竜種、襲来
約一年ぶりの更新。すまぬ、すまぬ……
圧倒的な重圧────。
ただそこに浮いているだけで、彼女の放つ覇気は周りを威圧する。
その金色の瞳が容赦なくオレを射抜いた。
エレノア・メノン
我が商会の副会長にして、竜種の覚醒者。
かつては最強と呼ばれ、しかし魔王との戦いで死亡したとされる七賢者の一人だ。
※
翼を広げているが、はためいてはいない。
きっと何か別の力で空中に滞在しているのだろう。
そんな事を思いながら、ナナリーはその女を油断なく観察した。
勇者の仲間として魔王を打ち倒した。
時には勝てない敵もいたが、その時は仲間と力を合わせて乗り切った。
覚醒し剣聖と呼ばれるようになってからは、魔王以外に純粋な戦闘力で負ける事などなかった。
そんな自分が、この女に対しては迂闊に動けない。
「戦えばここら一体が消し飛びそうね…」
先程何か喋ったが、使用人達の無事を確認に気を割いていたため聞き取れなかった。
魔王軍の残党なのか、はたまた別の何かなのか。
気になるといえば、カルをじっと見据えているということだ。
───最悪、命に替えても彼は必ず護る。
無論負けるつもりはないが、決して周りを気にして勝てる相手ではない。
だが明確な格上との戦いに、否応なしに気持ちを焦らされる。
「無礼者め! ここを王都と知っての襲撃か!」
私は空に浮かぶ無礼者を喝破した。
※
「あわわわわわわ」
非常によろしくない状況だ。
彼女はもともと行動が過激なところがある。
それはもしかしたら種族としての価値観の違いなのかもしれない。
だから、屋敷を壊した事もつい勢い余ってなど、いつもならそれ程深い理由がないことが多いため恐れることはない。
でも今回はまずい。
何故屋敷を壊したのか、ちゃんと理由があるからだ。
これは多分、彼女なりに怒りを抑えた結果、でもつい力が入り過ぎてしまったみたいな感じだろう。
何が言いたいかというと、彼女はそれほど怒ってるという事だ。
だからまずは言葉だ。確かに連絡もせずに帰宅しなかったのはまずい。
しかも彼女の屋敷にいることがまずい。
美人は怒ると更に怖い顔になると聞いたことがある。
確かアランが言ってたのかな?
そんな事を思いながら、こちらを冷たく見据える彼女に勇気を出して声をかける。
オレだって別に鈍感じゃあない。
元恋人の屋敷にずっと滞在して、あげく連絡しても応じないとなれば不倫を疑われても仕方がない。
なんとかまずは怒りを鎮めてから、正直に話して土下座する。
よし、そのプランで行こう。
今こそ賢者と呼ばれるに相応しく頭脳をフル回転させる時。
彼女と過ごした時間は長い。性格はそれなりに把握しているつもりだ。
即座に会話シミュレーションを脳内で繰り返す。
ここはまず、一体何に怒っているのか解らないように驚きつつ、久々の再会を喜ぶ。
きっと彼女は自分の怒ってる理由をぶつけてくるはずだ。おおかた、連絡もしないで! とか、なんでナナリーと一緒なんだ! とか。
そしたら、今回の商品の成果をアピールしよう。きっと彼女も今回の成果は無視できない。
そして彼女はいつものオレの悪癖だと思って、怒りよりも呆れが勝って一旦怒りを落ち着けるはず。
そしてすかさず、心からの謝罪。
君の気持ちも考えないでとか、相手の心情を組むようなことを言えばいいだろう。
最後は「そんな気持ちにさせてごめん」で締めくくるんだ。
名付けて『あれ、オレまた何かやっちゃいました?』作戦。
我ながら完璧じゃない!
