私の体を簡単に貫いた。
「ああああああ⁉︎」
貫かれたままの状態で、私の体は怪物に持ち上げられる。
体重が腹部を貫く爪に重くのしかかり、その痛みに外聞もなく悲鳴をあげてしまった。
一瞬で楽になれれば良いものを、つい反射で逃げるように動いてしまったせいで無駄に苦痛を長引かせてしまったようだ。
(こんな、ことって──)
死が、恐ろしかった。
ついこの前までは愛する人に囲まれて、あんなに幸せな日々を送っていたはずなのに。
その愛する人に裏切られ、全てを失い無惨に終わろうとしていることが、たまらなく怖かった。
あんな仕打ちを受けたとしても、心のどこかで、シンと父を憎みきれなかった。
だから私は名を変え、性別も偽って、全くの別人として生きていこうと思っていたのに。
もう母国のことなんて忘れてようと思っていたのに。
──彼らが幸せなら、それでいいと思おうとしていたのに。
こんな目に遭わせられるほど彼らは私のことを邪魔だと感じたのかと思うと、どうしようもなく涙がまた溢れてしまった。
「あうっ⁉︎」
爪に刺さったままの私を見て、怪物が鬱陶しそうに腕を振り払う。
それだけで私の体は吹き飛ばされて、簡単に荒野の上に転がった。
「あ、ああっ……」
流れ出る血が、乾いた地面を潤していく。
ああ、私がいなくなれば、シンも父も安心するのだろうか。
さっきの男達はどうやら、彼らが手配したようだ。
だとすれば、怪物によるものか、自分の手配した野盗によるものかは関係ないだろう。
あの人たちの思惑通り、私はここで死ぬのだから。
流れ出る血と、体を侵す瘴気の影響で起きる走馬灯のせいか。
朦朧としてきた意識の中で、最後なのに私はまだシンと父──家のことを考えてしまう。
「こふ、うう、ひぐっ、うあああっ……」
あれほど、色々な人たちに囲まれていた才女エリザベス・ベイロンの最期は、どこともしれない荒野で孤独に一人生涯を終えるのだ。
そう思うと、どうしようもない孤独感が私の心を苛んだ。
裏切られ、孤独に、あっけなく死んでいく。
怖くて、苦しく、悲しくて、血が逆流し変な音しか出せない喉に代わり、心が大きな悲鳴をあげる。
──ああでも、エヴァンスなら私の死を泣いてくれるだろうか。悼んでくれるのだろうか。
寂しくて、怖くて、無様に泣く私だったけど、彼のことを考えると、少しだけ孤独感が紛らわせれた。
「グオオオオオオオ‼︎」
雄叫びと共に、怪物が少し離れたところまで転がった私に、飛びかかってくるのが見えた。
涙に濡れてぼやけた視界を通して見る、私の生涯最後のその光景。
(これが私の最後なのね)
政略結婚でありながら相手にちゃんと恋愛感情も抱いていた私は、貴族の娘としては幸運だったのだろう。
才覚に恵まれ、王子にも父にも頼られ、最も王妃にふさわしいと期待されていた公爵令嬢としての私。
愛する人に囲まれる、輝かしい未来が待っていたはずの私は今ここで、全てを失いそんな最後を迎えるのだ。
(ああ、死にたくないな)
この期に及んで生への執着を諦めようとしない自分に、どこか若干の呆れの感情を抱きながらも私は観念してそっと瞳を閉じた。
──。
────。
────────あれ?
でも何故か、終わりは一向に訪れなかったのだ。
「お? 懐かしい瘴気の気配を感じたから急いで来てみれば、ただの魔物じゃないか」
一向に訪れない死に、違和感を覚えたかどうかのその刹那。
男の人の、この場に全く似つかわしくないひどく軽い声が聞こえてきた。
(えっ?)
目を開けると、怪物の姿はどこにもなかった。
代わりに見えたのは、マントを羽織りフードで顔を隠した二人の人間。
先ほどの言葉はそのうちの一人から発せられたようだ。
「よっ! 大丈夫か?」
フードを脱いだ男の人が、とても気軽に私に声をかけた。
黒髪黒目の若い男。
年は私より上だろうけど、そこまで離れていないのかもしれない。
少しぼうっとした印象を受けるその表情、おそらく貴族ではないのだろう。
そんな青年が、魔獣なんてどこにもいなかったかのような気軽さで、私にそう声をかけた。
「グルルっ!!」
いや、確かに魔獣はここにいた。
何が起きたのかはわからないけど、少し離れたところで血を流しながら転がっている。
「瘴気に侵され理性を失った獣の成れの果てといったところだな」
「だから言っただろう、マスター。そんなに慌てなくていいって」
「いやこれはどう見ても急いだ方がよかった状況だろう⁉︎ てか間に合ってねえし……」
青年はそう言うと、私が乗ってきた馬車、そしてこの場に散らかされた野盗と馬の残骸を一瞥する。
「うーん? 貴族の馬車だよな。野盗に襲われていたところを魔獣にって感じであってるかな、君」
状況を分析すると彼は私に尋ねてきた。
「あ、あな……ごふっ」
答えようとしたけど、中から迫り上がってくる血が言葉を遮断してしまう。
その場でもう一度血を吐いた私に、青年はなんでもないように言ってきた。
「あ、ごめんごめん。すぐに治すからな」
まるで転んだ子供の怪我を治すかのような口調で、平然と言ってきた男には違和感しか抱かない。
(な、なんなの……?)
