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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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夜のパラティッシ

 思わずロンの方を向く。

 娘であることはともかくとして、こんなにザ・貴族令嬢のような名前だったとは。


 彼いや彼女は最初に会った時からもう男装していた。

 女一人で旅をするには男装も必要だし、オレたちと出会ってからもずっと女性であることを隠そうとしてることを感じたから別に特に突っ込むこともなく、接してきた。


 瘴気に侵され死にかけていたとこを救ったので、まあすぐにオレとエレノアは女性であることに気づいたが、本人が望むのなら別にいいかと。


 ただ言動もだいぶ粗野で擦れ……いや、まあフランクな感じだったからか、エリザベスというイメージが湧かない。


「プフっ」

「⁉︎」


 あの三下のような男性口調で振る舞っていたくせにまさか、そんなお淑やかなお名前だったとは。

 これはオレにも反撃のチャンスが訪れたかもしれない。

 ちらっとロンの顔を見るとむすっとした表情でオレのことを見返してきた。


「会長、なんすか?」

「なんでもないよ、エリザベス」

「っ⁉︎」

「お、おい蹴るんじゃない⁉︎」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めたオレとエリザベスことロン。

 公爵はそんなオレたちの様子を目を丸くしてみていた。


「ま、まさかあのエリザベスが……」


 どういう意味だろう?


「おい、ロン。親父さんの前で暴力はどうかと思うぞ! 驚いていらっしゃるじゃないか」

「う、うるさいっすよ!」

「まったく。エリザベス!お淑やかになさい!」

「っっ⁉︎」


 ついに拳まで繰り出してきたロン。

 彼女は華奢で、力も強くない。

 拳が体にあたっても痛くも痒くもないが、ニヤニヤしたオレの顔にムカついたのか執拗に顔面を狙ってくる。


「こ、こら顔はよせ!」

「ちっ‼︎」


 そんなオレたちの様子を何事かとなりゆきを見守っていたアメリさんが心なしか呆れたように見ていた。

 

 なんか彼女には呆れられているばかりだな。


 しばらくロンの攻撃を捌いていると体力が尽きたのか、動きが鈍り止まった。

 呼吸を整えようと大きくゼエゼエと息をしているが、それだけ本気で向かってきたようだ。

 仮にもオレは上司なのに少し釈然としないものを感じる。


「お前な、オレは仮にも上司なんだぞ? 少しは遠慮ってものを……」

「はあ、はあ、う、うるさいっすよ!」


 そう返事を返すロン。残念ながらこの部下から敬意というのは全く感じない。


「まったく、どういう教育してるんですか、公爵殿」

「う、うむ」


 さりげなく矛先を公爵に向ける。

 はっきり言ってロンが怒るとわざとわかっててからかったし、普段の意趣返しも含めてなのだが、想像以上に怒った彼女に臍を曲げられるとオレも困るのでさらっと公爵を巻き込むことにしたのだ。

 まさに賢者と呼べるべき知略といえよう。


「それであなたは娘に会うためにこちらにいらしたのですか?」

「あ、ああ、いや」


 今の光景をまだ信じられていないようだ。

 キョトンとしながらもかろうじて返事をしているといった様子。

 ただ一件だけ確認しておかないといけないことがある。


「公爵殿、私もここのロンもこの国には歓迎されていない様子。そんな我々にどんな御用が?」

「……それについては改めて謝罪させていただこう」

「うん?」


 何か訳ありなのだとは思うが公爵は簡単にオレに頭を下げた。

 謁見の間での王の態度からするとまるで手の平を返したかのような態度に驚きを覚える。


「ふん、行きましょう会長。転移の準備を」


 頭を下げる自分の父親を見ても、彼女はそそくさとその場を離れようとした。


「おいおい、流石にな」

「……」


 ロンを引き止めるオレ。公爵は怒るわけでもなく、ただじっとロンを見ている。

 彼女の態度に気分を害したわけではないようだが、表情から察するにかける言葉が見つからない感じかもな。

 追放されたことといい、彼女が死にかけてオレと出会ったこと、そして公爵令嬢ともあろうものが護衛もつけずに男装していたことを考えると、相当に深い因縁があるのは間違いないだろう。


「公爵殿」

「はい」


 いつまでも神妙にしていてもしょうがないので、話を進めることにした。


「アメリさんがリビアに中和剤を持ち帰るのであれば、オレとしても少しは心労が減る」

「ふむ?」


 アメリさんを引き合いにだしたオレに訝しげな視線を向ける公爵。

 突然自分の名を呼ばれたアメリさんは先の展開が読めないようで困惑気味にオレを見ていた。


「アメリさんの持つ証拠はとても重要なもの。彼女たちをこの場でリビアにお送りしても?」

「ああ、そういうことですか」

「え? どういうことすか?」


 察した公爵と、訳が分からず首を傾げるアメリさん。

 普段のキャリアウーマン然とした彼女が無邪気に疑問を浮かべる姿はなかなかにそそられるものがある。

 美女は何をしても様になるものなのだろうか?