オレは彼女に怒られつつも最後は笑顔で家路に着くまでのシミュレーションを完成させ声をかけた。
「やあ、エリィ……」
一声かけたその瞬間。
彼女の目がとんでもない鋭さでオレを貫いた。
「ど、どどどど、どうしたんだい? そ、そん、そんなに怒って」
「どうした、だと?」
────あ、終わった。
こういう時は最初が肝心なのに、早速第一歩を踏み外した。
残念なことに彼女への恐怖から言葉が全くうまく出てこなかったのだ。
そのせいかもしれないし、そうじゃないかもしれないが、もはや挽回不可能な程に彼女の怒りが更に増していくのを感じる。
「我が夫が、無断で、元恋人の家に滞在し、挙げ句の果てに連絡しても取り合わない。その上ではるばる心配してやって来た私に今、どうしたと言ったのか?」
綺麗な金色の瞳が怒気を増すように見開かれる。
「え? 夫??」
ナナリーが驚きこちらを見た。
反応するところはそこではなく、彼女の怒りによって周囲のレンガや岩にヒビ割れが生じていることだと思うのは気のせいであろうか。
「ほう、結婚したことも言ってなかったのか」
「結婚?!」
「い、いや違うんだエリィ!つい魔装義手の調整と経過観察に夢中になってしまって……」
「それで、忘れていたと? この私を、マスターの帰りを待つ妻のことを忘れていたと?」
あわわわわわわわっ
「どうした、何故答えない」
「わ、忘れてました」
もはや正直に言うほかない。
小細工を弄そうとして見事に失敗したオレは、肉食動物に喰われる寸前の小動物さながら震えていた。
「ほうほう、そうか。そんなにその女との生活に夢中だったと」
「い、いや、夢中だったのは生活ではなく製品のことで……、でも君に手伝ってもらった義手と治癒薬は凄い効果だと確認出来たんだよ! そ、そうこの屋敷に住まわせてもらったのもそのためなんだ!」
なんとか届けこの想い!
「それが雷光に出ない理由になるのか?」
「なりません!」
あまりの正論に、まともに返事をしてしまう。
「他に弁明は?」
「ありません!」
必死で脳をフル回転させるも、言い訳できないと本能で悟る男、オレ。
しかし、努力(?)するものに神は微笑むという。
その時、オレの前に救いの神は現れた。
「大丈夫か!?カル、ナナリー!!」
勇者アランと聖女ユーリが駆けつけたのだ。
丁度いい、彼らにオレの無実を証明してもらおう。
誤解されるような行動ではあったが、彼らならその目的は違うとしっかり証言してくれるはず。
「ちょうど良かった、君たちに頼みた…」
「なんだこいつは!?」
「いや、ちょ待っ」
空に佇む彼女に剣を向ける勇者達。
「ほう、この私に剣を向けるか」
エリィは不適に微笑む。
「ま、まてアラン!彼女は、その、オレの…」
「知ってるのか?!」
「知ってるというか、オレの妻だ」
「妻?!」
アランが驚き目を見開く。
ユーリも珍しく驚き固まっており、ナナリーはよくわからないが見たことないような顔をしている。
「と、とにかく剣を下ろせ! エリィも、ちゃんと説明するからこっちに来てくれ」
緩やかに降下してくる彼女に、どうやら怒りで暴走することはないのだと安心する。
────甘かった。
「ゲフゥ!!」
「「「カル!」」」
目の前まで下降してきた彼女がオレをビンタする。
咄嗟に展開した十層にも及ぶ魔法壁を打ち破られ簡単にぶっ飛んだ。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「この浮気者!!」
「「えっ?」」
「誤解だエリィ! ナナリーも何とか言ってくれ!?」
頬を腫らせ助けを求めるオレにナナリーはキョトンとして動かない。
「……ちょっと私のカルに何すんのよ!?」
「ってえええ? おい、ナナリー何を言って……」
「ほう、やはり私の睨んだ通りか……よくも我が夫を誘惑しよったなこの下女が!!」
「誰が下女よ、この化物!!!」
ああ、終わった。
みるみる屋敷が塵と化していく。
目の前でナナリーの剣とエリィの竜爪による剣戟の余波により、どんどん周囲が崩壊していった。
「ちょっとカル、なんとかなさいな」
呆然とするオレにユーリがどうにかしろと催促してくる。
だが、前衛でもないオレがこの間に入ることは不可能だ。
光の賢者といえど、竜種の賢者と剣聖の戦いを止めることなど容易ではない。
「……あ、そういえば」
一つだけいい手段がある。
だがこれをすれば間違いなくオレに矛先が向いてしまう。
「う、うーん」
周囲の安全か自分の保身か。
如何ともしがたい選択を突きつけられてしまった。
「ちょっと、早くしないと兵が来るわよ」
「あ、それはまずいな」
流石にこの国で商売を展開しようとする自分達には、官憲の人々にお世話になってしまうのは非常に望ましくない。
「エリィ!!」
仕方ないのでオレは対副会長必殺の手段を放つことにしたのだった。