不審そうに見上げる私のお腹に、彼がそっと手をかざした。
(なっ⁉︎)
たったそれだけの動作なのに、私の傷がみるみる癒えていった。
ほんのり暖かさを感じた瞬間、すでに傷は塞がっていたのだ。
「よし、これで大丈夫。しゃべれるな?」
「え、あ、はい」
先ほどの苦痛も、血を吐くほどの重症も嘘だったかのように、私の体は元に戻っていた。
まるで治すというよりも、元に戻したような感じで、私の体は癒えていたのだ。
「じゃあさ、ちょっと──」
「──あぶなっ‼︎」
「グオオオオオオオオオオ!!!!」
こらを向く青年の背後へ、魔獣がいきなり飛びかかってきた。
目を血走らせ、牙の間から涎を撒き散らしながら。
憎悪と殺意にまみれた怪物が、私の咄嗟にでた忠告も間に合わない速度でこちらをその爪で貫こうとする。
──でも。
「──全く、話してる最中に襲ってくるなよ」
怪物は飛びかかった姿勢のまま、宙に浮いた状態で固まっていた。
体を動かそうとピクピクと全身を震わせながら、それでも何か強大な力に縛られているかのように固まっていたのだ。
「じゃあな」
たったそれだけ。
青年がそう言うと、怪物の体が一瞬で塵のように崩れて消えてしまった。
「え? 嘘……」
その光景があまりにも信じられず、私は呆然と怪物が消えた場所を眺めていた。
「ほう? 一瞬で消し去るとは、その力の使い方に慣れてきたようだな。ヨルムンガンドを超えるもの、これは時間の問題かもな?」
「まあ、なんとか。って、その言い方じゃオレがまるで次の魔王みたいじゃないか」
「違うのか?」
「違うわっ! なんでオレが魔王なんだよ⁉︎」
呆然とする私を他所に、二人は軽口を言い合っている。
もう一人、フードを脱いでこちらにきたのは女性だった。
褐色の肌に眩い銀髪が目立つ、とても美しい女性。
「う、嘘でしょ……」
私の見間違いでなければ、その姿は昔見た学校の教本に写っていた滅竜皇女エレノア様に他ならない。
「というか、君にこの前手も足も出なかったじゃないか」
「ふふん、私は最強だからな」
「お陰で大変な目に遭ったけど……」
「それはあんな卑怯な手段を使うオマエが悪いんだ! よ、よくも私にあんな無様な真似を……」
「わあ! 怒らないでエリィ⁉︎ 謝ったじゃないか! も、もう二度としないから!」
「ふんっ。まあいい、それよりもそこの人間はどうする? 死にかけてるようだが?」
「あ、いけね!」
私がエレノア様(?)に釘付けになっていると、彼女が私を見返してそう言った。
「え? あ、あの……先ほど治してもらったので……」
体に異常は感じない。
さっきの初めて見る彼の魔術で私の体は回復しているはずなのに、彼女がそう言うと青年が何やら持っていた鞄を漁り出した。
「今はオレが抑えているけど、君を蝕む瘴気は君の中にまだあるんだ」
「瘴気が? あ、あの、抑えているというのは……」
「え? ああ、それについては……まあ、おいおい」
私の問いかけをはぐらかしながら、青年が取り出したのは小瓶に入った朱色の液体。
「お客さん実にいいタイミングで出会いましたなぁ」
「マスター、気持ち悪いぞ」
気持ち悪い笑みを浮かべた青年に、彼女が突っ込む。
とても不可解な光景だ。
私の中にあるという瘴気、そして亡くなったはずのエレノア(?)様に、一瞬で私を回復させ怪物を消し去った怪しい青年。
それなりに頭の良さに自信はあっただけど、今だけは驚きすぎて情報が処理しきれない。
私はとりあえず、一番気になることを聞いてみることにした。
「あの、もしかしてあなたはエレノア様では……」
「ん? ああ、そうだが?」
「い、生きていらっしゃったのですか⁉︎」
魔王との戦いで彼女が亡くなったという訃報は世界中を絶望させた。
それは無論、直接面識がなくその伝説しか知らないパラティッシのような小国の王族や貴族も一緒だった。
というかあの時、シース教皇は彼女がいなくなったからパラティッシに本山を移したいと言ってきたはずなのに。
その彼女が、まさか生きているなんて……。
「ふふん。私もここにいるマスターに助けられたのだ」
「そ、そうなのですか⁉︎」
何故か少し得意げに語るエレノア様にまたびっくりする私。
なんだか最近驚いてばかりいる。
元々周りを驚かせることの多かった私がこんなにも翻弄されるなんて、世界はやっぱり広いのだと場違いな感想を抱いてしまうほどに、私はこの時混乱していた。
「さあ、人間に、しかも魔力の弱い一般人に初めて使うことになるけど、効果の程は果たしてどうかな」
「な、何を……?」
それが国を追放され、ベイロンの名を剥奪された無力な私の初めての出会い。
「これが我が商会の目玉になる予定。我がメノン商会主力商品の瘴気中和剤だ」
「なっ⁉︎」
「ふん、我が夫に手ずから助けられることを光栄に思うがいい、人間よ」
「え、夫……って、ええええ⁉︎」
エヴァンスが最後に送り出してくれた言葉が、現実になるきっかけだった。
「さあ、では始めようか。我が商会が誇る渾身の新製品の初治験を」
「あ、あなたは一体……?」
「オレはカルエル・メノン。いずれ大商会を立ち上げるただのしがない魔術師だよ」
これが後に光の賢者と呼ばれるようになり、世界にその名を轟かせるカルエル・メノン会長と私の最初の出会い。
私は彼に助けられ、その恩を返すために働き、やがてこの一大商会の経営幹部として活躍してくのだった。
次回「怒りのカル。パラティッシに雨(物理)を降らせる」