「は? なんすか会長」

「い、いや」


 そう思ってふとロンを見るとイラッとした顔と口調で返された。

 確かに女性として振る舞えばそれなりに美人になるのかもしれないが、美女のロンというのは想像できない。

 それに彼女が男装できたのは、そのスレンダーな──


「言いたいことがあるなら聞くっすよ?」

「なんでもないよロン君!さあ公爵の話を聞こうじゃないか!」


 これ以上は考えない方がよさそうだ。

 確かエレノアもあの時、オレの視線に気づいていたしな。

 自分の体を見る男の視線は女性にすぐバレるものなのかもしれない。

 ここはさっさと話を切り替えたほうが得策だ。


「アメリ殿。国王のことは結構ですので、その証拠品を至急本国に持ち帰られよ」

「え、ま、まあ公爵殿がそうおっしゃられるのであれば」

「転移水晶はお持ちだな?」

「え、ええ」


 オレが動く前に公爵が気を利かしてくれた。

 未だ状況をよく飲み込めないながらも、流石にこの国のNo.2に帰国を促されてはアメリさんも無碍にはできないだろう。


「釈然としませんが……カルエル殿、ではこれにて私たちは戻らせていただきますね」

「ええ、分析の方をお願いします。ああ、それと──」


 分析にあたって一つだけお願いをしたオレを不審そうに見ながらも、二つ返事で了承した彼女はその場で護衛と共に転移をした。


「さて、これでよろしいかな?」

「ええ、構いません。ロン、いろいろあるのは察するが少し付き合え」

「……はい」

「ではこちらに」


 陽が落ち始め、茜色に染まった町を公爵に続いて歩いていく。

 そもそも公爵ともあろう人が護衛もなしになぜここに来たのだろうか?

 そんなことを考えながら歩いていると、ふとおかしなことに気づいた。


「なあ、ロン。みんな家に帰るの早くないか?」


 あれほど賑わっていた町が、閑散としていたのだ。

 まだ街中に残っている者は、急いで家に向かうように走っている。

 冒険者と見られる人々も、早々に宿へと引き上げたようだ。


「こういうのって夜市があったり、酒場で盛り上がったりするのが普通だろ?」

「そうですね、なんかおかしいですね」

「お前も知らないのか?」


 ロンも珍しそうに周囲を見渡している。


「会長、この国は昔から魔獣被害と水源不足に悩まされていました」

「ああ、それは聞いたことがあるけど」

「夜は魔獣が活発になる時間。習わしとしてこの国の人はあまり夜に出歩きません」

「そうなのか?」


 いくら町を囲む防壁があるとはいえ、習慣として根付いたということだろうか。


「いや、でも衛兵まで引きこもるのか?」


 視界の先にある詰所ではまさに町を守る兵士まで急いで屋内に入ろうとしているではいか。

 これでは習わしというよりも、まるで避難のようだ。


「いえ、昔はここまででは……」


 ロンでも流石におかしいと感じる程の皆の行動。

 もしかしてこれが公爵がオレを引き止めた理由か?


「なあ、公爵殿。何やら厄介ごとの匂いしかしないのですが」

「……」


 オレの問いかけに公爵は言葉を返さず、大きな屋敷の前で立ち止まった。

 重厚な門がそびえ立つ、いかにも有力者が住みそうなお屋敷だ。

 その重そうな門が、鈍重な動きで開いていく。

 そして公爵は中から現れた一人の男に頭を下げた。


「それについては我から話そう」

「え?」

「なっ⁉︎」


 オレとロンが同時に驚く。

 屋敷の門から現れたのは、昼間出会ったシン国王その人だったのだ。


「早く中に入られよ。賢者殿。そしてお前も」

「……」


 ちらっとロンを横目で確認して入門を促す国王。

 対するロンは見たこともないくらい嫌そうな顔を浮かべている。


「早くって何を急いで……」


 ──その時、ふと懐かしい気配を覚えた。


 茜色の空が次第に暗くなっていく。


 夜の帷が訪れたと同時に、町中の至る所に()()()()()()()()()()()を感じたのだ。


「まさか⁉︎」

「あ、ありえないですよ」


 二人してその姿に驚愕する。

 屋敷の敷地に入ったオレ達の目の前で重厚な門が閉ざされていく。


 完全に門が閉じる前に見えた気配の正体。

 それは今は絶滅したはずの存在。

 見間違えようもない、その姿。


 瘴気に蝕まれたものの成れの果て──魔王の尖兵だったのだ。


「──国王。どういうことか説明してもらえるのでしょうな」

「わかっている。元よりそれが目的だ。だからその殺気を抑えよ」

「……」


 自分でも驚くほど、冷たい声が出た。

 だが流石に今回は自重する気はない。

 あれはアラン達が身命を賭して殲滅した魔王に連なる尖兵。

 未だ瘴気に蝕まれた魔獣は世界中に存在するが、あれはモノが違う。

 魔王のいない今、決して存在できるはずがない。


「シン国王、これが会長を引き止めた理由ですか?」

「ああ、そうだ」


 黙っていたロンが王に尋ねる。

 王は前を向いたまま、振り向かずに声だけで答えた。


「なら我々メノン商会が関われることはありません。会長、やはり転移で帰りましょう」

「……」


 そこで初めて王はロンを見た。

 あの時のアバローナ公爵と同じように、まるでかける言葉を持ち合わせないといった様子で黙ってロンを見ている。


「今の会長は勇者一行の魔術師ではなく、商会の長です。あれをどうにかしたいのなら勇者を呼べばいい」


 冷たく、正論を告げるロン。

 だが公爵も王も、彼女に反論せずに黙ったままだ。

 やれやれ。


「ロン、構わないよ。シン王、話を聞きましょう」

「会長⁉︎」

「……そうか。では先に客室でくつろいでいてくれ。アバローナ、少しいいか」

「賢者殿、失礼します」


 オレが声をかけると、王は公爵を連れて屋敷のどこかに行ってしまった。 

 代わりに案内を任されたのは、王の側に控えていた踊り子のような美女だ。


 先導する美女に連れられたのは豪華なソファーのある客室。

 この国の刀剣が室内に置かれたケースに飾られており、壁はなく外と吹き抜けになっている。

 庭には大きなプールがあり、夜空には満面の星が煌めいていた。


 水不足のこの国でこれほどのプールとは恐れ入る。シン王がいたことからもここは彼の別荘なのかもしれない。


「ほう、これはいいソファーだな。今度オレの執務室にも買ってくれよ」

「……」


 ソファーの座り心地に気分を良くするオレを無視して、テーブルを挟んでもう一つある同じソファーに、荒々しく座るロン。

 オレはいかにも機嫌の悪いオーラを微塵も隠そうともしないロンと少し会話することにした。


「なあ、ロン。仮にもお前の母国なんだろ? 捨て置く訳には──」

「どうでもいいですよ、もう」


 オレの言葉を遮ってピシャリと彼女は言い放つ。

 ここまで機嫌の悪いロンを見るのは初めてかもしれない。


「なあ。お前とアバローナ殿、そしてシン王はどんな訳があるんだ? あれを見せられた以上、オレも無碍にはできない。できればオレは最初にお前から話を聞きたいのだけどな」

「……はぁ、わかりました。別に、深い話ではありません」


 ため息をつきながら、ロンは淡々と語り出した。


「まだ私が、公爵令嬢としてこの国にいた時の話。そして当時、まだ王子だったシンの婚約者だった時の話です」

「婚約者⁉︎」

「ふふ、当時の私は自分もシンと、それこそ今の会長と副会長みたいな夫婦になる未来を想像していたんですがね」


 あのロンが……あまりにもイメージがなさすぎて本当に驚いてしまった。


「別に今はもうなんとも思ってませんよ」


 ──この国とあの男は私を裏切り殺そうとしたのですから、と。


 ロンはとても冷たい声で、そう吐き捨てた。


 ◇


 カルエルたちが去った礼拝堂の中。

 彼らが去ったのを見届けたシースは奥の院に戻った。

 教団の中でもある程度の地位があるものしか入ることを許されない奥の院。


 そこにある教皇室には隠された地下室への扉がある。 


 シースは腹心であるカドック枢機卿と一緒に扉をくぐり地下通路の中を歩いていた。

 向かった先は本部の最奥にある隠された部屋。


 神竜教の最重要機密が保管されている場所であり、あの場所から奪ったサンプルを保管する心臓部とも呼ぶべき部屋だ。

 部屋の中には大小様々なフラスコや古代のスクロールが散らばっている。中の灯りは魔法ではなく、備え付けられた原始的な松明によって保たれていた。


 部屋の奥には人が丸ごと入れるようなカプセルが設置されており、その中は得体の知れない液体で満たされていた。

 液体が入っている以外は特筆すべきものはない。


 ただ、一個のカプセルを除けば──。


「よろしかったのですか?」

「ええ。構いませんよ」

「しかし──」

「あの男に下手な偽物はすぐに見抜かれます。下手な小細工は無用です」

「わ、わかりました」


 あるカプセルを見ながらシースはカドックと話す。 

 神竜教でも教皇に次ぐ地位にいる彼が焦ったように話すが、シースは全く興味がないように淡泊な返事を繰り返した。

 真実を知っている分、カドックはカルエルが本物の中和剤を持って帰ってしまったことを危惧していたのだ。

 しかし、シースは全く動じていない。

 それが彼には不安だった。

 あの件は、下手をすれば神竜教の崩壊をも招きかねない大事件になることをよく理解していたからだ。


「問題ありませんよ」

「え?」


 そんな彼の心を見透かしたように、シースはなんでもないように声をかけた。


「それはどういう……」


 しかしシースが彼の問いに応えることはなかった。

 ただ、目の前の女性に目を向けたのだ。

 シースが見つめるカプセルの中の液体には裸の女性が浮かんでいた。

 彼はうっとりと、そして恍惚とした顔で、その女性をマジマジと眺めていた。

 視線の先にいるのは褐色の肌に、長く白い髪の美しい女性。

 それは古代から生きる最強種。


「ふふふ、やはり我が教団の竜王はあなたしかいませんね?」


 ──ノア。


 小さな声で、たしかにシースはそう呟いた。

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